第四十四話 どちらを選んでも…
「周囲に惑わされず、自分の心に従いなさい」
釈迦(仏教の開祖・ブッダ)
床に降り立った少年を、カポネは改めて値踏みした。それなりに強度の高い蔦を用意したつもりだったが、彼がそれを魔法1つで抜け出した事に、少しばかり驚きを覚えたのだ。
「小僧、思ったよりやるじゃねぇか」
「褒めてくれてありがとう。もしよかったら、このまま冒険者協会から出て行ってもらえへんやろか?」
カポネは優人の言葉を一笑に付した。
「ふん、俺を相手に随分と強気に出たものだ。まぁ、俺としてはこのまま退いてやっても構わないぜ?」
カポネの返答は意外なものだった。一瞬、優人は目の前の敵と戦わなくて済むのではないかと期待する。そんな2人のやりとりにデールが割り込んだ。
「ユウト、カポネをここから出してはいけない。マクガーンが言っていた通り、奴の目的は既に達成されているからだ。このまま行かせれば、国1つ…いや、この世界が滅びるかもしれない」
「え、そうなん?」
やはり、そんなに甘くは無いらしい。既に連戦で体力も限界に近いが、どうやら戦いは避けられないようだ。
「なんだ、マクガーンとやりあったのはお前らか。よく生きていられたな。マクガーンが教えちまったのなら、俺がここで何を手に入れたか、デールには全てお見通しって訳か」
そこで一息ついた後、カポネは優人に向き直り、再び話しかけた。
「では小僧、今度は俺からお前に提案がある。うちのファミリーに入らねぇか?」
「は…?そんなん、断るに決まってるやろ!」
こんな提案、考えるまでもなくNOだ。アウトフィットの面々とは、何度も戦ってきた優人である。とてもではないが、自分が彼らの一員になるなど、全くもって想像も出来ないし、想像したくもない。優斗の回答を予め予想していたかのように、カポネが続ける。
「そう怖い顔をするな。こうやって俺が直々にスカウトを申し入れるのには、理由がある」
真面目な顔で、カポネが語る。
「普通ならウチに歯向かったお前を生かしてはおかない。だが、フォディナの件は、功を焦った部下がやらかした不始末だ。あれでは、お前らが怒るのも無理はねぇ…本当に申し訳なかったと思っている」
カポネの話は、優斗にとって思いもよらないものだった。あれはアンジェロ達が独断でやった事なのだろうか?もしそれが本当なら、素直に謝るカポネ自身は意外といい奴なのかもしれない。
「その上で、お前の魔法の才能を見て、このまま敵対しておくには惜しいと思ってな。この世界で暮らしてきたお前なら分かるだろ?魔法使いの存在は、割と貴重なんだ。もちろん、それだけじゃない。アウトフィットにはまだ2000人以上のファミリーがいる。仮にお前がここで俺を倒したとしても、そいつらを全部敵に回すことになっちまったら、安心して暮らすことはできねぇだろ。だから悪い事は言わねぇ。アウトフィットに来ないか?」
「…折角提案してくれたところ申し訳ないんやけど…それでも断らせてもらうわ」
カポネの話に嘘は無さそうである。アウトフィットを束ねるボスとしての貫禄も十分に伺えた。しかし、もし仮にカポネが本当に優斗の事を高く評価してくれていたとしても、ギルドの襲撃や、デールから聞かされたアウトフィットの活動を聞く限り、優斗自身は犯罪に加担するような道を選びたくはない。
「じゃあ聞くが、お前の仲間の嬢ちゃんや、そこのデールは、どうなってもいいってのか?敵対する相手がいれば、家族や友人にも手をかける。それが俺たちのやり方だ。お前が今友好的な態度で俺たちと接してくれるなら、そんな事はさせねぇ。俺が約束しよう」
「そ、それは…」
確かに、カポネの言う通りである。自分の身は自分で守れそうだが、四六時中アイを守れるかというと、そうはいかないだろう。ならば、友好関係だけでも結んだほうが良いのだろうか。逡巡する優斗に、デールが凛とした声で話しかけた。
「ユウト、ダブルバインドだ!騙されてはいけない!」
「ダブルバインド?」
「ああ。『アウトフィットに入る』と言っても、奴はユウトの意に沿わない事を指示するだろう。かといって、奴の提案を断っても今のように脅迫されるだけだ。つまり、カポネの質問を考えた段階で、ユウトは奴の術中に嵌まっているという事だ。奴が狙っているのは、お前の心の弱みに付け込み、動揺を誘う事だ。動揺による心の弱さは、魔力に現れる。戦闘を有利に進めようという奴の作戦に惑わされてはいけない」
「なるほど、それがダブルバインドか…!」
