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Blood Saint  作者: しめじ
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プロローグ


 月明かりが古びた廃教会を照らしていた。

 穴の開いた天井から木漏れ日のように教会の内部を露わにしていく。月が雲に覆われるたびに教会は闇に包まれる。

 その教会の中で、古びた木材を踏みしめながら歩くような軋む音が聞こえる。


「はぁ・・・・はぁ・・・・あぁ・・・・・・・・」

 

 薄暗い教会の中で、額から大粒の汗を流しながら何かを引き摺る人物がいた。

 再び月明かりによって教会内部が照らされると、その姿が明らかとなった。


 身長は低め、金砂のような煌びやかな金髪の少女。綺麗に整った顔の中心には紫水晶のような、透明がかった紫瞳が並んでいる。人工革を素材とした旅装束に防寒用の外套(がいとう)を羽織っているが、妙なところがある。どれもぼろ雑巾のように擦り切れていたり、外套に至ってはビリビリに引き裂かれている。

 そして、何よりも妙だったのは少女が引き摺っていたものだ。

 薄暗くてその正体はよく掴めない。だが、ものだと思っていたそれは僅かだが呼吸をしており、時折短い呻き声を上げていた。


 月明かりが再び教会内を照らし始める。

 それは――――――――――――人だった。


 金髪の少女よりは幾らか年上の少女だ。かつては金属製プレートの鎧に身を包んでいたのだろう。今は見る影もない。上半身を守るはずの胸当てにはポッカリと大きな穴が開き、そこから(おびただ)しいほどの血が噴き出しており、口の端からは血泡が零れ落ちている。

 右腕はだらしなく下がっており、左腕はあり得ない方向へと曲がっており腕としての機能を果たしていない。

 

 金髪の少女は鎧の少女を引き摺り、教会の長い身廊の先にある祭壇の裏へと向かった。

 辺りに気配が無いのを確認すると、傷の確認のために少女の鎧を脱がせ始める。留め具を外すのに少々手間取っていたものの、鎧を脱がすことに成功する。

 鎧を脱がせた途端に辺りに濃い血の匂いが充満する。あまりに強烈な匂いにむせそうになりながら少女は傷の確認を急ぐ。


「酷・・・・い・・。シェリー・・さん」


 シェリーと呼ばれた少女は、眼を見開いたまま穴の開いた天井を仰いでいる。時折、漏れ出るようなヒューッヒューッという呼吸音が聞こえる。

 上腹部には大きな穴が開いており、そこにあるはずの内臓は殆ど潰れてしまっている。シェリーの呼吸に合わせて夥しいほどの血が噴き出る。幸いにも穴は貫通してはいなかったものの、生きていること自体が奇跡のような状態であった。


 切り傷や骨折、火傷や凍傷などは治癒魔法(ヒール)を唱えることによって、傷の完治・症状の緩和が出来る。しかしこのような重傷には治癒が追いつかず、ほとんどの場合が死に至る。熟練の魔導士でも容易にできる者はいない。


 しかし、少女は――――


「いま治すからね。あと少しだけ耐えてね、シェリーさん」


 少女が手をかざし、詠唱を始めると眩い光がシェリーを包み込む。苦しそうな呼吸は次第に落ち着いていき、痛みと失血によって虚ろとなっていた瞳が生気を取り戻し、表情は穏やかなものになっていた。

 シェリーの呼吸が完全に落ち着いたのを確認すると、少女は自分が羽織っていたボロボロの外套を完全に塞がった傷口(・・・・・・・・・)に優しく掛けた。


「もう大丈夫です。あなたは助かりました、今はこのままお眠りなさい・・・・」


 金髪の少女が手を握るとシェリーは安心しきった赤ん坊のように眠りについた。

 

 少女はシェリーの手を離すと、先ほどまではどこかへ行っていた恐怖が再び襲い来る。手足は震え、背中には冷たい汗が伝う。ガチガチとなる歯を抑える為に必死に唇を噛む。

 

――――みんな、死んだ。あっという間だった。


 唇に伝わった鋭い痛みで、血が出るほど唇を噛んでいたことに気付く。滲み出る血を旅装束の袖で拭いながら、少女は自分たちを襲った怪物のことを考える。


「あれが・・・・悪魔(・・)。もう・・・・嫌ぁ」


 異形の怪物。少女は人ならざる怪物から何とか逃げ出すことが出来たものの、すぐに追ってくるだろう。

 いま少女が出来ることは、顔の前で手を組んで祈りを捧げることだけだろう。願わくばこのまま私たちを見つけずに通り過ぎてください、と。



 しかし無情にも、その恐怖は姿を現す。



「――――――――ッ!」


 パリーンッという甲高い破裂音。何者かが教会のステンドグラスを突き破ってきた音、そして、その音の主の正体を少女は痛いほど感じていた。

 ヌチャリという湿った足音は身廊を辿り、真っ直ぐに祭壇へと向かっていた。次第に聞こえる低い唸り声に少女は震えが止まらなかった。




 恐怖は、すぐそこまで迫っていた。





 

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