第三十五話 断罪
「気に入らないことが起きたら『気に入らない』って、思うだけで終わりじゃないんです」
斎藤 一人(実業家。納税ランキングトップ)
ミード三世が告げた判決を聞いて、ロインは口を開けてぽかんとしていた。その横顔は、裁判が始まる前と比べると随分老けたように見える。横にいるターイルも、ロイン同様、信じられないといった表情で国王を見つめている。
「ロイン殿、聞こえなかったか?ではもう一度言おう。本日より、フォルク亭はデュールコントラントのレストラン代表だ。存分に腕をふるってほしい」
ロインは返事こそしたが、どこか上の空といった体である。そんなロインに代わり、おずおずとターイルが質問した。
「あ、あの…王よ、何かの間違いでは?」
「ターイルよ、何を言うか。このような素晴らしい料理を提供できる店を王家が推奨する事で、デュールコントラントという国が格式高いだけでなく、実態も伴っている事を各国の要人、旅人に広く知ってもらう。この選定は当然であろう」
その説明を受けても、ターイルは納得しない様子であった。顔をしかめ、王の意見に自分の意見をかぶせた。
「いや、武具や衣類などを取り扱う店でしたら現在も王家公認の店も御座いますが、定食屋風情に箔をつけるなど…それに、このような料理は既に王宮内の厨房でシェフが作っております」
「そちは余の決定を不服と申すのか?現にこのステーキは、王宮で出されている物よりも美味いではないか。このような料理店を、ただの飲食店としてとどめ置くのは、王都として貴重な鉱石を埋没させたままにしているようなものではないか?」
ここにきて、ターイルは「しまった」という顔をした。王の意見を否定することで、怒りを買った事に気付いたのだ。失言の弁解を口にする前に、ミードが追い打ちをかける。
「それにな、ターイル。そちは、私の目が節穴だと思っていたらしいな」
「な、なんの話で御座いますか?そのような事は、決して御座いません」
「言ったな。ならば、これを聞くが良い!」
ミードは何物か取り出すと、それを頭上に掲げた。アイやロインをはじめ多くの人々がその物体を見上げ、あんなもの見たことがない、といった顔をする。そんな中でただ1人、優人だけがその物体の正体に気づいた。あれは…ボイスレコーダーだ!
『社長のトトラス殿から?それはそれは…』
突然ボイスレコーダーから流れ出したターイルの声に、法廷に居た全員が静まり返った。ターイルの声で話を始める不思議な物体を、人々は固唾をのんで見守った。一方、ターイルは何かに気付いたように顔面蒼白となり、下を向いて沈黙していた。ターイルの様子など気にする様子もなく、レコーダーは無慈悲に音声を流し続けた。
『はい、こちら手土産の菓子折りに御座います。ターイル様には普段からよく計らっていただいておりますゆえ…どうかお納めくださいとのことです』
『これは…前回より随分と多いではないか。5万ゴールドはあるな』
音声と音声の間から、手土産の箱を開いてターイルが中身を確認している様子が伺える。ここで優人は、間に入った男の声を、どこかで聞いたことがあると感じた。レコーダーからブツッという音が聞こえた、再びレコーダーの中でターイルが話し始める。
『それと話は変わるが…あの定食屋を非難する記事、書き続けてくれているだろうね』
『はい。弊社代表のトトラスが手配している案件で御座いますね。あちらはターイル様のご指示でしたか』
ミードは、掲げていたボイスレコーダーを下した。そして、厳しい表情でターイルを見据える。今ここに、ターイルと王都通信社の癒着を示す、動かぬ証拠が提示されたのである。そして、ターイルがフォルク亭を貶めようとしていた事も、この音声から明らかになった。
「これは、そちの声であろう。この癒着としか取れない会話をどう説明するのだ?」
「そ…それは」
強い口調で問われたターイルは返答に窮した。しかし、弱っているターイルを前にして尚、王の言及は続く。
「過去にも同じような事はあったのだろう。私が承認のためについた判が、多くの罪のない国民を断罪してしまったと思うと、悔やまれてならない」
ミードは、沈痛な面持ちでそう語った。
「今頃、そちの部屋では証拠となる資料の捜索が進められておる。この度の官僚という立場を利用した悪行、しかとこの目で確認させてもらうぞ」
「誰が、このような事を…」
下を向いたまま、信じられないといった表情を浮かべているターイル。やっとの事で言えたのは、その一言だけであった。
