第四十二話 魔王の影
「戦いを交えるにあたっては、その唯一の目的が平和にあることを忘れてはならない」
ウィリアム・シェイクスピア(詩人・劇作家)
マクガーンの言葉を理解できないでいる優人の耳に、人々の喧騒が聞こえてきた。慌ててそちらを魔素探知すると、いつの間に到着していたのか、近衛兵の一団が巨大な魔物と戦っているのが分かった。
「(もしかして…王都騎士団?ミード王が手配してくれたのか)」
優人の予想通り、ここにきて王都ミード王が手配した援軍が到着したのだった。その数およそ200人。うち100名ほどが魔物を取り囲み、その力を抑え込もうとしていた。
戦いを見るに、1人1人の戦力は心もとないものがあるが、後方には回復魔法の使い手も控えているらしい。前衛で戦って傷ついた兵士は後方へと運ばれ、手当てを受けているようだ。彼らは重傷者を出すこともなく、徐々に魔物の体力を削いでいく。さすが騎士団と呼べるようなチームワークのとれた戦いを繰り広げていた。
その戦いに参加していない残りの兵士達は、隊列を組んで何かを探すように周囲を確認しながら巡回している。彼らが優人とマクガーンの戦いの場にやってくるのも、時間の問題だろう。
「つい先ほど、俺の目的は達成された。もう、王都騎士団の奴らを相手に戦う必要は無い。お前の盾があとどのくらい持つのか分からんが、長居は無用ってことだ」
ようやく、マクガーンが先ほど言った「俺の負け」という言葉が理解できた優人だったが、ここで新たに1つの疑問が浮かんだ。
「目的を達成…って、お前たちはフォディナを襲撃した犯人を調査させない為に、冒険者協会を襲撃したんじゃないのか?」
優人のその言葉に、マクガーンは笑って答えた。
「これだけ堂々と冒険者協会本部に攻め入っておいて、それはない。調査を妨害するのであれば、担当者を闇討ちにでもするさ。少し考えりゃ、そのくらい分かるだろ?」
確かに、マクガーンの言う通りである。優人もライルも、フォディナの一件以降、アウトフィットの事を粗野で乱暴、考えのない組織だと思い込んでしまっていたのだ。
「おい、マクガーン。カポネはどこにいる?」
2人の近くまで歩み寄ってきていたデールが、マクガーンに言及した。珍しく、その語気が強い。
これから、アウトフィットの元締めであるカポネは、今回の冒険者協会襲撃について責任を問われるだろう。冒険者協会と王都騎士団が協力関係にある事は周知の事実である。アウトフィットがこの戦いで冒険者協会を倒したとしても、王都騎士団が黙ってはいない。というよりこのような無法、国家が黙ってはいない。
つまりアウトフィット、もといカポネは、そのような責任追及など問題にならないと見越して、今回の行動に至ったのだ。となれば、アウトフィットが王都から撤退するのか、もしくは…。そこまで考えたデールは、今回の襲撃と自分の持っている情報を併せて、ある恐ろしい可能性に思い至ったのだ。2つの組織や国全体を相手にしても、アウトフィットが生き残る、もう1つの方法に。
「自分で探せば良いだろう。だが、1つ教えておいてやろう。冒険者協会の5階に居たスカリーゼは、この小僧を暗殺する為ではなく、建物を偵察する為に俺が送り込んでおいたんだ。ある物を探すためにな」
そう言って、マクガーンは優人の方を見たまま後方に跳躍し、深さ2メートルはあろうかという穴から助走無しで飛び出し、穴の淵に降り立った。
「まさか本当に…!お前達、どこでそれを知った!」
「なに、簡単な予想さ。どこかに封印しても、誰かが持ってっちまうかもしれないだろ?なら、勇者の仲間だったリカルドが持っている可能性が高い。リカルドはあの性格だから、もしもの事があったら引き受ける…って申し出たんだろう。だが、アレの危険性を考えると、流石に肌身離さず持っておくってワケにはいくまい。ならば、冒険者協会本部のどこかに隠しているんじゃないか、ってな」
