第十三話 人間的な側面
「いかなる不幸の中にも幸福がひそんでいる。どこによいことがあり、どこに悪いことがあるのか、われわれが知らないだけだ」
ヴィルヂル・ゲオルギウ(ルーマニアの作家 著書『第二のチャンス』)
「ねえ、ユウト!」
「ん…?」
「おはよう。ほら、そろそろ始まるよ?」
デールと話をしていたハズが、どうやら机に頭を置いて、うたた寝してしまっていたらしい。アフクシスに来てからというもの、慣れない初対面の人との会話の度に緊張したり、町まで歩いたり、イノシシから逃げる為に走ったりして疲れていたのだと、今更ながら気づく。
デールの方を見ると、こちらもひと休みしていたようで、床に丸めていた体を起こすところだった。起き上がって、背中をピンッと伸ばして体をほぐしている。この様子だけ見ると、ただのネコに見える。
アイに促されて外に出ると、あたりはもうすっかり暗くなっていた。会場となっている村の中央に向けて歩くにつれ、賑やかな笑い声が聞こえてくる。人口50人くらいと言っていたな。デールが言っていた通り、じいちゃんばあちゃんが多く、それに子供を連れた母親が何人か…といった構成で、若い男性は見かけない。
このメンツでジャイアントボアはどうやって運んだのかと思ってアイに聞くと、解体して運んだとの事。見れば確かに、イノシシは食べやすい焼肉サイズに切り分けられ、各テーブルに並べられている。自分を襲ってきたイノシシだが、こうなってしまうとなんだか哀れに思えた。
会場の中央、祭りの運営らしき集まりの中から、見覚えのある顔がこちらに歩いてきた。村に着いたときに井戸端で談笑していたばあちゃんの1人である。優人の背中に手を当てて「さあ、こっちこっち!」と促すように、いくつか設置された囲炉裏の1つに、優人を導く。囲炉裏の数は全部で10。各テーブルに隣接するように置かれており、その1つ1つに火をつけていけば良いみたいだ。これならMPが不足する心配はなさそうである。
炭でも使っているのかと中を覗いてみたが、見た事のないプレートが1枚置かれて、その上に網が乗っているだけの、シンプルな構造だった。どうやってこれに火をつけるんだろうか。まさかガスでも通っているのだろうかと思って周りを見たが、そのようなつくりなっていなかった。そんな優人の様子を見て、アイが声を掛けてくる。
「ああ、ユウト。この板はね、魔法を維持する素材で出来ているのよ」
「魔法を維持?」
「そう。私も原理は分からないんだけど、ここにファイアの魔法を使うと、板の上で火が燃え続けるの」
「ホンマかいな?…よし!」
思わず関西弁で返事してしまいつつも、興味があったので早速やってみる事にした。優人は囲炉裏の前に進み出ると、右手に意識を集中し、ファイアの火球を作った。周囲で見ていた何人かの村人から「お〜!」という歓声があがる。なんだか恥ずかしいが、誇らしい気もする。
火球を優しく置くイメージで、プレートの上に放つ。手から離れた火球は、その場で熱を持ち、プレートの上で燃え上がった。周りで見ていた村人が、パチパチと手を叩いてくれた。そうやって、それぞれの囲炉裏に火を灯すと、あたりは先程よりずっと明るくなった。それを待っていたかのように、1人のじいちゃんが広場の中央で「みんな!」と、大きな声をかける。どこかで見たことがあると思ったら、村の入口で優人と話を交わした、アイのじいちゃんだった。そうか、あの人は村長だったのか。村長が宴の開催を告げ、いよいよ今晩の祭りが始まった。
「ユウトは遠慮なく食べていくのよ?もとは、あなたが連れてきてくれた御馳走なんだからね」
朝にサンドイッチを食べただけで空腹だった優人にとって、アイが嬉しい事を言ってくれる。ありがたくジャイアントボアを焼いて食べさせてもらう事にした。じゅうじゅうという音が食欲をそそる…。焼きあがった肉を用意されたタレにつけて一口食べる。なんともジューシーな味が、口の中一杯に広がった。魔法とはなんと素晴らしいものだろう…魔法使いになれて、本当によかった。心の底からそう思った。
いざ次の肉も…という時になり、幼稚園児ほどの子供が優人のそばに来て「にいちゃん、どうして旅をしているの?」と質問してきた。側にいるみんなも、とても興味津々といった感じである。そんな人々の期待に応えないのは悪いかな?と思って、自分が冒険者であり、魔王を倒すのが目的であると答えておいた。
