第二十四話 変えるべきもの
「神よ、変えることのできないものを静穏に受け入れる力を与えてください。変えるべきものを変える勇気を、そして、変えられないものと変えるべきものを区別する賢さを与えて下さい」
ラインホルド・ニーバー(アメリカの神学者)
周辺の魔素を把握出来るようになった優人には、デールの他に8人の人間がこちらに向けて歩いてきている事が分かっていた。アンジェロ達以外にまだ賊が残っていないとは言い切れなかったので、そうして村の様子を警戒していたのだ。しかし優人は、周囲を警戒する一方で、こんな時でさえ悲しむことに集中できない自分を嫌になっていた。
デールと一緒にいるのは、冒険者協会のメンバーだろう。1人1人が相当な手練れであることが、その体格や身につけた装備から伺えた。彼らは手分けして、アンジェロ達を捕らえて縛り上げ、気絶したアイを保護してくれていた。優人の前にはデールともう1人、剣士風の男が立っていた。
「ユウトよ、よくやってくれた。冒険者協会を代表して、礼を言わせてもらいたい。本来は私達のような組織が関わって解決しなければならない事件に協力してくれたこと、心から感謝する。ハンスをはじめ、亡くなったこの村の者たちも浮かばれるであろう」
「デール、やめてくれ。こんな復讐みたいな事、僕の自己満足でしかない…。あいつらを倒しても、もうフォディナのみんなは帰ってきぃへんし、アイやって立ち直られへんかもしれん」
労いの言葉を聞いても、優人は素直には喜べなかった。そんな優人の言葉に、デールはかぶりを振ってから応えた。
「フォディナの事は、本当に残念だった。私たちも力が及ばず申し訳ないと思っている。しかし、アイは心の強い子だ。それは旅をしてきたユウトが見てきただろう?」
「でも…アイにとってみんなは家族みたいな存在やってんで?急にこんなことになって平気な訳がないやん…」
デールは瞳を閉じて深く頷いた。
「確かに優人が言う通り、今回の件は彼女にとって相当ショックが大きいだろう。では我々は、その状況をただ見守ることしかできないのだろうか」
「いや、僕は自分にできることがあれば、なんでもさせてもらうつもりやけど…」
デールの質問で気付かされた。ただ嘆いていても仕方ないだろう。自分にできることがあるならば、何か行動したいという気持ちはある。しかし、どうすればアイは喜んでくれるだろうか。
「彼女が目を覚まし、この状況を受け止めたときに望むのは、なんなのだろうな」
「アイが望むもの?」
デールが続けた。
「我々は、相手に成り代わることはできない。しかし、自分本位で相手の求めることを考えるより、相手の立場に立って求めていることを考えたほうが、よりよい選択をできるのではないだろうか」
優人は考えた。デールの言うことは最もである。もしも自分がアイで、フォディナを失ってしまったらどうするか。
「もし僕がアイやったら…心を整理するための時間が欲しいと思う。そのあとは…じいちゃんの遺言を大事にするやろうな」
「うむ。間違っていないと思う。そして、我々に出来るのはその手伝いだろうな」
優人は、その言葉に頷いた。そのとき、1人の女性がデール達に話しかけてきた。
「ライル、デール、賊の身柄確保完了。女の子は軽傷だと思う。恐らくは意識を失ってるだけ。でも、腹部に痣があるから一応要検査ね」
「分かった。メリナとモンドレ、それにラモントは俺と残って生存者の確認。シチル達は、そこの少女と少年を保護して、アフクシスの協会支部へ。一緒に賊も連行するように。デール、それでいいか?」
アイの痣は、おそらくマイクに攻撃された箇所だろう。あの攻防であれば、痣の1つくらいはついていてもおかしくはない。剣士風の男、ライルはメンバーに指示を出したうえで、デールに確認した。デールはうなずいてから応えた。
「ああ。良い采配だと思うよ。ところで賊達もアフクシスへ連行するのだな。先ほどまで戦っていた優人やアイは、賊と別れて移動できるよう、取り計らってもらいたいのだが、良いだろうか。私は優人達に同行しよう」
