第十六話 アーマイドネスト②
「冒険とは、生きて帰ることなのである」
植村直己(登山家・冒険家)
優人は倒された状態から半身を起こし、空中に浮かんでいる2つの瞳を見つめた。よく見ると、瞳の周りには土色の鱗があり、それが杖のように地面まで続いている。更にその先、尻尾にあたる部分が優人の足に巻きついている。
しまった、さっきの嫌な予感は蛇だったのか。攻撃されるまで気づく事ができなかった。先ほど確認した時は何者も居ないかに思われたが、このダンジョンの土壁に同化するよう、うまく擬態されていたのだ。自分に巻きついている部分を合せた蛇の長さは、5メートルほどある。昔一度学校に出て大騒ぎになった、アオダイショウを更に大きくしたくらいのサイズである。
敵を視認したアイは、果敢に戦いに挑んでいった。それと同時に、蛇が万力のような力で左足を締め付けてくる。優人が杖を離して両手で引っ張っても、全然取れそうにない。もしこれが首だったら、一撃でアウトだっただろう。そうこうしているうちに、左足の感覚がだいぶなくなってきた気がする。この場から動く事は出来ないが、魔法で応戦する事は出来る。
優人は右手にファイアの火球を作り、巻き付いた蛇の付け根に放つ。炎は蛇皮の表面をチリッと焼いたようだが、大きなダメージは与えられていないようである。巻き付いた足からは離れてくれそうにない。アイがリュックで叩こうとしてくれているが、蛇はひらりひらりと身を左右に揺らし、華麗にその攻撃をかわしている。これはまずい、かなり苦戦しそうだ。その時、近くにいるデールの事が、ちらりと目に入る。
「デール、助けてもらえへんか?」
ネコの手も借りたいというのは、まさにこのような時だろう。困った優人は、アイに聞こえるかもしれないが、声に出して依頼する。デールはその場を離れるでもなく、手伝うでもなく、優人の事をじっと見つめ返してくる。
「(焦るな、冷静に観察するんだ)」
返事こそなかったが、デールがそう答えたように思えた。優人は少し冷静さを取り戻し、周囲を見渡した。なんとかして蛇の気を逸らす事が出来れば、アイの攻撃があたるかもしれない。その時、土壁側面に設置された松明の火が目に入る。火は蛇が日常見慣れたものなのか。ならば、まだ試していない事は、これしかない。
「アイ、そっちにウォータいくで!」
アイにそう伝えておいて、落としていた杖を拾う。アイが蛇から少し距離をとったタイミングを見計らって、蛇の頭めがけてウォータの魔法を使う。杖先から放出された水球は、バケツに水を満タンに入れたくらいの大きさがあった。狙い通りに勢いよく着弾したそれは、蛇の頭を撃つようにバシャッという音を出してはじけた。自分の身に突然降り掛かった水に驚いた蛇は、何事かとひるみ、優人たちから距離を取ろうとした。
と、移動の為にその一瞬の硬直を逃さず、アイが蛇の頭部目掛けてリュックを真上から振り下ろした。オリハルコン製のリュックと土の床に挟まれた蛇の頭は、ぐしゃりという骨の砕ける不気味な音を立てて潰れた。同時に、優人の足を締め付けていた尻尾から力が抜ける。ようやく左足が解放された。
「ユウト、大丈夫だった!?」
「ああ、大丈夫。ありがとう」
「わ、内出血してるじゃないの!助けるのが遅くなってゴメンね…」
「いやいや、ホンマに大丈夫やから」
アイが自分の事を心配してくれるのが嬉しかった。確かに、絞められた痕が内出血になって残っている。骨には異常無さそうだったが、左足にはズキズキとした痛みが残った。それにしても、今の攻撃は危なかった。アイがいてくれたからよかったものの、自分1人だったら確実にあの世に行っていただろう。安心した優人はその場に座ったまま、1つ大きなため息をついた。ダンジョンは命の危険のある場所。そして、生きて帰ってこそ冒険である。あらためてその事を感じた。
蛇が溶けるように土に還っていき、そこに抜け殻のような皮が残った。考えてみると、この階に来てから魔物に出遭っていなかったが、いないと思っていただけで、実は最初からこの蛇につけられていたのだろうか。そして、宝箱を見つけて浮かれている所を襲われたのだろうか。
