第十七話 アーマイドネスト③
「トップになることは、目標でしかないんです。トップになって、どうしたいのかが大切なんです」
中村信二(実業家 著書『営業の魔法』)
「デール、ここで喋っててええんか?」
「構わん。この距離であればアイにも聞こえていないだろう」
離れた位置で戦っているアイを見ながら、そう話すデール。これまで戦いに口を出すことは無かったのに、ここにきてどうしたというのか。
「優人も気付いていると思うのだが、先ほどからあのモグラが放っているのは、地魔法だ」
「あ、やっぱそうやんな!なんかオーラみたいなのも見えるし、明らかに腕力だけじゃ起こせへん現象ばっかりやもん」
「うむ。奴が使っているのはランドウェーブやバリアウォールといった、比較的初級の地魔法ではある。しかし、今の優人達にとっては驚異となっているだろう。そして大切な事なのだが、本来、魔法を使える魔物はこのダンジョンにはいないハズなのだ」
そんなことを言われても、現に魔法を乱打してくるモグラが目の前にいるではないか。
「え、じゃああのモグラは、ダンジョンの外から来たんか?」
「それが、実はあのモグラはこの階層の守護者なのだよ。恐らく、何かしらの形で地精霊の力を手に入れたのだろう」
地精霊、なにしてくれとんじゃい。と、心の中で思いつつ、いま重要なのはそこではないと考えを切り替える優人。アイが頑張ってモグラの相手をしてくれているが、攻撃を当てられたら、一発でアウトである。早く助けなければならない。
「それで、どうやったらアイツを倒せるんや?」
「ウォータだ」
「え?」
「ウォータを使うのだよ」
デールは自信ありげにそう言う。優人はあきれて言い返した。
「あのな、ウォータはさっき使ったけど効かんかったんやで?」
そうだ。しっかりバッチリ、ウォータの水球はモグラに命中した。しかし、ダメージを与えるどころか、ひるませる事さえできなかったのだ。
「奴がランドウェーブを撃ったとき、1度目と2度目で威力に変化があったのは確認できたか?先ほど優人がウォータを使った後、奴が少し濡れた地面を叩いて出したランドウェーブは、最初ほど、威力は高くなかったのだよ」
「え、そうなん?」
ぜんぜん気付かなかった。おそらくデールは魔法を見慣れているから、そうした違いを把握することができるのだろう。デールは説明を続けた。
「おそらく、奴は手で地面を叩くとき、地面に魔力を送り込んで魔法を発動させているのだ。2度目の時は、手と地面の間に水があったからランドウェーブの威力が下がったのだろう」
なるほど、そういう原理か。飛び散った水がランドウェーブの魔法を阻害したのだ。
「…つまり、地面をウォータで水浸しにすれば、あいつの地魔法が発動しなくなるって事なん?」
「さすがユウトだ。理解が早い。ただ、これはあくまで可能性が高いというだけだ」
「可能性が高いって…もし違うかったら?」
「うむ、その時はその時だな」
そんなリスキーな。とはいえ、今の優人達には決定打がない。モグラの体力よりも、アイの体力と優人の魔力が尽きる方が先に思える。失敗したら万事休すだが、他に打開策がないのだから、この方法に賭けるしかないだろう。
優人は部屋の中央に近い位置まで移動すると、杖にウォータの水球を作り出し、足元に向けて打ち出した。それを円形に、出来るだけ広い範囲に。水が土に馴染んで泥になるよう、何回も撃ち出す。それほど時間をかけず、あたり一帯の土がぬかるんで、泥のようになった。
すばやくカードを取り出して確認すると、残りのMPはわずか2しか残っていない。あとの事はアイに任せるしかないだろう。アイは優人が何かしているのを察してくれたのだろう。モグラが優人の邪魔をしないよう、外周を回るようにモグラを引き付けてくれていた。
「アイ、準備できたで!足元に気を付けてこっちや!」
優人の合図をうけ、攻撃をかわしながら移動していたアイが、中央に向けて走り出す。それを追うように、モグラもついてくる。そうしてそのまま、優人とアイは、モグラをぬかるみまで誘導する事に成功した。