2人のやり取りについていけない優人を他所に、マクガーンは尚もデールを見据えて話を続ける。
「で、調べたらやっぱりあるじゃねえか。リカルドの居る部屋によ。しかし、リカルドが居る時にアレを奪おうとは、思わなかったよ。あいつの強さは皆が知っているからな。だから、奴がアグニヒトに居るこのタイミングを狙わせてもらった。そして、俺やそこの魔人はおとりってワケさ。ライルやお前が近くに居たら、ボスの目的達成の邪魔になるからな」
「いかん…ユウト!5階へ急げ!!」
珍しく命令口調になるデール。その剣幕に優人は押された。
「え…どういう事?」
「詳しい説明は後だ。魔素探知で冒険者協会の外周を確認してみろ…5階の皆が危ない!」
デールの指示通り魔素を探知すると、冒険者協会の壁伝いに太い蔦のようなものが張り付いていた。その蔦は目立たない位置を経て5階の窓へと続いている。開け放たれた窓が、何者かの侵入を許した事を物語っていた。
「その通り、ボスは5階のリカルドの部屋だ。だが、もう遅い。先ほどボスから『目的を達成した』と、合図があった」
マクガーンがそう言った瞬間、彼に向けて無数の矢が降りかかった。木の葉が風で舞うように、マクガーンはそれをひらりと跳躍して避けた。王都騎士団と、ライルが駆け付けたのだ。どうやら、王都騎士団にあの魔物の相手を任せ、ライルは優人達を助けに来てくれたらしい。
「ライルすまん…後の事は任せた!ここはおとりで、カポネはもう協会の中だ!」
「なんだとっ!わかった、皆と…メリナを頼む」
そう言って走り出したデールに、優人も続いた。残されたライルと10人の衛兵は、マクガーンと対峙した。双方、相手の出方を注意深く追っていたが、やがてマクガーンの方から臨戦態勢を解き、その場を立ち去ろうとした。相手の意外な出方に、ライルは面食らった。
「待て、マクガーン。カポネや魔物を置いてどこに行こうってんだ?」
「義理は果たした。俺はもうアウトフィットにとって、必要のない人間だからな」
「どういう事だ?」
ライルには、マクガーンの言葉の意味が分からなかった。
「俺は以前から、ボスに退団を願い出ていたのさ。交換条件としてボスが提示したのが、彼が究極の力を手に入れる為のお膳立てだ。それさえ済めば、組織を抜けても構わないって事だったんでね」
「究極の力だと?」
「ああ。それに必要だったのが、火竜ヴォルカノの血と、リカルドの部屋で保管されている旧魔王グロンディアのコアだったのさ」
なるほど、それでマクガーンはヴォルカノに戦いを挑んだのか。その戦いの事は聞いていたが、流石に理由までは知らなかった。ライルはそう合点する一方で、聞き捨てならない情報を初めて知らされた。
「おい、なんで会長室にそんな物騒な物があるんだよ」
「なんだ、お前は知らなかったのか?どうやらリカルドは、お前よりもデールに心を許しているらしいな」
デールと比較された事に、ライルは内心で少しイラっとした。
「そんな事はどうでもいい。質問に答えろ」
「経緯は知らん。グロンディアの強さが、あらゆる物をその内に取り込み、自己の体積を増殖させる能力にあった事はお前も知っているだろう」
ライルは頷いた。旧魔王グロンディアの脅威が去って、もう30年近く経っている。グロンディアは人や魔物だけでなく、森林や街までも吸収して自分の体積を増やすことの出来る、巨大なアメーバのような生物だったらしい。マグナス達勇者一行とグロンディアの激戦は、今でも多くの人々に語り継がれている。しかし、その一員であった筈のリカルドは、戦いの事を頑として語らなかった。
