表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人間関係ニャビ☆彡  作者: 山下です(^^♪
34/44

第三十四話 奇天烈(きてれつ)

「常識とは、18歳までに身につけた偏見のコレクションのことをいう」


アルベルト・アインシュタイン(物理学者)

ステンドグラスを通して尚、眩しいまでの夕日が建物の中に差し込んでいる。傍に副官を伴い、法廷に続く長い廊下を歩きながら、ターイルは今日までの事を回想していた。思えば、たかが飲食店1軒に、随分と長い期間、頭を悩ませていたものだ。


1週間前、王都デュールコントラントの現国王、ミード三世にフォルク亭の裁判を打診したターイルは、王参加のもと、という条件付きで、今回の裁判を取り付ける事に成功した。




ミード三世は、50歳という若さで亡くなった先代国王、ミード二世の跡継ぎである。国王に即位した当時、彼はまだ25歳という若さであった為、その政治手腕に多くの国民から不安の声があがったものだ。ミード三世も、そうした民意を感じた為か、多くの政治的判断を官僚に委ねてきた。それから5年。ミード三世が30歳になった今もその風習は続いている。


初代国王、ミード一世の時は、家臣たちはあらゆる重圧に締め付けられたらしい。その理由は、ミード一世が典型的な堅物であった事にある。自分を貫き通し、頑として官僚たちの意見を受け入れなかったミード一世。その重圧に耐え兼ねた当時の官僚たちは、数十年の時を超えた先、自分の子孫達が同じ思いをしないようにと策をろうした。


官僚たちは、幼少期から王子の育成を任されている乳母達を買収し、自分たちの声に耳を傾けるよう、王家に連なるものを育てさせたのだ。ミード一世は、世襲制を取り入れると宣言していた。それを聞いた当時の官僚であるターイルの祖父達は、その子供達の教育次第で、官僚優位の世の中を築くことが出来ると考えたのである。こうして、二世、三世と代を経るにつれ、王は自分で物事を判断できなくなりつつあった。


先祖達による、そうした積年に亘る努力が実り、現在のデュールコントラントは、王制とは名ばかりの、官僚主義国家に変貌を遂げつつある。官僚である自分達は、王に判断を提示し、そのお膳立てだけを行うだけでよいのだ。つまり、重要な判断は王ではなく、自分たち官僚が行っている。今の王はまさに傀儡かいらいでしかない。


今回のフォルク亭の裁判にしても、ターイルに言わせれば、こちらが一方的に断罪できるような案件だ。裁判の判決は、本来国王自らが下すものであるが、現在は王に代わって官僚であるターイルが執行している。ターイルが王に対して被疑者を起訴し、承認を得てその罪を決定する。形式的に法廷を使った裁判も執り行うが、情状酌量の余地があるかどうか、判断するだけの場である。有罪無罪ではなく、自分が起訴した段階で有罪は確定しているのだ。


王の仕事といえば、ターイルが下した判決に対し、書面に自身の判をつくだけである。ミード一世の頃とは全く異なる、形骸化した制度で運用されているのが、現在の裁判だ。そのような裁判が平均して毎日1件のペースで発生している。それだけに、今回のような小さな案件にミード三世が参加したいと申し出るなど、ターイルは予想していなかったのだ。


確かに、今回に限った事ではないが、王は時々裁判に立ち合いたがる。その度に、特に何をするでもなくただ事の成り行きを見守っている程度なので、恐らくは自身の見分を広めたいのだろう。


しかし、今回の案件については、フォルク亭にきっちり引導を渡しておきたい。可能な限り自分の手の内で終わらせたいと考えていたターイルにとって、王の参入は邪魔以外の何物でもない。普段と変わらず、滞りなく自分の裁量で済ませる旨を伝えても、王は頑なに自分も立ち会わせろと言って譲らなかった。王の気まぐれにも困ったものだ。