「アイ、今ならいけるで!」
「え、ホントに?」
「うん。あいつの魔法は発動せーへん…と、思う」
「分かった、サポートしてね!」
そう言って勢いよく走りだすアイ。その後ろから、後押しするように優人は杖先にファイアの火球を作り出し、モグラの顔に向けて撃ちだした。モグラが優人の攻撃とアイの突進を避けるべく、土壁を出そうと足元を叩く。しかし、地面から返ってきたのは、ビチャッという泥を叩く音だけで、土壁は現れない。
魔法の阻害に成功したようだ。突然の事態に焦って手で顔を覆おうとしたモグラだが、ファイアの到達の方が少し早かった。火球が片目に当たり、モグラが小さく「キッ!」と鳴いて顔を覆った。優人の援護を受け、モグラの元まで到着したアイは、一撃必殺の意思をもって、速やかにモグラの駆逐に動く。
優人の見ている前で、アイが2メートル近く跳躍する。優人は、人間離れしたその動きを、スロー再生のように眺めていた。空中で両手を頭上に掲げ、上体を逸らした体制から愛用のオリハルコン入りリュックを一気に振り下ろすアイ。アイの体を軸として、遠心力の勢いを得たリュックが、綺麗な半円を描いて空中を舞う。そしてそれは、勢いをそのままにモグラの眉間に力強く叩きつけられた。
インパクトの瞬間、バキッというのかメキッというのか、表現し難い凄まじい音がした。モグラは「ギィィ!」と鳴き、のたうった。着地したアイが体制を立て直し、今度は独楽のごとき動きで回転し、倒れたモグラの横っつらをなぎ払うように、リュックを振り抜いた。
殴られたままの勢いで、首が横90度に近い方向を向いて静止するモグラ。…勝負あり、である。モグラはしばらく痙攣していたが、やがて力尽き動かなくなった。
「か、勝った?」
「アイ、やったな!」
アイが肩で息をしながら振り返り、笑顔でそう言う。走り寄ってきて、優人の手を掴み、ブンブン振りながら「やったやった!」と言って喜びを表現するアイ。
優人は複雑な気持ちだった。本来、男の自分が直接モグラを倒すような活躍をしなければならない気がしたからだ。アイは強い…でもこわい。ジャイアントボアを倒した時もそうだったが、動きが人間離れしている。力は強くないって言っていたけど、あれは嘘だと思う。決してアイを怒らせてはいけない。心からそう誓った。
その時…
「ふぅ、大変な目にあった…このモグラを倒したのは、君たちかな?」
勝利の余韻が冷めやらぬ中、突然どこからともなく声が聞こえた。とっさに武器を構える優人とアイ。
「まったまった!私は君たちの敵じゃない!君たちが私を助けてくれたんだな。土の中で昼寝していたんだが、気づいたらあのモグラに食べられてしまって、困っていたんだよ」
そう話す声の主に目をやると、そこにはデールと同じくらいの大きさの、小人が1人立っていた。童話の世界にでも出てきそうな格好をしている。
「え、もしかしてこれが精霊なん?」
「え、そうなの?」
アイに確認してみたが、アイも精霊の事は知らないようである。デールも、アイがいるから無言だ。精霊、もっと大きくてもいいんじゃないか?なんだか貫禄もないし。そのような目でジロジロ見られたからか、精霊がちょっと怒った感じで言い返してくる。
「『これ』とはなんだ『これ』とは!私はれっきとした地の精霊だぞ!」
「ごめん、言いなおすわ‥。お前が地精霊か!?」
「さよう、私が地精霊ゲーノモスである」
なんだ、この茶番は?そして地の精霊の名前、ノームじゃなかったんだ。定番の名前が聞けなくて、なんだかガッカリだ。そして、食べられて出られなくなっていたところを助けてもらったクセに、なんだか偉そうだ。ちょっと仕返ししたい気分になる。
「ゲーノモスさまをお助けできて何よりです。おかげで僕らは、魔法を使うモグラを相手に戦わなくてはならなくなり、とてもとても大変だったんです」
皮肉たっぷり無表情でそのように言ってみる優人。
