夜の街
いつもと何も変わらないクリスマスの日のことだった。
僕たち三人--岡山歩叶、神崎広樹、そして僕、菊池義久--は、イルミネーションに彩られた街を、歩いていた。クリスマスだからか、おそらくそうなのだろう、街中にはカップルの姿が目立つ。腕を組んで歩くカップル、指を絡めて手をつないでいるカップルなどが、目につく。
「羨ましい」と、歩叶が呟く。羨ましいというのは、この仲のよさそうなカップルたちのことだろう。歩叶は三人の中で一番、彼女をほしがっている。彼女がほしいと学校でも公言しているのだが、言い寄ってくる女の子はいないようだ。
「本当に、カップルだらけだな」苦笑しながらそう言ったのは、広樹。広樹は歩叶とは違い、彼女がほしいという願望はないらしい。むしろ、女の子は苦手なようだ。広樹はそれなりにモテるのだけれど、一向に彼女を作る気配はない。それを見て歩叶はいつも「もったいねえなあ」と言うのだ。
「クリスマスだからねえ」
僕は広樹の言葉に返事をする。なぜクリスマスになるとカップルが目立つのだろうか。それともクリスマスということで、僕たちが敏感になってしまっているだけだろうか。
クリスマスに彼女と街を歩くのは、一番リア充っぽいと歩叶は言う。リア充……彼女がいることだけがそうだとは限らないと僕は思うけれど、たぶん彼女がいると楽しいのだろう。僕はできたことがないから、わからないけれど。なんにせよ、僕は三人で過ごすクリスマスが、嫌いではない。むしろ好きだ。
三人でクリスマスを過ごすのは、何度目だろうか……記憶を蘇らせる。僕たちは、いわゆる幼なじみという関係だ。三人とも家が近所で、母さん同士の仲がよくて、保育園も一緒だった。
よく家に遊びに行ったりもしていたし、年少になった頃から三家族でクリスマスパーティーを開くようになった。中学に入学した年からは、家族でのクリスマスパーティーではなく、三人だけでささやかなパーティーを開いている。年少の頃から僕たちは毎年、クリスマスを共に過ごしている。
四歳、五歳、六歳、七歳、八歳、九歳、十歳、十一歳、十二歳、十三歳、十四歳、十五歳、そして今年、十六歳。合わせて、十三年。僕たちは、十三年間も一緒にクリスマスを過ごしているのか。
思わずふふっ、と笑ってしまった。歩叶と広樹が、不思議そうに僕を見る。「どうしたんだ、義久」と広樹に訊かれ、僕は曖昧に微笑む。
「どうした、変なやつだなあ、義久は」
「変なやつって、ひどいよ。ちょっと考えごとしてたのに」
「考えごと? 義久、考えごとでもあるのか?」
「あ、うーん……考えごとっていうか……僕たちって、もう十三年間も一緒にクリスマス過ごしてるんだなあって……」
僕の言葉に、歩叶が「十三年間!?」と驚く。広樹も、少し驚いたような顔をする。「もうそんなになるのか? 時間が流れるっていうのは、早いなあ」歩叶が、しみじみとそんなことを呟く。
「来年、俺に彼女ができて、クリスマスに抜けたら、ごめんな」なんて軽口を言う歩叶に、「それはないと思うよ」と笑いながら返すと、歩叶はむきになって、「絶対彼女作ってやるからな!」と言っている。広樹も静かに笑っている。
「僕は、三人で過ごすクリスマス、好きだけどなあ」
僕がそう言うと、歩叶がにひっと笑って、「義久がそう言うなら、来年も付きあってやるか」なんて言った。
男子ばかりのクリスマス会なんて、なんの華もない男子会。ケーキを買って、三人のうちの誰かの家--今年は、僕の家だ--でそのケーキを食べて、他愛のない話や愚痴などを零す。
その愚痴も、主には歩叶がリア充な男子についての愚痴を言っているだけで、僕と広樹はもっぱら聞く専門だ。
そしてケーキを食べ終わったら、テレビゲームをする。毎年恒例の、マリオカート大会。負けたら次の日、三人分のジュースを買ってこなければならない、そんなルールもある。
ちなみにこの大会は三人でクリスマスパーティーを開くようになった年からやっている。
歩叶は基本的にゲームがうまく、広樹も意外とうまい。必然的に、僕が負けてしまう。三戦三敗、それが僕のマリオカート大会の戦績だ。今年も負けてジュース奢りかあ……と、考える。
「うわ、ここにまでカップルが……」
歩叶の目線を追うと、それはケーキ屋の中にいるカップルに注がれていた。「クリスマスだからな」広樹が、さっきの僕の言葉と同じことを返す。それに対し、「クリスマス反対!」と歩叶が言う。
「嫉妬は醜いよ、歩叶」僕が笑いながら言うと、うるさい! と歩叶は拗ねたように言う。どうも、街中で中睦まじげにしているカップルが気に入らないようだ。
「くそう……見てろよ、来年には俺の隣に可愛い彼女がいるんだからな……!」
誰かに言ったのか、それとも独り言か、歩叶がそんな風に言う。歩叶の彼女を交えてのクリスマスパーティーというのも、楽しそうではある。が、それは一体いつになるのやら……口には出さないが、そう思う。