「まぁいい。どうせ奴には何も出来まい。たとえ何と言われようと、証拠は揃っている」



数日前、兵士長であるパースの報告を受けたターイルは、怒り心頭に発した。たかが飲食店1軒ではないか。その催し1つ中断させるのに、国家の力をもってして、何を手こずっているのだ、と。


「そ、それが…奴らは、民衆を味方につけて、我々を追い返したのです」


「ほう。そして、貴様はおめおめと逃げ帰ったわけか」



何も言い返せず、しどろもどろになっているパースに向かって、ターイルは吐き捨てるように指示を出した。


「こうなったら、裁判に持ち込むしかあるまい。貴様には承認になってもらおう。いいな!」


「は、はい。申し訳ございません…」



頭を下げたパースの姿を見て、部下の不甲斐なさに溜息をつきたくなるターイルだった。



そのように思考を巡らしながら、法廷へと続く廊下を進んでいたターイルの前に、重厚な木で造られた重々しい扉が現れた。側を歩いていた裁判官2人がターイルの前に出て、扉を押し開いた。合図を送ることもない。彼らも、その事に対して気にする様子は無い。慣れた作業。一方的な断罪の始まりだ。ターイルの目の前に、重厚な雰囲気を持つ空間が広がっていった。






「ねぇ、ユウト…」


「うん…」


肩を落とし、被告席に立たされたロインに聞こえないよう、アイが優人に語り掛けた。


「私たちが提案した事でロインさんがとがめられているんだから、何とかしてあげないと…」


「うん。でも、なんとかって言われても、この状況だと…」



優人とアイは、今回の裁判にロインの弁護人として参加する事になった。ロインから話を聞く限り、王都の裁判には、弁護士も検察もいないらしい。裁判官が検察を兼ねている制度という事で、明らかに裁く側にとって有利だろう。つまりこれは、優人が住んでいた世界とは全く異なる、裁判とは名ばかりの有罪を前提とした断罪の場なのである。


唯一の救いは、傍聴席が設けられている事くらいである。危機を聞きつけた、フォルク亭ファンのお客さん達が、傍聴人として参加してくれている。しかし、さすがにネコの姿をしたデールは、ここまで入ってくることが出来ない。圧倒的に不利な立場ではあるが、自分とアイの2人でロインを弁護するしかないだろう。


それにしても、法廷内に前情報に無い人たちが多い事が気になる。先に述べた傍聴人の他に、王都の要人だろうか、何人かの政治家のような人たちと、それを警護するような警備員が数名。いつも、このように物々しい中で裁判が行われるのだろうか。優人がそう思案していたその時、バンッという音と共に法廷最奥にある両開きの扉が開いた。


光を背に受け、3名の法服を身につけた裁判官が、つかつかと靴音を鳴らしながら、法廷に入り込んできた。優人達の目の前で項垂れていたロインが、ピシッと背筋を正すのが見える。定位置についたのか、3名のうち中央に立った裁判官が、厳かな声で法廷全体に向けて話しを始めた。


「これより、フォルク亭ならびに店主ロインの道路未許可使用、及び公務執行妨害について、裁判を開始する。左官は罪状について、読み上げよ」


「は。フォルク亭の店主ロインは、国王の許可を得ず、1時間にわたり公道を占拠し、路上にて自店の食材を使った料理を作成、これを通行人に配った事が確認されております。また、駆け付けた近衛兵達を言いくるめ、これを追い返したもので御座います」


中央の男は左官の読み上げた罪状に対し、ゆっくりと頷いた。そしてロインの方に向き直り、罪状に誤りが無いか確認した。ロインはただ頷くばかりであった。中央の男は話を続ける。


