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プロローグ

 投稿は今回で、8作品目を数えます。4作品目、5作品目と、エンターテイメント性の高い(と作者は信じている)長編作品を続けた後、6・7作品目には世界観重視(と作者は言い張るつもり)の短編を持ってきて、今回もまた短編(連載ですが)です。

 戦闘シーンなどはほとんどないし、恋愛要素すら今回はなく、エンターテイメント性の乏しい作品と言えるかもしれません。が、独特の味わいのある作品には、なっているのではなかろうか、と若干の期待を作者は持っております。

 特に今回は、1人称形式の作品を投稿するということでも初めてで、挑戦的な試みとなります。これまでの「銀河戦國史」シリーズとは違った雰囲気の、それでいて共通の背景は貫かれている作品であるとは、言い切れると思うので、是非モノは試しで、ご一読頂きたいです。

 例の如く初回投稿ではプロローグで、今からおよそ1万年後という設定の、エリス少年が登場する場面から、始まります。2回目の投稿より、数千年の歴史をさかのぼり、本編が始動いたします。

 毎週土曜日の17時に投稿するのは、これまでと同じです。よろしくお願いいたします。

 人型ロボットに、家事を任せっきりにしておいてもかまわない時代だった。人の目で見ても、しばらくは人であることを疑わないくらい人にそっくりのロボットが、家事全般をてきぱきとやっつけてくれる。そんなのを誰も、珍しいともぜいたくとも思わないような時代に、エリス少年はくらしていた。

 だが少年の家には、家事を任せるためのロボットはいなかった。家そのものが、ロボット化されているから。

 人型ロボットに家事をやってもらうか、家自体を家事ロボットにするかは、この時代には、各世帯の好みの問題でしかない。

 エリスの家庭ではハウスコンピューターが、家全体に散りばめられた巧妙な機構をつかって、すべての家事をやっつけてくれる。そんな方式が、彼の両親の趣味には合っていたから。

 今エリス少年が手にしていて、あれこれと操っている工具類などを、彼が片付けもせずに放りだしてしまったとしても、少年の行動傾向や脳波パターンなどから、もう工具を使用しないと判断できたタイミングで、ハウスコンピューターは片づけを自動的にはじめるだろう。

 壁から出てきたロボットアームが、放りだされた工具をつまみ上げて、決められたところに収納するだろう。別の壁から自動で吐き出されてきた掃除ロボットが、掃き掃除も拭き掃除もやってくれて、少年の作業していた場所をピカピカにしておいてくれるだろう。

 少年も、彼の父や母も、何もしなくても、彼の家はいつでも、すっきりときれいな状態に維持されるのだ。

 だが少年は、彼の使った工具を、自分で片付けはじめた。

 何でもやってくれる頼もしいロボットハウスに、できる限り頼らないようにする生活を、彼の父や母は身をもって実践していた。

 エリス少年も、特にそうするようにと教育されたわけでもないが、父と母の見よう見まねで、片付けは自分でやる習慣が自然と身についていた。

「あら、もう修理は終わったの?エリス。」

「うん、こんなの、あっという間に済んじゃうよ、かあさん。」

 自分で片づけを済ませたことは、褒めることも言及することもあり得ないくらい、母にも彼にも、あたりまえだった。

「そんな古いものを、いつまでも使わなくても、新しいのを作ればいいのに。」

「そうはいかないよ。これじゃないとね、僕はいやなんだ。」

 宇宙遊泳につかうトラクションボールという道具を、エリス少年は自分で修理したのだった。

 見る人によっては“ゴルフボールくらい”と感じる大きさの、球形の道具だ。長くて丈夫なひもが一本出ているところが、ゴルフボールとは違う。

 その日エリス少年は、友だちと衛星軌道上で鬼ごっこをする約束になっていたから、これが必要になる。

 別の時代の人には、宇宙遊泳につかう推進器具といったら、押すタイプの噴射装置だというイメージが強いかもしれない。背に負った機械に、いくつものノズルが付いていて、使う人にとっての後方への噴射の反動で、前方に押されて移動する、といった感じで。