魔物には知恵があるかもしれない。その可能性に思い至った優人は、ぞっとした。これから、こうした敵を相手に戦う事になるのだろうか。少なくとも、可能であればもうこの蛇の魔物とは戦いたくないものである。他の蛇に見つからないよう、早々にこの階から下りる事にしよう。アイと優人の意見は一致した。蛇の皮は一応の戦利品として持っていく事にした。その後2人は、宝箱のあった場所からそう遠くない所に階段を見つけ、5階へと進んでいった。
5階の扉を開けようとして、優人は違和感に気づいた。扉の素材が今までと違うのである。木製でできた簡素なドアではなく、この扉は鉄製の重厚なものである。この階にいる魔物が出てこないように、頑丈に作られているものだとしたら…そう考えてはみたものの、このままここに居て蛇と出くわすよりは、幾分かマシだろう。2人は勇気を出して進むことにした。
5階の扉を少し開け、中を覗き見た2人は、あっけにとられた。というのも、そこには今までの階にあったような通路や小部屋ではなく、プラネタリウムのようなドーム型の広い天井の、巨大な部屋が1つ、広がっているだけだったからである。がらんとした部屋の正面、50メートルほど先に扉がある。おそらくあそこから次の階へ行けるのだろう。
もしかしたら、5階は休憩スペースなのかもしれない。鉄製の扉は、魔物の侵入を防ぎ、安全に過ごす事が出来るように設置されたものなのだろうか。少し警戒しながら中に入り扉をしめる。ガチャンという音を立てて閉じた扉を確認すると、そこにある取っ手が何者かによって壊されていた。これでは戻る事が出来ない。しまった、閉じ込められたのか?どうやら、先に進むしかなさそうである。
警戒しながら、中央に向けて歩を進める2人。その時、優人は違和感に気づいた。足元から何か音がする。そして、目の前の土がボコッと膨らんで盛り上がってきた。
「ユウト、気を付けて!なにかいるよ!」
アイも異変に気付いたようである。2人の前で土はどんどん盛り上がっていく。ミミズか?蟻か?そう思っていた優人の前方に、巨大なモグラが出現した。
「マジか…」
「うそ…」
2人は言葉を失った。現れたモグラは、ジャイアントボアの1.5倍ほどはあるだろう。横幅だけで4メートル以上あるのではないだろうか。土の中から現れたそれは、これまでただ広いだけだったホールのような空間で、凄まじい存在感を放っていた。つぶらな瞳は赤く染まり、両手の爪は鋭く尖っている。気のせいだろうか、土色のオーラをまとっているように見える。
「くそ、大きけりゃいいってもんちゃうで!」
「モグラであることには変わりないよね、負けないから!」
自分達を勇気づけるように、そのように言って武器を構える2人。そんな2人をよそにクンクンと匂いを嗅いでいたモグラだったが、優人とアイの方に鼻先を向けて、ぴたりと動きを停止した。2人はサッと身構え、モグラの次の行動に備えた。モグラはゆっくりと右手を振り上げ、そしてそのまま目の前の地面を叩いた。
ただの威嚇か?と思った次の瞬間、モグラの目の前の地面が盛り上がり、それが優人たち目掛けて襲ってきた。幅2メートル、高さ3メートルほどもあろうかという土の波が、うねりながら車が走るようなスピードで近づいてくる。現実離れした光景を前に、思わず呆気に取られる優人。
「ユウト、よけて!」
アイの声でハッと我を取り戻し、左へと跳ぶ優人。アイも右へ跳んでその波をかわした。波はそのまま後方のドアにあたり、ドシャッという音を立ててはじけた。まともに当たれば、即戦闘不能だろう。
「そんなんアリか!?」
「いいから、こっちも攻めないと負けちゃうわよ!」
「わ、わかった!」
こういう時のアイは頼もしい。優人はモグラ目掛けてファイアを放った。モグラは、それに合わせるかのように左手でダンッと、目の前の地面をたたく。モグラを捉えたかに見えたファイアは、その直前で急遽出現した土の壁に阻まれ、消滅した。先ほどの攻撃といい、今の防御といい、あれは魔法だろうか?
