第七話 愚者と賢者
天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと言えり
されども今広くこの人間世界を見渡すに、かしこき人あり、おろかなる人あり
その有様雲と泥との相違あるに似たるは何ぞや。その次第甚だ明らかなり
賢人と愚人との別は、学ぶと学ばざるとによって出来るものなり。
福沢諭吉(思想家 著書『学問のすすめ』)
【クラス】
魔法使い見習い
【ステータス】
HP:50/50
MP:30/30
攻撃:10
魔力:5
防御:5
魔防:5
【スキル】
ファイアLv1
ウォータLv1
【パッシブスキル】
体力強化
【パーソナリティ】
愚者
カードには、そのように書かれていた。
「ぐ、愚者!?」
他の諸々の情報よりも、なんだか不穏なその文字に目が行く。
「あら、珍しいパーソナリティですわ…」
「ふむ、しかしこれは…明らかに負のパーソナリティだな」
まてまて、転移してきて身につく特殊な能力って、普通プラスだろ??
なんでマイナスな能力がつくんだ?
見習いとはいえ、クラスが魔法使いは嬉しい。魔法、使ってみたかったし。
でも、この愚者は要らない。
「愚者って…これ『おろかもの』って事やんな?」
「うむ、そのような意味に取れるな」
気遣っているのか、デールが控えめに応える。
マジか…『愚者』…。
こんな結果には納得できない。もう一度冒険者カードを作ってもらおう。
腹が立ったので、カードを手に持って割ってしまおうと決めた。
カードを両手で持って「えいや!」と、親指に力を入れて曲げてみた!
…ところが、カードはなんの素材で出来ているのかわからないが、ぐにゃりと曲がるだけで、親指の力を吸収した。
「なんでやねん!?」
「ユウトさま、お気持ちは分かりますが、この冒険者カードは不壊でございます…」
アンナさんが丁寧に教えてくれる。
気に入らないので壊してしまおうとした自分の軽率さに、なんだか恥ずかしさを感じる。
あ、もしかしてこういう行動を取るところが愚者なのか?
それにしても、愚者、愚者、愚者…
だめだ、ショックを隠しきれない。
「デール!どうやったらパーソナリティは消せるん?」
カードを割れないのであれば、パーソナリティとやらを変更するまでだ。
この不名誉な称号は、可及的速やかに除去しなければならない。
「ユウトよ、カードを折ってしまいたいという心中は察するぞ。さて、パーソナリティについてだが…消す事はできないが、変える事ならできる。方法は、書かれたパーソナリティを打ち消すような習慣や人格を身に付ける事、だ」
「そんなん…。じゃあ、しばらく変える事ができへんって事やん」
優人は愕然とした。
「カードの情報は、知神ソマリス様によって管理されております。パーソナリティの欄は、魂に刻まれた人格を可視化したものですので、人格の変化をもってしか、情報を変更する事は叶いません」
受付のアンナさんがダメ押しで教えてくれる。
ショックだった。自分は周りとは違うと思っていた。周りは子供みたいな性格をしていて、思慮が浅い奴ばかりで、その中で自分だけはいろいろな事を考えられている大人だと思っていた。
知の神ソマリス…この世界には神までいるのか。さすがファンタジーの国、アフクシス。そして僕を愚者にしたソマリス、とりあえず許さん。
まだ見ぬ神に怒り覚える優人。
「ところで…これから、どうなさるのですか?」
複雑な表情をしている優人を見て話題を変えようとしているのか、アンナさんが優しい声で聞いてくる。
特に行くあてなど決まっていなかった優人に代わって、デールがこたえた。
「一旦ダンジョンに赴き、換金出来るものを得た上で、ここに戻って来る。その資金をもとに、王都へ向かうとするよ」
「あら、デール様がいらっしゃるのですか?資金面をお気になさらず、直接王都へ向かわれてもよろしいのでは…」
「なに、ユウトの自立を手伝うのが、私の仕事だよ」
暗に一人では何もできない、とデールに言われた気がする優人だったが、実際そうである。力のない自分の事を不甲斐なく思う。異世界転移で手に入る能力に期待していただけに、それがただの『愚者』だったと分かって幻滅していた。
「デール様が直接ですか?ということは…」
「そうだ。彼には期待している」
不幸のどん底にいるような気持ちの優人は、デールの話に耳を疑った。
なぜか分からないけど、期待されている?本当かな?