「それもそうだな。ではツェルトに少女を運ぶのを任せよう」
ライルは軽く頭をかいて、指示を変更した。デールとは協会内で同位職といった間柄なのだろう。しかし、このやり取りをみた優人は、デールが一枚上手といった風に感じた。こうして優人は、デールとともにアフクシスへ戻ることになった。
フォディナの一件から、今日で2日が経っていた。いま、優人とアイはグラペブロの冒険者協会支部で保護されていた。ここは、以前デールに町を案内してもらったときは通らなかった場所である。換金施設に武具販売、クエストを受けられる依頼所…宿泊施設や病室まで用意されている。大通りから路地を一本入った冒険者登録所の裏手に、このような大型の施設があることに優人は驚いた。ここで初めて、優人は自分と同じ冒険者にも出会うことができた。彼らから聞いた話では、王都には冒険者協会の本部があり、そちらの方が、アフクシスよりも規模が大きいらしい。近くを通ったら寄ってみたいものである。
そして、今更ながらではあるが、もう何日も祖母の実家に帰っていない事が気になった優人は、祖母に連絡を取る手段が無いか、デールに相談した。デールが言うにはアフクシスで過ごした時間は、現実世界に帰るときであれば、魔法で戻せるのだそうだ。それを聞いて安心する一方で、賢者になった今も、相変わらず属性や常識にとらわれない、デールの使う魔法は理解不能だった。
目下の問題は、やはりアイの事だった。目を覚ました時こそ、優人の姿を見て笑顔を取り戻したアイだが、そのあとの落ち込みようは目に見えて分かった。病室でも祖父や村のみんなのことを思い出すのか、俯いて暗い表情をしている事が多い。優人もその件に触れてはいけない気がして、アイの病室に見舞いに行くときは、会話に細心の注意を払っていた。アイはというと、そんな優人の話を聞いてはくれるものの、どこか上の空といったところである。介抱に当たってくれているギルド職員の話では、食事もろくに喉を通らないらしい。そういえば心なしか、アイはこの2日で痩せたように見える。
そして今日。アイから折り入って話があると呼ばれた優人は、デールとともにアイの病室を訪れていた。
「あのね、優人…私はもう体調も良くなったし、いつまでも協会にお世話になってる訳には行かないから、そろそろここを出ようと思うの」
「そうか、自分の体調は自分が一番わかるもんな」
そう話しながらも、優人はアイの表情を気にしていた。
「でもね、ずっと考えてたんだけど…私、どこに行けばいいんだろう。もう帰る場所なんてないのに…」
アイの瞳から涙が零れ落ちる。なんとなくこうなることは分かっていたものの、優人はどう言葉をかければ良いか分からなかった。ただ沈痛な表情で、アイの話を聞いていた。
「みんな、悪いことなんてしてないよ?ねぇ優人、どうしてみんながこんな目に合わないといけなかったの?」
「アイ…そうやで。みんなは何も悪くない…」
今の自分には、アイの悲しみに寄り添ってあげる事しかできない。優人は子供のように泣いているアイを、ただ見守っていた。
その時、優人の足下から声がした。
「アイよ…」
「え…?」
アイが驚いた表情をして、声の主を探す。これには優人も驚いた。デールがアイに話しかけるとは思ってもみなかったからである。
「ここだ。私にも話をさせてもらえないだろうか」
「えっ…ええっ??デールちゃん!?」
優人以上に驚きを隠しきれないでいるアイ。思わず、泣くことも忘れてしまっている。それもそうだろう。デールは冒険者協会の中でしか、話をすることは無い。これはデール自身が秘匿としてきた案件だ。ファンタジーの世界を知っている優人ならまだしも、この世界の一般人であるアイには、ネコが話をするなど想像も及ばない事だろう。
「驚かせてしまってすまなかった。しかし、どうしても伝えておきたい事があるのだ」
アイは両手で口を押さえ、信じられないという表情をして、じっとデールのことを見つめている。
「私には今、君を励ませるような言葉が見つからない。しかし…」
アイと優人は黙ってデールが話し出すのを待った。
