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第9章 龍一の過去(其の四クローン病患者)




それから一週間後……


さすがの龍一も、疲れが出始めた。

 「ふー、やっと、お客さんがいなくなった」

 「どうしたの、リュウ?疲れたの?」

 「だ、大丈夫です」


しばらくすると、一人の男が店に入ってきた。その男の姿を見て、龍一の表情が、鋭くなった。

 「何しに来やがった!?親父!」

 「おいおい、それが客に対する態度か?」

店に入ってきたのは、龍一の父、武蔵であった。

 「まあ、てめーに用はネー。俺は、瑠奈に話があるんだ。クソ餓鬼は席を外してくれないか?」

 「ふざけんな!俺は仕事中だぞ!」

 「リュウ、お前疲れただろう、部屋で休んでいな」

 「はい……」

龍一は、エプロンを脱ぎ、そのまま部屋の中に入っていった。

武蔵は、コーヒーを頼み、瑠奈と話始めた。

 

「馬鹿息子の、世話をしてくれてありがとう」

 「とんでもありません」

 「それから、偽善者呼ばわりした事も……」

 「前も言いましたが、おじ様の言っている事は正しいと思います。私自身も、罪人……」

 「いつまでこんな世界で生きるつもりだ!?良昭先生も、武も、そして、お前の母も、お前が、裏社会で生きる事を、望んじゃいない……それは、お前自身が一番よく知っているはず」

 「……」


しばらくして、瑠奈がコーヒーを出した。

 「うまい、これなら喫茶店だけでも、食べていけるだろう」

 「裏の仕事で、依頼人から、お金をもらったことはありません」


スイーパー……日本語に訳せば始末屋だが、瑠奈は人間のクズしか始末しない。

警察は、事件が起きてからしか動かない。たとえ命を狙われている者がいても、証拠がなければ動けないのだ。そのために、大事件となる事もある。

だが瑠奈は、依頼人が心の底から助けを求めれば、命に代えても、その依頼を果たす。

そして、依頼人の笑顔が、なによりの報酬なのであろう。

だが、中には、小野寺の時のような例外もある。

天神流の後継者は、皆修羅となる。瑠奈も相手が強ければ、修羅となってしまうのであろう。

 

「確かに瑠奈おまえのおかげで、助かった人は多いらしいな……ところでお前、彼氏はいないのか?」

 「いません」

 「そうか……お前なら気づいていると思うが、俺の馬鹿息子は、お前に好意があるみたいだが……」

 「私は罪人、リュウには、私なんかより、もっといい女性と付き合ってほしいのです」

 「まあ、アイツはまだ、中坊だしなぁ」

 「私は、沙織おば様の気持ちを知っていたのに、リュウに武術を教えてしまいました。おじ様を倒した天神流を……」

 「瑠奈、それは間違いじゃない。間違っていたのは俺だ。龍一に護身術として、武術を教えていたら、アイツはいじめられなかっただろう……あの時、俺は何もしてやれなかった。アイツも男としてのプライドがあったのだろう、絶対にいじめられていた事を言わなかった」