「あのくらいの壁なら、私が壊せるっ!」
アイがリュックを手に、果敢にも攻め入っていく。その様子を確認したモグラが、自分の目の前の地面をバンッと叩いたかと思うと、今度は、走っていたアイの目の前に土の壁が出現した。アイは、突然出現した土壁を咄嗟に避けようとしたが対応できず、走る勢いそのままに、壁にぶつかってしまう。「キャッ!」と短い悲鳴をあげて、その場に倒れるアイ。土壁が崩れ、倒れたアイに向けて、モグラが突進する。このままではまずい。
「アイ!」
優人はアイに向かって走りながら、モグラにファイアを放つ。モグラは突進をやめ、左手で地面を叩き、出した壁でファイアを防いだ。優人がモグラより先にアイのもとに到着し、助け起こした。そして、ものは試しという感じで、今度はモグラに向けてウォータを放った。モグラはウォータを防ごうとはしなかった。着弾したウォータは、モグラの体と地面を少し濡らしただけであった。モグラが両手で地面を叩き、土の波が2人に襲い掛かる。急いでその場から跳び退き、事なきを得る。
「アイ、大丈夫か?」
「平気、ありがと!次は気を付けるわ」
再び両手を振り下ろして、土の波で攻撃してくるモグラ。左右に分かれてそれを避けた2人は、2方向から、モグラに向かっていった。
モグラは、地に腹をつけて這うような態勢から、少し上体を起こして2人を迎え撃った。土を掘る為につくられた鋭い爪が、優人のすぐ側をかすめる。しかし、それは優人ではなく、アイを狙ったものだった。リュックの事を危険だと本能的に認識しているのかもしれない。鼻先をアイに向け、右に左にと両手を振り回すモグラ。アイはその攻撃を紙一重に近い位置で避けながら、手に持ったリュックで応戦している。
優人だって、何も出来ていないわけではない。杖でたたいてアイがモグラの注意を引き付けてくれているお陰で、ファイアを2発、モグラに当てる事に成功している。ただそれは、表面の体毛をすこし焦がしただけである。目や鼻に当たらなければ、効果は薄そうだった。ただ、至近距離で戦えば、あの土の波で攻撃される心配はない。土の壁も出している暇はないようである。長期戦になるかもしれないが、もしかしたらこのまま押し切れるかもしれない。
そう考えた丁度その時、モグラが大きく振り下ろした攻撃をアイにかわされ、ぐらりと態勢を崩す。優人は追い打ちをかけるように、モグラの側面からファイアの火球を放つ。モグラが優人の方を向く。アイがリュックを大きく振りかぶった。あとはそれを振り下ろせば、大ダメージ間違いなしだろう。
「もらった!」
優人がそう叫んだ瞬間、モグラが両手で地面を叩く。と、高さ1メートルほどの壁がモグラを中心としてその体全体を護るように現れた。
「うわ!」
「キャッ!」
足元から突然現れた壁に対応できず、2人はモグラの近くから跳ね飛ばされる。起き上がった。幸いにも大きな怪我はなさそうである。モグラを囲んでいた壁がボロボロと崩れていく。両者ともに大きなダメージは無い。また仕切り直し、といったところである。
それにしても、あの土の波や壁は魔法だろうか。ただデカいだけで十分強敵なのに、魔法まで使われては、たまったものではない。優人はそのように思った。らちが明かないと考えたのだろう。アイが優人に提案した。
「少しの間、私がモグラの相手をしてるから、優人は倒す方法を考えて!」
「え?ちょっと、アイ!」
言うが早いか、アイはモグラの方へ突き進んでいった。一応、ファイアが当たらないように壁で防ごうとしている様子から、命中させることができれば、ダメージを与えられるかもしれない。ただ、致命傷を与えるにはアイのリュックで叩くしかなさそうである。ジャイアントボアの時のように、吹っ飛ばして倒す事は無理でも、大ダメージは与えられるだろう。
しかし、防御が完璧すぎる。近付こうとすれば壁に阻まれるし、離れていれば直線上に走る土の波がやってくる。あの魔法だけでも防ぐことが出来れば…。優人は何かないかと周囲を観察した。
「ユウトよ」
「わ!デール?」
その時、天の声…ならぬ、ネコの声が届いた。
ボス戦です!(^^)!
ボスの貫禄や緊張感、お伝えできていると良いのですが…
次回で、アーマイドネスト編は一旦終了となります☆