「では次に証人を呼ばせてもらう。兵士長パース、前へ」


「はい」



傍聴席から登場した証人の姿を見た優人は、危うく声を上げそうになった。路上で優人とフォルク亭の事を罵倒した、あの小柄な近衛兵のリーダーが、前に進み出ていたのだ。


「兵士長パース。先ほどの左官の説明は正しいか。正直に答えよ」


「はい、説明いただいた通りです。道路使用許可を取らなかっただけでなく、公務執行妨害の罪もあるという事で、なんとも野蛮な行いです」


「そなたの感想は求めていない。事実だけを述べよ」



中央の男からそう諭されたパースは、縮こまり、改めて答えた。


「も、申し訳ありません。私たちはフォルク亭の従業員に追い返されました…」



この2人、なんだか普段からこのようなやり取りをしている気がする。優人はそのように感じた。中央の男は再びゆっくり頷くと、パースに向けて元の席に戻るように指示した。そしてロインの方を向き、話しかけた。


「被告人ロイン。証人の言った事に誤りはないか」


「はい、誤りはありません」



中央の男が頷く。


「では判決を言い渡す」



弁護人の自分たちにも、お鉢が回ってくると考えていた優人は、裁判が終わってしまいそうな様相を見せていることに慌てた。そして、気付いた時には、その場で声を出していた。


「すみません、少し待ってください。この試食会は、僕がやろうって提案したんです。衛兵さん達の妨害も、僕がフォルク亭の従業員のふりをして個人的にやった事です。だから、両方ともフォルク亭やロインさんは悪くありません」


「弁護人、そなたの発言は求めていない」



中央の男が優人を見据え、冷たく言い放つ。ぐっと言葉に詰まる優人。打つ手なし、か。


「あらためて判決を伝える。フォルク亭の営業許可は取り下げとする。また、店主ロインには、8年の懲役を申し渡す。この判決には執行猶予を設けない」



傍聴席のいたるところから、驚きの声が上がる。誰も、このような判決が下されるなど予想していなかったようである。ロインがふらふらと後ろに足を踏み出し、倒れそうになる。急いで駆け寄ったアイが、そんなロインの体を支えた。優人もその後に続いて、ロインの肩を持った。ロインの表情は蒼白だった。やっとの事といった様子で、ロインが裁判官に向けて話した。


「そ、それはあまりに…一定期間の営業停止などが妥当ではないでしょうか」


「被告人は事の重要さを理解しておらぬようだな。同じような輩を作りだす事になると、王都の治安が乱れる。その抑止としては、このくらいの判決が妥当というものだ」



きつい調子でそう言い放った中央の男は、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。このままフォルク亭もロインも、終わってしまうのだろうか。ここにきて優人は初めて、絶望感を感じた。




その時だった。


「ターイルよ」



ホールに、凛とした声が響いた。ターイルと言うのか。中央の男が無表情のまま、声の方を振り向くのを、優人は見た。その目線の先、法廷内の一角、レースのカーテンが牽かれているだけかと思われた場所が開き、身なりの良い1人の男が現れた。その人物を見て、ロインは慌ててその場に平伏した。きょとんとしている優人の服の袖を、アイが引っ張って耳元で「国王様よ!」と、ささやいた。それを聞いても、どのような態度を取ればよいか分からない優人は、アイにつられるように、王の方に頭を下げた。


「此度の裁判について、そなたが言っていることは正しいようだ。ただな、ターイル。余はフォルク亭の料理に興味が湧いた。聞けば、多くの市民がこぞってフォルク亭に押しかけていると言うではないか」


中央の裁判官、ターイルは、能面のような顔で王を見据えている。何を考えているのか、その表情から読み取る事は難しい。いや、逆に王の言葉を受けてそのような態度を取っているという事自体、彼が王に対して畏敬の念を示していないという事なのだろうか。それとも、法廷内の決まりなのだろうか。優人の思考は二転三転した。


「下賤の者の料理など…王がお召しになる必要もありますまい。判決は既に下されております。何卒、お控え下さい」



優人はその声色から、ターイルの怒りのようなものを感じた。自分の想定していなかった事が起きているからであろうか。そんなターイルを気にする様子もなく、王は話を続けた。


