第三話 コンテナ
はるか彼方の銀河にある砂の惑星ディーン。
その辺境にある大都市アクロスに今日も朝日がのぼる。
アクロスはオアシスを中心にして作られた円形の外壁に囲まれた巨大な都市だ。
街の南北には砂上船が停泊する港がある。
東西には浮浪者達が集まって作ったスラム街があった。
アクロスの行政府は壁の内側にいる人間のみを市民として治世を行ってきた。
そのため壁の外側は無法地帯となっており、犯罪者を捕まえても突き出す治安機関がないため、全ては捕まえた人間の胸先三寸にかかっていた。
バドが経営する店は街の東側にあるスラム街にあった。
そのため目の前でふん縛られている盗人はバドの好きにすることができた。
「ジーク。こいつらを砂漠に捨ててきてくれ」
とても軽薄そうに見える二人組をひと睨みしたバドはすぐに興味を失ってジークにそのように告げる。
そう言われたジークは同情する素振りも見せずに淡々とした態度でワーカーを繰り出す。
その様子に二人は大慌てで言い訳をするが、もちろん聞く耳は持たなかった。
最後には自分はこの辺りを仕切るギャングの幹部だなどと言っていたが、彼らがその辺にいる飲んだくれだというのはわかっていたので無視した。
何の装備も持たず、しかも体を縛られた二人は、やがて砂漠に住む危険な狩人に狩られるだろう。
これもまたスラムで見られる日常の一コマだった。
ジークが昨日町に戻って来たのは日が暮れてだったが、それでもまだ宵の口だったのか多くの人間にコンテナを引きずる姿を見られた。
そのため昨夜のうちに盗人が大勢押しかけると思いジークは気負っていたが、実際には間抜けなチンピラが罠にかかって気絶しているだけだった。
そのことにジークは拍子抜けしていたが、バドは予想の範囲内だったようだ。
バドが店を始めたばかりの頃は結構な頻度で盗人が押しかけていたが、ことごとく罠にはめて退けて来た。
そのおかげでここいら辺を仕切るギャングからも敬遠されるようになった。
もっとも、その鉄壁とも言えるセキュリティをジークはかい潜って来たのだが。
ちょっとしたトラブルを片付けた二人は改めて謎のコンテナと向き合うことにする。
そのために照明を前に並べ懐中電灯をきちんと用意してから再び扉を開ける。
十分な光量を照らされたおかげで、昨夜はボンヤリとしかわからなかった物が、今はハッキリと見ることができる。
そこにあるのは人の背丈ぐらいはありそうに見える機械部品と思われるものだった。
樽のような形をした物を見て、二人は好奇心に満ちた瞳で見つめ続ける。
物作りをしているためか、機能美に溢れた機械に二人はついつい見とれてしまうが、いつまでも見ている訳にも行かず、詳しく調べるために機械をコンテナから慎重に取り出す。
二人とも機械の専門家だから外見から大体の予想はしてみるが、性急に答えを出すようなことはせずに慎重に徹底的に調べることにした。
「こいつはジェネレーターだな」
納得するまで調べ尽くしたバドは目の前の機械について、そのように結論ずけた。
隣に立っているジークも同意見のようでうなずいている。
「それとこいつを見てみろ」
バドが指差したのはジェネレーターの下部だ。
そこには文字が刻印されており、それを見たジークは驚きの声をあげる。
「こ、これは?!」
「てっきり都市伝説の与太話だと思っていたがな」
二人が疑惑と驚きの入り交じった視線を向けた先にはこう書かれていた。
ALCHEMIST R F
それはつい最近になって噂されるようになった不思議な話だった。
世界各地で現れた謎の機械部品。
誰が何のために作られたかわからないが、信じられないほどの高性能で分解することも模倣することもできない不思議な代物。
それがある日忽然と姿を現わす。昨日まで何も無かった場所に。
誰が作ったかを知る手がかりは目立たない所に刻印された「ALCHEMIST R F」という文字のみ。
そのことから刻印された文字にちなんで、これらはこのように呼ばれた。
「アルケミー ガジェット!」
声と体を震わせてジークは跪いて刻印された文字を見つめて指でなぞる。
都市伝説と言われているものを実際に目にすることができ年相応に喜び興奮しているようだった。
それに対してバドは冷ややかな態度をしている。
確かに噂の品に出会えたことは嬉しいが、疑う気持ちもまだどこかにあった。
噂どうりに、このジェネレーターは腕に自信のあるバドでも分解することができなかった。
だからと言ってそう簡単に決めつけてしまっていいのだろうか。
なにせアルケミー ガジェットが絡んだ詐欺事件の話を時折耳にすることがあるからだ。
だが、現状ではこれ以上調べることはできない。
下手に街の方へ持って行っても最悪取り上げられてしまうかもしれない。
