第8話 戦利品
試合の終わった翌日。ジークとダルトンは整備場で睨み合っていた。
どちらも剣呑な雰囲気を漂わせ、まさに一触即発といった感じになっていた。
「どうしてオレ様が、お前なんかにウォーリアを渡さなければならないんだ!」
「ダルトン様がリアルアンティを行い負けたからです」
緊迫した雰囲気が頂点に達した時、ダルトンが怒りを心頭させて怒鳴り声をあげるが側にいた受付嬢が冷たい視線を向けながらたしなめる。
「あんなの何かインチキをしたに決まっている!そうでなければオレ様がこんな小僧に負けるわけがないんだ!」
「事前の査定の結果。ジーク様の機体に不正はありませんでした!」
横から口を出してきた受付嬢に怒りの矛先を向けて怒鳴りつけるも、相手は恐れず毅然とした態度で対応してきた。
ダルトンは今、盛大にゴネていた。
自分が嗾けて行ったリアルアンティの試合に負けた途端、掌を返して機体の引き渡しをイチャモンをつけて拒否してきたのだ。
それに対してジークは当然猛烈な抗議を行い、運営は事態の収拾をはかることになった。
なにせリアルアンティは、このスタジアムで行われているバトリングの正式なルールとして採用されているのだ。ならば、運営を介して正式な契約書を書いた以上即座に契約を履行するのは当然のことだと言えるだろう。
そういったことを理路整然と受付嬢は説明していくが、ダルトンは聞く耳を持たずに感情的に怒鳴り散らすだけだった。
だからといって、ここで根負けしてダルトンの横暴な態度を許してしまえば今後の運営に支障をきたすことになるし、リアルアンティ事態成り立たなくなってしまう。
スタジアムを運営する側の人間として、それだけは避けねばならなかった。
「お前は今まで勝者の権利を使ってきたんだ。だったら今度は敗者の義務を果たせ!」
今まで二人のやり取りを見ていたジークが苛立たしい顔で話に加わってきた。
このままでは何年たっても話がまとまらない思ったのか憤慨した態度で割り込んできた。
「なんだと小僧。何様のつもりでオレ様に生意気なことを言ってやがる!」
「勝者としてだ。わかったかこの負け犬」
「なんだと!」
売り言葉に買い言葉といった感じで剣呑となり、後ろ盾のため受付嬢に暴力を振るうことを辛うじて抑えていたダルトンも、自身の持つ狂暴性をジーク相手には遠慮なく解き放とうとしていた。
バトリングでは不覚を取ったが、単純な身体能力なら負けないという自負がダルトンにはあった。
一方、ジークの方も引き下がる様子を見せずに、右手をポケットに入れてジリジリと間合いを詰めて行く。
ジークとて物心ついた頃からスラムで生きてきた身だ。
危険を察知して逃げることも執拗な相手を撃退する手段も持ち合わせていた。
そのうちの一つをジークは今使おうとしていた。
「やめてください二人とも!」
今にも殴りかからんとする 二人を見て受付嬢が慌てて止めに入るが、どちらも制しの声には従わず、あと一歩で十分な間合い入る所まで近ずいていた。
「そこまでにしねえか二人とも!」
お互いに引くことができない距離まで近付こうとした時、腹に響くようなドスのきいた声が制しに入った。
声にこもった力の強さに二人は思わず動きを止めてしまい、次いでその方へと視線を向けてしまう。
そうして二人が見つめる先には白いスーツを着てサングラスをした年配の紳士風の男が立っていた。
「エ、エルガナさん」
ジークは初めて見る人物だったがダルトンはよく知っている人物のようだった。
普段から横柄な態度をとっているダルトンが狼狽し物腰が低くなっていた。
それと後ろに控えているボディーガードと思われる男達の数から見て、このエルガナという男が相当地位の高い人物ということが見て取れた。
「何やら騒がしいようだが来てみれば、これは一体どういうことだ?」
「へへへ。わざわざ旦那が来るほどじゃねえですよ。オレがちょっと生意気な若造に…」
「てめえには聞いちゃいねえ!」
形勢が悪くなったと思ったのかダルトンがさっきまでの勢いはどうしたとばかりに猫なで声で擦り寄って来るが、一喝されて縮こまってしまう。
代わりにエルガナは受付嬢の方を睨みつけて事の次第を説明させた。
「わざわざこのような所においでいただきありがとうございます支配人」
会釈をしてから受付嬢は説明を開始した。
どうやらこのエルガナという男はジークが思っていた以上に大物だったようだ。
エルガナは受付嬢からの説明を静かにジッと聞いていた。
時折ダルトンが口出ししようとするのをひと睨みで黙らせながら。
その間ジークは物怖じせずに堂々とした態度で待っていたが、それとは対照的にダルトンは終始油汗を浮かべて目をさ迷わせていた。
そうして一通りの説明が終わったところで受付嬢が双方のサインの入った契約書を見せる。
それと同時にダルトンの表情が今までに見たことがないくらい動揺したものになる。
「ダルトン」
「へ、へい」
契約書を隅々まで見終えたエルガナに名前を呼ばれてダルトンは裏返った声で返事をする。
「お前はリアルアンティをして負けたんだ。だったら賭けたものを払うのは当然のことだろう」
そう言ってダルトンの目の前に契約書を突きつける」
「あ、あいつは何かイカサマを使ったんだ。そうでなきゃ…」
エルガナに正論を言われたダルトンは先ほどと同じ言いがかりをつけようとするが、不快な感情を露わにしたエルガナに睨まれて尻すぼみになってしまう。
「査定の結果。ジーク様の機体に不正は見つかりませんでした」
続いて受付嬢の方を見るが、彼女は臆することなく先ほどと同じことをキッパリと答える。
