第八話 魔法と魔物
「人間を動かすのは、そうしたオモチャなのだ」
ナポレオン・ボナパルト(フランス第一帝政の皇帝)
※自身が設立した『レジオン・ド・ヌール勲章』を「(軍人の)古強者にオモチャを与えた」と批判されたことに対する発言。
「ユウト様、デール様、行ってらっしゃいませ」
そういって見送るアンナさんに笑顔で手を振って、冒険者登録所をあとにした。
アンナさんが振る舞ってくれたサンドイッチは、とても美味しかった。
食文化がそう違わないことをありがたく思った。
そして現在、町を出てダンジョンへと向かっている優人たち。
今、目の前に広がる青々とした草原には、馬車なのか、細めの車輪とヒヅメの跡がある。やはり、この世界には車や電車などは無いのだろうか。
祖母の家の近くも田舎でバスこそまばらではあるが、車は普通に走っている。転移場所からグラペブロまで結構歩いたが、こうまで歩きが続くと大変である。
普段何も考えず、当たり前にあるものとして使っていた車や公共交通機関の事を、ありがたく感じた。
町から少し歩いたあたりで、デールに聞いてみたかった事を話す。
「ところでさ、愚者やし見習いではあるけど、僕の職業って魔法使いやんな。魔法って使えるん?」
「そうだ。さては魔法を使ってみたくなったのだな?」
実は、町を出たらすぐ使ってみたいと思っていた優人。男子にとって魔法とは、生きているうちに一度は使ってみたい憧れなのだ。きっと。
コクコクと小動物のように、素早く首を縦に振る優人。デールは心持ち、笑っているように見えた。相変わらずネコの表情は読めないが。
「ではまず、ファイアを使ってみようか」
「おー!どうやってやればいい!?」
「うむ、手のひらの上に火を集めるようにイメージできるか?」
デールは簡単に言ってくれる。まぁよく分からないけど、とりあえずやってみよう。
正面に右手をかざし、火を思いながら、それが手のひらの中央に集中するようにイメージする。すると、手のひらから5cmほど上に、バスケットボールサイズの火の玉が生まれた。
マヂか…魔法…出た…。綺麗なオレンジと赤の混じったような色をしている。メラメラという音を立てるように燃えるその球体を、まじまじと見つめる優人。
「ふむ、まぁこんなものだろう。そこにある岩に向けて放つと良い。ボールを投げるような形でも良いし、手のひらから押し出すようにイメージしても良いぞ」
デールが見つめる先に、優人の背丈ほどの岩がある。ここから結構離れているが、ちゃんと当てられるだろうか?
ボールを投げるのは、現実でも出来そうだ。折角なので、岩に手のひらを向けて押し出すようにイメージし、火の玉を撃ってみた。
火の玉は重力の影響も受けず、まっすぐ飛んでいき…って、早い!?時速130kmくらいは出ているんじゃないか?
火の玉が岩にぶつかり、ごうっ!という音をたてて消滅した。岩の表面に、焦げた跡が残った。
「デール、魔法できた!でも思ったより威力あって、めっちゃ怖いんやけど!?」
興奮して話す優人を見て、デールも嬉しそうに話す。
「うむ、最初にしては上出来だ。ウォータも原理は同じで、火ではなく水をイメージするだけで良い」
なるほど、総じてLV1の魔法はこのように使うという事か。
と、ファイアがMPをいくら消費するのか気になったので、冒険者カードを確認する。『MP29/30』と表示されている。つまり、ファイアLV1の消費MPは1か。
「他にはLV1の魔法ってないの?」
「これからユウトが覚えられるものは、風の『ウィンド』と地の『アース』だ。魔法使いは火水風土4つの属性を使う事を得意としている。ユウトが勉強して人間力が向上すれば、使えるようになるだろう。それだけではなく、MPの最大値や、各魔法のLVも高まるぞ」
そういえば、こっちの世界に転移してきたばかりの時にも、そんなことを言っていたな。
色々ありすぎて、すっかり忘れていた。
「ちなみに、魔法はレベルいくつまであるん?」
「LV6まであると言われておるよ。LVが1つ上がるごとに消費MPが乗算される代わりに、威力も各段に上がるから、楽しみにしておくと良いぞ」
おお、なんと夢のある話だ。ファンタジー最高!こうなったらLV6まで全部覚えよう。
しかしまてよ、今のデールの説明通りだと…
「さっき消費MPが乗算って言うてたやんな?LV1のファイアやと消費は1?」
「そうだ」
「LV2は2として、その後はLV3で4、LV4で16、LV5で256。LV6で…えーと?」
「65536だ」
しれっと言うデール。
「僕の今のMPなんか、たった30やで?どうやったらそこまで増えるん?」
「うむ、まず普通の方法では増えないだろうな。それに、今のところアフクシスでそれほどのMPを有する魔法使いはいない」
やはりいないのか。みんな使えないと知って、なぜかちょっとホッとする。
デールの説明によると、LV6の魔法は、国を鎮めるほどの水を出したり、その土地一帯を燃やし尽くしたりする威力を持っているそうだ。そんなの、使う機会なんてあるのか?
