第三十一話 真摯である事
※2020年5月9日 後書き、リンク追記
「学ぶことのできない資質、後天的に獲得することのできない資質、始めから身につけなければならない資質が、一つだけある。才能ではない。真摯さである」
ピーター・ドラッカー(現代経営学、マネジメントの発明者)
1日目の試食会が終わった日の夜。冒険者協会が管轄する宿に到着した優人は、アイと別れて部屋に入った後、デールからひとつの可能性を示唆された。
「明日の試食会を、近衛兵達が止めに入るかもしれない」
デールは、ロインが言っていた『騎士団は民事に不介入』という言葉が気になるのだそうだ。基本的には中立の立場を取る王都騎士団ではあるが、悪意ある風評を流すような団体の取り締まりは行っている。これだけ王都通信社のやり方が露骨であるにも関わらず、相談さえ受け付けないという事は、まず無いらしい。
王都騎士団と冒険者協会の間にある協定でも、お互いに市民を守る事が定められている。王都内の案件は王都騎士団が。王都の外に関わる案件には冒険者協会が、それぞれトラブルシューターとして活動する事になっているのだ。もちろん、互いの手に余る危機は協力して解決するのだが。
管轄内でのトラブルに意図的に関与しないとなると、王都騎士団が王都通信社と裏で繋がり、そのどちらかが、フォルク亭に対して攻撃を仕掛けるよう指示していると考えるのが自然だという。デールのこの説明には、優人も納得できた。しかし、解せないこともある。
「でもさ、騎士団も王都通信も大きい組織なんやろ?ひとつの飲食店相手に、そこまでするやろか」
「うむ、正直に言うと、私にもここまでする理由が分からないのだよ。私の考えすぎかもしれないのだが…。ただ、この巨大な王都における、小さく目立たない案件だからこそ、権力者の力でもみ消せると考えている節が感じられるのだ。デュールコントラントは王制を敷いているが、基本的には民主主義国家。無法がまかり通っている事がおかしいのだ」
なるほど、それもそうかもしれない。いずれにせよ、試食会に邪魔が入った場合、どのように対応するか。対策を講じておいて損はないだろう。そのように考えた優人は、いくつかの可能性をデールと話し合った後で、眠りについた。
「そこにいる店員、ここで何をしている?お前たちは、この道路を使用する為の許可は出しているのか?」
デールの予想していた事態が現実のものになった事に、ため息をつきたくなる優人だったが、これもまた自分を成長させる機会と捉えれば、悪くないかもしれない。ただ、高圧的な物言いをする目の前の小さな衛兵には、緊張よりも怒りを覚えるのが正直なところだ。ランドウェーブでも使って吹っ飛ばしてしまえば早いのではないか、と一瞬考えてしまったのは、内緒である。
背後では、優人から試食会を継続するように言われたロインが、威勢よく試食肉を振る舞い続けている。この気持ちにこたえるためにも、何としてでも衛兵たちをこの先に行かせるわけにはいかない。
「申し訳ございません。許可が必要だったとは露知らず…大変失礼致しました」
「知らなかった、で済むことだと思っているのか?お前たちがこの道路を使うことで、どれだけ市民に迷惑をかけていると思っている」
道路の使用については、もちろん許可など取りに行っていない。申請したとしても、今日明日では許可は下りないとデールが踏んだ為だ。そう言われて、優人は頭を下げて謝り続けた。アーマイドネストでは衛兵が、フォルク亭ではロインが、それぞれ見せた真摯な姿を思い浮かべながら、優人はただひたすらに、丁寧に謝罪した。しかし、自分を咎める衛兵の態度が和らぐ気配はない。
「公道を使用するのであれば、使用許可を出すのは当然のことであろう。子供でも分かることがなぜできない。商売人が聞いてあきれる」
デールと話し合ったのは、先方が武力行使に踏み切らない限りは、真摯に謝り続ける事である。そうやって後日処罰を下すことを取り付けらさえすれば、取り急ぎ今日は何とかフォルク亭は生き延びる事ができる。その為に、騒ぎを起こすのは得策ではないと踏んだのだ。
深々と頭を下げる優人に、衛兵の代表とみられる男はふんっ、と鼻を鳴らして容赦なく詰め寄る。試食会の後方に並んでいた何人かの市民が、その様子を見てお互いにひそひそと話し始めた。
「返す言葉も御座いません。おっしゃる通り、悪いのは私どもフォルク亭で御座います。そのことを重々承知の上で…まもなく本日分の試食会用に準備した食材も、尽きるところで御座います。あと少し…あと少しだけ、お時間をいただけないでしょうか」
優人は相手の都合を無視するような問いかけを避けた。「お時間をください」ではなく、「お時間をいただけないでしょうか」と、質問形で依頼したのがそれである。時間が欲しい事を自分本位で伝えるのではなく、あくまで決定権を相手に渡すように心がけたのだ。ゲーノモスに教えられたことが、このような形で活きてくるとは想像もしなかった。
「ならん!大した味でもないくせに、少しくらい客が並んだくらいで調子に乗るな!」
目の前の衛兵は即時撤去の主張を頑として譲らなかった。怒らせなかっただけ、まだマシだったといえるだろうか。ひたすら平身低頭する優人を見て、並んでいる主婦が気の毒そうな顔をする。力及ばず申し訳ないが、どうやら自分が食い止められるのは、ここまでかもしれない。後ろに控えている衛兵の一団も、今にも試食会場の撤去に乗り出さんとばかりに、身構え始めた。
