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1-1 魔法学園の風景



 見上げると、星がこぼれそうな夜だった。

 ディエントは学園都市(アプリカ)からそう遠くない街だ。街道が交差するところにあるため、学園都市の玄関口として栄えていた。馬車の行き交いのため、通りには石畳がなめらかに敷きつめられ、通りに面した商館も高さを競って壁のようにそそり立っている。


 だが、今やそこは異形たちの巣窟と化している。住民はとうの昔に逃げ去ってしまった。

 街の荒廃はディエントに限った話ではない。もはやグレマナム王国の全域がガイヴァントの危険にさらされているのだ。




 王都消失からすでに半年──。

 その間、玉座をめぐる争乱はついに起こらなかった。

 人が人と争うどころではない。最悪の災厄が王国の外側から押し寄せていた。

 人ならず、獣でもなく、人を選択的に襲う怪物、それがガイヴァントである。


 異形である。すなわち、生物として近接する種をもたない。

 長い年月をへて生物が進化し、枝分かれしていく系統樹のどこにも属さず、その意味では神話の魔物に近いかもしれない。中にはどのように生命を維持しているのか謎としかいいようのないものや、はなから無機質な形状のものもいる。


 その存在の歴史は古い。人類は有史以来、もしくは人が文字をおぼえるそれ以前からガイヴァントの脅威にさらされてきた。

 人類の歴史もまた血塗られたものであり、その武装も進歩をつづけているが、ガイヴァントに対して優位にたてる兵器はいまだ出現していない。かろうじて必要な打撃力をもつのは火砲のたぐいであったが、動きがあまりに鈍重であった。


 そういった事情もあり、人類がガイヴァントに対抗するもっとも有効な手段は天綬(ギフト)であった。

 しかし、それを持つ者は数が限られている。他の兵種とちがい、必要になったからといって増やせるものでもない。また、ギフト持ちは貴族の血筋に多いため、それぞれの領地にちらばっており、自然、ガイヴァントへの対処は場当たり的なものにならざるをえない。人々はガイヴァントの害を自然災害のようにとらえて半ばあきらめるようになっていた。




 だが、あきらめない者もいた。

 それが当代の国王にして、グレマナム王国にかつてないほどの隆盛をもたらしたクイントゥス・ファブリティウス・ルシウスである。


 クイントゥス王は即位から偉大であったわけではない。むしろ政治基盤にとぼしく、それゆえに世継ぎの地位をあたえられたようなものであった。精神薄弱とみなされていたことも、彼を推挙した者たちを大いによろこばせた。

 彼の対人面におけるおびえようは、自分の身を守るための演技ではなかったようだ。特に、女性に対する奥手ぶりはあわれなほどであり、実子をもうけたのも王権の絶対を確立したのちのことである。


 だが、彼はこの国のために自分がなすべきことを心得ており、そのためであればどれほどむなしい作業であっても飽くことなく続けることができるという昆虫じみた粘りづよさを有していた。

 彼はごくさりげない形で王権への批判勢力と手をにぎりあっていったのである。

 その動きは芋虫がはいずるように遅く、蛾の羽ばたきのようにひそやかであったために、王宮の実権をにぎる者たちもついにそれを察知することはできなかった。


 自らに(くみ)する勢力をつくりあげるまでに、クイントゥス王は実にその半生をついやした。かけた年月とは逆に、挙兵から決着までは半月を要したのみである。




 王国の権力を一身にあつめることに成功したクイントゥス王がまずおこなったのは、ギフト持ちの集中運用である。貴族ごとにそれぞれの領地を守るのではなく、戦力は計画的に、集中的に投入され、ついにはガイヴァントを王国の領域外までしりぞけることに成功する。


 国内の安全を確保すると、次に手をつけたのは街道の整備である。川の渡しには橋をかけ、荷馬車を軍用から転じ、関所を廃し、それによって物流は王国のいたるところで旋回をはじめる。飢饉があれば穀物がはこびこまれ、開拓がはじまれば人があつまってくる。王国の繁栄は人と物が自由に行き来するところから出発した。


 しかし、それをクイントゥス王がどれだけ意図的におこなったのかは定かではない。

 王の前半生は王宮においてさながら世捨て人同然であったため、その当時の証言は実に少ない。幼くして死別した母親が自由に旅へ出かけたがっていたという事実もまた、世に知られることはなかったのである。

 即位から四十余年。玉座の少年はいまや老境にたっしている。




 だが、王都消失により状況は一変した。

 ガイヴァントの侵攻に対して、諸侯をはじめとする軍事的な勢力はほぼ無反応に近かった。

 王を失ったことで、王を頂点とした秩序は機能不全を起こしている。今や命令どころか情報すらとどかず、他の地域がどうなっているのかもわからない。


 不意に目も耳もふさがれると、動物は反射的に身を萎縮させる。国軍の将帥ですら積極的な軍事行動にでる者は少なく、まして諸侯は自分の領地さえ無事であればいいと首をすくめてガイヴァントの害がとおりすぎるのを待つばかりであった。