「む…そ、それはスマンかった…」
バツが悪そうに居住まいを正すゲーノモス。意外と素直でいい奴なのかもしれない。
「見たところ、君は魔法使いのようだね。地魔法に興味はあるかな?」
「え?使えるようにしてくれるんか!?」
ゲーノモスの提案に飛びつく優人。
「ああ。君は冒険者のようだし、魔王を倒すために旅をしているのだろう?私でよかったら力を貸す事も出来るが…」
「おお、是非貸してや!」
「こらこら、こういう時は『命令ではなく、質問系で依頼する』のだぞ?」
ゲーノモスから言葉を訂正される。なんとなくしっくりこないまでも、とりあえずさっきの流れを大切にしよう。
「ごめん、言いなおすわ‥。ゲーノモス、是非力を貸してもらえないか!?」
「よかろう、私の力を与えよう!」
相変わらず茶番が好きな精霊である。この精霊であれば、関西でもやっていけるのではないか?そんなことを思っていたら、優人の足元が土色に光り出した。そして光はひときわ大きく輝いたあと、次第に収まっていった。これで契約が終わったのだろう。何となく力が湧いてきた気がする優人だった。
「ここに契約が成立したことを証明しよう。必要な時は、いつでも私の力を頼るといい。しかし…ふむ、君は面白いパーソナリティを持っているね」
「え?なんでわかるん?」
「契約をすれば、お互いの能力が分かるようになるからね。君のパーソナリティは『愚者』だろう?随分と前に、この世界が危機に陥った時に現れたのも、もとは君と同じ『愚者』のパーソナリティを持った異邦人だったよ」
これまで何も言わず、側で控えていたデールの目が見開かれた。だが、その変化に気付くものは誰も居なかった。
「そ、その人は、どうやって賢者になったんや!教えてくれ!」
「少年よ、そう急がずとも良い。いずれその時が来れば、賢者になる事ができるだろう」
「そんなん言われてもなぁ…」
不本意そうに眉をゆがめる優人。
「1つ、聞かせてもらってもいいかな?」
「え、なに?」
あらたまって、という感じでゲーノモスが問いかけてくる。
「キミは、なぜ賢者になりたいのかね?」
「理由?」
理由など特に考えたこともなかった。とりあえず、『愚者』の称号はどこに行ってカードを出してもカッコ悪いし、自分の人格を否定されているような気がする。よくあるライトノベルの世界では、最初から『俺最強!』のような賢者が数多く存在している。優人としては早い所そのような力を得て、華々しく活躍したいところだった。
「とくに…ないけど」
「そうか。そうであるならば」
ゲーノモスが優人のことをじっと見つめ、真剣な顔で話しかけてくる。
「賢者になることを目的にしてはならない。賢者になって、何をするのか。または、何をしたいから賢者になるのか。それを意識して過ごすと良い」
「え、どういうこと?」
「賢者になるのは、目標でしかないだろう。その称号は、何かを成し遂げるために存在している。その事をゆめゆめ忘れないようにな」
優人には、ゲーノモスの言っている事の意味がよく分からなかった。これまではふざけた精霊だと思っていたが、なんだかんだ言って精霊を名乗るだけのことはある。それらしいことも言えるではないか。なんだか悔しい気持ちになった。
「さあ、それでは地上に戻してやろう」
「お、気が利くやん!頼むで、ゲーノモスくん」
「君なぁ…やっぱりまだ賢者は早いかな~」
照れ隠しのようにあっはっは、と笑ってみる優人。その様子をゲーノモス、そしてアイとデールも、あきれ顔で眺めるのだった。
【用語等解説】
命令ではなく依頼する…ゲーノモスの提案に対して、優人が言い直した聞き方。人は、指図されるのが嫌いであり、自分が決めた事に取り組みたい生きものである。それを引き出すのが(質問系の)依頼である。
【詳細と活用方法】(人間関係ナビ☆彡)
http://for-supervisor.com/human-relationship/7skill-5/