 だが、無重力の空間で物を押すと、よほどバランスに気を付けないと、クルクル回転してしまって思った方向に進めない。噴射の強度や方向を制御する機構にも、とても高度で複雑な仕組みが求められてしまう。

 少年の時代には、宇宙での移動には、引くタイプの道具が主流になっていた。

 引かれる物体は、押される物体とは違って、回転することなく牽引していこうとする物体の後に、素直に従うものだ。水上に浮かんだり、ツルツルすべる氷の上にあったりする、比較的大きな物体を移動させた経験のある人には、押すより引く方が動かしやすいというのは、イメージしやすいのではないだろうか。

 問題は、牽引する物体が噴射したものが、牽引される人間に、かからないようにすることだった。移動したい方向の正反対に噴射したら、当然、牽引される人間に、噴射されたものがかかってしまう。

 そうなったとしても、丈夫な宇宙服を着ていれば怪我をすることもないが、視界は悪くなるし、なにより、うっとうしい。

 少年たちの使うトラクションボールは、人の体がある場所を検知し、そこを避けるようにして、いくつかの方向への噴射を実施する。噴射推進力の総和が、使用者に指定された方向となるように、計算された噴射だ。それでトラクションボールは、人に噴射剤をかけることなく、指定された方向に移動していく。それに引かれる人も、指定した方向に移動できるわけだ。

 両手を自由にするために、トラクションボールから伸びたひもを、おなかの辺りにもうけたバックルに接続して、使う場合が多い。進行方向の指示は、頭のなかで思い描くだけでトラクションボールに伝わる技術が、この時代にはある。

 おかげで宇宙遊泳が、とても簡便になっている時代なのだ。10歳の少年が、宇宙空間で鬼ごっこを楽しむのも、日常的な光景となっているくらいに。

「そんな古いトラクションボールを、そんなに大事にしているなんて、変な子ね。知り合いのおじさんに、もらったものなんでしょ?」

「そうだよ。そのおじさんも、友達からもらったんだよ。その、おじさんの友達も、お父さんからもらったんだって。もう、何人もの人が、このトラクションボールを使ってきたんだ。たくさんの人たちの、色んな思い出が詰まっているものだと思うと、新しいのなんて、使う気になれないんだ。」

 歴史好きの少年は、身近にある色々なモノにも、歴史というものを感じてまう。多くの人によって、代々つかわれてきたモノには、何かしら特別な価値が、そなわっている気がするのだ。

 使ってきた人たちの心にあった様々な想い、使われてきた一つ一つの場面、それらに、そのモノをつうじて繋がることができる。少年には、そんな風に感じられるのだ。

 トラクションボールを通じての、おじさんや、おじさんの友達や、おじさんの友達のお父さんとの繋がりは、エリス少年には、かけがえのないものに思えている。

「それで、今日もそれを使って、宇宙で鬼ごっこをするのね。ハウスコンピューターに指示すれば、直ぐにでも新しいのを作ってもらえるのに。」

 ロボット化された彼の家を動かすハウスコンピューターは、とても多機能で高知能だから、トラクションボールくらいのものならば、家に内蔵された工房をつかって、あっという間に作ってくれる。

 いつでも新しいものを手に入れられるのに、少年は、代々受け継がれてきた古いトラクションボールを、大事に大事に使いつづけているのだった。自分の手で、修理を繰り返しながら。

 無論、修理だって、ハウスコンピューターに命じれば、あっという間に済ませてもらえる。けれど少年は、自分でやりたいのだ。

 修理も片付けも、ハウスコンピューターに任せっきりにしてもかまわないのに、全部自分でやってのけた少年は「うーん」と、声をあげて伸びをしながら、テラスへと足をはこんだ。

 青い海原が、どこまでもつづく景色が、少年の目の前にひろがった。

 ロボット化された彼の家は、セイリングハウスでもあった。

 テラフォーミングの際の計算違いで水浸しになってしまった惑星の海上を、少年の家はひた走っているのだ。約30時間の自転周期をもつ惑星で、無理矢理に24時間周期のくらしをおくるための疾走だ。