ならば本物と信じて活用するのがいいだろう。
すぐそばに興奮している人間がいるせいか、バドは返って冷静に考えて、そう結論ずけることにした。
そうなると次はこれをどのように有効活用するかを考えるべきだろう。
「ジーク。お前はこいつをどうするつもりだ?」
これはジークが持って来たコンテナに入っていたものだ。ならば、所有権はジークにあると考えるのが筋というものだろう。
そう思ってバドはジークの考えを聞いてみることにする。
そのようなことを聞かれたジークは興奮状態から正気になり、迷うことなく整備場の一番奥へと足を向ける。
「もちろんこいつに使う!」
たどり着いた先にある物を見上げて興奮冷めやらぬ声でジークは答える。
そこにあるのは高さ約15メートルほどの大きさの鋼の巨人が立っていた。
その答えにバドは予想どうりだといった顔をした。
この世界では5メートル以下の作業機械をワーカーと呼ぶのに対し、ここにある15メートル前後の戦闘兵器をウォーリアと呼んでいた。
ウォーリアは小回りがきいて汎用性があるため戦場で最も多く使われていた。
まさに戦場の華と言える兵器だ。
何故そのような物がここにあるのかというと、それは当然ジャンク品をかき集めてジークが作り上げたからだ。
そのためか、この機体は左右不対象に作られており、両手両足も骨のように細く見える作りになっていた。
そんな不恰好に見える機体でも、ジークにとっては精魂込めて作った逸品だ。
バドに実力を認められてから約三年。コツコツと材料をかき集めて作り上げた成果がここにあった。
しかし、このウォーリアまだ完成しているとはいえなかった。
最後の部品としてジェネレーターを搭載してないからだ。
ジークもバドに協力してもらって、つい最近になって何とかモーターまでは作り上げることができた。
そのためジェネレーターに必要な材料は、これからかき集め始めたばかりだった。
そういう訳で今回の件は正に渡りに船といったところだった。
降って沸いてきた幸運にジークはどうしても興奮せずにはいられなかった。
そんなジークを見てバドは若者が暴走をしないように冷静に作業ができるように気をつけようと思うのだった。
それから二日後、ジークはウォーリアのコックピットの中でスイッチをいじりながら起動準備に取り掛かっていた。
「バド。こっちは準備OKだ!」
開け放たれたコックピットからジークは大声で呼びかける。
「よし!」
それを聞いたバドはハンドルを回し始める。
このジェネレーターは初期起動に取り付けられているハンドルを力一杯回さないと動かないようになっていた。
製作者がどういう意図でこのような仕様にしたかはわからないが、そうやって起動させれば後は無尽蔵にエネルギーを供給してくれた。
仕組みはわからないが正に名前のとうりに錬金術であった。
ジェネレーターがエネルギーを供給し始めたのを感じてジークはウォーリアを起動させる。
ブン
唸るような起動音がした後、正面と側面にあるモニターが映像を映し出す。
ジャンク品で作った割には視界は良好だ。
ジェネレーターが完全に作動するのを確認したバドは腹部の装甲を閉じる。
バドからの合図でそのことを知ったジークは早速ウォーリアを歩かせる。
ドシン ドシン
最初は覚束ない足取りだったが、一歩歩くごとにスムーズに進めるようになっていた。
ジークはそのまま整備場を兼ねている倉庫から機体を出す。
屋内から外に出たことで砂漠の強烈な日差しに目が眩むが、すぐさまに慣れてさらに一歩前に出る。
ジャンク品の寄せ集めである機体が日の光を全身で浴びることができたことにジークは言葉にできない喜びと感動に打ち震えていた。
そして、その感動を全身で表すかのように両手をあげてコックピットの中で大声で叫んだ。
これは世の中の流れからすれば小さな一歩だが、ジークの人生にとっては大きな意味を持つ一歩だった。
ブー ブー
機体の集音器がクラクションの音を拾う。
それに気づいて足元に目を向ければトラックが一台停まっていた。
トラックに乗っているのはもちろんバドだ。
今回は試運転をするために街の外に行く予定だ。
バドが同行するのは操作中に不具合が生じても砂漠の真ん中で立ち往生しないようにするためだ。
クラクションの音で正気に戻ったジークは自分が喜びのあまり雄叫びをあげてしまったことに気恥ずかしさを感じながらも操縦桿を握り込む。
幸いにしてマイクのスイッチが入っていなかったため奇声を上げたことを誰にも聞かれずにすんだ。
「さあ、行こうゼピュロス!」
気を取り直したシークは唇をひと舐めしてから機体の名前をつぶやく。
言葉の意味はわからないが、記憶の片隅に残っていた単語をジークは機体の名前に選んだ。