その声を合図にしたかのように、傍聴席後方にある扉がガチャリと音を立てて開く。ミードとターイル、その2人以外に話す者のいない静まり返った法廷に、その音はとても大きく響いた。その場にいる全員が、後方を振り返る。そして、開いたドアから何者かが法廷に歩み入るのを見た。その人物を捉えたターイルの血相が変わる。優人も「あっ!」と声を上げそうになった。ここにきて、先ほどのレコーダーの声の主を思い出したのである。
「ターイル様、弱い者いじめはよくないと思いますよ」
その人物はつかつかと歩いて被告席まで進み、立ち止まった。紫の髪、上品な話口調。小脇に抱えて持った新聞の束。数日前に優人と相対した日本人。タキシードのような正装に身を包んだ三神が、そこに立っていた。
「貴様…ミカミ!お前は王都通信社の人間ではなかったのか!!甘い汁を吸わせてやった恩を忘れたか!」
ターイルが顔を紅潮させながら、裁判官席を下りる。ひらひらとした法服を煩わしそうに手でつかみ、ミカミの近くまで走り寄った。そんな様子を気にする事もなく、ミカミは自信に満ちた笑顔で彼に答えた。
「はい、私は王都通信社の者です。しかし、ターイル様の計らいで甘い汁とやらを頂いた覚えは御座いません」
「な、なにを今更!」
「弊社の帳簿上、ターイル様から頂戴した金銭は収入として記録されて御座いません。残念ながら、代表のトトラスが個人的に着服していたものと、私共は判断致します」
ターイルは、三神の回答に唖然としていた。そんなターイルを諭すように、三神は説明を続ける。
「一方で、ターイル様への献金と思しき支出につきましては、記録が御座いました。こちら、本来ターイル様から領収書を頂戴し、献金として記載しなければならない所を、経理の者が広告宣伝費として計上しておりました。この経理担当者ですが、トトラスから指示を受け、口止めされていた事を確認できております」
まだ大学生になったばかりの優人には、三神の話は半分程度しか分からなかった。しかし、王都通信社の社長トトラスが、ターイルへの献金を隠していた事だけは、しっかりと理解できた。わなわなと震えているターイルをよそに、三神の話は続く。
「私は、例え自社のトップが引き起こした不祥事であろうとも、こうした市民の目の届くことのない事件を白日の下にする事が、通信社としての使命であると考えます」
三神はそう言って恭しく一礼した後、ミード、周囲に控える政治家らしき人物たち、警備の兵、傍聴人へと、持っていた新聞を次々に配布していった。新聞は瞬く間にそこにいる人々の手に渡り、それを見た人々から口々に驚きの声が上がる。
優人の目の前にやってきた三神は、小さくウインクして見せた。そして新聞を優人に手渡したあと、最後にターイルにもその紙面を手渡した。優人は手元の新聞をアイと一緒に確認した。デールも優人の肩に飛び乗ってきた。
『衝撃の独占取材!官僚と大手通信社による癒着、王前で暴かれた真実を赤裸々に』
「こ、これは…」
ターイルが震えた声を出す。
「はい、明日の王都通信、トップ記事で御座います。ターイル様の事をよく知っていただけるよう、既に100万部、王都デュールコントラント全体だけでなく、近隣諸国にまでくまなく販売できるよう、刷り終えて御座います」
「ミ、ミカミィィ、きさまぁぁぁぁ!」
「ターイル殿、控えよ!王の御前であるぞ!」
三神に掴みかかろうとするターイルを、警備の兵が制止した。2人の衛兵に掴まれて尚、敵意むき出しに三神に向かおうとするターイルを、三神は冷たい目で眺めていた。
優人には100万部という数字が見当もつかないが、きっとすさまじい部数なのだろう。それが既に完成しているという事は、三神はこの裁判で起こる展開をあらかじめ予想し、記事にしておいたという事になる。他紙が真似することのできない、今回の闇献金に関わった当事者にしか書きえない確実性をもった記事である。他紙を出し抜いて多くの人が読むことが容易に想定できた。ミードが静かに口を開く。
「ミカミ殿は、自社の評判に傷がつくことも厭わず、今回の不正について自ら正直に申告してくださったのだ。その誠実さに引き換え、ターイル。そちが行ったのは王家の信用失墜以外の何物でもない。違うか?」
ターイルは返す言葉もなく、その場に膝をつき崩れ落ちた。ミードは厳しい面持ちを崩さないまま、ターイルを見据えている。
「ターイルよ。これまでの防衛大臣としての働き、ご苦労であった。処分が下るまで、そちの身柄は拘束させてもらおう。…ただその前にひとつ、聞いておきたいことがある。そちはなぜ裁判まで開いて、フォルク亭を窮地に追い込んだのだ?」
ミードの質問で思い出したが、これについては優人も気になっていた。肩に乗ったデールも、じっとターイルを見つめている。しばらくの沈黙の後、ターイルは顔を上げ、ロインを指さした。
「この下賤の者が…私めを陥れたので御座います!」
「え、わ…私ですか!」