 こうして統一的な抵抗もないまま、ガイヴァントは潮のように国土を満たしていった。小さな町や村は、ガイヴァントに襲われるとひとたまりもなかった。最後の一人が尽きるまで、人骨の砕かれる音は続いた。

 だが、ガイヴァントの脅威をしりぞけることができた都市においても、深刻な事態が進んでいたのだ。


 飢えである。

 ガイヴァントにより街道が寸断されたため、物資が届かないのである。

 王国の繁栄を約束する通商が止まってしまった。もはや、都市それぞれが自活を強いられる都市国家の時代と変わらない。そのように古い時代の社会体制では、現在の人口を養うことは到底不可能だった。余った人数は餓死するしかない。もはや失われた命をいたむ余裕など誰にもなくなっていた。




 ディエントは放棄されてからまだ間がないため、建物はあまり荒れていない。

 通りに立つと、ただ住民が寝静まっているだけのようにも感じられる。


 ただし、街の中央に位置する広場だけはかすかなざわつきに包まれていた。

 広場、という単語だけではその規模を伝えるのに十分かどうか。単に住民の憩いの場というだけではなく、方々から集まる行商人のために用意された市場であり、いわばディエントの心臓でもある。


 広場から四方にのびる大通りは荷馬車が四台はすれ違えるほど堂々としたものであり、さらにその大通りさえも広場自体の規模にくらべるとまるで糸のように細く見えるほどであった。かつての隆盛がうかがえるというものだ。


 今夜の戦闘は、まさにその広場を舞台としておこなわれる予定であった。


「なにそれ、働いてましたアピール?」


 カルは広場に到着するなり嫌味のようなことを言われた。

 口をひん曲げているのはリナであった。王国一の猛将として知られたダマ大公の孫娘にして、魔法学園(チュエリス・サリス)においても1、2を争う攻撃力の持ち主と評判が高い。凛々しさにあふれた美貌でも知られているが、今は力強い眉をつりあげて不機嫌そうにしている。


 リナが言っているのは、カルが頭からどす黒い粘液をかぶっている点だ。粘液の正体はガイヴァントの体液である。カルの所属するチームが予定よりも遅れてしまったのは、途中でガイヴァントと予想外の交戦に及んでしまったためだ。

 カルは心底うんざりした顔でゆっくりとリナの方を向いた。


「リナか……働いてたんだよ、ほんとに」


 広場には人が多い。ただし、そのほとんどが広場の外周にそって動き、防塁を築く作業にいそしんでいる。

 そこにある人影のすべてが魔法学園の生徒であった。といっても、これは訓練ではない。ディエントの街並みからガイヴァントを掃討するための実戦なのである。


 王都消失により、あらゆる意味で王国の秩序は崩壊してしまった。国境において食い止められていたガイヴァントは国内に侵入し、国中が対ガイヴァントにおける最前線と化している。ガイヴァントへの有効な戦力となるギフト持ちはいたるところで不足していた。

 それは魔法学園においても例外ではない。授業は停止され、生徒までもが戦闘にかり出されることを余儀なくされている。


 とはいえ、それには問題も多い。生徒の大半が高貴の血をひく者であるため、魔法学園といえどもその命を粗末にあつかうことはできない。生徒を戦闘へおくりだすにあたり、学園当局の方針はあくまで生還を第一としたものであった。


 そのためにさまざまな取り決めがなされ、単独での戦闘を固く禁じるというのもそういったものの一つである。行動は基本的にチーム単位でおこなう。つねに多対一の戦闘を心がけ、無用な危険はおかさない。作戦地域についてはあらかじめ十分に調査し、標的となるガイヴァントの種類と習性を特定したうえで、迅速に目的を達し、予定通りの時刻に引き上げる。


 しかし、中には例外として扱われる生徒もいる。戦場において単独行動を特別に許された者たちだ。戦闘力、判断力、精神面、それらすべてにおいて抜群の成績をおさめ、大型のガイヴァントをたった一人で圧倒する者。

 それをソリストと呼ぶ。魔法学園といえど数えるほどしかいない存在だ。


 そのソリストの一人が、今夜の作戦にも参加していた。

 メッサリナ・ユリウス・ダマ。

 カルがリナと呼ぶ少女その人である。


 他の生徒が広場の外周にそって弧をえがくように布陣しているのに対し、リナだけは広場の中央にむかって突きでる形で防塁を築いている。ガイヴァントからの圧力をそこで一手にひきうけ、仲間の被害を最小限におさえるためだ。まさに、たった一人の防波堤である。


 リナのいる防塁だけはただ瓦礫をつみあげたものではなく、表面が熱で焼き固められている。ここから一歩もひかないというリナの意思表示、なのかと思いきや、ただの暇つぶしらしく、今も炎をおびた魔剣アッシュブリンガーでぺたぺたやっている。


