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本日は侍女のリリアと護衛のクロの話です
主役二人より王道してます
今日も今日とて平和なヴァリウス王国の、城下。お嬢様風の格好をした茶髪の女性が街を闊歩する。
(……今日は何を買いましょうか)
久々の休日に気分を踊らせているのはリリアである。
小物を売っている店で髪飾りを眺めたりする。リリアはそれなりに良いお家の娘さんなので、お眼鏡に叶うものは少ない。
それでも、セレスティアと違って可愛い小物や髪飾りに目を惹かれるリリアは、楽しく町歩きをする。勿論冒険者ギルドになど目も向けない。
「おじ様、それとあれとこれ、包んでください」
甘い臭いを漂わせている菓子屋で、リリアはいくつかお菓子を包んでもらう。セレスティアのお土産もあるが、大半は彼女のものだ。彼女は甘党なのである。
「まいどあり!お嬢ちゃん可愛いからおまけな!」
気の良い店主に礼を言って、リリアは歩き出す。
ドン、と知らない男にぶつかられた。
「きゃ…」
多少の護身術を嗜みんでいるといえども、リリアは非力だ。たたらを踏んだリリアが尻餅をつく直前で、誰かに支えられた。
「おじょーさん、大丈夫?」
「す、すみません、ありがとうございます―――あ!」
「どうかした?」
リリアは助けてくれた少年の顔を除き込む。リリアより年下で、成年の16歳は絶対にいっていないと思う。今はヒールの靴を履いているから、彼よりリリアの方が背が高い。
雰囲気や存在感が、前にあったときよりずっと薄く、印象も違うから戸惑うが、リリアは彼を知っていた。
「あなた、クロさん?」
「うぉ!?分かった!?」
「はい…印象も違うので分かりにくかったのですが」
「スゲー。流石あのセレスティア姫の侍女さんなだけあるなぁ…」
感心したクロは、すぐにはっとしたような表情になって、リリアに問いかけた。
「侍女さん財布は無事?」
リリアはバッグを確認してサァッ…と青くなった。
「あり、ません…」
「アー!やっぱりさっきの奴掏摸か!怪しいと思ったんだよなー。侍女さんちょっくら付き合ってよ。財布取り返してあげるから」
「え?あの、ちょっと」
リリアが問う間もなくクロはリリアの手を引いて走る。リリアは転びそうになりながら付いていく。
すぐにクロが「あいつだ」と中背の男を指差し、リリアに囁いた。
「あれに、少しだけバレないように足止めしといてくれる?」
「そんな無茶……はぁ…」
抗議しようとした頃にはクロは忽然と消えていて、セレスティアに振り回されることに慣れていたリリアは素直に言うことを聞くのだった。
「あまり得意ではないのですが…」
ぼやきながら本当に小さな短剣を投擲する。吹き矢とも間違えられそうな代物で、ダーツのナイフに一番近いだろう。
音もなく、それは男のずるずると丈の長い、引きずったズボンの裾を地面に縫い留める。どうやら男は既製品のズボンでは丈が余るらしい。
足をあげようとして、そこから動けないことに違和感を感じた男が足元を確認する頃に、奴にぶつかる人影が。
「おい、前見て歩け!」
「おっとごめんよ」
つい先程の自分に言うべきなのでは、という言葉を吐く男。リリアが少し呆れて彼を眺めていれば、軽く謝った少年が足早にリリアの方へやってきた。
「それじゃさっさと退散」
歩みを止めるどころかむしろ駆け足になったクロは、リリアの手を握って大通りを駆ける。リリアも彼が何をして来たのか想像に容易かったので静かに従った。
王都の外れにある森の近くまで来た二人は、やっと息をついた。適当な岩に腰かける。
「あんの野郎大分稼いでたみたいだな…。ほら、侍女さんの財布」
「ありがとうございます、それであの…今さらですが仕事の方はどうしたのですか?」
財布を受け取って気になっていたことを聞く。セレスティアから国王の護衛をしていると聞いていた。リリアはもし自分のために時間を割いているのかもしれないと思うと気が気でなかったのだ。
「ああそんなこと?俺今日は非番なの。月一だよ?少なすぎなくね!?」
「陛下の専属の護衛なら、休みがあるだけましなのでは?宰相さまなどは、お休みもないと聞いていますし」
「流石はセレスティア姫の侍女さん。辛辣ぅ〜!……ってか侍女さんって後宮にいるんだよね?どうやってその情報得たの!?」
「侍女の仕事で。お嬢様が過ごしやすくなるために、時に情報収集も大事ですからね」
「それ明らかに侍女の仕事を越えてるから!さっきの投擲もめちゃくちゃうまかったし何者!?」
「………お嬢様と付き合うのは並大抵でない、ということですよ」
「うわぁ流石はセレスティア姫!ってかそれで納得できちゃうのがすごいと思う!!」
「それはともかく、お財布、ありがとうございました。なくなったらお嬢様に血祭りにあげられてしまうところでした。
犯人が」
「犯人が!?」
「お嬢様は過保護ですので」
クロの常識が全く通用しない相手に疲れぎみだ。項垂れるクロは、すぐに顔をあげた。リリアが財布の中から金貨を一枚出したからだ。
「ちょっと待った!」
「え?」
「何するつもり!?」
「………」
「無言で金貨を2枚に増やさないで!?その金貨、もしかして俺にお礼にとか言わないよね?」
「少ない、でしょうか?」
「多すぎるんだよ!」
「……」
「端金だって受け取らないから!そんなん宛にして助けた訳じゃないし」
「それなら私はどうしたら良いのですか?」
金銭感覚がお嬢様で、いかにも世馴れていないリリアにクロがはぁとため息をついた。
「よし!」
パン、と手を打って立ち上がったクロは、にかッと笑ってリリアに手を差し伸べた。
「これから警備兵に他の財布を落とし物で届けにいくんだけど、そのあと侍女さんさ、俺たちが会った前の菓子屋で『コクア』?ってやつ?奢ってよ」
「?」
「それで貸し借りなしにしよう、ってこと」
「そんなもので良いのですか?」
「それぐらいのことだったってこと。俺からしたら。それに、その『コクア』って女子しか買わないから男だけ買いにいくのは肩身が狭いんだよ」
「ふふ。分かりました」
残念ながらクロは見逃した。滅多にないリリアの笑顔を。
行く道すがら。
「『コクア』ってどんなの?」
「チョコレートの原料と同じものが使われている甘い飲料です。それに正しくは『ココア』ですよ?」
「えーそうなの!?」
「むしろ私はどうしてココアがコクアになったのか気になりますね……」
有難うございました
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