武蔵は、コーヒーを飲み終え、コーヒー代とは別に、龍一の生活費を瑠奈に渡そうとしたが、

 「今日は私のおごりです。それと、アイツに必要なお金は、アイツ自身、ここで働いて、払ってもらいますから」

もちろん瑠奈は、龍一からもお金を取るつもりはない。

 「そうか、だが、コーヒー代は置いてくぜ。アイツを頼むな」

そう言って武蔵は店を出た。


 その夜……

 「すいません。いつの間にか寝てしまって……」

龍一はあの後、そのまま寝てしまったみたいだ。

 「ご飯、できているから食べな」

 「はい、いただきます!」

龍一が夕食を食べ始めた。

 「親父、何しに来たんですか?」

 「あんたをヨロシクって、頼みに見えたのよ。それからさっき、南ちゃんが来ていたわ」

 「南が!?」

 「あんたに、合わせたい人がいるみたいよ」

 「俺に!?」

 「女の人らしいわよ!また近いうちに来るって」


その時、

ピンポーン

とインターホンが鳴った。

 「南かな?」

そう言って、龍一は玄関に向かった。

そして、玄関を開けると、そこに居たのは、母沙織であった。

 「お、お袋……」

 「元気そうね。これ、着替え、お父さんに頼んだけど」

 「あら、おば様、こんばんは」

 「瑠奈ちゃん、お久しぶり」

 「どうぞ、上がってください」

 「今日はただ、この子の着替えを持ってきただけで、今度ゆっくりと、遊びに来るわ」

沙織は、着替えを龍一に渡し、帰ろうとした時、 

 「お袋、この前はゴメン……」

龍一が沙織に、この前のことを謝った。

 「たまには、家に帰ってきなさい」

 「ああ、たまには、顔を出しに帰るよ」

龍一は、途中まで母を見送った。


 「この辺でいいわ。ありがとう」

 「ああ」

 「あんまり無理しないようにね。休む事も必要なのだから」

 「分かったよ。それじゃ」

さすがに、瑠奈と同じリズムで生活をしていては、龍一は倒れてしまうだろう。

そのため、瑠奈は龍一に、店の手伝いを週4にして、時間も十一時〜閉店までにした。


 それから三日後の午後……

ピーク時が過ぎ、お客は一人もいなくなった。

その時、店にある男が現れた。

 「いらっしゃいませ!」

龍一が、丁寧に接客をした。

すると男は、 

 「瑠奈ちゃん、お久しぶり」

その男は、瑠奈の事を知っているようだ。

瑠奈も、その男にあいさつをする。

 「ホント、久しぶりね。3年ぶりかしら」

男は、龍一の方を見て、

 「この子が、瑠奈ちゃんの弟子かい?」

と、瑠奈に尋ねた。

 「ええ、出来の悪い弟子で、困っているんですけど」

 「どうも、すいません」

龍一は、申し訳なさそうに答えた。

 「出来が悪いか……俺も昔はそうだったな」

 「あの小野寺先生にまで、喧嘩を売ったらしいのよ」

 「小野寺先生か……懐かしいなぁ。あの時、瑠奈ちゃんに、病院送りにされたのが、昨日の事のように思える」 

 「(ルナさんに、病院送りにされた!?)」

男はコーヒーを頼んだ。

すると瑠奈は、 

 「体調の方はいいの?」

と、男に尋ねた。

 「まあまあかな!?2年前から、パン工場で働いている。それより今度、美奈子と結婚するんだ」

 「やっと、美奈子さんと結婚するのね。おめでとう」

 「ありがとう。瑠奈ちゃんが月の女神なら、美奈子は愛の女神かな!?」

 「確かに美奈子さんは、ヴィーナス(愛の女神)かもね・・・」

 「ルナさん、この人は誰ですか?」

瑠奈はしばらく黙っていた。

すると、男が答えた。

 「俺の名は、野々村将太……昔、瑠奈ちゃんに、小野寺先生を始末してくれと、依頼した事があるんだよ」

龍一は、男の言葉を聞いて、何者なのか分かった。


五年前に小野寺 辰彦を始末してくれと依頼した、チンピラの一人だという事を……

だが龍一には、なぜ、そんなクズと瑠奈が仲良くしているのかは、分からない。

 「他のヤツらは、留奈ちゃんに恐怖を感じ、この街から姿をけしたが、俺は入院中に、瑠奈ちゃんや美奈子のおかげで、人の優しさを知る事が出来た」


将太の婚約者、美奈子は、看護師である。年は二十八歳で、将太は美奈子の二つ下である。 

将太は最初、整形外科で入院していた。怪我も治り、本当なら、他のチンピラ共と同じように、退院できるはずだった。

しかし、お腹の痛みが消えない。

将太は、そのまま内科病棟に移された。

そして、検査の結果、彼の病名が分かった。

クローン病だ!

あの愚かな男、野村昇児と同じ病気だ! 

 

「最初は、治らないと聞いて、世の中がイヤになったよ。そんな時、留奈ちゃんが見舞いに来てくれた」

 「他の連中は退院しているのに、野々村さんだけ、まだ入院していると聞いたから」

 「すごく嬉しかった。その時、瑠奈ちゃんの優しさを知ったよ」

 「私もその時、クローン病という病気を知ったわ」

 「クローン病!?クローン人間なら知っているけど……」

龍一には、初めて聞く病名だ。


クローン病は、一九三二年に、クローンという人が発見したところから、その名前が付けられた。そのため、クローン氏病ともいわれている。

クローン病は、口から肛門までの消化器に潰瘍が出来るが、主に小腸や大腸に潰瘍が出来る。

 