 作戦は、街にはびこるガイヴァントを広場におびき寄せ、そこで一気に殲滅するというものだった。街ひとつまるまるの奪還である。作戦としての規模も大きい。


「それで、どうなってる?」


 カルがそうたずねた途端、遠くから罵るような怒鳴り声が聞こえてくる。カルたちとは無関係に騒ぎがおきているようだった。


「もめてるようだが」

「もめてるわね」


 リナは興味すらないようである。

 カルは改めて声のした方向を指さした。


「あれ、今回の作戦参謀さまだろ? いいのか、放っといて?」


 これから戦闘をひかえているというのに、どういう理由にせよ作戦の立案者が騒いでいてはみなの不安を増すばかりである。


「別にいいのよ、最初からあてにしてないし」


 口では突き放すようなことを言いながらも、炎の剣で瓦礫をぺたぺたする速度がはやまる。


「そういう身もふたもないことを……」

「だって本当のことでしょ。いくら理屈をひねくり回したところで結局は私たちが何とかするんだから」

「まあ、それはそうなんだろうけど」


 やる気と熱意が結果にむすびつくとはかぎらない、という点では生徒の中でも最年長の一人であるクアルトは実に典型的な例といえるだろう。


 クアルト・ファビウス・タキトス。土地持ちで知られる裕福な侯爵家の御曹司である。


 曰く、用兵術の暗記の天才。

 曰く、戦棋盤の常勝将軍。


 彼の二つ名にはどれも語る者の悪意がこめられている。

 作戦に参加している生徒たちにとって不幸なことに、それらはおおむね事実であった。

 クアルトの立てる戦術は、とにかくよけいな芸が多いことで知られる。芸術的に人員をうごかし、華麗に戦勝をかざろうとしすぎるのだ。


 今夜の作戦においてもそれがいえた。敵を一ヶ所に集めて殲滅するといえば聞こえはいいが、裏を返せばわざわざ敵に集結をゆるしているともいえる。

 うまく誘導できているあいだはいい。しかし、不測の事態ひとつで状況は一変する。浮き足だったところに横撃でもくらえば、勝敗は簡単に入れかわってしまう。えてして、予想しうる最悪の事態が起こりがちなのが戦闘というものなのだから。


 だが、あざやかな勝利を夢見る者ほど、成功した場合の利点ばかりに目をうばわれ、失敗した時の危険を軽く見積もりがちである。特に、クアルトのように自らは戦闘の経験がない用兵家にその傾向は強い。


「カルだったらどうする……?」


 なにげなさをよそおいながらも、リナはカルのことを試すように観察している。

 カルは気負うことなく思ったとおりを口にした。


「町の出口を固めてから、一番強い部隊で端から攻略していくかな」

「そうよね、そうよね!」


 リナの鼻息が荒くなる。

 現場を知る者はみなわかっている。戦闘において必要なのは奇抜な戦術などではない。真っ先に突撃し、敵の群れを難なく切り裂き、もっとも強い敵をつらぬく、槍の穂先のような存在である。


 例え時間がかかろうとも、華麗でなくとも、そういった連中──具体的にはカルやリナのような猛者をひたすら酷使することが全体の被害を減らす近道なのだ。つまるところ、リナは自分が暇をしていることが不満なのであった。

 リナはさらに付け加える。


「しょせん、小手先なのよ」


 有力な貴族の一族同士、知らぬ相手でもないはずだが、クアルトにたいするリナの態度はどこまでも冷たい。


 リナが実家育ちということもあるのだろう。王宮の社交界とは縁がない。それに、祖父である大公みずからの手で鍛えあげられたこともあり、リナの本質は貴族よりも戦闘者にある。

 戦闘においては、被害というごまかしようのない結果が出る。言い訳の入る余地のない厳しさがそこにはあった。武は合理的でなければならず、そうでない者は敗者の列に立たされる。大貴族の子弟であっても、駄目なものは駄目なのである。


「それじゃあ、そろそろ」


 カルとしてはなるべくさりげなさをよそおったつもりである。

 しかし、そんなやり方でリナの目を逃れられるはずもない。


「どこに行くのよ。あんたはここでしょ」

「いや、しかしだな……」


 全体の戦況をつぶさに観察し、適切な行動をとるのはソリストの責務であると同時に、ソリストだけに許された特権でもあった。


 リナと違い、カルは小隊(チーム)に属している。小隊とは生徒が戦闘に参加する場合の最小の単位であり、最低六人とさだめられている。小隊のリーダーはハウルマスター、その補佐にあたる者はマスターサイドと呼ばれる。必要に応じて増減される平メンバーの呼称はセグメントである。


 カルはそのどれでもない。ウォークライと呼ばれる、特殊な天綬を持つ者である。任務によっては小隊の中心的な存在にもなりうるが、身分としてはセグメントと変わらず、気ままに行動することは許されない。


