第十五話 アーマイドネスト
「冒険は年齢には関係はない。冒険がない人生ほど無味乾燥なものはない」
新田次郎(小説家・気象学者)
土で出来たトンネルのような道に、それを照らす壁に設置された松明。幾つかの分岐路を進みながら、魔物や宝箱に出会う。そう、これはれっきとしたダンジョン探索である。そうした思いが、優人をワクワクさせる。
ダンジョンに入ってすぐの頃は、土の天井が崩落しないか心配していたが、アイが「精霊が支えているから大丈夫なの」と教えてくれた。「へー!」と言いながらデールを見て確認すると「その通りだ」と、言わんばかりにコクリと頷く。ダンジョン全体を支えられるような能力を持っているとは、さすが土の精霊といったところである。
ここ1階では、優人の腕ほどもある大きな蟻の魔物が所々で現れ、行く手を遮ってきた。この土壁のトンネルは、彼らが掘ったものであろうか。さしずめ蟻の巣の中に入ったかのような、そんな感覚を覚えた。
蟻たちは動きこそ遅いものの、腕のような大きさである。頑丈な歯で咬まれたら、かなり痛そうだ。蟻に接近を許さないように、優人は魔法で。アイはリュックで、それぞれ応戦した。襲ってくる魔物に対してファイアは効果を発揮した。蟻の体に着弾したファイアの火球は、彼らの表面に燃え広がり、身もだえさせたかと思うと、ものの数秒も経たないうちに、その生命活動を終息させた。
倒された蟻は、土に還る。ここ、ダンジョンでは地上と異なるのか、倒したモンスターは、そうやって消滅していくようだ。順調と言えるが、少し休めば回復するとはいえ、30発までしか魔法を撃てないというのは、少々心もとない。アイがオリハルコン入りのリュックを縦に振り下ろすだけで倒せるのだから、わざわざ魔法を使う必要は無いのかもしれない。しかし、何もせず、ただ女子に守ってもらうだけ…というのは、男として避けたかった。自分も何か武器を持ってこればよかったと後悔する。
と、デールが「ニャ!」と短く鳴いた。振り返ると、壁から出た1本の木の根っこのようなものが見える。これは…杖になりそうだ。手にとって引っ張ると、根っこと思しきそれは、土壁からするりと抜けて、優人の手におさまった。野球するときに使うバットくらいの太さはあるだろうか。適度な重量感があって手に馴染む。少年時代に、父親とでかけた公園で木の枝を拾ってブンブン振り回していたのを思い出す。よし、この木の根は杖として扱うことにしよう。
「よろしくな!」
そう伝えたら、杖も応じてくれたような気がする。その後現れた蟻たちは、魔法を使うことなく杖で倒す事が出来た。杖はアイのリュックのように重量感こそないが、一見頑丈に思える蟻の装甲を叩いて潰すくらいは訳なかった。その先端は意外と硬く、柄の部分も丈夫だ。もしかしたら、デールが何かしらの魔法をこの杖にかけてくれたのかもしれない。優人はそう思った。
倒した蟻は、時々小さな水晶を落としていった。アイは優人に「私が持っておいてもいい?」と確認した後、喜んでそれらを集めて、リュックに入れる。この水晶は、おそらく通貨と交換できるのだろう。
行き止まりや、あまり目立たない場所には宝箱がおいてあった。造りこそ木製とはいえ、明らかに人が作ったであろう見た目をした宝箱は、土壁の洞窟内には不似合いである。この階で見かけた3つの宝箱の中身は、中サイズの水晶だけだった。明らかに人が持ち込まなければ、そこには存在しないはずの箱を、だれがどうやって持ってきたのか。なぜ中に水晶を入れていくのか。このあたりの謎は、今度デールに聞いてみる事にしよう。
