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今日も今日とて平和なヴァリウス王国の王都の城下……ではなく、今日も今日とて不穏が渦巻き、茨の華が咲き乱れる後宮。
「ただいま〜」
「お帰りなさい、お嬢様」
「帰ったぞ」
茶髪の髪に翠の瞳の、侍女の制服を身に付けた女性がセレスティアと続いて入ってきた男性を出迎える。
ただしここは基本男子禁制の花園だ。誰だかは決まっている。
セレスティアと長い付き合いのあるリリアは奇声をあげた。
「へ、陛下っ!?」
「あ、おじょーさんちっと静かにね」
気配もなく現れたクロが、背後からリリアの口を塞いでモゴモゴさせる。
「もがっ!?」
「クロ、やめろ」
「はーい。おじょーさんごめんね」
「ぷはっ……。お嬢様!何なんですかこの男!それに陛下までいらっしゃって!」
「ああ…。それなんだけど、宴会していい?」
「私と陛下でレルト狩りに行ったんだ。レア食材だし」
「レルトって………レアはレアでも、レアどころか幻の食材じゃないですか…」
「以前に陛下が見かけたそうなんだけど、陛下は逃げられてしまったそうなんだ」
「まあ…陛下が?」
「うん。陛下だと跡形も残らずに燃やしちゃうんだよ」
「………細かい制御は苦手なんだ」
「あのー!セレスティア姫ぇこれめっちゃ捌きづらいんですけど!」
「うん。凍っているからね」
「さっさと捌け」
「ちょ、二人とも見てないで手伝ってくださいよー」
「約束でしょう」
「これは……?」
「これは陛下の隠密兼護衛のクロだよ」
「はいはーい!クロでーす!陛下に呼ばれれば、いつでもどこでも参上つかま」
「さっさと捌け」
「うわぁ陛下酷いです」
つまりあれである。捕まえた獲物を食べたいとクロが言ったので、交換条件として獲物を捌かせているのである。
「隠密…?見たところ随分とお若い方のようですが…」
「あーそれ私も思った!でも腕は確かみたいだよ。陛下が重用してるぐらいだし」
「確かにこいつは小さいしな」
「陛下!小さいって言わないでください!小さいって!」
「クッ…。いっちょ前に気にしているらしいんだ」
「クロ、早く捌いて。あなたが小さいのはわかったから」
「だから!」
隠密の意外な弱点は身長の話題のようだ。
結局クロが捌くのは遅かったので、セレスティアが捌いた。
「最初からセレスティア姫がやったらよかったじゃないですか!」
「それならあなたはこれ、食べられなかったけれど良いの?」
良い匂いの焼いた肉が、さらに盛り付けられて差し出される。
「旨いな」
最初はセレスティアが焼いていたのだが、ユークリッドの食べる早さに追い付かず、トングと皿を渡されて、セルフで焼くようにと言い渡していたため、ユークリッドは一人で楽しんでいる。
「肝も焼きますか?」
「おう、頼んだ」
「あ、リリア、お酒いくつか持ってきて」
「わかりました」
「辛口の酒にしてくれ」
「………酒にあうジャーキーも作ったら美味しそうですね」
「!食べさせてくれっ」
「じゃあこれじゃ足りないのでまた狩ってこないと。どうせ陛下が全部食べてしまうでしょ?」
「……善処、する」
「この前もそう言って私のスパゲッティ全部食べたから信用しません」
「う……」
「お酒、お持ちしました。こちらでよろしいでしょうか?」
「うん。大丈夫。じゃあリリアも食べて良いよ」
「私が?いえ、陛下の御前ですし、そのような………」
「気にするな。既にクロがあんなのだしな」
「ウッマー!!幸せっす!セレスティア姫あんがとございますっ!ごっ(食べ物を吸い込む音)」
陛下の前だと考えると、いっそう清々しいほどに大変粗野な所作である。
「…………(確かにあれなら何も怖くないね)」
セレスティアがつい思ってしまうほどである。
「じ、じゃあリリアも食べな。美味しいものは一緒に食べた方が美味しいし、ね?あ、陛下、お酒はいかが―――ってもう飲んでるんですか」
「やるな。旨い年代物ばかりだ」
「ってもう全部開けてるよ。新しいの出さないと。ほら、リリアも食べて」
「…お言葉に、甘えさせていただきます」
その日は興が乗ったため、朝方までどんちゃん騒ぎだった。防音結界が張ってあるため、音漏れの心配はない。
明け方にユークリッドとクロは帰っていき、リリアも大体の後片付けをおざなりに済ませる。疲れきったセレスティアはベッドに雪崩れ込んだ。
「…………頭痛い」
昼過ぎに目を覚ましたセレスティアは、二日酔いで頭を抱え、その日ばかりは深窓の令嬢という対外的な肩書きにふさわしい姿になったとか。
結局ユークリッドとクロとセレスティアでレルトの肉は残らず食べてしまったため、後日また狩りに行き、今度は焼き肉でなく、シチューや揚げ物薫製まで、多岐にわたって楽しんだらしい。
「陛下陛下〜、これどうします?売ります?」
レルトは皮から骨の髄まで金になる。セレスティアはきれいに解体されたそれらの前に立ってうんと唸った。
「レルトの毛皮は見映えもするし、式典用の衣装に使うか。お前もそうしたらどうだ?」
「……陛下、本当にそれでよろしいのですか?レルトの毛皮は敏捷性を向上させる効能がありますが」
「よし。ユイの服に加えよう」
「ちなみに牙は、魔法を付与できるそうです」
「それもだ」
「お二人ともそれ以上お強くなってどうするんですか……」
「…悪の大帝国でも作るか?」
「料理と酒が不味そうなんでやめてください」
毛皮やその他はユークリッドの私服や式典用の衣装、セレスティアのドレスや私服に使われ、残った牙はリリアに、毛皮はクロにプレゼントされた。
「……ありがとうございます(いつ使えと?)」
とはリリア。
「敏捷性向上!?要ります要ります!マジ感謝です!……でも、隠密っていやぁ黒なんですよ。ぎんぎらぎんの毛皮、どこにつけても目立ちますって……。
………え?要らないなら返せって?っ要ります要ります!大事に使いますから待ってくださいってー!!」
と、隠密としてのアイデンティティーの崩壊と戦っていたのはクロである。
有難うございました