 しかし、そういう決まりごとをリナは頭から無視して、もっとも激しい戦闘がおこなわれる場所にカルをつれだしたがるのである。それも彼女がカルの実力を高く買っているからであり、現場の必要にせまられてのことであるとカルにもわかっているのだが、一応の抵抗はこころみる。


「ほら、向こうでみんなも怒ってるし」


 カルが遠くの人垣を指さすと、カルの上役ともいうべきハウルマスターはすぐに首を引っ込めてしまった。それきりもう二度と出てこない。


「怒ってる人なんていないみたいだけど」


 そんなことを言いながらリナはまたアッシュブリンガーで防塁をぺたぺたしている。その行為は今やただのひまつぶしではなく、明らかに脅しであった。例え遠くからであっても、抜刀したリナに意見できる者などそうはいない。


 ソリストは全体の指揮官ではないが、その実力ゆえにある程度の横暴は見過ごされる傾向にある。軍のような編成をしつつも、本質的には教育機関というのもあるのだろう、魔法学園において命令や規則の拘束力はゆるい。


「ほほほ、どこにいるのかしらどこにいるのかしら」

「ぺたぺたすんな、ぺたぺた」


 結局、なし崩し的にリナと行動をともにすることになった。

 今回も、というべきだろう。そこには帰還後に学園当局から叱責を受けることも含まれている。


 もちろん、カルが、である。

 規則破りの主犯はあきらかにリナである。しかし、時代がどうころぶかわからないこのご時世だ。王国の北部において大軍を擁する大公の親族に処罰を与えるということは、それが正当なものであっても学園当局としては避けたいところなのである。一方で、他の生徒への示しもあってけじめはつけなければならない。そういった社会の力学から、すべての罪は何の立場も持たないカルに着せられ、カルの素行が悪いという結論がくだされるのである。


 カルもいい加減学習すればいいものだが、当人は学園当局からの不興などどこ吹く風で、リナがひきずれば何だかんだと文句をたれながらもリナの望むままにひきずり回されるのであった。


 世間での地位や評判に関心がうすいというのもある。だが、リナに一片の私心も見当たらないということがやはり大きい。彼女が白い頬に血をのぼらせ、何を今なすべきかをつきつけてくると、カルはどうにもあきらめがよくなってしまうのである。




 時は移り、石を積む作業も終わった。

 各所から聞こえていた話し声も絶え、戦闘を前にして息をのむようなしずけさが広場を満たしている。


 そんな中、ガイヴァントを広場におびきよせるおとり部隊が姿をあらわし始めた。敵を三方の通りから広場に集め、一気に叩くという作戦は順調に進んでいるようではあるものの、そこにはあきらかな異変もあった。


「北が遅れているな」


 カルや大半の生徒たちから見て右手の通りである。正面と左手にくらべて、そちらだけ生徒の戻りが悪い。

 何らかの間違いがあったのだろうか。


 そもそも、大勢の敵を釣るというのはそうたやすいことではない。

 集団というのは自然と前後にちらばるものであり、その最後尾の注意もひきつけようとすれば、敵の先頭との接触は避けられないのである。戦えば、その場で釘づけにされて本格的な戦闘にひきずりこまれかねない。そこで逃走心理がはたらけば総崩れである。戦いながらの退却というのはそれほどまでに難しい。


「予定通りに行かないなんていつものことでしょ」


 素っ気ないことを言いながら、リナこそ今にも救援に走りだしそうな顔をしている。

 こういう時、リナを気づかうのは基本的にカルの役目である。


「ちょっと様子を見てこようか?」


 リナが留守にすれば味方全体が動揺する。

 だが、カルなら身分は軽い。

 しかも、白銀(アージェント)と底なしの体力を持つカルはおとりには最適である。

 もし、クアルトが生徒それぞれの特質を十分に理解していたなら、カルひとりをもって通りのひとつを担当させていただろう。そうすれば他の生徒への負担もずいぶんと軽くなっていたはずである。


 カルの提案に対して、リナの答えは意外にも否であった。


「そうも言ってられないみたいよ」


 リナにうながされてカルは視線を転じる。正面と左手の通りで闇がざわついていた。

 人にしては数が多すぎる。いや、ガイヴァントにしても多い。視界の中にあるだけで百体はくだらないだろう。さらにここからでは見えない通りの奥までまだまだ続いているようだ。カルもリナもガイヴァントとの戦闘はずいぶんと重ねてきたが、これほどの数を一度に見ることはいまだかつてなかった。


「なんでこいつらこんなに集まってやがるんだ……?」


 事前の調査とは食い違っている。何か予想外の出来事が進行しているのではないか。

 ガイヴァントとの戦いにおいて、もっとも重要なものは情報だ。どういう性質を持ったものが、どこに、どれだけ分布しているのか。ガイヴァントの能力は、見た目からではわからない。知らない種類と、不慣れな場所では戦わないというのが、ガイヴァントとの戦闘における鉄則だ。


