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今日も今日とて平和なヴァリウス王国の王都の城下。冒険者ナナシは冒険者ユイに問いを投げ掛ける。
「そういえばユイ、あなた本職の方は問題ないのですか?」
「問題ない。些事は皆、有能な宰相に任せているからな」
「……そう、ですか。それにしても城下にいすぎのような気がするのですが…」
「しっかり本職の方に力を入れろと?お前にぴったりの言葉じゃないか」
「へえ……。私に本業をしっかりしろ、と仰いますか。その場合、取り敢えずあなたを押し倒すところから始まりますよ?」
「……(こいつに押し倒されたらヤバイ気がする)……失礼。訂正させてくれ」
「それなら良いんですよ。そういえば、今日はクロが居ないんですね」
「あ?ああ。そういえばいないな。気にしていなかった」
遠くから声がする。
「陛……ユーイー!ちょっとヤバイですってっ。ヒースさんマジギレですって」
「うるさい」
走ってきたクロの頭上に、どこからか出現したタライが落とされた。言うまでもなくユークリッドの仕業である。
「ヒースさんってどなたですか?」
「……うちの宰相だ」
「…有能な宰相さん、随分とお怒りのようですね」
「……知らん」
「いや、あなたのことでしょう?」
「陛下、陛下!ヤバイですよ。ヒースさんガチ切れですよ!激オコですよ!」
「………どの位だ?」
「もうMaxです!今、城下に陛下を探しに来てるんです。俺もうそろそろ殺されそうなんで、素直に投降してください!」
無表情を少し崩して、ひきつった顔のユークリッドが、サッと身を翻す。
「え、ちょっと待ってください!お願いだから!」
無駄に良い身体能力を駆使して、かなりの腕前と思われるクロの手をかわすユークリッド。
彼に逃げられる、とクロが悲愴な覚悟で考えたとき――――
ドゴンッ
―――と音がした。
「覚悟でも決めてください」
「……ブルータス(セレスティア)、お前もか!」
「いや、今はナナシですって」
「だってそっちの方が語感が良かったんだ」
「まあ、大人しく怒られてください。私だってリリアによく怒られているんですから」
「う………」
「ナナシさん!ありがとうございますっ!
あ、ヒースさんこっちです!」
「ああ、隠密殿よくやりました。
―――さて、陛下?公務を放り出して、こんなところで何をなさっているのですか?」
「今はユイだ」
「ユイだろうとなんだろうとあなたはあなたです。言い訳はまた後で聞きますので、まずは公務へ!
隠密殿、行きますよ」
「………………」
「はいはーい!」
「裏切り者め。次からナナシの酒と料理、分けてやらん」
「えーひどい!」
ロープでぐるぐるに巻かれたユークリッドを肩に担いで、騎士然と歩くヒースの後ろを着いて行くクロ。セレスティアはそんな二人に手を振った。
「ではまた。機会があれば」
今日はユークリッドの弱いところが見られたので、セレスティアは満足であった。
「陛下はクロより強いはずでしたけれど、どうしてこんなにこてんぱんなのですか?」
「あー実は陛下の冒険者仲間が陛下を捕獲してくれたんすよ」
「ああ、あの外套の方ですか。随分とお強いんですね。陛下、その方のお名前は?」
尋ねられたユークリッドは少し、気づかれないぐらいに黙ってから口を開く。
「セレ…――――ナナシ、という」
その後、SSクラスの冒険者のユイが、騎士に連行された!と流れた噂があった。すぐにユイが何でもないような顔で現れたので、デマだろうという意見で一致したらしいが。