「アイよ。厳しいようだが、我々には、変えられないものは受け入れる事しかできないのだよ…。そのうえで、変えられるものを変える。それが私たちに出来る全てなのだ」
デールはそこで一度話を切って、アイが言葉を受け止めるのを待った。そして、その反応を見ながら、再び話し始めた。
「私は君に成り代わることはできないが、君の悲しみの深さが相当なものであることは分かる。しかし、今の君を見ていて、このままの状態で居てほしくないと、心から思っている。それは優人も同じだ。優人も私も、また、君に笑顔を見せてほしいのだよ。その為にできることがあるならば、私たちは喜んで君に協力させてもらいたい」
それを聞いたアイは、優人を見る。優人もその通りだというように、深くうなずいた。それを確認したアイは、暫くの間うつむいて、真剣な表情で床の一点を見つめていた。優人とデールは、アイが考えをまとめるのを待った。そして、数分ののち、アイは顔をあげてしっかりとデールを見据えた。
「じいちゃんは、なにものにも捕らわれるなって言ってた。そして復讐するな…って」
デールは深くうなずいた。アイはそこで話を区切って、自分の想いを言葉にする。
「それは、じいちゃん自身の言葉にも、縛られるなって意味だと思う。でもね、復讐するなっていうのが、じいちゃんの最後の願いだから、それを大事にしたいの。だから…」
…復讐の為じゃなくて、平和な世界を取り戻すために、私は戦いたい…
そう言ったアイの真剣な横顔を、優人は生涯忘れる事はないだろうと思った。人が何か決意をした顔を見たのは、これが初めてである。そしてその意思を言葉に出来るアイの事を、自分なんかよりもずっと大人だと感じた。デールだってそうである。2人のことを尊敬するし、見習わなければならない。こんな自分でもアイに何か伝えられるだろうか。優人は思ったことを言葉に出した。
「ならば…僕らができるのは、こんなことを仕出かした連中の親玉を見つけ出して、二度とこんなことせーへんようにする事やな」
「うん。ユウト、私もあなたたちの旅に連れて行ってもらっていいかしら?」
優人はデールと顔を見合わせて、笑顔でその提案を受けた。その表情に、アイも今日初めて笑顔を見せて応えた。複雑な思いではあるが、アイと一緒に旅を続けられることは優人にとって純粋に嬉しかった。その様子を見たデールが、急に真剣な顔で話し始めた。
「それでは、パーティ結成の最初の1歩として…」
デールがニヤリとした…ように見えた。このタイミングで一体何だというのだ。
「冒険者協会の方で美味しい料理を用意しておいたぞ」
…やられた。それを聞いて安心したのか、タイミングよくアイのお腹が、ぐぅぅ〜っと鳴った。それを受けて3人は、誰ともなく笑いだした。これはデールのユーモアなのか、それともただ気を利かせてくれただけなのか。いずれにせよ、話を始める前からご馳走を手配していたデールはすごい。優人は、これから自分たちの前に現れる困難も、このメンバーならば乗り越えられそうな、そんな気になっていた。
【用語等解説】
YesBut話法…質問によって、相手の行動を促す話法。Yesの部分で相手の発言に同意し、Butの部分で相手の意見と異なる提案をする話し方である。Butの部分を「でも…」という否定形で始めるのではなく、質問に置き換えることで、相手の行動意思を強化することが出来る。
(文中引用↓)
「確かに優人が言う通り、今回の件は彼女にとって相当ショックが大きいだろう。では我々は、その状況をただ見守ることしかできないのだろうか」
Yes:確かに優人が言う通り、今回の件は彼女にとって相当ショックが大きいだろう。
But:では我々は、その状況をただ見守ることしかできないのだろうか。
Butの部分を「でも、優人は優人にできることをすればよいのだ」とするより、効果が高い。
【詳細と活用方法】(人間関係ナビ☆彡)
http://for-supervisor.com/human-relationship/yes-but/