 すでに予定はくずれ始めている。

 しかし、まだ新たな指示はとどかない。

 このまま事態がすすめば混乱がひろがり、あとは個人の武勇に頼るほかなくなるだろう。


「ほら、北の部隊が戻るまでここで食い止めるのよ」


 リナはこともなげに言う。カルも別に異議をとなえない。

 予定どおりにいかないのはすでに慣れっこの二人である。戦いというのはそういうものだ。何もかも自分の思いどおりに運ぶと考える方がむしろどうかしている。王都消失から半年、二人はたびかさなる戦闘の中であらゆる役割をはたしてきた。すでに人の一生分は戦ったといえるだろう。さながら濃縮した人生をいきているようなものである。


 生徒が戦う状況になり、カルも自分の力を隠すことはしなくなった。これにはリナの存在が大きいだろう。カルの力を見いだし、カル自身の意思にかかわらず彼を過酷な戦闘に投げ込み、こき使うのである。


 カルにとって、さしあたっての問題は武器であった。学園から支給された剣は広場にたどりつくまでに根元からへし折れ、すでにうち捨ててしまった。

 カルは防塁に使われなかった瓦礫の中から鉄扉をひきずりだす。両替商の玄関をかざっていたものらしく、表面には富をつかさどる女神の姿がほぼ人間に近いサイズで浮き彫りにされている。


 驚くべきは、カルがそれを片手の握力のみで扱っている点だ。

 しかし、幾多の戦いをともに乗り越えてきたリナにとっては特に珍しい光景でもない。


「なんで扉なの。剣はどうしたのよ」

「いや、思いのほか固いやつがいて」


 ただの平隊員であるカルに支給される装備は、当然ながら標準装備のブロードソードだった。

 しかし、カルの方も文句をいえる立場ではない。学園当局から支給される装備は、授業と同じくすでに停止されている模擬戦(シャムバウト)の戦績が基準になっている。そこで手を抜いていたのだから当然の結果といえる。


 夜目にも浮きたつ白い輪郭がカルたちの方へ迫ってくる。

 大きい。幌馬車を二台並べたほどもあるだろうか。

 内側からはじけそうなほど盛りあがっているものはほぼすべてが筋肉であった。

 魔法学園においてハートレンダーと名付けられたガイヴァントである。


 その姿はちょうど人間の上半身を極端に誇張し、さらに前傾させたといった具合か。もっとも目につくのは(くわ)に似た形状をもつ爪である。ただ歩行するだけでそれが石畳を叩き割り、地面をほじくり返す。心臓をかきむしる者──ハートレンダーという名はそこから由来していた。あの爪に巻きこまれればただでは済まない。なまじ鋭さがないだけに、手足を叩きつぶされようものなら切断されるよりも悲惨なことになるだろう。


 顔面もまた大きい。そこだけでカルの胴体ほどもありそうだ。しかし、顔としての目や鼻といった造作はなく、ひきつれたような傷が無数に走るのみである。真横に裂けた口だけがまるで赤い傷のようだった。


 さながら肉食獣が獲物にとびかかるタイミングをはかるように、ハートレンダーはじりじりと近づいてくる。過剰なまでに盛りあがった上半身にくらべて下肢は小ぶりで、移動は不得手だが、近距離においてみせる瞬発力だけはあなどれないものがあると魔法学園の知識は教えている。


 動いた。

 突き飛ばされたような勢いで一体が突っ込んでくる。

 カルは防塁から飛びだし、ハートレンダーの顔面めがけて手にした鉄扉を力まかせに振り下ろした。


 ハートレンダーの頭部は完全につぶれ、突進する勢いのまま地面にめり込む。

 正面からガイヴァントを圧倒するだけの膂力(りょりょく)をもつ者は魔法学園にも少ない。まして、片腕である。なまじの剣であれば、むしろない方が強いのではないかとさえ思えるのだが、当人がかたくなに主張するところによると「素手で戦うなんてまるで野蛮人じゃないか」ということでカル本人はどうあっても武器を使って戦いたいらしい。鉄扉が武器かというのは多少意見がわかれるところではあるが。


「どこ触ってるのよ、やらしい」


 リナがマナを練る片手間に白い目を投げかけてくる。

 カルの手は女神像の豊かな胸を容赦なく鷲掴みにしていた。


「持ちやすい場所が限られるんだよ」


 そう言い返しつつも、カルは渋々持つ場所を変える。左の乳房から右の乳房へ。


「一緒でしょ!」


 のんきなことをやっている間にも、次のハートレンダーがその重く分厚い爪でカルの頭をつぶしにかかる。

 だが、それに倍する速さでカルはふところに飛びこんでいた。下から突き上げ、仰向けに倒す。


 その上へ馬乗りならぬ馬立ちになり、大きく裂けた口へカルは躊躇せず鉄扉を振り下ろした。黄色く濁った牙が砕けて飛び散る。二撃目で長く赤い舌が切断され、独立した生き物のように地面でのたうつ。


