壱
俺はコンビニの帰りに白のトラックに撥ねられた。
ボキボキという音が聞こえて、青い空が見える。宙を浮かんでいるように感じる。逆さになった地面が見え、近づき、目の前が暗くなっていった。
目を開けると川が目の前にあった。けれど空は赤い。辺りを見回すと河原と野原の境目にいた。向こう岸は霧がかかっていてよく見えない。が、何か呼ばれている気がする。後ろは見渡す限りの野原。岸には1本だけ木が立っており、野原まで角の削れた石で敷き詰められている。その時自分の服と鞄かばんが目に入った。それらは白かった。服の方は和服のようだったが、柄もなく左前で着ていて、頭に何か巻いている。そして草鞋わらじを履いていた。かばんの中には紙でできた・・・銭?が6枚。
もう一度川を見る。すると霧の中に赤い火が見えた。揺らめきながらゆっくりとこちらに来る。それは渡し船だった。火は船首に掲げられた松明で人が二人乗っている。船頭と客だろうか。船頭は船の後ろで長い棒を川底に突き刺しながら船を操り、客の方は俺の服の黒い版みたいなものを着て、船の真ん中に座っている。こちら話の岸を見ると木の陰に桟橋があった。俺と船はそこへ向かっていった。
俺と舟はほぼ同時に桟橋についた。そこにはばばあがいて、舟に乗っていた2人のうち、黒い服は若かったが船頭はじじいだった。黒い服は舟を降りて野原に向かって歩いていく。こちらを見ようともしない。
「乗らないのかい。乗るなら6文だよ」
ばばあが俺に聞いた。
俺は鞄から紙の銭を出して渡した。
「これでいいのか」
「いいよ。しかし最近の奴は全部紙でできてやがる。それでも6文は6文だからね。渡してあげるよ」
俺は舟の大体真ん中、黒い服が乗っていたところに座った。黒い服の方を見てもいない。河原の先は野原で、何も姿を隠すものはないのに。
「あの黒い服はどこに行ったんだ」
「大抵のやつは野原との境目で見えなくなる。野原の向こうまで行くやつもいるが、その先がどうなっているのかは知らない。ほら、出るよ」
じじいはゆっくりと漕ぎだした。川の流れは弱く、船頭の操船も上手いのでほとんど揺れない。船首の松明を見ながら俺は今までのことを思い出していた。
「船頭。ここはどこだ」
「三途の川、2つの世界を分ける場所。お前さんは死んだんだ」
「そうか、そうだよな」
この服は死に装束。鞄の中に入っていた冥銭6文。葬式はしてくれたらしい。
「ちなみにお前さんは恵まれている。6文を持たされず渡ろうとするやつがいるが、その時は着ている服が代わりになる。服も着ていない場合は生皮でだ」
思わずぞっとした。いま両親に最大の感謝をしている。
舟は霧の中を進んでいく。
霧で何も見えないが船頭は舟をこいでいく。どれだけこの仕事についているのだろう。
「船頭はどのくらい船頭をしているんだ。」
「それはそれは長い間していた。乗せた奴らの中には男、女、老人、子供、善人から罪人まで色んな奴がいた。そしてこの川を渡るのは人間だけじゃない。ほとんどの人間は俺達が運ばなければならないがが1匹で渡る奴がいる。そしてその中には自由に行き来する奴らもいる。ここ100年あまり見ないがな」
話している間にも船は彼岸に近づいていく。大きな宮が現れた。
「あれが」
「あれが死んだ人を裁く閻魔大王えんまだいおう様がいらっしゃる場所。着いたらあちらに向かうのだ」
こちら側にも木でできた桟橋があった。船はそこに近づいていく。
「賽の河原なら、子供たちが石を積み上げているもんだと思っていたんだけれど」
「ここは言わばあの世の入り口、子供は見えないところで親の供養のために積み上げている。もうすぐ着くぞ」
船頭は桟橋にゆっくり近づいていき、そろりそろりと舟を止めた。
「着いたぞ」
「ありがとうございます」
「閻魔様は公平なお方だ。お前さん良く生きていたらそれに合わせた決定をなさる」
「はい」
俺は舟を降りて宮の方へ向かった。