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彼の恋(仮)  作者: 塩津湖
4/6

追記予定です。


四(高校二年生時代)


 語り手はそこまで話し終えると、徐に左手をまっすぐ上に突き上げた、それはただ自分の左手の腕時計を見るために、袖をまくっただけなのだが。

 その時、俺は思わず、語り手の左手が気になった。それは全体的に白く、爪は丁寧に切られていたが、やけどの跡なのか、手の甲が何箇所かただれていた。

 語り手は腕時計を確認すると、「もう終電を過ぎてるが良いのか?」と周りに訊いた。

 すると、大柄の男は「最初から始発に乗るつもりだったよ」と答えた。他の奴らも「別に大丈夫だよ」とか、「こんな楽しい話を、終電を理由に中断できるか?」など、様々な答えが語り手に返ってきた。

「みんな、お前の話を聞きたいんだよ」と言ったのは、白作業服だった。語り手は「こんなつまらない話を、ねぇ」と呟く。

「話の良し悪しを決めるのは、聞き手だ。語り手じゃないぞ」と白作業服は語り手に釘を刺す、話を最後までさせたいらしい。

「それよりさ、聞きたいことがあるんだけど、良いかな〜〜」とチャイナドレスが口を挟んだ。語り手は、構わん、とその女性に向かって答え、その後「どうせ、最後まで喋らなきゃいけないみたいだしな」と蚊が鳴くような声で呟いた。

「それじゃお言葉に甘えて」とチャイナドレスが前置くと「登下校の時に話す以外に【彼女】との交流はあったの?」と質問が飛ぶ。

「そうだな、……教科書の貸し借りくらいかな」と語り手はそう答えた。

「教科書の貸し借り?」とチャイナドレスは顔を赤くしながら疑問符を唱えた。

「実を言うとな、高校一年生の後半からある実技教科の教科書が紛失していたんだ」と語り手。「その教科は、時間数自体は少なかったんだが、必ず教科書が必要だったんだ。先生が忘れ物に関して熱心な人でね、必ず持ち物検査があったんだよね」

 「持ち物検査? 授業がある度に?」と聴衆の誰かが訊いた。それに対して、語り手は「正確には授業の必要物が揃っているかの確認だ」と答えた。

「だから、俺は誰かから教科書を買わなければいけなかったんだけど、俺自身それをいろんな個人的理由でやりたくなかったんだよね」と語り手は言った。「恥ずかしさもあったし、意外と教科書というものが高かったのもその理由だ。だったら、教科書を借りれば買う必要もないよね、ってことで借りなければならなかったんだ」

「けど、そんな毎回の授業で貸してくれる人なんていたの?」と委員長が言った。

「いた、【彼女】がそうだった」語り手がそう答えた。「その授業が一週間に一度しか無くて、授業の時間数がもともと少なかったから、【彼女】によく借りに行ってたね」

「いや、一週間に一度でも多いだろう」とタンクトップはツッコミを入れた。

 語り手は「まあ、回を経る毎に借りるのが面倒臭くなって、最後には借りなくなったけどな」と笑いながら付け加えた。

「なんだよ、それ」「結局かよ」「やっぱりか」

 と、本末転倒な補足情報に聴衆からそんなヤジが飛ぶ。

 すると、そのヤジを聞いた語り手は甲高く笑い始めた。

 唐突に笑い始めた語り手に、男を囲む聴衆は思わず唖然となる。

「どないした、あんさん。何が楽しいんや?」聴衆の誰かが言った。

 

 

(追記予定)