 カルは殺戮というよりも大工仕事のように鉄扉を振り下ろす。ハートレンダーは真っ赤な口腔をさらに深紅で染め、何度目かの殴打で動かなくなった。


「引いて!」


 突出してきたハートレンダーをカルが始末すると、今度はリナの出番だった。

 カルとリナは背中あわせで互いの位置を入れ替える。

 事前の打ち合わせなどない。いくつもの戦場をともに乗り越えた者たちだけがなしうる無言の連携だった。

 リナはすかさず腕をなぎ払い、練り上げたマナを解き放つ。


火翼扇(フレイヤード)!!」


 地をなめる炎が扇状に広がる。

 その先には、ゆらゆらと揺れる細い人影がいくつも群れていた。

 人影、というのは正確ではないかもしれない。人であればカルたちの倍以上の身長があることになる。姿は人体に似ているが、骨格のみである。肉は乾ききってわずかに骨をとりまいているだけだ。手足はひょろ長く、歩行する姿は暗い川底の水草のようでもあった。


 これもカルの知識にあるガイヴァントであった。

 ランプカーカス。またの名を、闇夜の巡回人。

 尖った爪の一本には小さな火がともっており、それをうつろな腹腔に入れると、がらんどうの胸部をとおって顔面に大きくひらいた穴から炎となって噴き出される。一体だけなら手強い相手でもないが、数が集まるとなかなか厄介だ。四方八方から飛んでくる炎の柱に悩まされることになる。基本的に、ガイヴァントは仲間のまきぞえを気にしない。


 リナの炎が地面をなめるようにしてランプカーカスの群れを焼く。

 しかし、骨と皮のような体躯には炎による攻撃は効き目がうすいようだ。


「それならもう一度!!」


 リナはさらに同じ魔法を重ねる。

 だが、炎があまり効果的ではないという状況に変わりはない。威力の大半は林立するランプカーカスの隙間を通りすぎてしまう。

 炎の魔法は一般に威力が高い反面、こまかな制御があまり効かない。巨大なガイヴァントや密集した敵にはきわめて効果的だが、散開した敵を倒すのにはあまり向いていないのだ。


「ああ、もう!! どうせ集まってくるならもっと固まればいいのに!!」


 リナは歯がゆさのあまりじたばたと地面を踏みしめている。敵に対して自分の都合のいいように並べというのも勝手な言い草だが、ランプカーカースが互いに一定の間隔をたもちながら寄せてくるというのも不思議な話ではあった。まるで、何者かに統率された軍隊のようでもある。


「だったら……!!」


 リナが両手を振り上げる。その動作に呼応して、敵を囲むように炎の壁がたちあがる。

 カルはぎょっとして防塁の内側にとびこみ、身を低くした。


炎精握握(アフリートニギニギ)!!」


 炎の壁は渦を巻き、巻くほどに網をしぼるように細くなる。

 内部でひしめく怪物どもは、さながら巨人の手で握りつぶされるようなものだった。

 圧力は逃げ場をうしない、炎の渦の上方へと噴き上げる。舞い上げられて落ちてくるものはどれも残骸であった。


 火の粉のきらめきがリナの周りをとりまき、その姿はさながら闇をうち払う女神のようであった。

 砂漠の血(デューン・カーマイン)と呼ばれて最高の敬意をささげられる血族の中でも、リナは老大公から格別の期待をかけられるほど才能にめぐまれていた。

 しかし、これはさすがにマナの無駄づかいである。


「いきなりとばしてるな」


 カルは防塁から首をのばしながら、リナへの制止をそういう言葉で表現した。


「準備運動よ」


 さすがにリナも熱くなりすぎたことを恥じて、肩をすくめてみせる。

 夜は長い。ここでガイヴァントをあらかた倒しても、その後には街全域における掃討作戦が待っている。序盤で消耗してしまうわけにはいかないのだ。


「北通り、最後ーっ!!」


 そう叫んだ生徒が仲間に支えられながら陣地の中へ倒れ込む。遅れていたおとりの部隊が最後のひとりまで帰還したのだ。


 それが攻撃準備の合図となった。北の通りからくるガイヴァントの群れが広場の中央付近まで達し、三筋からの流れが一ヶ所でかたまったところで、生徒たちによる一斉射撃が開始される。


 攻撃魔法を持たないカルはここでひと休み、といきたいところだがそうはいかない。むしろ、ここからがカルの出番であった。

 攻撃魔法が何十発と放たれれば、そのうちいくつかはとんでもないところに着弾するものである。まして、カルたちのいる場所は敵のもっとも間近なのだ。


 カルは自分たちめがけて飛んでくる流れ弾にむかって手をかざす。その手にはすでに白銀の光が宿っていた。魔力を消し去る力、それがカルの持つ特別な力である。カルがそうやって背後を守ることにより、リナも前方への攻撃に集中することができるのである。

 カルが崩れればリナも存分に力をふるうことはできず、それは全体の混乱にもつながりかねない。見方によってはカルという一点によって全部隊が支えられていると言えなくもないのだが、どうも印象が地味なのはリナの活躍があまりに華々しいからだろう。