 「腸が細くなったり、穴が開いたりするんだぜ!しかも、腸を安静にするため、胸から点滴をして、絶食なんだぜ!」

 「ホントですか!?」

 「ああ、けど、すごい激痛だったから、食欲なんか無かったけど・・」


将太はこの時、腸閉塞を起こしていた。そのために、緊急手術となった。

クローン病は、命に係わる病気ではないが、腸閉塞や血便が止まらなかったりすれば、当然命に係わる。そのため、緊急手術が必要とされる。

野村 昇児もそのために、三回も手術をしている。 

 

「今度はそのため、外科に移されたんだ。術後には、二、三日、付き添いが必要だったが、俺には親がいないんだ」

将太の両親は、彼が十八の時に、交通事故で亡くなっている。

 「俺は、昔からワルをやっていて、結局、親孝行出来なかった」

将太の目から涙が流れた。

 「将太さん……」

龍一は、やっと分かった。今の将太がクズでないという事を……

将太は涙を拭いて、再び語り始めた。

 「術後、俺の付き添いをしてくれたのは、瑠奈ちゃんだ。手術後は、次の日から歩かされた。術後の痛み、体中にはたくさんの管、けど、瑠奈ちゃんがいたから、苦痛の中、次の日から歩く事が出来た」

 

手術して、次の日から歩くのは、再び腸閉塞を起こさないためでもあるが、再び腸閉塞を起こしてしまう人もいる。

 

 「この時、瑠奈ちゃんにも親がいないと知った。俺はこの時、瑠奈ちゃんに恋をしていた。調子がよくなったら告白しようと思った。そして、地獄の二週間を、外科で過ごし、再び内科に戻るのだが、所詮、治らない病気……問題なのは、食事だ。点滴のカロリーを減らして、エレンタールという栄養剤を飲まなければいけないのだが、これが不味いんだよ。一応、いろんな味のフレーバーがあるんだけど、不味い!」


エレンタールは、粉を溶かし、飲む方法と、鼻から管を通して、点滴のようにゆっくり落として、栄養を取る方法がある。

また、エレンタールは、一パックに三〇〇カロリー入っている。成人男性は約一五〇〇カロリー必要・・・エレンタールだけで生活するなら、五〜六パックは必要となる。

他にもラコールと呼ばれる栄養剤がある。こちらは、すでにジュースのようになっており、味も何種類かあって、エレンタールよりも飲みやすい。だが、カロリーは一パックに二〇〇カロリーしかない。


 「食事も、栄養士からいろいろ聞いたけど、未だに、何を食べていいのか分からん」

 

クローン病の食事は非常に難しい。簡単にいってしまえば、エレンタールやラコールだけで、生活するのがいいといわれている。

しかし、それでも再発をしてしまう人もいる。逆に何を食べても平気な人もいる。

だが、腸の病気なのだから、食事は消化のいいものを食べた方がいいと思われる。

それでも調子が悪くなるなら、栄養剤だけで絶食をした方がいいと思われる。

 

 「俺は、ある決意をした。瑠奈ちゃんに告白しようと決めたんだ。だが、ふられた」

龍一の表情が、険しくなった。自分が告白した時、ふられたと、思ったからだ。

 「俺にとって、初めての恋だった。それだけに、ショックも大きかった。そんな時、よく慰めてくれたのが、美奈子だったんだ。俺は、無理だと思いながらも、退院する日に、彼女にアドレスを教えた。そして、久しぶりに、誰もいない家に帰ってきた・・次の日の朝、起きて携帯を見ると、メールが来ていた。美奈子からだった。そして、再び俺の恋が始まったのさ」


将太がこの時、入院していた期間は、二ヶ月……

普通の人なら長いと思うだろうが、クローン病や、他の難病患者からすれば、二ヶ月など、マシな方だろう

彼らは、半年や一年の入院ですら当たり前、しかも、クローン病は、治療のため絶食、ひどい時は、水を飲む事さえ出来ないのだから……

更に、退院してもすぐに戻ってくる人もいる。

 将太も、その後、数え切れないほどの入退院を繰り返している。


 「さて、そろそろ行くか……ごちそうさん」

 将太が、コーヒー代を払おうとしたら、龍一が、

 「結婚祝いにしては安いかもしれないけど、今日は俺のおごりです」

 「ありがとう。君の名前は?」

 「神威 龍一です!」

 「龍一君か、君の恋もうまくいくといいね」

 「えっ!?」


将太には分かっていた。龍一が、瑠奈に好意を持っているのが……

そして彼は、店を出た。





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