その姿に何か納得するものを感じてからジークの方へと目を向ける。
全てを見透かしているかのような力強い眼差しを向けられたジークはダルトンと対峙した時のように不退転の思いを込めて睨み返す。
「オレはイカサマなんかやってない!」
ジークにとってバトリングは単なる立身出世のための道具ではなく、昔からの憧れであり侵し難い神聖な物でもある。
だからこそイカサマをしてまで勝とうとは思えず、自分の腕一本でのし上がりたいという思いが強くあった。
そんな思いを込めて自分は不正などしていないということを力強く主張した。
ただ一つだけ気がかりなことがあるとすれば、それはダルトンの整備場に潜入し偵察をして来たことだ。
自分はそこで偵察はしたが破壊工作は一切しなかったが、信じてくれるかはわからない。
特にダルトンのような人間は、そのことを理由に賭けの無効を言ってくるだろう。
だから、そのことがバレないことを祈りつつ、エルガナの目を見て自分は何も疾しいことはしていないと強くはっきりと主張する。
「そんなのウソだ。ウソに決まっている!」
そんな二人の様子を見てダルトンは、まだ見苦しくがなりたてる。
「ダルトン!」
その様子を見たエルガナは声のトーンを落として苛立たしさを滲ませた声でダルトンに話しかける。
「するってえと何か、うちの検査官はこんな小僧のイカサマも見抜けないような無能揃いだと、そう言いたいのか?」
「グッ!」
睨みを効かせてそう言われて言葉に詰まるダルトンだったが、すぐに思いなおして別の方法で丸め込もうとする。
「オレは長年このスタジアムの売り上げに貢献して来たんだぞ。それをこんなポッと出の若造の味方をするのか!」
ガン
「ダルトン。てめえは何か勘違いをしてないか」
いつまでも身勝手な言い訳を続けるダルトンに痺れを切らしたのか、エルガナは怒りを込めてステッキを地面に打ち付ける。
「オレがお前の狡っからいこずかい稼ぎを見逃していたのはお前が優秀な人間でここの看板選手だからだと本気で思っていたのか?」
「ウッ!」
エルガナの本気の怒りを見せられてダルトンは息苦しさを感じて後ずさる。
体格的にはダルトンの方がはるかに優っているのにだ。
「てめえが見逃されていたのは少なくともルールを守っていたからだ。それを負け犬になったとたんルールを破るとは。俺たちを舐めているのか!」
ダルトンのこのスタジアムでの実力はエースと言えるほどではなくなく、せいぜい中の下ぐらいだろう。
それでもリアルアンティで連戦連勝を今までしてきたのは、ジークのような後ろ盾のない弱小な人間ばかり食い物にしてきたからだ。
同じ新人でもしっかりとした後ろ盾や実力のある相手を挑発することはなかった。
そのため【新人つぶし】と呼ばれて嫌われていた。
もっとも本人は自分がそのように呼ばれていることを恥とは思わず、むしろ二つ名がついたことを喜んでいるように見えた。
「ダルトン。お前もここのシノギで飯を食っていくのなら俺たちの作ったルールはしっかり守れ!」
鼻先にステッキを突きつけられ凄味をきかされたたダルトンは弱々しく項垂れて渋々ながらも携帯端末を取り出した。
それを見たジークはバドのほうをチラリと見る。
バドのほうも心得たもので名目上のオーナーとなっている自分が携帯端末を取り出して返却金を受け取る。
ピロリン
軽やかな電子音が鳴り返却金の200万クレジットが支払われる。
事前に取り交わした契約にあるとうりの返却金が支払われたことを確認した二人は満面の笑みをうかべる。
それに対してダルトンは苦虫を噛み潰したような顔になり、恨みがましい目で二人を見ていた。
かなり吹っ掛けた値段だったが、ダルトンは自分が負けるとは思ってなかったので了承していた。
それに対戦相手のダルトンもジャンク機のゼピュロスに同じくらいの返却金を吹っ掛けてきていた。
なので恨まれる筋合いなどどこにもない二人は、ダルトンに睨まれてもどこ吹く風といった感じで爽やかな気持ちでその場を後にする。
「待ちたまえ」
それを途中でエルガンが呼び止める。
相手はスタジアムの経営者とはいえギャングの幹部なので二人は緊張した表情になる。
「そう警戒することはない。何も取って食おうというわけではない」
そう言ってサングラスをとると、そこにはダルトンに見せていた怒りの感情がウソだったのかと思うくらい柔和な笑顔があった。
「本日はこちらの不手際により迷惑をかけたな。すまない」
いきなりギャングの大物に頭を下げられ面食らった二人は曖昧な返事を返す。
「当スタジアムでは君たちのような有望な人材を常に歓迎している」
そう言ってからジークの元に近づき耳元で囁く。
「ああいう危険な真似は今後は控えるんだな」
そう言われてジークの背中に戦慄が走る。
どうやらダルトンの陣営に忍び込んで偵察していたことはバレていたようだ。
それでも咎められず目溢しされたのは偵察はしても破壊工作をしなかったからだろうか。
対戦相手の整備場に潜入しての偵察行動はやめたほうがいいと肝に銘じたジークは、青い顔をした自分を誰にも見られないようにしながらその場を後にした。
その後、二人はスタジアムに併設されたパーツ店に向かった。
相手の機体が手に入らなかった代わりに大金が手に入った。
これを使って本拠地にしている東のスラムでは手に入りにくい物を購入していく。
特に試合終了とともに壊れたモーターは急務だったので、ここで買える一番いい物を買い込んだ。
こうして今日の稼ぎで得たお金の大部分を機械部品の購入に当てた二人は」充実した気分で帰路へとつくのだった。