と、その時、少し先を歩いていたアイが優人を呼ぶ。指さす先に階段がある。アイは嬉しそうに「この調子でいこうね」と言う。「うん」と、答えながら、優人は別の事を考えていた。この1階だけで、30分以上掛かっているだろう。ふと、帰りのことが気になったのだ。1回目の探索なので、さすがに30階までは行かないだろうが、帰りの分の体力も残しておかなければならないだろう。MPも消費していたので、階段を下りたところにあった扉の前で少し座って休んでから、2人は2階へと進んでいった。
扉を開けると早速、目の前に巨大なミミズが現れた。先ほどの蟻を縦に3倍にしたくらいの大きさがある。蟻の時にも感じたが、昆虫は小さいから見ていて平気なのだ。こんなに大きな魔物、杖で叩くのもなんだか気持ち悪い。一方のアイはというと、蟻の時と変わらず、元気にリュックを振り回してミミズたちを叩き潰していた。たくましいというか、なんだか怖いというか。
「アイはさ、こういうミミズみたいな敵でも、ためらう事なく叩けるん?」
「え、普通に叩けるよ?村の周りでも時々こういう魔物は出たから、慣れてると言えば慣れてるのかも」
さらりとそのように答える。都会育ちの優人にはない感覚だった。もうひとつ聞いてみたい事があった。この際一緒に聞いてしまおう。
「なぁアイ、そのリュックって重たくならへんの?」
「ああこれ?リュックの先端のオリハルコンが入っている部分以外は、質量軽減と衝撃耐性が付与されてるみたいで、中にものを入れても重さは変わらないし、中身も壊れないのよ」
そう、アイのリュックが不思議だったのだ。質量軽減や衝撃耐性って、そんなに簡単に付与できるものなんだろうか。なんだかすごい魔法のような気がする。アイ曰く、王都で騎士団長を務めていた頃のハンスが、ある日プレゼントとして持ち帰ってきてくれたものなのだとか。王都には、そうした技術もあるのだろう。原理は分からないが、とりあえずそういうものだという事は理解できた。
襲い掛かってくるミミズ達をファイアとリュックで撃退しながら、右へ左へと進んでいると、3階へと降りる階段を見つけた。2階は散策仕切っていない気がするが、全て回っていては時間が足りないだろう。収集物もそこそこに、2人は3階へと足を進めた。
3階。ドアを開けると、そこは、ちょっとした小部屋のようになっていた。隅の方で3匹、1階で登場したのと同じサイズの蟻が集まっていた。ただ、その体の色は黒に近い緑色で、先ほどの蟻とは違う種類なのだという事を、優人は即座に理解できた。
蟻がこちらに気づいて向かってくる。早い。ラジコンカーみたいな動きで、2人に近付いてくる3匹。2人は武器を手にして身構えた。優人はタイミングを合わせて、手持ちの杖で先頭の蟻をなぎ払う。杖は見事に蟻に命中したが、少し先まで蟻を跳ね飛ばすだけで、大きなダメージは与えられていないようである。
アイの方も、やや苦戦している様子だった。相手を叩こうとリュックを縦に振り下ろすも、蟻はその早さで点の攻撃をうまく避けてくる。攻撃があたらないアイは、リュックを横に振り、線の攻撃で蟻をなぎ払っていた。こちらも、優人同様に蟻に致命傷を与えるに至っていないようだ。
入口で守衛が言っていた言葉が思い出される。なるほど、確かに今の優人達には、この階くらいが良いところなのかもしれない。
「蟻って、噛まれたら結構痛いやんな?」
「何言ってるのよ、痛いに決まってるでしょ?」
「やっぱそうやんな」
2匹の蟻の接近に対して距離をとりながらリュックを振り回していた事で、少し息のあがったアイが怒った口調で言ってくる。出来るだけMPは温存しておきたかったが、痛いのはゴメンである。優人は杖を持っていない左手でファイアの火球を作り出し、蟻に向けて放った。ファイアは蟻に着弾し、その体を焼く。しかし、その火が消えた時、蟻はまだ少し動いていた。どうやらLV1のファイアでは、一撃では完璧に倒せないらしい。火に焼かれて弱った蟻を、杖で叩いてとどめを刺した。ファイアの威力を上げる方法は無いのだろうか。そう考えた瞬間、試してみたいことが出来た。