 総攻撃が幾度となく繰り返され、ガイヴァントは老木のように次々とうち倒されていく。

 広場もずいぶんと見通しがよくなるが、これで終わりというわけではなかった。まだ第一波をしりぞけただけである。三方の通りからはなおもひしめくようにしてガイヴァントの大群がつめかけていた。

 仲間が吹き飛ばされ、ちぎれ飛んでいくのを目の当たりにしても、ガイヴァントに怯える様子はいささかも見られない。まるで鬱蒼とした森が移動するかのように、ただ黙々と押し寄せてくる。


 ガイヴァントは死を怖れない。ただひたすら人の命を刈りとるためだけに襲ってくる。

 それは肉食動物が獲物をねらう真剣さともどこか違っており、むしろ粉ひき小屋の水車がやすむことなく回り続けて小麦を粉にひきつぶしていく無味乾燥なさまに似ている。

 もしかすると、ガイヴァントというこの生存本能がこわれた存在は、生物という定義には当てはまらないのかもしれず、それについては魔法学園においてもいまだ結論がでていない。




 事故というのは油断のないところでも発生することがある。事態が人の想像力をこえた場合だ。

 押し寄せるガイヴァントの波が何度目かのピークをむかえ、誰もが自分の前方のことで手一杯になっているまさにその時であった。


射石砲(ボンバード)───っっ!!!!」


 悲鳴のような叫び声だった。

 それは戦場ではもっとも聞きたくないたぐいの言葉である。

 敵からの砲撃を意味する警告だ。


 軍隊同士の戦いでも、ガイヴァントとの戦闘であっても、砲撃ほどおそろしいものはない。

 例えどこに隠れていようとも、次の瞬間には何の予感もなく吹き飛ばされているかもしれないのだ。砲撃とは砲弾の炸裂による被害よりも、そういった恐怖からくる混乱の方が効果としては甚大だとも言われる。


 しかも、警告は生徒たちの背後から聞こえてきたのである。そちらの通りは万が一の退路として別働隊が安全を確保しているはずであった。

 しかし、広場になだれをうって逃げてくるのはまさにその任にある者たちだ。もはや部隊としての秩序はかけらも残っていない。


 広場に布陣する生徒たちも浮き足だつ。

 中でも悲惨なのは、退路の通りにちょうど背中を向けている者たちであった。前方には防塁と敵、後方からは砲撃と、もはや身を隠す術もない。


 混乱がパニックへと変わるよりも早く、白熱した光弾がうなりをあげてむかってくる。

 速い。

 通りから逃げてくる者たちは通過する風圧だけでなぎ倒される。


 その瞬間、カルはそれまでとは別の生き物になっていた。

 そうとしか言いようのない速度で防塁と生徒たちをとびこえ、せまりくる光弾との間に割って入る。


 カルの白銀と光弾が正面から衝突する。

 見る者の視力を切り裂くようなまぶしさがあたりを照らした。露のように光の粒が飛散し、周囲の石畳を焼く。

 だが、衝撃はそれで終わりだった。

 砲撃タイプともなれば並のガイヴァントとは桁外れの攻撃力を持つが、白銀はそれすらも消し去ってしまったのだ。


「あれ?」

「不発……?」


 一瞬の出来事であった。

 そこにいる生徒たちは何が起きたのかわからず、地面に這いつくばったままおそるおそる顔を上げる。自分たちの人数がひとつ増えていることにもまだ気づいていない。


 混乱はどこか間の抜けた形で宙に浮いている。だが、まだ一撃目をしのいだにすぎない。前後から挟まれているという状況に変わりはないのだ。


 砲撃への対抗策は二つしかない。

 一つは、こちらも砲撃で応じることである。一般に魔法の射程距離は大砲や砲撃型のガイヴァントよりもずっと短いが、リナほどの実力であれば届くかもしれない。ただ、明かりひとつない通りの向こうにいる相手に当てるのは困難であった。

 もう一つは、一刻も早く接近戦にもちこむことである。

 しかし、そこにも問題があった。カルは通りにむけて目をほそめる。


「他にもわんさかいやがるな……」


 通りにはハートレンダーやランプカーカスといった連中が続々と押し寄せてきている。数も密度も他の通りとそう変わらない。次の砲撃までにそれを突破するのは不可能であるように思われた。


 このままカルが光弾を受け続けて時間をかせぐというのは論外だった。いくらカルの白銀が食い止めるといっても、背後から砲撃を受けて平然としていられるのはこの場ではリナくらいのものだ。


 それは度胸や信頼の問題というより、どれだけカルに甘えきっているかということなのだろう。カルへの口やかましさにしても、そうした甘ったれの裏返しと見ることも無理な話ではなさそうだ。もしかすると、祖父からたっぷりの愛情をもって鍛えられたことが、カルに力のかぎり寄りかかるというある種の殺気をおびた懐き方につながっているのかもしれない。