突然自分を、呼ばれたロインは驚きを隠せなかった。ターイルは親の仇にでも会ったかのように、立ち上がって声を荒げた。
「そうだ!貴様は客である私に、大勢の前で恥をかかせたであろう!」
「は…私は覚えていないのですが」
後になってこの時の事をロイン本人から聞いたが、ターイルの話を聞くまで、ロインはその当時の事を全く思い出せなかったらしい。
「ならば聞かせてやろう。貴様の店で私が食べていた料理に使われていた肉。その産地について、私が誤った産地を友人に伝えてしまった際、その誤りを厨房から大声で正したであろう!黙っておればよいものを、わざわざ修正しおって…友人だけでなく、多くの市民の前で私の顔を潰した事、忘れたとは言わせぬぞ!」
「あ、思い出しました!あの大声でご友人に解説してたお客さん…ターイル様だったんですか。うちはそんな高級な肉を使っていないので、間違った事が広まるとマズイと思ってつい…」
このやりとりには思わず、ミードが横やりを入れた。
「まさか、そのような下らぬ理由で?」
優人の肩に乗っていたデールがため息をつくのが聞こえた。
「(そのような些細な出来事、その場に居た皆は忘れているだろうに。憎しみに捕らわれ、人生を棒に振ったか)」
他の誰にも聞こえないほどの声で、優人の耳元でデールが囁いた。まだロインに対して攻撃の意思を見せているターイルを見て、もはや呆れ果てたといった顔を隠そうともせず、ミードが衛兵に命じる。
「もうよい。衛兵、ターイルを連れて行くが良い」
「へ、陛下。私の言いたいことは、これで全てではありません!こら貴様ら、離せ!離さんか!」
ターイルは両脇を衛兵に抱えられて、そのまま退廷させられた。後に残った大勢の人々を前に、ミードが自分の両手をパンっと打ち、本日の裁判の閉廷を告げた。途端に群衆は、隣近所の人々とざわざわと話し始めた。先ほどまでのやり取りに、興奮冷めやらぬといった様子である。
ミードがロインに近づき、頭を下げた。
「ロイン殿、この度は大変申し訳ない事をしたな。ターイルは失敗を知らぬ高貴な生まれゆえに、指摘されることに耐えられなかったのかもしれぬ…どうか、許してくれるだろうか」
「と、とんでもない事です!国王様、どうかお顔を上げてください。私の方こそ、自分の不作法でこのような事態を招いてしまい申し訳ありませんでした」
ここまで黙ってロインを見守っていたアイが、急に優人とデールの方を振り向いた。
「よかった、これでもうフォルク亭は大丈夫そうね!」
「ああ、それどころか王家公認のレストランになるなんて…僕らみたいな庶民は入れへん店になってまいそうやな」
「じゃあ、庶民派のロイン店長も、フォルク亭には入れそうにないわね。店長が店に入って仕事も出来ないんだから、ロインは仕事を変えなきゃならなくなりそうね」
そう言って2人は大いに笑いあった。その時、デールの尻尾が優人の頬を撫でた。何事か伝えたいことでもあるのだろうか。そう思っていたら、突然後ろから声をかけられた。
「ユウト、やはり君も来ていたんだ」
「は、はい!三神さん、またお会いしましたね」
多くの人々が騒がしく話し合っている中である。完全に周りを気にしていなかった優人は、三神に驚かされた。
「これでフォルク亭の問題は解決かな?」
「三神さん、ありがとうございます。あのボイスレコーダー、三神さんの持ち物でしょ?王都通信社を裏切るような事をしてまで…」
三神は笑って手を顔の前で振った。
「ふふ、問題ない。社長のトトラスの振舞いは、うちの社員の間ですこぶる評判が悪かった。俺は気に入らないことを『気に入らない』って、思うだけで終わりにしたくなかったからね。それに同郷のよしみと言っただろう?俺で良ければ、今回のように力になるよ」
そして、付け加えるように三神は優人の事にも言及した。
「ああ…それと君が、冒険者協会の中で噂になっている賢者だろう?」
今度は優人が驚愕する番だった。デールの爪が、優人の肩に食い込む。その痛みでハッとさせられたが、デールとしても三神がこの情報を知っていた事は意外だったようだ。
「そんなに驚かないで大丈夫だよ。協会の中に僕の知り合いがいてね。異世界転移でやってきた少年が、賢者として覚醒した…と、小耳に挟んだんだよ」
なるほど、冒険者協会の人が教えたのか。それにしても、賢者の情報ってオープンになっているものなのだろうか。何気なくデールを見ると、目をつぶっているのが伺えた。その姿は、身内の中に口の軽いものが居たであろうことを、恥じているようにも見えた。
「大丈夫、君の身を危うくするような振る舞いはしないと約束しよう。そのうえで聞きたいのだが、先ほど問題ないと言った通り、実は今回の件は王都通信社にマイナスにはならない。それはなぜか、賢者としてわかるかい?」