***


 高校二年生になっても、【彼女】との関係は変わらなかった。

 登下校の途中で出会うと言葉を交わす、教科書の貸し借りをする、それだけだった。

 だが、そんな交流を一年間もすると、俺と【彼女】の関係に気がついて、何か特別なものがあるのでは、と思い始める輩が現れた。

 それは特に俺の部活友達だった。複数人いる内の一人が【彼女】と同じクラスだったのだ。

 ある日の部活帰り、そいつはこう訊いてきた、「【彼女】と『シラギ』の関係ってなんなの?」ってね。

 高校の時、部活内では俺は『シラギ』と呼ばれていた。由来は中高生の間で頻繁に使われているチャットアプリでの適当に付けていた俺のニックネームからだ。

 俺はそいつに「……なんだろうな、なんだと思う?」と訊き返した。

 すると、そいつは「恋人」だと言ったので、俺は即座に「違う」と言った。俺はそいつに「腐れ縁だ」と【彼女】との関係を表した。

 それは事実だ、謙遜でも隠蔽でもない。ただ事実を述べただけだった。

 繰り返しになるが、この時の俺は【彼女】のことを異性として特別に見ているわけではな買った。ただ、友達として【彼女】と接していたのだ。

 だが、そいつにこのことを聞かれた時、少々複雑な気持ちでいたのも事実だった。

 ――なぜか、って?

 それは、……そうだな、うん、順を追って話そう。

 大体高校二年生の二学期の中間ごろからだろう、【彼女】と会う頻度が極端に減ったんだ。

 極端な話、一ヶ月ほど会えなかったことが会った。

 そんなこと、これまでなかったんだ、これまでは週に二回ほどは会えていた。

 なのに、一ヶ月だ、異常だった。

 ……と、ここまで煽ってきたが、実を言うと、その時の俺はそんなことを気にする余裕などなかった。

 それは、俺の部活においての作業量もまた極端に増えたからだ。その時の俺は二つの部活を掛け持ちしており、どちらも忙しいものだった。しかも、内一つの部活の意識が急速に変わりつつある時期で、明らかにストイックになりつつあった。

 それに伴って、作業量や練習量が増え、格段に難しくなった高校二年生の勉強と並行してやらなければならず、いろんなことに対してキャパを、俺はとっくにオーバーしていた。

 そのため、俺はなかなかあの事に気が付かず、ふとした時に、そういえば最近【彼女】と会わねえ(ない)な、としか思っていなかった。

 そんな中、あるテスト期間中のことだった。テスト期間中は、もちろんのことながら、問答無用で部活停止となるため、久しぶりに家にまっすぐ帰ろうとしていた。

 そんな時、高校の最寄り駅で久しぶりに【彼女】を見かけた。俺は迷わず【彼女】に声をかける、その時の【彼女】の様子、体格はいつも変わらないように俺には見えた。

「久しぶりだな」と俺が言うと、【彼女】は「久しぶりだね」と返してくれた。

「どうしたんだ、最近お前を見かけなかったんだが」と俺は彼女に訊いたと思う。

 【彼女】は「うん、……そうだね」と、言いたく無いような声色で呟き、少し口ごもった。

「あのね……、うん。最近、心の調子が悪くてね。今まで、少し休んでたから」と【彼女】は蚊が鳴くような声で言ったんだ。

 俺は「心?」と、今から思えば非常に失礼な調子で、訊き返した。

「うん、そう」と【彼女】は相槌を打つ。

「ふ〜〜ん、……大丈夫?」と俺は、これまた不親切そうな調子で、聞いた。

「うん、今は少し、マシ(大丈夫)になったと思う」と【彼女】。

 「なるほど」と俺は呟くように答えた。

 この時、俺は理解していなかった、【彼女】がいかに苦しんでいたかを。

 ……言い訳させてくれ。俺ははっきり言うと、図太くて、他者の気持ちを察することができない。特に、「心」の病に関しては俺にとって一番共感しづらい話題と言える。

 だから、【彼女】の言っていた意味を半分も察することができなかった。如何に【彼女】が苦しんでいたかを理解できなかった。

 そして、また【彼女】としばらく会うことがなくなってしまった。

 【彼女】が高校に通っていた日数がだんだん減っていたのと、同時に俺自身がだんだん忙しくなり【彼女】と帰宅時間が合わなかったことが合わさり、次に会うまでにかなりの間が空いてしまった

