第十四話 一言で争いを引き起こす言葉は
「平和を手に入れるより、戦争を始める方がはるかに易しい」
クレマンソー(フランスの政治家・首相。ジャーナリスト)
「ねぇユウト、デールちゃんって不思議なネコね」
「えっ、なにが?」
前を歩くデールを見ながら、唐突にアイが言う。デールから正体を内緒にするよう言われているだけに、優人はこの質問に慌てた。
「目的地が分かってるのか、私達の先を歩いてるの。それに、ずっとユウトの側についている気がするのよね。ユウトに懐いているとも言えるけど…ほら、ネコって、フラっとどこかに行っちゃう生き物だと思ってたから、そうしてる様子が不思議だなぁって」
「ん、ああ、せ…せやね」
しまった。アフクシスに来てから、デールのあとをついて歩くのが普通になっていて、この行動が傍目におかしいとは気づかなかった。
こんな時、冗談の1つでも言えれば、うまくはぐらかせるのだろうな。そう思いながら、優人は自分の言葉の引き出しの少なさを嘆きたくなった。
「ふふ、デールちゃんはユウトにとって、道案内に強い頼れる相棒、って感じね」
「う、うん。僕もそう思っててん」
とりあえず、そういう事にしておこう。変に勘ぐられなくて良かった。
こちらはアイとのやりとりにヒヤヒヤしていたというのに、当の張本人、もとい張本ニャンのデールは、涼しい顔をしている。ネコの表情は読めないが…と、アフクシスに来て何回目かになるフレーズが浮かぶんだ。ポーカーフェイスという言葉は、デールみたいなネコの為にあるのだろう。優人はそう思った。
それにしても、ハンスじいちゃんから貰った服は、快適だった。何の素材でできているのか分からないが、歩いていても涼しく、汗をかかない。見た目重視で着ていた私服は、長旅には向いていなかったらしい。ハンスの家で話したあと、服を着替えてから出掛けて正解だった。
「もうすぐアーマイドネストね」
朝早くにフォディナを出たから、今は昼過ぎといった時間か。この世界の事やお互いの事を話し合っていたからなのか、あっという間に到着した気がする。相変わらず体力強化の恩恵で、疲れはあまり感じない。しかし、そろそろ移動時間を短縮する手段がほしいと感じ始めた優人だった。
道中、狼のような魔物らしき生物も見掛けたが、アイがリュックをブンブン振り回してけん制すると、こちらに近づいて来なかった。アイのオリハルコン入りリュックは、魔物なりに危険と分かるのだろうか。フォディナを出てから、アーマイドネストまでおよそ1時間。ここまで順調に来れたと言えるだろう。
「あれが入り口ね」
アイの指差す先に、コンビニのような建物がある。しかし、ダンジョンらしきものは見えない。
「あれ?なぁアイ、ダンジョンはどこにあるん?」
「アーマイドネストは地下なの。あの建物の中から入れるらしいわ」
てっきり、山があって、そこに洞窟のような入口でもあるのかと思った。言われてみると、冒険者しか入れないと言ってたな。誰でも勝手に入れないよう、あの建物が検問の役割を果たしているのか。
そうこうしているうちに、建物の前に到着した2人。優人は扉の前に立ち、キョロキョロとインターホンを探した。その様子を見たアイが「何してるの?」と、突っ込んできた。どうやら、こちらの世界にインターホンは無いようだ。今度はドアをノックする…返事はない。思い切ってドアを開けて、中を伺った。
「あの~…お邪魔します」
中をのぞくと、そこには守衛らしき男が2人、事務仕事をしていた。簡素な作りの部屋に、ドアが3つ。1つは金属製のドアになっている。優人は何となく「恐らくあれがダンジョンの入り口だろう」と思った。
守衛の1人が「どうぞ」と、声をかけてきたので、優人はアイと2人で中に入った。デールも、2人の後ろにつく。身長の高い屈強な男が優人の前に進み出て問う。
「坊主、このアーマイドネストになんの用だ?」
「あの…僕ら、ダンジョンに入るためにきました」
守衛の迫力に圧された優人は、少しおずおずしながら答える。
「カードは?」
ぶっきらぼうに、そう続けて聞いてくる男に、冒険者カードを見せる。そういえば、ダンジョンは冒険者協会が管理していると言っていたな。ここで入場資格を確認しているのだろう。