許可は出ないと踏んだデールが身を起こし、何やら魔法を使おうとしているのが目の端に映る。その時だった。
「おいあんた、言い過ぎだろ。店の人は、こうやって謝ってるじゃねえか」
1人の男が並んでいた列を離れて、こちらに向かって歩きながらそう言った。何か力仕事でもしているのだろうか。がっしりとした体つきに加え、背も高い。男はそのまま優人の横に並ぶようにして、隊長の前まで進み出た。
「む…き、貴様、この男の味方をするのか?出方によっては、ただでは済まさんぞ」
思わぬところから屈強な敵が現れた事に、衛兵の隊長は慌てた。ところが、事はそれだけにおさまらなかった。その男に便乗するように、他の男性客も優人の近くまでやってきて、優人を擁護し始めたのだ。
「おいおい、どうみてもお前たちがやりすぎだろ。この兄ちゃん、これだけ謝ってるだろ?衛兵は町の事件を解決するのが仕事だろうが。こういう善良な商売人をいじめるのが仕事って訳じゃないだろ」
「そうよ、それにそこのパン屋さんだって、一昨日チラシを配ってたわよ?この試食をとがめるんだったら、そっちも注意して辞めさせるべきじゃないの?」
更に、脇で傍観していた主婦も、その男性に加勢する。
「そ、それは許可を取っていたのではないか?」
「じゃあ、パン屋さんのチラシ配りに許可が出るんだったら、同じように外で配りものをしているフォルク亭さんにも許可を出してあげればいいじゃないの」
衛兵隊長は、一瞬言い返す言葉が浮かばなかったのか、困惑の表情を浮かべた。その機を逃すまいと、さらに隣で見ていた別の男性客も加わった。
「あんた、さっき『市民に迷惑をかけている』、なんて言ってたけど、俺たちに迷惑なんてかかってないぜ?むしろ、フォルク亭には感謝してるくらいだ」
「そうよ、こんなに美味しい料理を無償でふるまってくれているのよ?逆に、それを邪魔しようとするあなたたち衛兵こそ、迷惑をかけてるんじゃない?」
ここまでぽかんとして事の成り行きを傍観しているしかなかった優人も、これには慌てた。
「いえ、みなさん…私どもが悪いのです。衛兵さん方は、正しいお仕事をしているだけですから」
それを聞くや否や、隣にいた男が強い口調で優人を否定した。
「いいや、兄ちゃん。あんたらは悪くないぜ。おい、衛兵さんよ。見てみろよ、まだ若いだろうに店員さんがここまで謝ってるじゃねえか。少しの時間、道路を使うくらい許してやれよ!」
そうだそうだ!と、口々に市民から声があがった。
「帰って!」
「く…」
「帰れ、帰れ!」
周囲から、帰れコールが鳴りやまない。優人は、その声に感謝すべきか謝るべきか分からなかったが、とりあえず市民に向けて頭を下げた。まさかこのような事態になるとは想定していなかった。そして何より、ここまでしてフォルク亭を擁護してくれる人が多い事に、心から感謝した。
「き…今日のところは引き上げてやる!だが、このことは、防衛大臣のターイル様に報告させてもらうから、覚悟しておくんだな!」
険悪なムードに耐え切れなかったのか、衛兵の隊長はそう捨て台詞を残して、一団に指示を出し、身をひるがえして去っていった。当面の危機は去ったのだ。
優人はほっと安堵するよりも、呆気にとられていた。自分で何とかしなければならないと踏んでいたのだが、まさか見ず知らずの他人に助けてもらえるとは思っていなかった。デールは、この展開を予想していたのだろうか?デールを見ると、こちらになにかを訴えかけてきた。みんなに礼をしておけ、という事だろう。
「あ、あの…みなさん。この度は本当にありがとうございました」
そういって頭を下げる優人を見て、最初に優人を助けてくれた男が笑って答えた。
「兄ちゃんが真摯に対応しているのに、あの衛兵が偉そうに自分たちの勝手でものを言ってたから、みんな腹が立ってたのさ」
「ふふ、おなかがすいてたのも理由よね」
「そうだ。腹が減ったし腹が立ったしで、ついつい怒っちまったんだ」
そういうと、そこに集まっていた皆は「あはは」と、大きな声で笑いあった。
「しまった…こうしちゃいられねぇ!早く並ばなきゃ、肉にありつけなくなる!フォルク亭の兄ちゃん、頑張れよ!俺らは応援してるからな」
優人が感謝を述べる前に、皆は列に並びに戻っていった。フォルク亭の従業員では無いと、今更言い出せなかった優人ではあるが、その言葉には胸が熱くなった。この出来事は、ロインにもしっかり伝えておこう。そう決めて振り返り、ロインの元に行こうと一歩を踏み出したその時だった。
「そこのきみ」
急に呼びとめられた事に、優人は慌てた。
【用語等解説】
心理的リアクタンス…自分の行動や意見を否定されると、人は頑なになる。これを『心理的リアクタンス』という。「いえ、みなさんいいんです!私たちが悪いんです」と、自分たちが優人を擁護しようとするのを否定された人々は、より一層、優人の事を擁護しようとした。
【詳細と活用方法】(人間関係ナビ☆彡)
http://for-supervisor.com/human-relationship/psychological-reactance/
※ 少し長くなりそうでしたので、一度区切らせていただきました!(^^)!