 そして次に会ったのは、それから一ヶ月以上経った後の高校2年生のテスト期間中のことだった。その日、俺は教室に残ってある程度自習してからの帰宅だった。

 ある程度頑張った後、自分の集中力がなくなってきたところで家に帰ることにしたために、外はまだ明るかった。

 そんな中で、俺は【彼女】と学校の校門付近で久しぶりに出会ったのだ。

 俺と【彼女】はまた「よっ」、「や」と一言二言を交わした。

 「最近どうですか」と俺は言うと、【彼女】は「う〜〜ん、そこそこ」と言った。「ふ〜〜ん」と俺は、言葉そのままの意味でその言葉を受け取ってしまっていた。

 大した会話もないまま、俺たちはバス停まで歩いた。バス停は『高校生の帰宅ラッシュ』とは合致しなかったために、バスを待つ人は二、三人ほどしかいなかった。

 ちなみに、そのバス停はベンチが数個置かれていたが、座面が金属でできていたため冬場に座ると、まるで氷の上に座っているかのような感覚に襲われるため、冬にその椅子に座る人は少なかった。

 ……とはいっても、ここは都会じゃない、地方だ。このバス停は高校生がよく利用するとはいえ、時間帯によっては四五分も感覚が空くことがある。この時、俺たちがバス停に着いた時、タイミング悪くバスが出発した直後だった。

 俺はスマートフォンで時刻表を確認しようとしたが、ポケットから出した時、スマホは電源を立ち上げる途中で画面にはまだ立ち上げ時のアニメーションが映し出されていた。俺は諦めて、バス停の時刻表を確認すると、【彼女】にこう言った。「次のバスが来るのは二十分も後だって」と。

 【彼女】は「そっか」と相槌を打ち、そのままベンチに腰掛けた。二十分も待つとなると、その間立っているのもしんどい(辛い)のだろう。

 俺も【彼女】に釣られて、ベンチに腰をかける。すると、お尻に痺れるような冷たさが襲いかかる、が、それは数十秒もするとベンチに体温が伝わり、特に何も感じなくなった。

 そこから、俺と【彼女】はたわいも無い話をした。

 今の天気のこと、お互いの部活のこと、お互いのクラスのこと、など様々だ。

 こんな話もした、俺たちの関係が一部の人たちにあらぬ疑いがかけられている、と。

「私たちが付き合ってる、って疑ってくる人がいるんだよね〜」と【彼女】が言った。

「なるほど」と俺は相槌を打つ。

 その会話は【彼女】の愚痴みたいなもので、その後もくだらない話が続いた。

 雲行きが変わったのは、勉強の話になった時だった。

「今度のテスト、良い点取れそう?」と俺が訊くと、【彼女】はこう言ったんだ。

「ん〜〜、どうでも良いかな」と。

 俺は思わずこう言った、「そんな悲観するなよ」と。

「うーん、そういう意味じゃないんだよね〜……」と呟くと、【彼女】は思い出したように「あれっ、あなたには言ってなかったっけ」と言ったんだ。

「……何の事?」と俺が訊くと、にっこりと笑いながら【彼女】はこう言ったんだ。

「私、三学期の末にこの高校、退学することになったから」


***


「嘘」

 聴衆の誰かがそう呟いた。それと同時か、それより早かったか、語り手から発せられた『退学』という二文字によって、さっきまでの喧騒がまるで嘘のように静まり返った。

 この場にいる誰もがこの展開を予想していなかったのだ。

 確かに、彼は一番初めに「失敗した方の」ラブストーリーとは言っていた。が、話の流れや彼の性格からして、無難な『自然消滅』だと俺は思っていた。

 まさか『退学』なんていうパワーワードが登場すると思っていなかった。

 ……俺は、退学という言葉はあってないような場所にいた。底辺高校ならまだしも、ある程度上の高校では、高校は入学した全員が一人も欠けることなく卒業するものと思ってしまっている。事実、俺の周りで高校を退学したやつなど一人もいなかった。

 ある記事で読んだことがある、底辺大学の先生たちは大学を少しでも良く見せるために退学者を出したくないのだと。それは高校でも同じだろう、こちらは小説だが、そこでも退学者を出したくない先生が描かれていた。

 だが、彼の高校はある有名大学の付属高校だ。退学者はもともと少なく、多少でたところで対して評判に傷がつくこともないのだろう。

 ただ、……そんなことを考えている時だった、ふと、ある男が気になった。

 語り手とテーブルを挟んで向かいにいる男が平然とした顔でビールを呷っていたのだ。その時の場の雰囲気は、俺の隣にいるアルコール臭の男のようなすっかり眠りこけた奴らは別として、完全に沈みきっていた。まるで、一言も喋ってはいけない暗黙の掟でもあるかのように静まり返り、そして表情もまた、聞いてはいけないことを聞いてしまったと後悔するようだった。