守衛はカードに書かれた情報を確認し、顔をしかめて頭をかいた。愚者、と書いてあるからだろうか…それとも他に何か問題があるのか。
「参ったな、そこの嬢ちゃんは冒険者かい?」
守衛にそう問われたアイは、ふるふると首を横に振る。その様子を見た守衛は、あきれた顔をしてため息をついた。
「なんだ、付き添いか。坊主あのな、このアーマイドネストは30階層まである中堅冒険者向けのダンジョンだ。お前さんの能力じゃ、せいぜい3階がいいとこだろうよ。魔法使いとはいえ、まだ駆け出しだろ?ここは観光気分で来るところじゃねえよ」
観光気分でわざわざダンジョンまで来ないだろう。優人はちょっとムッとして言い返した。
「でも、アイはジャイアントボアだって一撃で倒せるし、俺だって…」
俺だって、なんだろう。ファイアって小さな魔物くらいは倒せるのか?ここまでの間、魔物と出会っていない。ジャイアントボアには効かなかったファイアだが、他の魔物には効くのだろうか?ウォータのほうは更に用途が限られる。飲み水、風呂、くらいであろうか。日常生活には便利だが、ここアーマイドネストでは役に立たない気がする。
「ダメなモンはダメだ。早く帰りな」
優人の考えをよそに、守衛はそう言うと、2人に出て行けと手をヒラヒラさせて促した。これ以上ここで争うのは得策ではないだろう。しぶしぶ、建物をあとにする優人とアイ。外に出た2人は、作戦を立てることにした。
「あの様子じゃ、正面突破は無理ね」
「うん、せっかくここまで来たんやから、諦めるわけにはいかんやろ」
「トイレを借りに来たふりをして、ダンジョンの扉に入っちゃうのはどう?」
「…2人同時には、流石に無理ちゃうかな?」
「2人の事をリュックで叩いて、ちょっと眠ってもらうとか…」
「そのリュック、オリハルコン入りやろ?そんなんで叩いたら、ちょっとじゃなくて、永眠になるわっ!」
冗談なのか本気なのか。アイの作戦は過激でこわい。
「もう、じゃあユウトが考えてよ」
「うーん、外で火事を起こして、騒ぎに乗じて入るとか?」
「それ…冗談だよね?」
どうやら自分も、人のことを言えないようである。
そうやって、ああでもない、こうでもないとアイデアを出し合っていたが、良い案は浮かばなかった。今回は諦めて、守衛を満足させるくらい強くなってから出直した方が良いのかもしれない。そう考え始めたころ、アイがある変化に気付く。
「あら、デールちゃんは?」
言われてみると、デールの姿が見えない。
「あれ、どこいった?」
と、そのとき。ドアが勢い良く開き、先程の屈強な守衛が顔を覗かせた。守衛は真剣な顔でこちらを見ている。もしかして、ここで作戦会議していたのを聞かれたのだろうか。優人は少し焦った。守衛が何かを話し出す。
「さ…」
「「さ?」」
優人とアイは、同時に聞き返した。
「先程は失礼した!アーマイドネストに案内しよう。ついてくるといい」
2人は守衛の言葉に呆気にとられた。失礼もなにも、ついさっきアーマイドネストは中堅冒険者向けだから優人達には無理だと言ったばかりではないか。あの会話は何だったのだろう。男のあまりの変わり身の早さに、返す言葉が無かった。
「な、何をしているんだ!早く入られよ」
出て行けと言ったり、入れと言ったり、随分身勝手な守衛だ。守衛の心変わりに釈然としないまま、再び建物の中に入る。もう1人の守衛も、立ち上がってこちらを見て礼をしてきた。一体何なのだ。すると突然、足元から高い声が聞こえてきた。
「ニャーォ!」
「あら、デールちゃん!まだ中に居たのね!」
そう言いながら、デールの頭をナデナデするアイ。その様子を、驚愕の表情で見る守衛2人。アイはそんな彼らの表情に気付かず「よしよし」と言いながら、デールをなで続けていた。
「(ははぁ。さてはデールが守衛2人に何か言ったな…)」
優人は、そう確信した。守衛2人は冒険者協会から来ているのだろう。協会内で高い地位に居るであろうデールには、頭が上がらないのだ。
先程から対応にあたっている屈強な守衛が、再び優人に向けて話し出した。