 疾走がもたらすさわやかな潮風が、エリスの前髪をゆらす。青い空と青い海に包まれたセイリングハウスのテラスで、少年は快適だった。

 手にしているトラクションボールを、少年が見た。そして思った。

(こうやって、代々うけつがれたモノを、多くの人との繋がりを感じながら使うっていうのは、とっても幸せなことだな。)

 その思いは、ひとつの物語を、エリスの脳裏によびさました。

 歴史好きであり、歴史学者が父でもある少年は、これまでにもたくさんの歴史物語を聞かせてもらっていた。その中には、代々受け継がれてきたものを、受け継いでいきたかった人、受け継いでいけた人、そして、受け継いでいけなかった人がいる。

 トラクションボールを見て思いおこされた、父に聞かされた歴史物語を、その中にいる、受け継いでいきたかった人のことを、いつしかエリス少年は、あざやかに思い描くにいたっていた。

 父が学会で聞いてきた、歴史のなかの誰かの手記についての、解読結果の報告だ。

 古い時代の、独裁色のつよい国の、自分の運命を自分では決めれなかった人の、自身の人生を振りかえっての手記だった。

 長い時間を越えて、それが今に残され、発見され、歴史の探求に活用されることとなった。

 少年の時代には「宇宙系人類」とよばれる、宇宙での長きにわたる放浪の時代を余儀なくされた人々の末裔で、民主的な体制も、多くの科学技術も、失われてしまった国に生きた人だった。

 独裁的な権力者から、いくつかの星系を所領としてもつことや、そこの領民を支配することを、許されていたらしい。

 エリス少年の時代とは、まったく違った政治体制とくらしぶりだ。

 だが少年は、そんな異質な世界に生きた人にでも、父の話を通じて、思いをはせることができた。時間をさかのぼって、遠い昔の人のくらしに、心を寄せることができるのだ。

 広い海原の、はるか彼方の景色に向けられた少年の視線は、遠い昔の、はるか彼方の時間をも、同時に見つめていた。

 セイリングハウスの疾走にともなって、海原の景色が過ぎ去って行くように、時間もどんどん過去へと走りすぎていくのだが、少年の眼差しは、時間と空間の疾走を、水の泡にしてしまう何かを、秘めているかもしれない。



 歴史好きの少年が、遠い昔の物語に意識を集中した。そのことで、銀河の時空に揺らぎが生じる。そんなことが、あり得るだろうか。

 しかし、何らかの波動のようなものが、この時、確かに、過去から現在へと、伝搬してきはじめたようだ。

 誰かの想いが、生みだしたものなのか。何かの意志によって、もたらされたものなのか。それとも、理由もない、ただの自然現象なのか。

 その超時空的な波動を、少年の心だけが捕えたのだ、なんてことを言ったら、あなたは信じるだろうか。

 今回の投稿は、ここまでです。今回でプロローグは終了し、次回から、本編がスタートします。 2020/7/18  に投稿する予定です。

 テラフォーミングでの手違いで水浸しになった惑星で、30時間の自転周期なのに24時間周期の生活をするために、洋上を疾走しているセイリングハウス、というのは、本シリーズの他の作品を読んでくださった方には「またか」と思われているかもしれません。ですが、プロローグやエピローグにおける主人公であるエリス少年が、そういう環境で暮らしているのだから、同じ描写がこれからも何回も登場すると思います。ご了承ください。

 はるか未来の宇宙で、素晴らしく快適な生活をしている少年を描こうと思ったら、こんな環境が作者の頭に浮かんできました。作者にとっての、夢の理想郷なのかもしれません。

 トラクションボールに関する記述で、押すより引く方が云々という件は、明確な根拠のある話ではなく、作者の思い込みです。背中に負って押してもらうタイプの推進装置ばかりが、宇宙モノのSFに頻出していることから、違ったものを描いてやろうと天邪鬼な衝動に駆られて、捻り出しただけのものでしかありません。あまり、真に受けないで下さい。が、記述内容が正確か不正確なのか、その筋の方(物理学者さんとか)のご意見を頂ければ、無上の喜びです。作者と同じ素人の、素人なりの意見も、もちろん大歓迎です。


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