ライルはその戦いの事を、子供の頃に旅の吟遊詩人から聞いたことがある。マグナス達は、グロンディアの増殖の秘密がそのコア(核)にある事を解き明かした。勇者一行は策を練り、そのコアをグロンディアから抜き取る事に成功。グロンディアの肉体は維持する事叶わず消滅し、そのコアだけが後に残り、今も復活の機会を伺っている…というものだ。
「グロンディアの死後、そのコアを破壊しようと、あらゆる方法が試された。しかし、いずれも失敗に終わった。コアが全ての破壊の為の攻撃を取り込んだからだ。だから、封印するのが関の山だったという事だ」
「…なるほど」
「その封印された状態のコアを、マグナスの仲間だった戦士リカルドが引き受けたのだ。恐らく、どこかに安置するよりも、自分の目の届く所で管理したかったのだろう」
そうだったのか。リカルドは恐らく、自分達に余計な心配を掛けさせまいとして、情報を秘匿していたのだろう。もちろん、どこからか情報が漏洩しないように、注意を払っての事もあるのだろうが。
「なるほど。そして俺やデールを5階から離れさせる為に、お前や魔物が騒ぎを起こしたって事だな。だが、その2つと究極の力、何の関係がある?」
「竜の血は永遠に近い時を生きる竜の持つ、知恵と不老に近い成分。そして、増殖と再生を司る旧魔王のコア。これをとある方法で自身の体に取り込むと、ボスの能力は魔王を凌ぐ域にまで到達する」
「な…!自分に使うだと!?馬鹿な…」
人外の力を自分の体に取り入れるなど、狂気の沙汰以外の何物でもない。しかも、その相手はよりによって旧魔王である。
「それを自分で使いこなせる力を手に入れる為に、ボスは足しげく暗黒大陸に通っていたというワケさ。お前は先ほど、あの魔人と戦っただろう?」
「あの魔物の事か?いや…まて、今言った魔人とはなんだ?」
ライルは、先ほどの魔物の事を思い出していた。彼の一撃は正確に魔物の腕を切り落としたが、魔物はすぐに、その腕を完璧な形で再生させた。自己再生能力を持つ、普通とは明らかに異なる魔物。自分の体が壊れる事を怖れない、厄介な怪物だった。
「なんだ、それも気付いていなかったのか。あの魔物は防衛大臣だったターイルだ」
「あれがターイルだと!」
今度こそ、ライルは驚きを禁じ得なかった。続く言葉が出てこない。それほどまでに、その事実は彼に衝撃を与えた。
「何を驚いてる?動物が大量に魔素を浴びれば魔物になる。人間だって、その例外じゃない」
「だが…あのような怪物になった例、聞いた事が無いぞ!」
「ボスが、本人がそうなりたいと意識すれば、力を得る事が可能なレガシーを用いたらしい。どうやったか知らんが、ボスはターイルの意思を促し、それをほどこした。ただし、あれは失敗作だ。肉体が再生する毎に、自らの生命を急激に削るからな。それに、頭も悪くなる。つまり今のターイルは、復讐する事しか頭にない脳筋魔人ってこった」
愚かだ、というのがライルの抱いた感想だった。力というのは、平和を守る為に使うというのが、彼の信念である。それを事もあろうに、人外の姿になってまで復讐の為に用いるとは。なぜ、カポネもターイルも、そこまでして力を求めたがるのだろう。復讐や略奪の為の戦いなど、更なる争いを生み出すだけだというのに。
「ターイルの事は…分かった。だが、カポネは究極の力とやらを手に入れて、何をするつもりだ?」
「さあな。ボスは彼らの中で、頭一つ抜け出たかったんじゃないか?」
「彼ら…だと?」
「ああ。魔王はボスの他にも5人いるからな」
今度こそ、ライルは言葉を失った。
【用語等解説】
今回は、特にありません☆
王都編、あとはカポネとの戦いを残すのみとなりました(^^)/