 そんな中で語り手の向かいにいる男は平然と酒を呷っており、それどころかこの状況を楽しんでいるようにも見えた。

 ……ああ、そうだった。この話を振ったのがあの男だった。男は語り手に話をさせる時、こんなことを言っていた。

「あの話をまだ部署内にしか話してないんだろ」と。

 つまり、この場にいる人の中では彼だけがこの話の全容を知っているのだった。

 それと同時にこうも言っていた、「オメデタイ、は・な・し」と。

 ということは、この話はもしかしたらハッピーエンドで終わるかもしれない、俺はそう考えるようになった。俺は、彼に声をかけた。

「……【彼女】が退学する理由は?」と。

 すると、その一連の静寂を破る声に反応して一斉にこちらに注目する。若干気恥ずかしい気もしなくもない。

「出席日数不足、だった」と彼はどこか投げ遣りな声色で答えた。「【彼女】の心労で学校に足が向かなかったらしい。それで、一週間に何度も登校できなかったり、丸一週間来れなかったりした時もあったらしい」

 「俺には……、心が辛いときというのはよくわからない」と後悔するように、語り手は呟いた。

 だが、そのすぐ後に「いや、違うな」と何かを思い出したように呟いた。

「……何が違うんだ」

 そう聞いたのはタンクトップだった。

「学校に足が向かない、というのはなかったが、それ以外なら足が向かなくなった時はある、ということだ」と語り手は答えた。

 すると、「それとは少し違うんじゃない?」という反論がグレーのスーツの女性から飛んできた。「さっき、【彼女】が心労で学校に行かなくなった、って言ったよね。じゃあ、【彼女】は友達とかそういうのが本当に重荷になったんじゃないかな?」

「あなたが言うような、やりたくなくて行きたくない、っていうことではないんじゃないかな」とグレーのスーツの女性は言った。

 だが、語り手は「そういう事ではない」と言った。男は反論した女性を指差し「お前が言いたいことはわかる、だが……」と言った。だが、グレーのスーツの女性を指差した人差し指は、男が言葉を紡ぐ内に指の関節が折れ、『だが』と言い終わる前に机に崩れ落ち男は下を向き、頭を抱えた。

 語り手はそのままの体勢で「その思いを俺は知っている、……かつ、それを理解しているはずなのだ」と述べた。

「……どういうこと?」とグレーのスーツの女性は頭を抱えたままの男に向けて言った。その様子から、女性は決して語り手を問い詰めているようではなかった、ただ、純粋な疑問から来たものだった。

 その問いに対して、語り手はしばらく答えなかった。男はその間に、答えを探していたのか、もしくはあの時、【彼女】に何もできなかったことを後悔していたのか、はたまた何も考えていなかったのか、は彼が俯いたまま顔色が伺えなかったために分からなかった。

 すると、彼は俯いたまま、こう言った。

「……俺が【彼女】から『退学』と聞いていた時期とほぼ同時期に部活に足が向きにくくなっていた時期がある。その時の俺の心情は、【彼女】が学校に来なくなった時の心情と酷似していると俺は思っている」と。

 男はその直後、顔を上げるなり小麦色の液体が入ったジョッキではなく、無色透明な水の入ったコップを呷った。男の喉はその水を食道に送っていることを伝える。男はコップの中の水を全て飲み干すなりコップを机に叩きつけると、天を仰ぐように顔を上げ、片足を立てて座り直した。

 語り手はしばらくそのままで天を仰ぎ見たまま静止していると、不意に「その時……」と口を開いた。「俺は入っていた部活で俺は周りから期待されていた。だが、俺は周りからの期待に対して応え切れないでいた、俺なりの努力に対して実力が伸びていかなかったんだ。同時に、俺が入った時のその部活は丁度黎明期に入っていたんだ。時を追う毎に、部活の雰囲気が俺の思っていた方向と全くもって合わない方向に進んでいて、俺はその部活についていけなくなったんだ」

 「……部活をやめれば良いと思うやつ、絶対いるだろ」語り手は


***


 ――【彼女】が『退学』することを知らされた後、どうしたか、って?