「かつて、この世界では戦争において使用されたことがある。使った側も、使われた側も、何人もの犠牲者を出した。今でも幾つかの国で、それらの魔法が使用された痕跡を見る事が出来るだろう」
「そうやったんや…魔法で戦争なんて、なんか嫌やな」
急に魔法の事が怖いものに感じられた。
「魔法は、この世界の人々の生活を豊かにするのに役立っておるよ。料理を温めるのも、農作物に水を撒くのも、ゴミを焼却するのも、ホコリを風で飛ばして掃除するのも、魔法の恩恵あってこそできる事なのだよ」
なるほど、結構身近なところで使われてるんだな、魔法。平和な使い道もあると知って、安心した。
「凶悪な魔法を使ったのは魔王の軍勢だ。発動に何人もの魔法使いの命を犠牲にしてでも、その戦いに勝ちたかったのだろうな」
そこまでするか。さすが魔王といった所業だ。それに、命をかけて使う側も使う側だ。自分なら命を投げ出してまで、魔法を発動させようとは全く思わないのだが…
「歪んだ忠誠心は、時に人を異常な行動に駆り立てる。ユウトはそのようにならないようにするのだぞ」
「うん、頼まれてもそんな事せーへんよ!」
命は一つだからね。大事にしなければ。
そのような魔法談議に花を咲かせながら、随分と町から遠ざかっただろう。なだらかな丘に差し掛かったあたりで、急にデールが立ち止まった。
「ユウト、この丘の先に魔物がいるようだ」
「え、魔物!?」
やはりいるのか、魔物。これまで全然遭わなかったから、すっかり安心していた。
「どうやらイノシシ型の魔物らしい。1頭でいるようだ」
「それ、なんで分かるん?」
見てもいないのに、そんなことを言うデールが不思議だった。
「アフクシスでは空気中に魔素が漂っている。魔法もこの魔素を集めて使用するものだ」
なるほど、そういう原理だったのか。酸素みたいなものなのね。でも、それと魔物の探知、どういう関係が?
「その魔素が漂っていないところには何か物体があるし、魔素を体内に多量有する魔物は、魔素の塊のように感知できる。魔素さえ感知できるようになれば、魔物の形状を把握する事など、容易い事だよ」
「なるほど、つまり『円』みたいなものか…」
「なんだ、それは?」
どうやら、デール先生にも、念の知識は無かったらしい。漫画の知識ではあるが、デールの知らないことを知っていた事に、ちょっと得意になる優人。
そんな事より、問題はイノシシの魔物である。
怖いけど見たい。
見たいけど怖い。
「うーん、避けて通ったらええかな?」
「いや、残念ながらこちらに気付いて向かってきている。随分鼻の良いイノシシだ」
戦う事になるのか。覚えたての魔法が活躍する時がきたな。
「そっか。じゃあ、魔法で戦ったらええんやね?」
「…」
デールは何も言わなかった。イエス、という事か?
まあ、イノシシなら獣だし、ファイアは弱点か何かかもしれない。結構な威力があったし、吹っ飛ばしてしまおう。
そう考え、丘を見て待つことにした。
目の前の丘が盛り上がり、てっぺんが黒くなっていく。いや、そう見えただけで、実際には違った。
丘の上に姿を現したそれは、デールの言っていたイノシシである。しかし、ユウトの知っているイノシシと、ある一点において全然違った。
大きい。
明らかに横幅だけでユウトを寝かして2人並べた以上ある。体毛も黒く、明らかに「ザ・魔物」という雰囲気が出ている。
その丸い体に、左右対称についた赤い瞳が見える。丘の上に到着したイノシシは歩みを止め、その赤い瞳でこちらを凝視している。
「で、デール??」
デールは何も言わない。
次の瞬間、巨体が丘を蹴り、地面を鳴らしながらこちらに向かって走り出した。運動会の大玉転がしさながらの迫力である。当たったら確実にあの世に逝きそうだが。
(「これ、ムリゲーじゃね!?」)
優人の脳裏に「ダンジョンより先に、あの世を見るかも…」という考えがよぎった。
今回は、用語等の解説は特にありません☆
前書きの引用句は、魔法というオモチャを与えられた優人が、より魔法を覚えようとする動機に掛けさせていただきました♪




