第十二話 フォディナの村
「人は受けるより、与えることの方がもっと幸せなのである」
アンドリュー・カーネギー(鉄鋼王。アメリカの実業家)
「あー、なんだか緊張したぁ!あれがアイのじいちゃんなのか?」
優人自身にやましいことは何もないが、人の心を見ているような老人の眼差しに、優人は内心でビクビクしていた。
「そうよ。ユウトにはそう見えたかもしれないけど、普段は優しいじいちゃんなのよ」
優しいと言われても、にわかには信じがたい。村に入れてはもらえたが、自分はどのように思われたのだろうか。最後に少し笑ってくれた気がするから、良かったという事だろうか?うーん、気になる…。そんなことなど気にしなくていいよと言いつつ、アイは優人に村の中を色々と見せて回ってくれた。デールも2人の後に続くように歩いてくる。
ここ、フォディナの村は、いくつかの小高い丘を背にした小さな村だった。人口も50人ほどしかおらず、ほぼ毎日、みんなが顔を合わせるような家族同様の間柄らしい。日本でも、昔の『村』と呼ばれるような所はこのような感じだったのだろうか。お隣さんでさえ誰が住んでいるかわからない現代では、考えられない事だった。
村の中には古いレンガや石壁作りの家が多い。そういえばグラペブロの町にも、木造住宅は少なかった。少し気になって「建物は木を使わず建てるのか?」とアイに聞いたところ、そもそもの木造住宅の材料となる木が、このあたりでは貴重なのだという。言われてみれば、ここに来るまで歩いていても森や林は見かけなかった。逆に、レンガの材料となる土や泥なら、そこらで確保出来る。加工に必要な炎は、魔法で作るから問題ないという事だ。「そうか、それでレンガ作りの家が多かったのか」と、優人は合点がいった。
アイの案内は続く。村の中央には井戸があり、そこにばあちゃんとじいちゃんが5,6人ほど集まって談笑をしていた。1人のばあちゃんがアイと優人に気づくと、手招きして2人を呼び寄せた。
結果「その子は誰なんだい?」「どこから来たんだい?」「歳はいくつなんだい?」「付き合っている子はいるのかい?」と、優人は根掘り葉掘り質問される羽目になった。この村では、旅人一人やってくるのも話題になるそうだ。歓迎されるのは嫌ではなかったが、多くの人と話す機会の少ない優人は、少々気疲れした。そんな優人の様子を見て気を利かせてくれたアイは、ばあちゃん達との会話を切り上げ、優人を一軒の家まで連れて行った。ここがアイの家なのだという。
居間まで案内されると、中央に置かれたテーブルに着くよう、促された。椅子に腰かけた優人は、すぐにテーブルに突っ伏すように、だらしなく頭を置いた。
「あ~…疲れたぁ。じいちゃんばあちゃん達、滅茶滅茶元気だな」
「ふふ、みんな変わった事が起こると興味深々なのよ。『優人を歓迎するお祭りをやろう』って、張り切ってたわね」
ぐでっ、と脱力している優人に、アイが笑いながら応える。しかし、その言葉を聞いた優人は、焦りを覚えて顔を起こした。
「そうだった!僕なんかの為にお祭りまで…お祭りでは何をするの?僕も何か手伝った方がいいかな?」
優人は少々心配になった。魔法使いとはいえ、まだ見習いでしかない、しかも自分には愚者の称号までついている。こんな自分の為にお祭りまで開いてもらうなんて、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。最大限、出来る事をやらねばなるまい。
「やだ、優人は特に気にしないでいいのよ。みんな、ただお祭りが好きで、やりたいだけなの。ジャイアントボアの肉だけ焼いてもらえれば、それで十分よ」
そういいながら、カラカラと笑うアイ。みんなで集まって、飲んで食べて余興をするのが、この村でのお祭りなのだそうだ。見た事はないが、サラリーマンの宴会みたいなものだろうか。この村では、刺激が少ないのだろう。そうした小さなお祭りを開きたくなる気持ちも、分からないでもない。