子供は「へ~!」と、興味をもってくれたのか、旅の事だけでなく、魔法の事、普段は何をしているのか、家族は居るのか…など、あれやこれやと聞いてくる。周りにいるじいちゃんばあちゃんも、うんうんとうなずきながら、そのうち話題に入ってきた。村の人たちは、時に驚き、時に優人に称賛を送り、そうして自分たちの事も話してくれた。優人もこの村の事を知る事が出来たことで、お互いの距離が近づいたのを感じる。
ただ一つ困ったのは、優人の着ていた襟付きシャツの私服を見て「そんな珍しい服は、王都で売っているのか?」という質問だった。これには、迷った上でイエスと答えておいた。自分が日本から来たといって信じてもらえるかわからなかったし、この村の人たちと仲良くなれる折角の機会に、本当の事を伝えて『変な奴』だと思われるのはゴメンだったからだ。
…そうして1時間ほどが経ち…
ひとしきり、村人と話を終えて解放された優人は、他に人の座っていないテーブルを見つけ、座り込んだ。デールが側に寄ってきて「にゃ~ん」と、か細く泣く。慣れない初対面の人達との長時間の会話を、労ってくれているのだろうか。「あ~、確かに疲れたかも…」と、デールに話しかけながら上を向くと、そこには満天の夜空が広がっていた。
「お?」と、声を出した優人は、そのまましばらく、夜空に見とれた。地上に灯りが少ないからだろうか。これほど星がキレイに輝く空を見た事は、生まれてかつて無かったように感じる。星々は互いに「自分が一番輝いているのだ」と競い合っているように見えた。ちょうどその時、カラオケでも始まったのか、手拍子に合わせて歌が始まった。優人の思考は、星空から地上の宴へと戻される。
「まったく、みんな元気なんやから…」
独り言をつぶやいて、優人は苦笑した。ただ、そう言いながらも、優人はこの村の人の事を好きになっていた。笑顔が多いからだろうか、子供たちだけでなく、じいちゃんばあちゃんも、みんな若者のように若々しく、村全体に活気がある。若者や働き盛りの男性は出稼ぎの為に王都に出かけてしまったという話を聞いたが、村自体はまだまだ元気なようだ。
「ほっほっ、お疲れのようだね。」
横に1人の老婆が腰掛けて声を掛けてきた。しまった、先ほどの独り言を聞かれただろうか。
「いえ、大丈夫です!この村は、活気があっていいなって思ってみなさんを見ていたんです」
慌てて答えつつ、相手の顔をよく見ると、アイと優人を井戸端会議に手招きしていたばあちゃんだった。老婆は「そうかい?」と、ニコッと微笑む。その顔は、あなたが遠慮して答えているのはお見通しだよ?という感じだった。優人は正直に答える事にした。
「あはは、実は、あんまり大勢の人と話すのは苦手なんです」
老婆はうんうんと頷いて、話し始めた。
「それは悪いことをしたねぇ。でも、この村にはあなたのような旅人、村の外の世界を教えてくれる貴重な人だから、みんな話を聞きたいんだよ」
そうして夜空を仰ぎ見て続けた。
「外を知っている若い者は、み~んな王都へ出てしまってね。王都に行けば娯楽や仕事がたくさんある。成功すれば、楽に暮らすことだってできる。こんな田舎の生活は辞めて、夢を求めて出ていってしまう子も多いのさ」
なるほど、それで僕に色々聞いてきたのか。自分自身も転移してきたばかりなので、この世界の事でこたえられたのは、グラペブロと魔法の事くらいだったが。
「そんな中で残ってくれたのは、アイだけだよ。あの子は良い子さ」
向こうの方で祖父と話しているアイが見える。
「アイは、どうして出ていかないの?」
デールの予想は聞いていたが、それを確かめたくて老婆にも聞いてみた。
「あの子は戦争の孤児でね。魔物に滅ぼされた村に残っていたんだよ。当時近衛兵隊長をしていたハンスが状況を視察する為にその村に行った時に、まだ3つか4つくらいのアイを見つけて、このフォディナに連れて帰って来たんだよ」
アイは、もともとフォディナの村人ではなかったのか。それよりも、魔物に滅ぼされた村まであるのか。そこに住んでいた人は、どうなったのだろう。このばあちゃんの話では、アイの両親は既に亡くなっているとの事だが…。優人の考えをよそに、老婆の話は続く。
「人さらいや野盗に見つかる前で、本当に良かった。それからあの子は、ハンスのところで育ってきたんだ。もう10年以上になるねぇ」
老婆は昔を思い返すように、しみじみと話している。ハンスというのは、おそらくアイがじいちゃんと呼んでいた、あの老人だろう。昔は近衛兵隊長、今は村長。さすがといった感じである。