「まぁそのように申すな。営業許可の剥奪となれば、これから先その料理を食べる事は叶わぬ。最後くらい、良いではないか。それにな、実は既に手配を済ませているのだ。おーい、そろそろ構わぬ。料理をここに持て」


その合図とともに法廷のドアが開き、数名の兵士と一緒にフォルク亭の従業員がなだれ込んだ。人と一緒に、試食会の際に使った道具と食材も一式も、法廷に持ち込まれた。これにはさすがのターイルも、目を丸くした。


「王よ、これは…」


「余が手配させてもらった。ロインとやら、勝手をして悪かったな」



王は、ターイルの事には構おうとしていなかった。ロインは、王の声が聞こえてはいたが、どのように返事をしてよいか分からず、その体躯に似合わない仕草で、ぺこりと頭を下げた。一方、裁判長であるターイルは、不機嫌を隠さない表情をしている。


「陛下…法廷で調理など、非常識で御座います。この店舗が閉店する事は、決まっております。即刻お取りやめください」


「ターイルよ。そちの言う非常識とやら、余にはよく分からぬ。法廷で調理してはならないとは、どこにも書かれておらぬではないか。それに、世が構わぬと言うておるのだ。良いではないか」



頑とした王の態度に、ターイルは次の言葉を言い淀んだ。この国王様は一体何を考えているのか。優人にもその真意が図り兼ねた。


優人の隣で事の成り行きを見ていたアイが、運び込まれた食材や設備を整える手伝いを始めた。アイの様子を見て優人も手伝いを開始しようと、食材の入った袋に駆け寄る。そこでふと、優人は持ち込まれた食材の詰まった袋が、もぞもぞと動いている事に気付いた。まさか…と思いつつ、そっとその封を開くと、中にデールが入っていた。優人を発見したデールの青い瞳が、キラキラと輝いている。


「ユウト、会いたかっ…むぎゅ!」


「ちょっと静かにしておこうか」



袋の口をデールごと押さえ、周囲のフォルク亭の従業員や傍聴人に怪しまれないよう、優人は小声で袋に語りかけた。こんなところにまでやってくるとは、驚きである。法廷内は傍聴人だけでなく、政治家のような人たちまでざわざわと騒いでいる。優人とデールのやりとりに気付いた人は、誰もいないようだった。


そのようなやりとりをしている間に、料理が完成しつつあった。肉の焼ける良い香りが、法廷に広がる。日本でも、過去法廷において料理を実演した例は無いのではないだろうか。フォルク亭の従業員たちは、焼かれたステーキを手早く二センチ角のコロコロとした形に切り分けた。用意された食材を見て気付いていたが、この法廷に居る傍聴人の分まで用意されているようだ。


皿に盛りつけられたステーキが、王の元へと運ばれる。フォークを使って、国王がそれを口にした。王はその料理を食した後、満足そうに微笑んだ。そして、傍聴人、政治家らしき人たち、さらに警備の人たちや裁判官にまで、食すように勧めた。取り皿に盛りつけられた料理を食した人々は皆、笑顔や驚きの顔を見せた。ただ1人、不満そうな顔を見せているターイルを除いて。


全員が料理を口にしたのを確認した王が、パンっと自らの手を打って、何事か話し始めた。


「では、あらためて判決を申し渡す」


「はあっ??」



ターイルが、間の抜けた声を出す。


「本日より、フォルク亭は王家の公認による、デュールコントラントの代表レストランとして、営業する事を許可する」



一瞬、法廷が静まり返った後、傍聴席からどよめきがおこった。

【用語等解説】

今回は特にありません!(^^)!


裁判で料理??過去、日本でもあるのでしょうか…?

言葉で美味しいというより、実際に食べてもらう方が分かってもらえるかもしれませんね♪

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