ミカミが不敵な笑みを浮かべて、そう聞いてきた。少しの間、考えてみたものの、優人にはその理由が分からなかった。その様子を見て、三神が答えを教えてくれる。
「なに、簡単な事さ。このスキャンダルを正しく世に示す事によって、王都通信社は逆に世間から信頼に足る企業になるのさ」
優人は、ますます意味が分からなかった。
「今回の金銭のやり取りは、社長のトトラスとターイルが、あくまで個人的に行っていた事なんだ。それを、内部の社員が『組織の腐敗を見逃せずに世間に公表した』と正直に書く。その上で、不祥事を起こした社長は更迭とし、逆に不正をリークした人物が会社のトップに就任する事を伝えるんだよ」
社長のトトラスは、三神がどれだけ活躍しても突き崩せない唯一の壁だった。優秀な社員として評価されている三神だが、所詮は雇われ社員という立場である。それを悟った三神は、スキャンダルによるトトラスの失脚を期待したのだ。
しかし、ここまで説明されても優人には三神の話が半分も理解できなかった。話を聞きながら、社会人になると随分と難しい単語を覚えるんだな、と呑気な感想を抱いていたくらいだ。一方、デールは三神の話を黙って聞いている。あとでデールに解説してもらう事にしよう。そう決めた優人は、幾分か気が楽になった。
「つまり、王都通信社は生まれ変わる。センセーショナルな記事と共に、世の中にそれを示すんだ。そして実は…、俺は君にお礼を言わなければならない。君を見ていて、俺も大事な事を思い出したんだよ」
「え、僕から大事な事ですか?」
「ああ。それは…誠実さ、だ。君はフォルク亭を手伝うのに、何の報酬も求めていなかったよね。今回のスキャンダルをどう扱うか迷っていた時に、証拠となるボイスレコーダーを、正直に国王に渡そうと思えるヒントをくれたのは、そんな君の姿だったんだよ」
そういうと、三神はこれまで見せなかった優しい笑顔を浮かべた。優人には、あの時の自分の姿が三神からどう見えたのか、見当もつかなかった。
「あの…僕は特に何も考えていないだけなんですが」
「狙ってやることじゃないから、その方が君らしくて良いよ。それじゃあ、俺はそろそろ行くよ。明日から、王都通信社のトップは俺が務める事になる。何か力になれる事があれば、俺を頼ってほしい」
そうか、三神さんが新しい社長になるのか。と、優人はようやくここにきて教えられた。三神さんではなく、三神社長と呼んだ方がいいだろうか。などと呑気な事を考えてしまう優人。そんな優人の思いには気付かず、三神が思い出したように、最後に付け加えた。
「可愛い彼女さんとのお話を邪魔して申し訳なかったね。それじゃあ、また!」
そういって手を振ると、三神はロインと話し終えたばかりのミード王の方へ向かっていった。色々な事がありすぎて、優人は頭がパンクしそうになっていた。そして、横にいるアイの顔は、赤くなっていた。
「彼女じゃないのに…もう、三神さんの意地悪…」
「はは、三神さんはあんな感じの人やから、気にせーへん方がええよ」
優人は笑ってごまかそうとしたが、アイは優人の話を聞いていないようだった。
「…でもね、さっきの優人はちょっとカッコよかったよ」
「え、なんかあったっけ」
「ほら、試食会をやったのも、衛兵さんを追い返したのも自分が悪いんだって。あんなに大勢みんなが居る前で言えるのって、凄いと思うの」
そう言いながら優人を見つめるアイ。その視線に、今度は優人が赤くなる番だった。耳元でデールがため息をつくのが聞こえた気がした。
その時、突如として法廷の外で凄まじい爆音が生じた。建物がグラグラと揺れ、埃のような細かな石の破片が天井から落ちてくる。何事か!と窓の外を見た優人達の視界に、冒険者協会本部から黒煙が立ち昇るのが見えた。
【用語等解説】
相手の誤りを指摘する…ロインがターイルの恨みを買ってしまったのは、これのせいですね☆相手の誤りをを指摘したところで、相手から感謝される事が無い場合は、分かっていても知らないふりをするのが良いそうです♪
ただし、どうしてもその誤りを指摘したい場合は「私が間違えているかもしれないのですが…」や「もしかしたら…かもしれません」など、相手が間違えていた事を恥じないで済むように伝えてあげると、相手が聞き入れてくれやすくなるかもしれませんね(^_-)-☆
他には『本当のYesBut話法』で気付いてもらう方法もあります♪個人的には、これが一番好きだったりします!(^^)!
【詳細と活用方法】(本当のYesBut話法)
http://for-supervisor.com/human-relationship/yes-but/




