第5話 リアルアンティ
「このガラクタはお前のか?小僧」
いきなり現れた大男はゼピュロスを見るなりバカにした言葉を放つ。
そのようなことを言われたジークは不愉快な気持ちを顔に出して近ずいていく。
「聞こえなかったのか小僧。あのガラクタはお前のかときいたんだ」
目の前まで怒りの表情で迫って来たジークに大男はなおもバカにした言葉を投げかける。
「オレのゼピュロスはガラクタじゃない!」
愛機をバカにされたジークは相手との体格差など恐れずに大男に食ってかかる。
「フン。名前は立派だがガラクタには変わりあるまい」
鬼のような形相で睨みつけてくるジークに臆する様子もなく大男は嘲笑し続ける。
大男のそのような態度にジークは顔を紅潮させ憤怒の感情を剥き出しにしていく。
ジークにとってゼピュロスはただの機械ではなかった。
ジャンク品とはいえ選りすぐった部品を組み上げて作り出した自信作だ。
見た目は弱そうだが自分の持つ技術と情熱の全てを注いだのだ。
それを見ず知らずの人間いいいように言われるのは我慢できないことだ。
「やめときな小僧。そんなガラクタで勝ち抜けるほどバトリングは甘くないぜ」
「そんなことはない。オレのゼピュロスはお前なんかよりも何倍も強い!」
ジークの口から若さと情熱のこもった言葉が放たれると大男はしてやったりといった顔になる。
「ほう、せっかく親切で言ってやっているのに、オレ様に向かってそう言うからには自身があるのだな?」
「当たり前だ!」
「だったらこのオレと賭けを、リアルアンティをしようじゃないか!」
大男の言うリアルアンティとは、このスタジアムで行われる試合形式の一つで、対戦者同士がお互いの機体を賭けて戦い、勝者が敗者の機体を手に入れることができるというものだ。
ただし、問答無用で機体を取られるということはなく、一定期間までに勝者が提示する金額を払うことができれば機体を取り返すことができるようになっている。
「困ります。ダルトンさん」
相手の挑発にジークがのろうとする前に背後から止めようとする声がかかる。
声をかけてきたのは、ここまで案内のために同行してくれた受付嬢だった。
彼女はとても迷惑そうな顔をしてこちらに近づき、ダルトンと呼ばれた大男の前に来た。
「こちらはまだウォーリアの査定中なんです。勝手なことはしないでください!」
「こんな吹けば飛ぶようなガラクタに無駄なことをしてんじゃねえよ。どうせオレ様との勝負で消し飛んでしまうんだからな!」
ダルトンは受付嬢の言葉には耳を傾けることはなく、さらにジークを煽る罵声を浴びせてくる。
二人の言い争いがこのまま続くかと思ったが、そのようなことにはならずにジークは受付嬢を手で制してダルトンへと詰め寄る。
「ダルトン。オレはお前の挑戦を受けるぞ!」
「ふん。このまま女の尻に情けなく隠れているかと思ったが、いい度胸だ。来な!」
相変わらずジークを見下した目で見ながらそう言ったダルトンは、そのまま顎をしゃくって何処かへ連れ出していく。
それをジークは臆する様子も見せずについて行き、その後ろを抗議の言葉を放ちながら受付嬢が続いて行った。
「あれは一体なんだったんだ?」
最初は驚いて呆然と事の成り行きを見ていたバドだったが、喧騒が終わった事で正気を取り戻し、これはどういう事かと尋ねてみた。
「あれは【新人つぶし】と言われているゴロツキのような奴だ」
相手に対する嫌悪の気持ちを露わにしながら検査官の一人が教えてくれた。
それによるとダルトンという名のあの男は、今のように新人の選手に因縁をつけて挑発をしてはリアルアンティを仕掛けてくる。
そうして試合では対戦相手を嬲りものにした後、奪った機体に高額の返却金を吹っ掛けては再起不能にしていく。それもジークのように何の後ろ盾もなく苦労して機体を手に入れて底辺から抜け出そうとしている人間を狙って。
そういうことを何度も繰り返しているうちに【新人つぶし】と呼ばれて嫌われるようになっていった。
本来、試合の対戦相手は運営が実力の近いもの同士をぶつけて行っていたが、リアルアンティの場合は自分より格上の相手に挑むことができるようになっていた。
そうすることで普段とは違った緊張感が作り出せると運営は思い、観客の方も大穴に賭けてあわよくば一獲千金を狙うことができた。
なので、ルール的にはダルトンは何も違反していないので、運営も強く出ることはなかった。