「さっき、カードを見たときに、情報を見間違えてな。問題ないレベルだと判断した次第だ。いや、すまなかった」
アイになでられているデールが、チラリと守衛の方を見る。守衛は一瞬硬直したようだ。優人はというと、状況を理解できているだけに、なんだか愉快な気持ちになる。少しいたずらしてみようという気持ちが芽生え、守衛に対してウソをついてみる。
「いやぁ、あんまり冷たい言われ方をしたから、なんだかアーマイドネストに入る気が無くなってしまったんです。今日はこのまま帰ろうかと思っているんです」
「そ…それは!申し訳なかった。どうか思いとどまってほしい…」
「え?ユウト、そんな事考えてたの?」
アイの反応を見た守衛は、自分が優人にからかわれたと知って「やられた」という顔をした。優人はその様子にちょっと満足した。デールはというと、やれやれといった感じで目を閉じ、ため息をついていた。
守衛が鉄製のドアに歩み寄り、扉を開く。中には地下に続く階段と、それを照らす松明が灯されていた。そうそう。ダンジョンといえば、まさにこれ。優人は期待に胸を膨らませた。
「じゃあ、行ってきます」
「ああ、気をつけてな」
守衛に見送られて、階段を下りていく。優人が先頭に立ち、アイが後ろに続いた。デールも一緒である。洞窟探検に向かう一行になった気分である。
「デール様、お気をつけて!」
階下まであと少しといった頃、守衛の1人がそう言って2人と1匹を見送った。それを聞いたアイは吹き出した。
「ぷ!あの人、デールちゃんの事を、様付けて呼んでいるわ。冒険者協会には、ネコを崇拝する文化でもあるのかしら?」
「んーっと…どうやろな。まぁ、何はともあれ中に入れたから、ええんちゃうかな」
後ろの方で、先程の守衛が上司らしきもう1人の守衛に怒られているのが聞こえる。アイがいるのに、そのような見送りをしてしまった事を、とがめられているのだろう。
そのようなやりとりを背に、階下に到着した優人は、目の前にあるドアに手をかけて、それを押し開けた。
~回想録~
「全く、最近のガキは無茶しやがる。」
少年と少女が出ていったのを確認し、守衛は毒づいた。
「ガウスよ、私がついていても、あの少年たちの入場は不服かね?」
「え?デ、デールさま!」
ガウスと呼ばれた屈強な守衛は、足元から聞こえてきた声の主を見て、慌てて姿勢を正した。奥で事務をしていた守衛も、その声とガウスの足元に控えたデールに気づき、慌てて立ち上がる。
「マイトも、久しいな」
そう言われた守衛、マイトは、部下のガウス同様に姿勢を正してデールに頭を下げた。
「そのような作法は私には不要だよ。顔を上げてもらえるだろうか?」
「は、はい。ところでデールさま、いつからそこにいらしたのですか?」
おずおずといった口調でデールに質問する。
「先ほど、あの少年たちと一緒にここに入ったよ。私は小さいから見逃すのも無理あるまい」
「いえ、気付かず大変失礼いたしました…」
ガウスと呼ばれた守衛は、その体躯に似合わない、しゅんとした態度で謝罪した。
「ガウスよ、気にしないでほしい。ところで、あの少年たちだが…私が同行するので、どうにかアーマイドネストに入らせてやってもらえないだろうか?」
「ええ、それはもちろん構いません。デールさまのお客人だったのですね」
デールは、こくりと頷く。
「そして、あのユウトという少年は私の正体を知っているが、アイという少女は私の事を知らない。先ほど入場を断ったばかりなので、それをガウスに覆してもらうのは非常に心苦しい限りだが、うまく取り計らってもらえるかな?」
「は、はい!お任せ下さい」
「ありがとう。では頼んだよ」
デールから頼られたのは、初めてである。この期待には応えねばならない。しかし、任せてと言ったものの、どのように切り出すべきか。そう迷いながら、ガウスは先ほど少年たちが出ていったドアに手をかけた。
【用語等解説】
自己重要感…「でも、」で始まる言葉は、相手をますます頑なにする、魔法の言葉になる。
【詳細と活用方法】(人間関係ナビ☆彡)
http://for-supervisor.com/human-relationship/jiko-zyuuyoukan/