広樹も同じように思っているのか、苦笑している。僕は歩叶の彼女になる人よりも、広樹の彼女になる人の方が、興味がある。広樹の心を射抜く女の子は、どんな子なのだろうか……。
そのまま三人で、店に入る。「いらっしゃいませ」と、感じのいい店員さんの声が聞こえる。クリスマスだからか、サンタ帽をかぶっている。
「どれにするかなあ」歩叶がショーケース内のケーキを物色しながら、呟く。広樹も黙って、ケーキを見ている。
「んー……僕はこれにしようかな」
そう言いながら、僕はレアチーズケーキを指さす。「ああ」と広樹が声を出す。「義久、それ好きだよな」広樹がそう言う。僕は甘ったるいものがあまり好きではない。チーズケーキとかの方が、好きだったりする。
逆に広樹は、甘いものが好きだ。歩叶は、「見た目では、反対っぽいのにな」と、よく言う。確かに、そうかもしれない。
「それじゃあ、俺はこれで」広樹が指さしたのは、チョコケーキ。いかにも甘そうなものだ。チョコケーキの上に、小さな板チョコのようなものがのっている。スポンジの間には、生クリームがはさんであるようだ。
「わ、甘そー……」思わず、呟く。「広樹は、顔に似合わず甘いものが好きだな」歩叶の言葉に、広樹が顔をしかめる。「顔は関係ないだろ」と言う。
「そう言う歩叶は、決まったの?」
「そうだなあ……迷うなあ……でも、これがクリスマスっぽいしな……これにしよう」
独りごちながら、歩叶も決まったようで、会計を済ませる。「早く帰って、パーティー始めようぜ」歩叶が、待ちきれないとでも言うように、僕たちを急かす。
僕と広樹は、顔を見合わせて笑う。「もう、歩叶はせっかちだなあ」と文句を言いながら、足を早める。
ケーキを片手に、僕の家方面へ歩く。「今年もマリカ大会、楽しみだな」と、歩叶が笑いながら僕を見て言う。「そういうこと言ってて、歩叶が負けても知らないからね」と言い返すと、それはないだろー、と言われてしまった。
「その言葉、覚えておいてよ」と、歩叶をぴっ、と指さす。「まあ、歩叶でも義久でもいいけど、とりあえずごちそうさま」と、広樹が言う。「うっわ、広樹余裕かよ。お前こそ、そろそろ負けんじゃねえか?」歩叶の言葉に、広樹は少しだけ笑う。
「広樹って、意外とゲーム好きだよね。甘いもの好きだったり……もしかして、ギャップを狙ってるの?」
僕は冗談めかして、そんなことを言う。「ギャップって……狙ってるわけないだろ」広樹は苦笑しながら言う。
「そんなことでギャップを感じて落ちる女子は、駄目だ!」と、歩叶が言う。「嫉妬ー」と笑うと、「嫉妬なわけないだろ」とむきになる。「なんでもいいから、俺をはさんでやり合うな」と、広樹にたしなめられ、僕たちの言い合いはそこで中断された。
今さらだけど、どうしてキリスト様の誕生日で、みんなは盛り上がっているのだろうか。僕たちも盛り上がっている一人なのだけれど、なんだか不思議に思える。みんな、キリスト様好きだなあ……なんて、そういうわけじゃないだろうけど。
ふと横を見ると、大きなツリーのイルミネーションが飾られてあった。
「綺麗だねえ」
僕が言うと、歩叶が「本当だな」と同意する。そのあと、「まあ、これで隣に彼女がいたら、さらにいいんだけどな」とつけ足した。僕と広樹は笑って、「また言ってる」なんて言う。
「男三人でイルミネーション綺麗だとか言ってもなあ……」という歩叶の呟きは、確かにもっともではある。クラスメイトも、彼女と過ごすという男子も多かった。
彼女と過ごすという男子に対して歩叶は、「裏切り者!」と、泣き真似をしながら言うのだ。ただしそれを言うと、「じゃあ、お前も彼女作れって」と言われ、「作れたら苦労しねーよ!」と歩叶はいじけてしまう。
「そういえば」と歩叶が切り出す。
「広樹、デートに誘われたらしいな」
「えっ、何それ。本当?」
歩叶の言葉に、広樹は顔をしかめる。「……なんで知ってるんだ」という広樹の言葉は、その噂を肯定したことになる。「えー」と思わず声を出す。
歩叶は「うちのクラスの女子の、噂話」と言い、「本当だったのかよー!」と嘆く。「それって、どんな子? 告白されたわけじゃないの?」と、僕は訊く。興味がある。
「告白されたわけじゃないけど……休みの日、どこかへ行かないか、って」
「なんで断ったの?」
「……あんまり知らないやつだったし、正直、苦手なタイプだった」
ああ、と頷く。広樹の苦手なタイプというと、少し派手めな子だったのだろう。昔から、広樹は派手な女の子が、とくに苦手だ。タイプはどんな子? と以前に訊いたことがあるけど、そのときは曖昧に誤魔化され、教えてもらえなかった。
広樹が女の子に人気があるのはわかっている。しかしこうやって直接聞くと、変な気分だ。
「もう、この話はいいだろ。断ったんだし」
「広樹、モテてるなー」
「茶化すな」