「あいつのせいで有望な新人が育たなくて迷惑だ!」
とても忌ま忌ましそうに呟きながら検査官は検査を終えて、結果は合格になった。
そうしているうちにジークが受付嬢とともに戻ってきた。
「バド。俺たちの試合が明後日になった!」
戻って来たジークは闘志を滾らせている顔をしており、逆に受付嬢は疲れた顔をしていた。
「ジーク。あの男のことだが…」
「うん。【新人つぶし】のことなら知っている」
忠告しようとしたバドに対してジークは意外な答えをして周りを驚かせた。
「だったら何で!?」
先程までの渋面だった顔を驚きで目を見開いたものに変えてバドは聞き返した。
ジークはテレビ画面で初めてバトリングを見た時から様々な準備をしてきた。
その中には試合に出るための機体を用意する以外に情報収集も含まれていた。
自分の住んでいる東側のスラムから街を挟んだ西側のスラムまではおいそれと行くことはできないが、それでも毎年出される選手名鑑は手に入れるようにしてきたし、それ以外にも入手可能な情報はなるべく手に入れるようにしていた。
だから【新人つぶし】の名とその手口については当然聞き及んでいた。
それなのになぜ挑発に乗ったのかといえば、それは避け得ないものだと思っていたからだ。
たとえ今日の挑発を強気で突っぱねても、相手は性悪な人間なので今後も付きまとったり悪い噂を流すなどして挑発に乗らざるをえない状況になるのは目に見えていた。
それゆえにジークは侮辱されて怒っているように見せて挑発に乗ったのだ。
「勝てるのか?」
「勝つためにできることはやってきたつもりだ」
心配そうに尋ねるバドに、ジークは強気な態度は崩さずに答える。
ジークは持てる力の全てを注いでゼピュロスを作るだけでなく、自分なりのトレーニングもしてきた。
自作したトレーニング器具で鍛えるだけでなく、ワーカーを操作してできる仕事はサンドワーム狩り以外にも修行だと思ってこなしてきた。
絶対に勝てると思うほど自分は技量のある人間ではないが、絶対に負けるほど才能のない人間とは思っていなかった。
それに試合の日が明後日なのも自分たちには幸運なことだとジークは思っていた。
何故なら、一日あれば機体に必要な調整もできるし、向こうが何らかの妨害をする暇もないと思われるからだ。
これだけの好条件が揃えば、後は自分の立ち回り次第でどうにでもなるとジークは思っていた。
「ふむ。そこまで言うのならもう何も言わん。思う存分やってみろ!」
ジークの考えが楽観的だなと思いつつも、バドは悲観的なことは言わずに思う存分突っ走らせることにした。
翌日、二人は機体調整に時間をかけていた。
ジークの予想どうりにダルトンはこちらにちょっかいはかけてこなかった。
ダルトンが早急に試合を組ませようとしたのは、こちらが試合をこなして技量が上がる前につぶしておきたいという思いがあったからだろう。
そうやって早急にことを運べば当然妨害工作をする時間はなくなってしまう。
ゼピュロスを見た目で判断して油断しているだけかもしれないが。
それでも、ダルトンが余計なことをしないおかげで、ジーク達は小休止を挟みながらじっくりと時間をかけて機体調整をすることができた。
「今日はもうここまでにしておくか」
外はもう夕日が沈み始めたの見てバドはジークに話しかけた。
そう言われたジークはノロノロとした緩慢な動きでコックピットから出てきた。
時間の経つのも忘れて機体を調整していたので、気づいた時には腹ぺこになっていた。
「メシを食ってから休むとするかな」
首を鳴らしながら呟くバドの後ろに続いてジークは付いて行き、そのまま食事をしに整備場を出て行く。
このスタジアムと周囲10メートルの範囲はスラムにあるとは思えないくらい発展していた。
飲食店や土産物屋にとどまらず、選手用の宿泊施設からウォーリア用の部品を売る店まであった。
さすがに最新の部品までは売っていなかったが、それでも数と質の両方で十分充実していた。
ここを取り仕切るギャングがいかにこのスタジアムを重要視しているのかがよくわかる。
ジークとバドはそういった飲食店一つに向かうことにする。
幸運にもダルトンとその一党に出合うことはなかった。
そのお陰でゆっくりと美味しい食事を味わうことができた。
機械弄り以外の楽しみが見つからないような所に住んでいたジークは初めての食道楽を楽しんでいた。