第三十三話 出頭命令
「強引すぎるのはいかんよ、きみ。ろくなことにはならんにきまっている」
広瀬 仁紀(小説家)
「じゃあね。次にラグジャスから帰るのは、週明けかな。僕は楽しませてもらうから、その間の事は任せたよ!」
「はい、お任せください。トトラス様がお帰りになった時に、最高の報告が出来るように記事を書きあげますよ」
「ははっ。我が社にミカミがいると頼もしいねぇ」
「お褒めにあずかり光栄です。では、お気をつけて行ってらっしゃいませ」
笑い声とともに、トトラスを乗せた馬車はカラカラと音を立てながら、草原の向こうへと進み、やがて見えなくなった。その姿を見送った三神は、執事のように下げていた頭を起こし、今見送ったばかりのトトラスを卑下するような、冷たい色をその黒い瞳に映した。
ラグジャスへは取材という建前で向かうのだそうだ。社長という立場のトトラスは、働かずしてそれなりに報酬を得ているだろう。身銭さえ切ろうとせず、露骨な観光を遂行するあたり、強引というのか我儘というか。いずれにせよ、周囲が我慢して見ていられる域を超えている。三神をはじめ、王都通信社の社員も、こうしたトトラスの行動には呆れるばかりであった。
「さて、とりかかるか…」
トトラスの姿が見えなくなるのを確認した三神は、同じく見送りのためにやってきていた側近の部下に「緊急案件がある」と告げ、自分の名前を使って役員たちを集めるよう、指示を出した。
試食会開催から今日で3日が経っていた。あの日以来、フォルク亭は連日お客さんでにぎわった。特に昼時は、これまで暇を出していた従業員も呼び戻さなければならないほど、店内がごった返す状況だった。期間限定で実施していたサービスランチも、これだけの客数が見込めるのであれば採算が取れそうだ、という理由で継続する事になった。
クレジットカードやキャッシュレス決済のない現金商売の世界である。手元に資金が増えていくのはロインのように、早々に手元資金が欲しい商売人にとって、ありがたい事なのだろう。そうやって得たここ数日の売り上げは、借り入れの返済に充てたそうだ。
試食会以降、昼前にフォルク亭が開店してから仕込みで閉まるまでの4時間近く、満席の状態が続いている。夜もそれなりにお客さんは来るらしく、1日の売上は約900ゴールドらしい。試食会以前の売上が1日90ゴールドに届かない程度であったというから、まさに快進撃といえる。原価や人件費については、優人にもアイにも知識はなかったが、それなりに儲けられているのではないかと2人して想像した。
そしてこちらの方が肝心なのだが、もちろん、優人達は王都にやってきた目的を忘れたわけではない。アイの故郷であるフォディナを滅ぼした黒幕とみられる組織、アウトフィットの捜査協力を仰ぐため、冒険者協会本部に赴いたデール。それについていく形で、優人とアイも会長のリカルドという人物に会う事になった。
リカルドを見た優人とアイは、緊張してカチコチになった。会長という肩書きも要因の1つだったが、どちらかというとそれ以上に、リカルドの容姿に圧倒されたのだ。これを威圧感というのか、風格というのか、鍛えられた腕はまるで丸太のように太く、背中に下げた巨大な斧を容易に振り回せそうだ。リカルドが歩く毎に、地面が揺れるような錯覚を覚える。気のせいであろうが、さすが、冒険者を束ねるボスといったオーラが出ていた。
そんなリカルドを前に、平然とした顔で事のあらましを報告するネコのデール。仁王のように腕を組んでその話を聞いているリカルドが。この2人が同じ冒険者協会トップ層であると言っても、世間の人間は到底信じないだろう。それほどに2人の間には、ギャップがあった。
「なるほど、貴殿が賢者か…」
「は、はいっ!優人と申します!」
デールに紹介されたあたりから嫌な予感がしていた優人である。リカルドに呼ばれ、じっと見つめられた優人は、その威圧感に耐えようとして、無意識に息をとめていた。そんな優人を見て何を思ったのか、リカルドは瞳を閉じ「そうか…」と、短くつぶやいた。
「では、貴殿にはアフクシスの事も伝えておこう」