「普段は肉をどうやって焼いてるの?」
「ああ、それなら…」
まさか、棒にくくりつけたイノシシを、ぐるぐる回してあぶるような調理法だろうか、と心配したが、アイの話を聞く限り、加工して焼きやすいサイズにしたものを、網のようなもので焼いていくBBQスタイルらしい。枯れ草や枯れ木は、村の倉庫でストックしているとの事で、それらに手早く着火するだけで良いとの事だ。
「そっか。それじゃあ、きちんと肉を焼けるように練習しておかないとな」
そうと決まれば、まずは自分の力を把握するところからだ。優人自身にもやってみたかったことがあり、それを試す良い機会だと思ったのだ。
「私も何か手伝おうか?」
アイが提案してくれた。
「ありがとう。じゃあ、何か大きめの入れ物ってあるかな?」
「ええ、あるわよ」
そういうと、アイは隣の部屋から鍋のようなものを持ってきた。
「これでいいかしら?」
「うん、大丈夫」
優人は右手に意識を集中し、ウォータの魔法で水球を作り出した。それを見たアイは「お〜」と、感嘆の声を出した。もしかして、魔法を見た事は無かったのだろうか。
アイが用意してくれた鍋を左手で手元に引き寄せ、その中にそっと置くように水球を放つ。優人の手元を離れた水球は、その形を平らなものに変え、鍋の中で普通の水になった。
「わぁ、すごーい!」
魔法を見たアイが言う。優人は、自分がすごいと言われた気がして、なんだか嬉しくなった。今度は右手でファイアの火球を作ってみせ、それをそっと鍋の水につけてみる。水は増えないし、火は消えなかった。不思議な光景だ。そのまましばらく時間をおいてから、水から火球を出し、それを保ったまま左手を鍋の水につけて温度を確かめてみる。鍋の水は、熱くなかった。
再び鍋の水に火球を入れ、今度は水の中にそっと火球をおいてみた。すると、ジュッ!という音を立てて火球が消滅し、ホカホカと湯気の出るお湯が出来た。一瞬で水が熱せられたようだ。一連の行動をじっと眺めていたアイが口を開いた。
「ねぇユウト、何をしているの?」
「ああ、魔法って、どの段階から効果を発揮するのかな〜と思ってさ」
今まで魔法を使った感覚でなんとなくわかってはいたが、魔法は、手に作り出した状態では効果は発揮されず、手から離れた段階で初めて効果を発揮するらしい。手に持ったまま効果を発揮するのなら、MPを消費せずにファイアの熱の恩恵で肉を焼けるのにな〜、と考えていた優人は、この結果を少し残念に思う。
冒険者カードを取り出して、数字を確認してみる。MPの欄に目をやると「25/30」となっていた。町を出てから練習1回、イノシシで2回使い、いま2回使ったので、合計5減っていた。MPは、どうやって回復するんだろう?そう思ってぼんやりカードを眺めていたら、優人の目の前でカードに書かれている「25/30」の数字が一瞬消え、次の瞬間に「26/30」と表示された。なるほど、どれほどの時間が必要かは不明だが、休んでいると回復するのか。
今晩のお祭りでは、何度かファイアを使わなければならないだろう。そう覚悟しつつ、優人がカードをしまうと、その様子を見ていたアイが、声をかけてきた。
「ねぇユウト、それってもしかして冒険者カード?」
「ああ、そうだけど」
「ユウトって、冒険者だったのね!」
そういえば、この世界では冒険者になる人は少ないという事だった。アイが驚いているのも無理はないのだろう。
「いいなぁ。私も冒険者だったら、アーマイゼネストに入れるのに…」
「あーまいぜねすと?」
「あら、知らないの?この辺りにあるダンジョンの事よ」
「そっか、ダンジョンにそんな名前がついていたのか」
