第二十七話 王都デュールコントラント
「中傷や噂は真実よりも速く伝わるが、真実ほど長く留まらない」
ウィル・ロジャース(ユーモア作家、社会評論家…等)
ちょうど太陽が1日で最も高い位置にやってくる頃、優人たち一行は王都デュールコントラントに到着した。みんなが「王都」と呼んでいるのを聞いていた優人は、てっきり王都そのものには名前が無いものだと思っていた。どうやら、「その名前が長い」という理由で、みんなが「王都」と呼ぶのだろうと理解した。デールの話では、300年ほど前にこの地を東西に分けて争っていた国々が、戦争に終止符を打つため、お互いに不可侵条約を結んで出来上がったのが、ここデュールコントラントなのだそうだ。
『王都』というだけあって、威風堂々とした佇まいをしている。デュールコントラントは幅の広い川に面した位置に作られていた。水面には帆を張って、いまにも出航せんとばかりに待つ船が何隻も見える。川幅は10メートル以上あるだろう。この平原を歩いていて初めて見た川が、こんなに広いことに驚かされる優人だった。そして、小高い丘のような場所に作られた城。城下町を見渡せるこの城は、高い建築技術で作られたあとに魔法によるコーティングが施された、この世界でも屈指の防御要塞なのだそうだ。魔素を感知できる優人には、遠目にも表面が何かしらの魔法で覆われていることが分かった。
王都は300年の月日の中で、補修と新たな工事を繰り返しながら、今に至るまで成長してきたのだろう。こういうのを風光明媚な都市、とでも言うのだろうか。天気が良いことも相まって、旅行雑誌の表紙にでもなっていそうな、中世ヨーロッパを映したような街並みを呈している。
「案外早く到着したな」
「うん、ユウトの魔法のおかげかな?」
何気なくつぶやいた優人の言葉を、アイが拾ってくれる。褒められた気がして、優人は嬉しい気持ちになった。
ここに来るまでの道中では、ジャイアントボアとカラスの魔物に襲われた。しかし、その両方を優人の魔法だけで撃退できた。見たことのない魔法を使う優人を見て、アイが目を丸くしていたものだ。倒してから気付いたが、アイには賢者になった事と、LV3までの魔法を扱えるようになった事を伝え忘れていたのだった。戦いの後、冒険者カードを見せるように強要されたことは言うまでもない。
ジャイアントボアは、アンジェロが使っていたのと同じ魔法、ファイアLV2で倒した。使えるようになってから名前が判明したのだが、火炎放射のようなこの魔法は『フレイムスロー』と呼ぶらしい。この魔法を使って失敗したのは、ジャイアントボアを焼こうとして、勢い余って炭化させてしまった事だ。賢者になってから、魔法の威力が上がっているのを感じる。これからは少々控えめに、魔法を撃たなければならないだろう。
一方、カラスの方は4羽ほどの集団で攻めてきた。こちらも、最初はフレイムスローで撃退しようとしたが、動きが早く、魔法を当てることが出来なかった。その為、予定を変更してウォータLV3の『ヘヴィレイン』を使う事にした。この魔法、ごく狭い範囲ではあるが滝のような雨を降らせる事が出来る。晴れた空から降る、突然の局地豪雨に叩き落とされカラスは、地面に落ちた勢いだけで息絶えていた。明らかにオーバーキルだし、燃費が悪いのを感じる。空を飛ぶ相手に使う魔法は風魔法だろう。デールの話では、王都を超えた先にある谷で習得できる可能性があるらしい。早く行ってみたいものだ。
そんな事を思い返しながら、王都へと歩を進めた優人たちは、休憩と昼食を兼ねて、どこかで外食を取ることにした。アーマイドネストで手に入れたお金があるので、飲食くらいであれば苦労する事はないだろう。街中、レストラン街を見て回った。立ち並ぶ店舗から漂ってくる良いにおいに、3人のワクワク感が募った。
今はちょうど昼食時なのか、そう広くない飲食店街の路地は行き交う人であふれていた。人ごみを避けるため、デールはアイの背負っているリュックに入って、そこから周囲を見渡している。デールなら王都を知っているだろうし、美味しいと評判になっているような店を聞きたいのだが…このような人目に付く場所でデールに話しかけても、答えは期待できないだろう。デールがダメならアイに聞いてみよう。
「なぁ、アイって王都には何回か来た事あるん?」
「うん。じいちゃんに連れてもらって、何回か来た事があるよ」
「じゃあさ、どっかオススメの店とかないん?」
「うーん、じいちゃんが『村の皆を残して、我々だけ贅沢してはいけない』って言って、普通の定食屋さんくらいしか入った事がないのよ」
ハンスの性格を思い出して、優人は何となく合点した。
「あー、ハンスじいちゃん、そういうとこ厳しそうだもんな」
「でも、じいちゃんが『自由にしなさい』って言ってくれたから、これからの私は自由よ。今日は美味しいものを食べるわ!」
アイ、ポジティブな子…。すっかり立ち直ったアイを見て、優人は安心した。デールも笑っている…ように見える。
「あ、ユウト!あれを見て!」
そう言ってアイが指さす先、飲食店街から少し離れた一角に、4、5人ほど外まで行列を作っている店舗が見える。
「おお、いい感じに並んでるやん。あのくらいやったら、少し待ったら入れるかな」
とりあえず列の後ろについた優人たちは、そこで待ちながら店頭のメニュー看板を見た。どうやらステーキを扱う店舗のようだ。とくに裕福でもない大学生の自分が、昼間からステーキを食べるなど、現実世界では贅沢極まりない。しかし、ここはアフクシスだ。普段と違う生活をしてみても良いだろう。
「お客様方、お待たせしました。準備が出来ましたので、ご案内します」
ホール係の男性が、前に並んでいるグループと優人たちを合わせて店内へと招き入れた。ちょうど、中学高校の教室1つ分くらいの広さの店内に、12ほどのテーブルが置かれている。優人達は窓際の4人掛けの席に通された。この店、夜はバーでもやっているのだろうか。客席から見渡せる位置にあるキッチンスペースには、ワインのボトルが幾つか飾られていた。テーブルに置かれたメニュー表を手に取り、何にしようかと選び始める優人。
「ねぇユウト、ちょっと変じゃない…?」
「え、なにが?」
「だって、外まで並んでたのに、中には私たち以外にお客さん居ないよ?」
メニューを見る事に集中して忘れていたが、確かにアイの言う通り、店内を見渡しても他にお客さんの姿は見えなかった。奥に席でもあるのだろうか。ここにきてようやく魔素感知の事を思い出し、感覚を研ぎ澄ませてみる。先に入店して奥に通されたお客さんは…あれ?奥にある勝手口から外に出て行ってる?