「若い者が夢を追って王都へ行ってしまっても、あの子は出ていこうとしない…私達に恩を感じているのか、それとも私達の健康を気にかけてくれているのか…どちらにせよ、こうやって面倒をみてくれるのはありがたいんだけど、私達が足かせになっていると思うと、申し訳ない気持ちだねぇ」
老婆は考えるようにうつむいた。優人は、老婆に何と声をかけて良いかわからず、一緒に黙り込んだ。アイには本当の父親も母親もいないのか。もし自分がアイと同じ環境だったら、あのように明るく振る舞えるだろうか。どんな気持ちでこの村で生活しているのだろうか。答えを求めてデールの方を見るが、ネコはそのフカフカとした体を丸め、パチパチと音を出しながら暖かく燃える火のそばで目を瞑っている。
「あ、ユナばあちゃん!ユウトに変なことを教えちゃダメだよ」
突然、元気な声が思考に割って入る。アイだ。
「ほっほっ、私はただ、アイの笑顔は素敵だねぇと言ってたのさ」
ユナばあちゃんと呼ばれたその老婆は、慌てる素振りも見せず、アイの言葉をはぐらかした。うーむ、このあたりさすが、長年生きているから出来る芸当なのだな…と、優人は思う。
「じゃあ、若い二人の邪魔をしちゃいけないから、私は失礼しようかねぇ」
ほっほっ、と笑いながら立ち上がるユナばあちゃんに、アイが顔を赤くして言う。
「もうっ!私とユウトは、そういうのじゃないわよ!」
ユナばあちゃんは、笑いながらどこかへ行ってしまった。アイはというと、ユナばあちゃんの冷やかしに少々腹を立てているようだった。しかし、この場に来てしまった手前、すぐに立ち去るのも変だと考えたのか、優人の近くに腰を下ろした。何となく気まずい沈黙が2人の間に流れる。
「あ、あのさ…」
聞くべきかどうするべきか迷ったが、気になったのと、話題がない事に耐えられず、ついつい優人はそう切り出してアイに質問してしまった。
「さっきのばあちゃんから聞いたんやけど、アイの故郷って、その…もう無いんか?」
「やっぱり!そんなのユウトに教えなくていいのに…」
「あ、ゴメン。そうやなくて、アイはすごいなって思ってん」
「え?」
アイが意外そうな顔をして、こちらを見る。
「辛いことがあったのに、そうやってニコニコしていられるのがすごい。僕やったら、多分立ち直られへんもん」
色々と感じる事はあったが、一番強く思ったのはそこだった。自分が同じ環境に置かれたら、アイのように振る舞う事は出来ないだろう。
少しの沈黙のあと、突然アイがくすくすと笑い出した。何か変な事を聞いてしまっただろうか?
「ユウトったら、変な話し方をするんだね」
「あ、そうやった。ついついいつものクセで」
人と話すときは標準語を心掛けていたのだが、関西弁が出てしまった。一応、方言でも通じているらしい。言ってはいけない事を言ってしまった訳ではないと分かって、安心した。
「私ね、気がついたの」
アイはくすくすと笑うのをやめて、優人を見た。笑顔を湛えたその表情に、優人は一瞬引き込まれそうになる。
「笑顔でいると、幸せでいられる事が多いって。今、この村にいられて、みんなと仲良く暮らせている事が、この上なく幸せなの」
なるほど、そういう考え方もあるのか。人は、ついつい無くなったものに目を向けてしまう生き物だ。アイのように、今あるものに目を向けられる人は、人より多くの幸せを感じられるのだろう。
そこに、アイのじいちゃん、名前は…確かハンスとユナばあちゃんが言っていたか。が、やってきて、優人を見つけて声を掛けた。
「ユウトさん、だったかな。先程は失礼したね」
ハンスは頭を下げた。優人は慌ててそれをさえぎる。
「いやいや、勝手にお邪魔したのは僕ですから」
アイに連れてこられただけです…とは言わなかった。もちろん、少しだけ食べ物につられてやってきた事も。
「ところで、じいちゃんは木の下で何をしてたの?」
アイが、そういえば、と思い出したように尋ねる。ハンスは「あぁ」と、顔を曇らせて答える。
「最近、村の鉱山を買い取りたいという連中がおっての。あの鉱山に金目のものはもう残っていないハズだから売っても構いはしないが…どうもガラの悪い連中じゃったから、断っておるのだよ」
「もうっ、見た目で人を判断しちゃいけないって、じいちゃんが自分で私に言ってたじゃないの」
アイがあきれた顔で老人に言う。
「まぁそうなんじゃがな…。断っても断っても、何回もやってきよる。村をうろつかれるのも迷惑じゃから、入らないようにあの場所で見張っておったのだよ」
なるほど。名前からはイメージ出来ないが、村長という立場は、こういう時の外交にもあたらないといけないので、大変そうだな。優人はそんなことを思った。