そうして、優人とアイはこの世界の事を聞かせてもらった。アフクシスには、5つの大陸がある。緑の国『ハンガイーク』、火の国『アグニヒト』、神に信仰をささげる国『ヒルデガルド』、魔王の軍勢と対抗するだけの武装戦力を保持する国『ファーボストル』、そして名もない『暗黒大陸』と呼ばれる国だ。
冒険者協会の手が及んでいるのは、『ハンガイーク』と『アグニヒト』。わずかにその2つに過ぎないという事である。会長のリカルドといえども、万能ではないのだ。特に暗黒大陸と呼ばれる島には、人類が居ないと考えられている。過去の戦争の折に、魔王軍による極大魔法が使用された事により、大地は溶け、水は腐り、日の差し込まないほどの暗雲に覆われるようになった為だそうだ。
魔王の住処があるとすれば、それは暗黒大陸のどこかだと言われているらしい。そうした理由もあり、暗黒大陸に乗り込もうという人間はいない。しかし、この暗黒大陸について、冒険者協会内部で奇妙な噂があった。アウトフィットのボスであるカポネが、時々、暗黒大陸とハンガイークを往来しているというのである。
「残った古の財宝が目当てであれば、カポネが直接出向く必要は無い。部下を派遣すれば事は足りる」
リカルドはそこまで話すと窓まで移動した。そして、そこから見える王城を眺めながら、話を続ける。
「奴は転生者だ。そして、その転生を可能にする程の力をもった存在は限られている。魔王か、その手の者だろう。奴が暗黒大陸に行くのは、そうした自分を蘇らせた者に呼ばれているからに他ならないだろう」
優人は、話が段々と重々しいものになるのを感じた。デールとアイも、きっと同じように考えているだろう。
「ゆえに、カポネ…アウトフィットに戦いを挑む事は、魔王を直接相手に戦う事になり兼ねない。それをよく覚えておくと良い」
「そうか、それで王都の中やっていうのに、敵の巣窟みたいな所があるんやな…」
冒険者協会本部を出た優人は、デールに話しかけた。人通りが少ないのを見計らって、デールが返事をする。
「そうだ。奴らを簡単に叩く事は出来ない。冒険者協会に猛者が多いとは言え、魔王率いる軍勢と戦って無事で居られるとは思えないからな」
真剣な表情を浮かべながら、アイもこくりとうなずいた。一刻も早く、悪事を白日の下にさらしたいと考えていた相手が、よりによってそのような存在だったとは思ってもみなかっただろう。
「でも、暗黒大陸かぁ…なんかいい武器防具やアイテムが落ちてそうやな」
「ちょっと優人、さっきのリカルド会長の話、ちゃんと聞いてたの?」
「じょ、冗談だよ」
近づくなと言われると、逆に興味が湧いてしまう優人である。いや、これは人間の性なのかもしれない。デールが「そうした時に働く心理を『カリギュラ効果』と言うのだ」と教えてくれた。君子危うきに近寄らず。好奇心はネコを殺す。人の忠告は守っておこう。
時間は昼を大きく過ぎていた。昼食を取っていなかったという事もあり、優人一行はフォルク亭に立ち寄る事にした。しかし、店に到着して早々、ロインに挨拶する間もなく、後ろから慌ただしい足音が聞こえてくる。
「た、大変です!!」
ロインの弟子が悲壮な顔をして、駆け込んできた。その手には、くしゃくしゃになるくらいに、力任せに1枚の紙を握りしめている。弟子からひったくるようにその手紙を受け取ったロインは、内容を見て顔を曇らせた。
「くそ…これからって時に」
その言葉を聞いて思わず、アイと顔を見合わせる優人。アイも「やっぱり来たか」という顔をしている。事前にデールと打ち合わせしていた、悪い予感が当たってしまったようだ。
ロインがテーブルに叩きつけるように投げ捨てた手紙。そこには『召喚状』という文字が、威圧的な書体で書かれていた。
【用語等解説】
カリギュラ効果…行くなと言われると、行きたくなる。押すなと書いてあると押したくなる。そうした心境を表す心理学用語。もとは、公開後に一部の地域で内容が過激という理由から上映中止になった映画『カリギュラ』に由来している。
※ フォルク亭の売上、満席だと幾らくらいが妥当かな…と考えてみました。客席が12テーブル48名。これにカウンター席があるとして10席ほど。合計58席で相席御免としてランチ30分で1回転と計算すると、お客さん全員がランチを頼んだら1時間に1,160ゴールド、4時間で4,640ゴールド…ですかね!(^^)!