 獅子や虎の愛情にも似ている。それを受けとめるには並はずれた頑丈さが必要である。


「カル!!」


 リナがカルの名を叫ぶ。

 こういう無理な状況には今まで何度も遭遇してきた。そのたび、無理をへこませて押し通ってきた二人なのである。もはや名を呼ぶだけで伝わる、それをリナは信じきっていた。


「みんなそこから退()きなさいっ!!!!」


 今度は通りの方に顔を転じ、リナはさらに大きな声を張り上げた。

 防御線を築こうと動きだしていた生徒たちが、ぎくりと足をとめる。爆破予告のようなものだ。敵味方、のべつまくなしの炎がやって来る。生徒たちは我先にと左右に散っていく。


 通りから人が消えると、リナは炎を放った。


烈火道(ブレイザード)!!」


 炎の道がガイヴァントの群れを串刺しにするかのように、一直線に進んでいく。

 しかし、それも砲撃型のガイヴァント──モルタルヘッドの手前までが限界だった。やはり距離が離れすぎていたのだ。


 攻守が交代する。ガラス質の光沢をもつ砲身の中で、白熱した光が膨らんでいく。

 だが、それが発射されることはついになかった。

 いや、発射はされた。しかし、砲身の中から出ることはかなわなかった。


 そこへ()()()()あらわれたカルが、白銀で砲口にふたをしたのだ。音と振動だけがむなしく響き渡り、無人の街並みを震わせる。いくつかの窓ガラスが音を合わせて割れた。


 カルの出現はあまりにも唐突だった。同時に不可解でもある。通りはハートレンダーやランプカーカスでふさがれている。そこを一息で突破するのはカルにも困難であるし、事実そうした形跡もない。


 いや、道があった。ひとすじの通路がそれらの障害物を突っきってモルタルヘッドの前まで一直線に伸びている。

 リナの放った炎の道である。カルはその中を白銀でくり抜き、走り抜けたのだ。リナの炎はモルタルヘッドを直接倒すためのものではなく、敵の群れを貫いてカルをその場に送り届けるための直通路であったのだ。


 カルの武器は相変わらず鉄扉であった。カルよりもはるかに巨大なモルタルヘッドめがけて、渾身の力で振り下ろす。金属的な音をたてて砲身がへこむ。同じだけ鉄扉もひしゃげた。カルはかまわずくりかえし殴打する。鉄扉の角が折れれば、持ちかえてまた別の角で。一撃。二撃。技も何もない、ただ力まかせに分厚い鉄扉を叩きつける。


 砲身を胴体だとかんがえれば、それを支える手足ともいうべき部分がモルタルヘッドにはそなわっている。昆虫のように節くれ立ったそれが振り上げられ、カルの体を横なぎに殴り飛ばす。


 カルの体はおもちゃのようにはじき飛ばされた。石積みの壁に叩きつけられる。しかし、カルはまるで跳ね返るようにして再びモルタルヘッドに飛びかかった。殴られた衝撃を意に介さず、鉄扉を手放すこともなく。


 かばうように交差されるモルタルヘッドの腕の上から、執拗に殴りつける。モルタルヘッドの腕は関節ではないところで折れ曲がり、もはや用をなさなくなる。だが、カルはなおも殴り続けた。もはや戦闘ではなく壊す作業である。鉄扉はひと打ちごとに曲がり、その分、モルタルヘッドの砲身も無惨に陥没していく。


 やがて、鉄扉の角がすっかりとれた頃、モルタルヘッドは完全に沈黙していた。ガイヴァントが生物なのかどうかは定かではないが、活動を停止したことには間違いなかった。


 カルもようやく殴るのをやめた。すっかり球体となった鉄扉がカルの手からはなれ、地面で重い音を立てる。

 大型のガイヴァントを相手にすさまじいまでの撲殺だったが、カルにはまだ余裕がありそうだった。必要があれば夜明けまででも殴り続けることができそうである。


 尽きることのない体力と精神力。鉄さえも退ける頑丈さ。

 加えて、魔力を消し去る白銀の力。

 それがカルの強みであった。

 攻撃魔法は皆無である。

 だが、死なないことにかけて右に出る者はいない。


「やれやれ……あれ?」


 一息ついたところで、カルは自分の置かれた状況に気がついた。

 通りにはモルタルヘッドの他にもガイヴァントたちがいる。しかも、カルの方へと迫ってきていた。


 カルのまわりに味方はいない。リナも仲間も広場にいる。ガイヴァントの群れをこえた向こう側だ。

 炎の道はすでに消えている。帰り道はなくなっていた。

 これでは一方通行である。カルは今さらそのことに気づかされる。


 突進してくるそぶりを見せるハートレンダーは、一体や二体ではない。その後方には、味方の存在もかまわず炎の束を吐きかけるランプカーカスがひしめいていた。


「お、ちょっと、待て」


 待つはずがなかった。





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