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今日は何の日短編集 4月15日 『死んだよ よいこは よよいのよい』

作者: 白兎 扇一

今日は何の日短編集

→今日は何の日か調べて、短編小説を書く白兎扇一の企画。同人絵・同人小説大歓迎。


4月15日 よいこの日

→語呂合わせでよいこ。

玉木の頭はすっかり鶏頭の花のように白く染まっていた。

「親父が70になったのに一向にハゲないから『シャンプーをくれリンスをくれ』とうるさいんだ」と授業中に愚痴っていたのを思い出した。一向に髪が薄くなっていないのを見ると、ハゲは遺伝しないという説はあながち間違いではなさそうだ。

「他の連中もこうやって呼び出そうと卒業アルバムの電話番号にかけてみたんだが、出ないんだ。出ても、老いた親御さんが『うちの子は上京しました』と切ない台詞を返してくるばかりでな。みんなこんな田舎なんて引っ越してしまったようでな。で、唯一かかったのがお前なんだ。お前だけは引っ越さなかったんだな」

「まぁ」

空返事に近い短い言葉を吐き、吸い込む時に紅茶を口に含む。引っ越しをしなかったのはこの時のためではない。この時がくると分かっていたらエスパーだ。

何故、青春を過ごした家から離れなかったのか。大した理由はない。元々周りの生徒と首都圏の私立大学を志望していたが、落ちたので地元の国公立に行った。それだけの話だ。私だけがあの空間に残されてしまったのだ。

「まぁ、一つ話したいことがある。俺も最近知ったことなんだが……」

「何です」

「竜田が自殺していた」

竜田。私はその名を聞いて、紅茶を戻しそうになった。うちのクラスに居た一番の不良で、木村という劣等生にひどいいじめを行ない退学に追い込まれた、根っからのワルが自殺─?

ティーカップを揺らす。赤い紅茶が、少し黒ずんだ。

「安心してくれ。今じゃない。木村が死んだ後すぐだったそうでな。この前親御さんが『実はうちの子……』って話したんだ。てっきり別の土地のどっかのワルとケンカして野垂れ死んでると思ったろう。睡眠薬飲んで倒れてたんだとよ─木村の墓の前で。おかしいだろう?普通自分がいじめてたカモの墓の前で死ぬか?」

何か、あったんじゃないか?

穏やかな言葉で付け足されたその言葉は口調とは裏腹に心をえぐる。白髪の下から覗く炯眼の黒目を私に向ける。視線は私の心の中を透視しようかとしているかのようだ。

私は湧いてきた焦りを濃い紅茶で流し込む。紅茶の温さが喉から全身に伝う。通りがかったウェイトレスはティーカップの白い底を見るや否や、オレンジの液体が入った透明なポットを近づけた。

「何か、竜田と木村について分からないか?」

私は口をつぐむ。ポットから一本のオレンジの液体が注がれていく音だけが二人の間にこだまする。注ぎ終わると、ウェイトレスは小さく礼をして別のお客の元へと速めに歩いて行った。

視線をテーブルに落とす。ティーカップの中にはオレンジ色の紅茶が入っていた。昔本で読んだ情報をうろおぼえながらおもいだすに、確かニルギリと言ったような気がする。


その橙色はあの日の夕焼けによく似ていた─。

あの日さえ無ければ、こんなに苦しむことはなかった。


あの日の朝も変わらずに木村は座るとき、自分の机を一瞥して小さな目を伏せた。無理もない。鉛筆で心ない言葉の落書きがされていたのだから。ドラマではよく黒いペンで「学校に来るな」とか書くんだろうけど、犯人はそんなことは一切しない。そんなものすぐに教師の目にバレるのだから。鉛筆ならまだ誤魔化せる。いじめは続行できる。ペンから鉛筆に変えただけで、教師に見つかるか見つからないかで有罪か無罪か大きく変わる。同時にそれは罪なんて所詮そういうものという証明なのだと僕は思う。

(毎日毎日、よくやるよ)

僕は木村の方から目を背ける。窓に目を向けようとしたとき、髪を金色に染めた竜田が僕を睨んでいた。足を机に乗せて、偉そうに座る彼は僕から目を離す気配がない。

(何見てんだよ。まぁ、確かにお前がこの教室に違和感を持っているのは認めてやる。けど、僕を睨むなよ。僕は手を下してないんだから。無関係なんだから。それに……)