優人が目指しているダンジョンは、恐らくそこだろう。イノシシに追いかけられてからというもの、当初向かっていたこのダンジョンの事を、すっかり忘れていた。
その時、「お~い、アイや!」という声が聞こえたと思うと、一人のじいちゃんが玄関口に顔を出した。みんなでジャイアントボアを運んできたので、調理を手伝ってほしいとの事だった。自分も手伝いに行こうと思って立ち上がった優人を、アイが制して座らせた。
「お客さんは、ゆっくりくつろいでてね」
そういうと、アイは家を出ていった。こらこら、今日会ったばかりの僕を自分の家に1人で置いていっていいのか?僕の事を信頼しすぎだろう。田舎の人は、人を疑う事を知らない気がする。現実世界でも祖母宅周辺に、家の鍵をかける文化が無いことを思い出して、優人は1人で苦笑した。
「ユウトよ、なにを笑っているのだ?」
足元でデールが喋った。急に話しかけられたらビックリするじゃないか。
「いや、ここも田舎なんやな、と思って」
「そうか。少々本筋から離れた場所に来てしまったが、これも良い経験だろう。先ほどアイが話していたダンジョン、アーマイゼネストが私たちの向かっているところだ。距離は、ここから徒歩でおよそ半日といったところだ」
「なるほど…ところでデール、ダンジョンって冒険者しか入ったらアカンのか?」
アイの言っていた事が気になって聞いてみた。
「うむ、魔王と相対する為に必要な素材や武具が、一般の手に渡ってしまっては、冒険者の勝ち目が減ってしまうからな。冒険者協会の方で、ダンジョンの入場を管理しているのだよ。あの少女が入りたいと言っていたのは、彼女の性格から考えて、恐らくこの村の為だろう」
冒険者登録所だけじゃなく、冒険者協会なんてのもあるのか。確かに登録所だけだと、そこをすぐ魔王に狙われて終わりそうな気がする。協会の方で何か対策をしているのかもしれない。ダンジョンも恐らく同じなのだろう。
「そうか、確かに誰でも彼でも宝を持ちだせたら、問題かもしれへんな。冒険者協会が管理するのも分かる。で、アイがこの村の為にダンジョンに入りたいっていうのは、なんでなん?」
「うむ、それなのだが…今日見させてもらった限りでは、この村では水道や道の整備など、生活環境が随分と昔から進歩していないようだ」
確かに、長年の風雨にさらされて表面が削れた建物、古くなった井戸に、でこぼこの道…雨が降ると、簡単にぬかるみが出来そうである。
「そして同時に、過疎化と高齢化が進んでいる。そうした背景があって、家族同様のみんなを守る為には、暮らしやすい環境を作る事が必要だ。つまり先に述べた問題を解決する為の設備投資に資金が必要になるだろう。その資金を解決する手段が、ダンジョンにあるという訳だ」
「なるほど…そこまで考えるか。デールは三毛猫ホームズになれるんじゃないか?」
「なんだそれは?」
赤川さんの作品は、デールに読まれていなかったようだ。原作のホームズは、確かメス猫だったか。と、どうでも良いことまで思い出す。
「ううん、何でもない。気にしないで。でも、デールの話だとアイがみんなを助けるために自分を犠牲にしているように聞こえるやん。過疎が進んでも自分は出ていかへんし、ダンジョンで報酬を得たとしても、それを自分で使わず村の為に使おうなんて…」
「それが、彼女にとっての幸せなのだろうよ」
デールは、微笑みを浮かべてそう言った…気がする。相変わらずネコの表情は読めない。
「うーん、そうなんかなぁ」
この村にずっと身を置いて暮らす事が、アイにとって本当に幸せなのだろうか。少なくとも、この時の優人には、まだ理解できない事であった。
※ フォディナの村での滞在、1話で終わらせようとしたのですが、長文になってしまったので2話に分けさせてもらいました(;^_^A 次回はしっかり、村から旅立ちます☆