そんな優人の気持ちを知ってか知らずか、デールは続ける。
「一流の人間になりたいという願い、持ち前の快活さ、誤りを認められる素直さ、そして、一見マイナス要素しかないように見える愚者のパーソナリティ。これだけあれば、素養は十分であろう」
「やはり『賢者』、ですか?」
「そうだ」
「そんな…」
アンナさんが信じられないという表情をしている。
ん、賢者?魔法使いの上位で、割とポピュラーな職業とかじゃないのか??
「記録には無いが、この『愚者』のパーソナリティが進化した先にあるのが『賢者』である可能性が高いと思うのだ」
「確かに、その可能性は高うございます」
おお…ここにきてまさかの逆転劇。かなり珍しい能力に進化する可能性のあるパーソナリティなのか。どうしようもない気持ちになっていた自分に、勇気をくれたデールの期待に応えなければ。
「どうやったら、なれるん?」
「なりたいと強く願い、そう行動し続けられたなら」
そりゃそうかもしれないけど…イマイチピンとこない。
う~ん、という表情をしていると、デールが話しだした。
「では、1つ。ユウトの住む日本の識者から問題を出そう。福沢諭吉、は知っておるな?」
「そんなの子供でも知ってるやん。『天は人の上に人をつくらず』の人でしょ?」
『学問のすすめ』を書いた人だ。みんな平等、元々偉い人などいない…という話である。
中学校で習ったかな…でもどうして今それなんだ?
「その通りだ。では、その続きを知っておるかな?」
続き?そういえば、その続きは聞いたことない。
「うーん、しらない!」
素直に答えた。素直なのが良い所って、さっきデールに言われたしな。
「うむ、続きなのだが…」
デールは以下のように話し出した。
天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと言えり
されども今広くこの人間世界を見渡すに、かしこき人あり、おろかなる人あり
その有様雲と泥との相違あるに似たるは何ぞや。その次第甚だ明らかなり
賢人と愚人との別は、学ぶと学ばざるとによって出来るものなり。
「要約すると、このような事が書いてある」
「へ~。全然知らんかった」
学校では習わない事だった。いや、習ったのか?
少なくともテストに出た記憶はないが…
「福沢諭吉は、ただ人類が平等である事を説いていた訳ではない。彼は、基本的には平等を重んじつつも、賢い者や愚かな者、身分の高い人や低い人、お金持ちや貧乏、そうした違いは『学ぶか学ばないかで決まる』と、書いているのだ」
なるほど、それで学問のすすめ、というタイトルなのか。
う~ん、と唸っている優人にデールが続ける。
「つまり『自分はまだまだ知らない』という事を認識し、学び始めた者だけが賢者になり得る。その事をユウトに知ってもらいたかったのだよ」
デールは随分物知りだな。日本人である福沢諭吉のことまで知っているとは…転生して随分勉強したんだろうな。僕も負けないように頑張って勉強しなくては。
「分かった。この世界の誰よりも勉強して、賢者になるわ!」
「ふふ、どうやら分かってくれたようだな。頼んだぞ、ユウト」
ちょっと感動的だった。見つめ合う優人とデール。
2人の間に、確かな友情が生まれたと感じる瞬間だった。
と、その時…
ぐぅ~っ!きゅるる~!!
2人の腹が鳴った。…そういえば腹が減っていたのだった。
それを察したアンナさんが、気を利かせて声を掛けてくれた。
「あの…軽食程度でしたらご用意できますが、お召しになりますか?」
「「食べる!」」
ユウトとデールは同時に叫んでいた。
【用語等解説】
ピグマリオン効果…期待されると、その相手は伸びる。相手を期待する人の行動も、それに根差した前向きなものとなる。
一貫性の法則(一貫性の原理)…自分の行動や発言、態度などに一貫性を持たせたいと行動する心理。「この人は不誠実だ」と思われたくない心理から生じる。
【本章での使われ方】
「あなたは快活で素直な人だ」と伝えられたユウトは、そうあろうとする。
また、デールから期待を寄せられたユウトは、その期待に応えようと努力する。
デール自身も、ユウトを育てる為の行動に力が入る。
【詳細と活用方法】(人間関係ナビ☆彡)
http://for-supervisor.com/human-relationship/pygmalion/