 ……そうだな、……どうだったかな。

 …………………。

 ………………………………………。

 ……そうだ、思い出した。

 俺はまず、俺にとっての【彼女】の立ち位置を考えたんだった。

 俺が【彼女】に対してどう思っているか、【彼女】に対しての『好き』は恋愛的なそれなのか、友達としてのそれなのか、いろんなことを考えた。

 それができるようになったのは、俺に少し余裕ができていたからだ。それは俺の、部活での実力が他の部員に追いついてきたわけじゃない。俺がだんだん部活から距離を置くようになってきたからだ。

 あそこは俺がいるべき場所じゃない、俺はあそこから身を引くべきなんだ、ってね。今から思えば、それ自体は英断だったと思う。実際、その部活は俺がいなくなった直後、関西大会出場の常連校になった。

 それ自体はすごく喜ばしい、すっかりその部活とは他人になった俺でも喜んださ。だが、それと同時に思った、俺はあそこに居てはならなかったのだと。

 ……まあ、それはそれとしてだ。俺はその部活から身を引くことで、時間に余裕を持たせることができた。

 だから俺は、勉強もしつつ、じっくりと時間を掛けて考えることができた。そして、考えに考え、気づいたんだ。

 俺は異性として、恋愛的な目線で、【彼女】が「好き」だったんだ、ってな。

 ……正直、かなり前からそのことに薄々感づいてはいたさ、俺は【彼女】のことが好きなんだと。だが、俺はその思いを半ば疑って相手にしてこなかった。

 その理由は二つ。一つは部活と勉強で頭がいっぱいだったこと。

 もう一つは、かつて【彼女】に対して抱いていた恋愛的な「好き」は“かつての本命”に対して抱いていたものとは、大きく違っていたことだ。

 前も言ったが、“かつての本命”に対して俺はかなり「熱量が高い」恋をしていた。その熱量は今まで俺がした恋と同じ、俺が「恋」だと思ってきたそれと全く同じだった。

 それに対して、【彼女】への熱量は“かつての本命”に対して感じていたものと比べて、非常に静か、かつ、穏やかだった。例えるなら、かつての熱量が「『マグネシウムの燃焼』のような激しい炎」だとすれば、【彼女】へ向けたものは「暖炉でたゆたう炎」だ。

 二つは同じ燃焼であることは間違いない、が、あまりにも熱量が違いすぎる。その熱量は俺にとっての「親友」に対する熱量にどうにも似通っていた、【彼女】に対する熱量の方が若干高かったくらいだった。

 ゆえに、俺は【彼女】に対して抱く「好き」が恋愛的なものだとは思っていなかった、友達的な「好き」だと思って疑わなかった。

 だが、……それが恋愛的な「好き」だとわかったのは、……。

 …………。

 俺は【彼女】と離れたくない、そう思ったからだ。

 それからというもの、これから、俺は彼女とどう接すれば良いのかを自分の中で考えた。

 まず最初に、俺はこのまま【彼女】とお別れをして良いのか。離れたくないにしても、俺はどうやって【彼女】から縁を切らずに済ませるか、それらは考えておかなくてはならない。

 ……実を言うと、この時の俺と【彼女】は、今のご時世メールアドレスや電話番号を交換しないのは当たり前だが、SNSのID交換もしていなかった。そのため、このままの関係ではあの年度が終わると同時に【彼女】との関係は終わる。

 俺が【彼女】との関係を切りたくなければ、少なくともそれだけはしなくてはならない。

 だが、それだけで縁は切れないとは思っていない。それに【彼女】の性格からして、SNSはあまりしなさそうだ。ゆえに、SNSだけでは縁がすぐに切れてしまうかもしれない。

 じゃあ、どうすれば良い。

 ……答えは簡単だ。その実行には、単純かつ重要で不可逆的な確実性のある条件が一つだけ必要だが、俺はすでにそれをクリアしている。

 【彼女】に「好き」だと伝えよう、……恋愛的な意味の、な。


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