─僕はお前と違ってよいこなのだから。

僕はその言葉を吐き出すと、教室のドアが開いた。玉木が入ってくると、今まで散々喋っていたさっきの人も、どこかにいるこの教室の犯人も椅子に座った。

30センチ物差し一つ分の奥深さしかない木製の安いこの椅子に座ったときだけ、僕らはよいこになる。真っ直ぐと先生を見つめて、しゃっきと背を伸ばす。余計なことは喋らない。ノートを開いてシャーペンを持つ。先生から嫌われない。それだけでいい。僕らがよいこになるにはそれだけあれば十分だ。

逆にそこから漏れたあいつは、それができない竜田が先生にまともな目で見られることはない。

先生が出ていき、一時限目の授業が始まるまでしばしの休み時間が始まる。いじめの再開。木村の後ろに座っていた生徒が木村の椅子を蹴る。木村は怯えた顔で振り向く。何気ない顔で生徒はノートと教科書の準備をするために立ち上がって、ロッカーに向かう。ロッカーにもたれかかっていた友人らしき数人の生徒に親指を立てる。

木村はため息をついて、再び前を向いた。生徒達から静かな笑いが漏れ始める。

舌打ちが聞こえた。竜田だった。生徒達は一瞬静かになった。竜田は黙って窓の外に視線を向けた。生徒達は再び、さらに静かな笑いを木村に浴びせた。

空が橙色に変わった。担任の玉木が戻ってきて、帰りの会が始まった。玉木は軽い雑談をして終えた。

「お前ら、いい加減にしろよ」

竜田がとうとう低い声で怒鳴った。ヒグヒグと声が聞こえてきた。木村は突っ伏して泣いていた。

「なんでこんなことするんだよ!お前ら木村の気持ち考えたことあんのか!」

竜田の声が響く。教室は静まり返った。生徒達は竜田は木村の手を握り、立たせる。行くぞと低い声をさせて、二人して出て行った。空のオレンジ色が机に反射していた。

次の日、竜田は職員室に呼び出され説教されたらしい。どうやらあいつがいじめを行なったことになったらしい。そうなるようにこのクラスの誰かが計らったのだろう。先生という生き物はよいこである僕らのいうことは従順に信用する。いじめてきた相手の台詞だろうと、無視した人間の台詞だろうと。

僕は流石に出て行こうと思った。だが、30センチ物差し一つ分の奥深さしかない木製の安いこの椅子に深くおろした腰は起き上がる気配がない。立とうとも思わなかった。というより立てなかった。腰と椅子が縫い付けられているかのように。

その後、竜田は学校を退学になって、行方知れずになった。そこからすぐに木村が自殺した。


その竜田が、木村の墓の前で亡くなっていた。自殺していた─。

「おい、どうした?ボーッとしてるぞ」

先生の声で意識が戻される。湯気はすでに立たなくなっていた。

「やっぱり分からないか?」

「もう昔のことですので」

「そうか。何故竜田は自殺したんだろうな」

先生には分からないようだが、理由は明白だ。彼だけ木村を救おうとしていた。いじめを止めようとした。それができなかった。つまるところ、最後までよいこでいたから。口からそんな言葉を漏らしそうになったが、とても出ないが言葉にはできなかった。あの時、椅子にくくりつけられていた感覚と同じように全く口が動かなかった。動くまいとしていた。

カフェのドアのベルが鳴る。周りはすっかり騒がしくなっていた。この時間になると混むものらしい。先生は混雑した店内を見渡して、一息ついた。

「それじゃあそろそろ行こうか」

先生はゆっくり立ち上がった。僕も彼の背中を追った。

「お前達は良かった。非常に良いクラスだったよ」

みんな、よいこだったよ。先生は僕の黒髪にシワだらけの手を置いた。

(あの教室によいこは居たんだろうか。巣立った後も、いや、人生で一度でも私達はよいこになれた瞬間があるだろうか……)

先生と離れた後、空を見上げてみた。橙色の太陽に黒い雲が覆いかぶさっていた。


ご閲覧ありがとうございます。

そして、姿をくらましていて誠に申し訳ありません。

ずっと書けずに苦しんでいたのですが、この話を書いていた時にちょっと解決したようです。

誠に申し訳無いのですが、明日と明後日は更新できません。思いつかなかったので。

次の更新は18日になります。


では、また。

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