そのような質問方法がある事など、優人は露ほども考えていなかった。どちらも選べない選択肢。それを戦いの前に持ちかけてくるカポネは、相当場慣れした相手だと言える。
「チッ…猫は猫らしく黙ってろってんだよ。じゃあ小僧、早い話が交渉は決裂って事だな。さっさとお前らを片付けて、俺は外に行かせてもらうぜ」
カポネがそう言うや否や、部屋中の蔦が意思を持ったように、一斉に優人に襲いかかった。咄嗟に臨戦態勢に入った優人は、ファイアを使い漆黒の蔦を1本ずつ正確に射貫く。それでも蔦は、まるで蛇が獲物に襲い掛かるように、優人へと迫った。
「小僧、お前自身の身体能力は一般人と変わらないようだな。どれだけ耐えられるか、お手並み拝見といこうじゃねぇか」
燃やしたそばから、またすぐに次の蔦が襲いかかる。上下左右、あらゆる方向から迫る蔦に対し、優人は防戦一方となった。魔素を探知する事で周囲の安全を確認しながら善戦していた優人だが、さしもの蔦の勢いに押され、部屋の隅に追い詰められていく。
「そんなところにいていいのか?安全だと思った場所が、逆に危険地帯って事もあるぜ?」
カポネがそう言うと、突然、優人の後方の壁が音を発して崩れ、そこから飛び出した蔦が優人の首に巻き付いた。魔素探知の届かない、外から壁を破った攻撃だ。流石の優人も、これは防ぎようがなかった。優人の首に巻き付いた蔦に、力がこもる。
「ぐっ…くそっ!」
再び小爆発が起こり、優人の自由を奪っていた蔦を破壊した。アースボムを用いて蔦を吹き飛ばした優人は、両手を前に翳し、その先に1つの火球を作り出した。その球体から、幾筋もの炎が矢のように射出され、襲い来る蔦を正確に迎撃していく。工事に用いられる重機が立てるような低い音を発しながら、凄まじい勢いで炎が舞い踊った。炎の帯によって、優人の頬がオレンジ色に染まる。
プロムイグニス。
Lv3に位置するプロムイグニスは、下位のフレイムスローより威力は低い。その代わりに、術者が視界で捉え、敵意を示した物を自動で追撃する魔法である。効果範囲は術者の力量にもよるが、優人の場合は自分を中心とする半径5メートル以内にある物を撃ち落とす事が出来た。
次々と打ち出される炎のミサイルに、あっという間に会長室が火の海になった。蔦が焼けた匂いが部屋に満ち、その場に居る者の鼻を突いた。その匂いを鬱陶しいものであるかのように、カポネが側面の壁に蔦で穴を開け、換気を促した。優人の攻撃を前にして、その余裕の表情には一切の変化がない。
「はは、やるじゃないか小僧!やはり俺の部下になった方がいいぜ?」
「断る!」
何も知らない者がこの攻防を見れば、両者の実力は拮抗しているかに思われるだろう。しかし、戦いの当事者である優人は、この状況に焦りを感じ始めていた。焼いても焼いても、尽きる事のない蔦が、無限にあるかのように思われたからである。
「(なんでや…ただの蔦なら、数には限りがあるハズやろ!なのに、全然相手の攻撃が終わる気がせぇへん)」
「くくく…俺の攻撃がそんなに不思議か?」
嘲るように笑う敵を見据えた優人の視界に、光る物が映った。
【用語等解説】
ダブルバインド…二重拘束、の意で用いられる。2つの異なる矛盾した意味のメッセージを繰り返し相手に命令することで、相手を混乱させたり、強いストレスを与える事になる。例えば、会社で上司が部下に「その仕事は自由に進めていいよ」と言いながら、部下が気に入らないことをした時に「なんでこんな事したんだ!」と叱る。親が子供に対して「遊んでいいよ」と言っておきつつ、「いつまで遊んでいるの!」と叱ったりする事などが、それにあたる。幼少期にこのような扱いを受けた子供は、統合失調症に罹かりやすくなる事も証明されている。
自分の子供に、誤って使わないように気をつけねば…ですね(*´ω`*)
※長らくの急な休載(?)申し訳ありませんでした(^▽^;)
PV数を見ると、更新していない間も、時々お読みいただいた方がいらっしゃったようです。大変励みになりました!この場を借りて、お礼申し上げます。
⇒ コメントや評価をお寄せいただけますと、更に張り切れそうです!(おい 笑)
ここ数か月は、コロナ禍で仕事を通して人と会う事が少なくなり、一人で家で仕事、家にこもってずっと書き物…といった生活に、筆が進まない日が続いておりました 汗
最近は、仕事や生活も以前に戻りつつあり、気力体力とも充実して参りました。今回の件で「バランスって大事なんだなぁ…」と、あらためて気づかされた次第です。。。
今回の投稿を機に、定期的に更新できるよう善処して参ります。
今後とも、ご愛読の程よろしくお願い致しますm(__)m