「ところでユウトさん、今日は村に泊まっていってもらえるかな?」
突然自分に話題を振られてうろたえる。しかし、「最悪野宿かも…」と覚悟していた優人にとって、ハンスの申し出はありがたいものだった。
「ぜひお願いします。実は、この後どうすればいいか、困ってました」
ハンスはウンウンとうなずくと、一軒の家を指して優人に説明した。その家の住人は既に一家で王都に引越して、空き家になっているのだそうだ。村のみんなで、宿泊に必要なものを運んでおいてくれたそうだ。なんというおもてなし。この村の人たちは本当に親切なのだな。
「明日は、どちらに向かわれるのかな?」
「ユウトは冒険者で、アーマイドネストに行くんだってさ!」
優人のかわりにアイがこたえた。
「ほう、アーマイドネストに。噂されている、地精霊に会えるといいですな」
「地精霊…ですか?」
なんだか地縛霊と似た響きに、マイナス要素を感じる。
「おや、ご存知無かったかな?ユウトさんは魔法を使えるから、てっきりそれが目的かと思っていたよ。あれば、地の精霊との契約で、地魔法を修得出来るかもしれないですね」
地魔法?…地属性の魔法!?それを聞いた優人は、俄然やる気が出た。
「いいな、ユウトは迷宮に入る事ができて…」
優人とハンスに聞こえるか聞こえないかの声で、アイはまたポツリとつぶやいた。
翌朝。
アフクシスの世界で迎える初めての朝は、好天に恵まれた。睡眠も十分にとれ、体調もバッチリだ。ついでに言うと、昨夜はウォータとファイアを駆使して、自前で風呂も用意して入った。
ウォータを使って備え付けの桶に水を張り、顔を洗って歯を磨く。うーん、水魔法便利すぎだろ!もはや生活必需品というレベルである。
身支度を整えて、村長であるハンス宅を訪ねる。「ごめんください」と玄関口で言うと、アイが出てきて挨拶した。中に招き入れられると、ハンスが居た。そして、昨日休ませてもらったテーブルに、荷物が置いてある。
「これは?」
目の前に並んだ衣類とバッグ。ハンスが説明する。
「これは、私らからの餞別だよ。持っておゆき」
「ほ、ホンマですか!?」
感動のあまり、関西弁と丁寧語が混ざった。絶対変なやつだと思われただろう。
「その服は、何かと目立つだろう。それに旅をするなら着替えだって必要さ」
言われてみると、そうだった。しかし、この服はどこで買ってくれたのだろう?
「なに、安心しなさい。王都へ出ていったユナの孫が置いていったものだから、私が着ている服のように、ジジ臭くはないハズだよ」
そういうとハンスじいちゃんは、かっかっか、と大いに笑った。こんなふうに笑う人だったんだ。全然知らなかった。
「ありがとうございます。使わせてもらいます」
「あーあ、ユウトともお別れかぁ。せっかく友達が出来たのに残念だなぁ」
アイが心から残念そうに言う。こうやって自分との別れを悲しんでくれる人がいるのを、嬉しく思うと同時に、アイとの別れが名残り惜しくなった。
「アイや、良かったら行っておいで。ユウトさん、よろしいかな?」
「え、もちろんです。アイが来てくれると心強いです」
ハンスから、思わぬ提案が入る。アイはハンスの方を見て、信じられないといった顔をしている。
「おまえはダンジョンに行きたがっていただろう。ダンジョンは冒険者しか入れないが、冒険者であるユウトさんが一緒なら、連れとして入ることが可能だったはずだ」
「うそ!本当に行ってきてもいいの?」
アイは、パッと目を輝かせて言った。
「ああ。村のみんなの世話ばかりでは、おまえも飽きてしまうだろう。ユウトさんが来たのも、何かの縁だ。たまには自分のやりたいことをやって、羽を伸ばしておいで」
「やったぁ!じいちゃん、ありがとう!」
ハンスは「こらこら」と言いながら、自分をバシバシと叩くアイをなだめている。子供のようにはしゃぐアイを見て、優人はなんだか幸せな気分になるのだった。
【用語等解説】
ザイアンスの法則(単純接触効果)…全部で3つの法則からできている。そのうちの1つが「人は相手の人間的な側面を知った時、相手により好意をもつ」という法則。ハンスの人間的な側面を知った優人は「怖い人」という、ハンスに対する最初の印象を改めた。
【詳細と活用方法】(人間関係ナビ☆彡)
http://for-supervisor.com/human-relationship/zaiansu/
※投稿まで、かなり経ってしまい申し訳ありません(^-^;
仕事も多少落ち着いてきましたので、ここから通常のペースで投稿させてもらいます!