弐
宮の中は広かった。そして人が列を成している。大体俺と同じような格好、死に装束を着ている。そうでない人は何も着ていない。流石に皮を剥がされている人はいないようだ。その周りには頭に角が生えていて、刃のついていない刺又を持つ鬼がいる。そのせいか大体死者は100人くらいいるのに誰も喋らず静かだ。そして空気は張りつめている。周りの鬼の一鬼が俺の方を向いた
「後ろに並べ。問題を起こすな」
こちらを睨み、有無を言わさぬ口調で命令した。俺は一番後ろに並んだ。
俺は前へ進んでいき、後ろに人が並んでいく。鬼は同じことを命令し続けた。列の終わりが近づいてくると、空気は一層張りつめていく。列の終わりのすぐそばに、見上げるほど大きな扉がある。
「次、入れ」
鬼が人を呼び次に並んでいる人は扉の中に入っていく。しばらくすると出てくるが、いい顔をしている者は一握りだけ。ほとんどの人は泣き崩れている。が、それにも差があるように感じる。多くの人は自力で歩いているが、二鬼に引きずられて出てくるものがいる。それは入るときも同じで、入ることを命令されてからすぐに入らないと鬼が近づいてくる。それでも入らなければ引きずって入れる。そのような人たちが出てくるときは、うつろな表情でうめいている。
「うああああああああああああああああああああああああああああああ」
俺のすぐ前、次に呼ばれる位置にいる奴が、叫びながら宮の入り口に向かって走り出した。鬼達は全く慌てず、まず進路上にいた鬼が刺又で服を引っかけて転ばせ、すぐさま近づき首を、それから続いて数鬼がかりで流れるように手足、胴体を押さえつけた。
「黙れ、おとなしくしろ」
鬼は命令したが、捕まった奴はそれを聞かず、そのまま暴れた。取り押さえている者たちとは別の鬼が刺又で胴を殴りつけ黙らせ、何か暴れるか、喋ろうとした瞬間にまた殴っておとなしくさせる。そのまま引きずって扉の中に連れ込み、しばらくすると外に連れ出していった。次に呼ばれるのは俺である。
「次、入れ」
鬼が俺に命令した。
扉をくぐると中は執務室だった。中は広く、こちらに向けて置いてある豪華な机と椅子、机に向かっている男性、机を挟んで窓、扉の近くと壁沿いに並んでいる鬼達。そちらも怖いが、その合計よりもはるかに身がすくみそうになる程のその人物の威厳。おそらく閻魔大王様。
「名乗れ」
決して大きな声ではないが、意識が飛ばされそうになる。俺は自分の名前を口にした。その時震えて歯がガチガチする音が聞こえた。
閻魔大王様は机の上に置いてある帳簿を手に取った。閻魔帳だろうか、頁ページをめくっていく。そして手が止まった。
「生まれ年と月日を答えよ」
答えた。自分が気絶しないことに驚いている。
閻魔大王様は帳面を確認していく。
「6歳の時に猫を拾った。10歳の時に親切をした。それから時々親切をしている。16歳の時、高校で人のために働いた。そして今、親を泣かせている・・・か」
閻魔帳には生前の行為や罪悪が書いてあるらしい。
「特に罪状もなく、善行はあるが親不孝で相殺というところか」
俺の運命が決まる。
「お前は人間道に行け」
閻魔様は横に置いてあった書類に判を押し、渡してきた。そこには通行許可証という文字と生年月日、名前、経歴、そして人間道の判子。
「退出せよ。次」
扉を出て、俺の前に出てきた人たちが向かっていった方向に進んでいく。少し歩いて廊下を曲がると横に並んだ6枚の扉。それぞれの扉を守る2対の鬼たち。扉の上にはクラス札があり、手前から天道、人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道と書かれている。俺は人間道の扉の前に立った。
「許可証を見せろ」
そのまま渡す。鬼は許可証と俺を見比べ、扉を開けた。その中はとても暗く、先の方だけが明るい。鬼は許可証を俺に返した。
「入れ」
大きく深呼吸し、目を閉じた。そのまま前に進む。暖かい水が肌に触れる。とても心地いい。それと同時に目を閉じていても周りが暗くなるのがわかる。水が周りを包んでいる。扉が閉まるのが聞こえる。けれど、そんなことはどうでもいい。このままここにずっといたい。
・・・どれぐらい時間が経っただろうか。周りが狭くなっているのを感じる。まだここにいたい。
・・・周りが押してくる。最初は周期は長く軽いものだったが、少しづつ周期は短く、強くなっていく。
・・・どんどん強くなってきた。抜け出るために顎を引いて体を回しながら進んでいく。
・・・周りが明るくなってくる。頭が締め付けられる。まだ出口はないのか。暖かい水が外に流れていく。周りも前へ押していく。
・・・まだ外へ出れないのか。顔を上げてみる。すると何かが射してくる。もっと前へ。
・・・頭はもう締め付けてこない。もう一度体を捻る。肩が出て、体がすべて出た。そして何も感じなくなっていく・・・。