アイの方はというと、2匹を同時に相手にしながら、走ったり跳んだり、リュックを振ったりと、大変そうにしている。
「アイ、ちょっと蟻から離れてもらう事ってできる?」
「え?わかった!」
優人はアイが蟻から距離をとったのを確認すると、手に持った右手の杖の先から魔法を撃ちだすイメージで、蟻に向けてファイアを放った。杖の先からいつもより大きな火球が発生し、寸分違わず蟻に着弾する。火球は、いつもより長く燃え上がり、蟻を消し灰にした。その様子を見てひるんだもう1匹に、アイがリュックを振り下ろし、この戦闘の幕が下りた。
「ねぇユウト、さっきのファイアって、どうしていつもより火力が高かったの?」
「ああ、杖の先から打ち出すようにしてみてん」
「杖の先から?体を離れたところから撃ちだしたら、逆に威力が下がるんじゃないかな」
「うん、なんとな~くやけど、この方が威力出るような気がしてん」
アイのいう事も、もっともな気がする。しかしRPGでは、強い杖を装備すれば魔力が上がるのは定番である。杖を装備していても、それを持っていない方の手から打ち出した魔法がいつもと変わらない威力であれば、手にした杖から打ち出した魔法が強化されるのではないか、という優人の仮説は当たっていたようだ。この世界でそれが常識かどうかわからないが、大事な事を知れてよかった。
後ろについていたデールも、どこか満足げな表情をしている。優人の成長を、喜んでくれているのだろうか。相変わらず、デールの考えが読めない。アイがいるので話せないのが、なんとももどかしいところだ。
この階は、優人の魔法で乗り切る事にした。出会う蟻も、体力を使うことなく杖を介したファイアの一撃で倒す事が出来る。宝箱こそ見つけられなかったが、蟻は今までより綺麗な水晶を落した。不純物が少ないので、恐らく高く買い取ってもらえるだろう。
そうして2人は、少し休憩をとった後で4階へと歩を進める。3階では、下りてすぐに蟻3匹との戦闘が待っていた為、警戒して扉を開ける。扉の向こうはただの道が続いているだけだった。
一応、警戒しながら道を進んでいたのだが、特に魔物らしき影は見当たらない。右へ左へ。最初こそワクワクしながら進んでいたのだが、もうそろそろ2時間くらい経つのではないだろうか。こうも変わり映えのしない土壁ばかりが続くと、流石にそろそろ飽きてきた。アイが「さっきの3階は…」など話しかけてくれるから良いものの、1人で来ていたら、間違いなく楽しくなかっただろう。
進んでいる先に、宝箱が見えた。1階や2階で手に入れた物よりも、良い物が入っているのは間違いないだろう。アイは宝箱まで駆け寄っていくと、喜んで箱をあける。中には豪華な装飾が施された布が入っていた。
それにしても、4階に降りてから、まだ魔物に出遭っていない。この階は、魔物のいないボーナス階なのだろうか。布を喜んでいるアイを見ていた優人だが、ふいに嫌な予感がして後ろを振り返る。そこにはただ、2人が歩いてきた道が見えるだけで、他には何も見えない。
気のせいか。そう思った次の瞬間、何かが優人の左足に巻き付き、強い力で引き倒してきた。不意をつかれた優人は、その力にあらがえず転倒する。目の前が急に天井を見る形になった事に驚きつつ、かろうじて自分の左足を見ると、太い縄のようなものが巻き付いているのが見えた。
「ユウト!」
アイが驚いた顔をして、優人の先を見ている。優人も、アイの見ている先に目をやる。そこには、白目の無い、真黒な2つの瞳が優人を捉えていた。
※人間関係スキル、お休みの回です☆
戦闘シーンを書くって、難しいのですね!