そうこうしているうちに、先ほどのホール係がオーダーを聞きにきた。アイは食べるものを決めてあったらしい。優人は取り急ぎ、アイと同じランチを注文した。そして、ちょっと聞きづらかったが、先ほどのお客さんたちの事を聞いてみた。ウェイターは少しバツが悪そうな顔をしつつ答えた。
「先ほどのお客様方でしたら、テーブル席ではなく、座席をご希望でしたので、奥にあるお席にお通ししています」
「そうだったんですか。座席もあるんですね」
「はい。それでは、お料理をお持ちするまで少々お待ちください」
ウェイターが去ったあと、優人はアイにそのことを伝えた。と、ここまでリュックの中で沈黙を守ってきたデールが急に話し始めた。
「ふふ、アイにユウトよ。君たちはどうやら『バンドワゴン効果』に、かかってしまったようだね」
「え?なにそれ?」
「大勢の人がやっている事は、自分も安心してする。そういう心理をバンドワゴン効果というのだが…この店に入ったきっかけは、列が出来ていたからだろう?」
「確かに。行列ができてるんやから、それなりに味の良い店なんじゃないんかなーって思った。でも、あの人たちってやっぱり…」
「そうだ。サクラを使っているのだよ。この店、観光に来たお客さんは入るのだが、王都ではあまり人気がない事で有名な店なのだよ」
ショックだった。まさかサクラを使っている店があるなんて…しかも、それに自分たちが引っ掛かってしまったことが、より腹立たしい。
「でもなぁ…美味しくないんやったら、店を畳んだ方がええんちゃうかなぁ」
「うん。なんだか騙された気分で、あんまりいい気分じゃないわね。そんな小手先の技術を磨くんじゃなくて、味を改善すればいいのに」
ふくれっ面で、アイも同調する。おなかが空いている時は、人は怒りっぽくなると聞いたことがある。今のアイや自分は、まさにその通りなのかもしれない。
「まぁ、王都ではこうした個人経営の飲食店が火の車…という事も珍しくない。お客が入らなければ、自分たちの生活が成り立たなくなるのだから、店主が必死に運営を考える気持ちも察しなければならないだろう」
「デール、寛大すぎるやろ!サクラを使ってまでお客さんを呼ぶ店、野放しでいいんか?」
「この店は出来ておよそ1年といったところだ。悪い噂は広まりやすい。急場しのぎのサクラなど、長くはもたないだろうから。我々としては、社会勉強が出来てよかったと思っておくと良いだろう」
なるほど、確かにアフクシスには勉強に来ているのだし、目的にかなっていると言える。デールはいつも前向きだ。…しかし、美味しくないとわかっている料理を待つ身というのはつらいものだ。
「お待たせしました。ランチ2人前です」
しかし、事前の情報に反して、出された料理は美味しそうに見える。アツアツの鉄板に乗った厚切りの肉はジュウジュウと音を立てながら、湯気を出している。その湯気にのって、香辛料と塩コショウの香りが漂ってくる。これは、期待しても良いのではないだろうか。
いや、でもわざわざサクラを使ってまでお客さんを呼び込むような店だし…ここの料理がおいしいわけがないか。優人はぼんやりとそんな事を考えつつ、前にデールに教えてもらったミラーリングを練習する。アイが切り分けた肉を口に運ぶのに合わせて、自分も料理を食べる。
「「うまい!」「おいしい!」」
口の中を、今だかつてない衝撃が走った。
【用語等解説】
社会的証明の原理(バンドワゴン効果)…大勢の人が行っている事に、盲目的に倣ってしまう心理。今回は、店の外までお客さんが並んでいるのを見た優人たちが「この店は美味しいのではないか」と思って、並んでしまった。逆に、並んでいない店には入りづらい。最初の一人になる事を何となく不安に思うのも、この原理の裏返しである。
【詳細と活用方法】(人間関係ナビ☆彡)
http://for-supervisor.com/human-relationship/syakaiteki-syoumei/
※第一話からここまで、前書きとあとがきの表記を統一させていただきました☆
年も明けて随分と経ってしまいましたが、みなさま、本年もどうぞよろしくお願い致します(^^♪




