表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

小説の湧き出る小川

ロボット

作者: レモン

導入


 ある小さな家のせまい地下に、小柄の怯えている女の子が住んでいた。地下のドアは中からは開けられない作りになっていた。

 彼女は太陽がどれだけ明るいか、夜の星がどれほど美しいか、全く知らなかった。あまりに長くこのひどい地下に住んでいたため、過去を思い出すことはできなかった。愛してくれる親の子供であった記憶はない。公園で友達になった子たちの名前なんて一人も思い出せない。毎日自分の前でピアノを弾いてくれた男の子の名前も思い出せない。自分の名前すら忘れてきた。

 両手に強く握ったくまのぬいぐるみに視線を向けた。このくまのぬいぐるみは彼女の唯一の友達。彼女はこのくまのぬいぐるみの黒い目を見つめた。その目はとても生きているように見える。『あなたの名前はミスター・テディ。私の名前は…』

 「エリーサ!」

 彼女はその声に驚き飛び上がった。ミスター・テディを配水管の後ろに投げて、影に隠れるようにした。そして天使のような笑顔で振り向いて、「こんにちは、お父さん。」と自分が出せる一番可愛らしい声で言った。

 「座りなさい」と父は怒鳴った。

 特に恐れることはなかった。これは彼女にとって普通のことであった。彼女はただ従順に座った。

 そうしたら、彼女の父はどんな父でも見せるような笑顔を見せた。これには、彼女も震えを抑えるのが大変だった。

 「今日は学校どうだった?」と父は優しい声で聞いた。

 「素晴らしかったです。」彼女は先ほどと同じ可愛らしい、慎重に選んだ口調で話した。「マンディとお昼ごはんを食べました。外で食べました。絵を描きました。」

 「どんな絵?」

 「山の絵を描きました。」

 「それは良かったね。」

 普通の父と娘の会話で、誰も二人を変だと思わないだろう。しかし、怖いところは…この会話の内容は事実ではなかった。マンディという女の子はいないし、そもそもエリーサは学校にも行っていない。

 この女の子、エリーサ・ローレンズは、精神的に病んだ父の娘であった。会社をクビにされて病み始めた。家族が貧しくなり、日常生活の支出も払えなくなってくるにつれ悪化した。エリーサの母が家を出た時、エリーサの父は狂った。彼は…精神病にかかってしまった。

 彼は彼女を地下に投げ込み、脱出しないよう鍵をかけた。生かすために食べ物を持ってくるが、彼女が自分で自分の食事をとりに行くことは許さなかった。外に行くことも許されなかった。彼の許可なく話すことすら許されなかった。しかも彼女は好きな話題を選べなかった。彼は彼女に学校のこと、ピアノの稽古のこと、時折キャンプのことについて話させた。すべて嘘であった。

 彼の不幸な過去に対する怒りやストレスは時々爆発した。本当にエリーサを虐待することはなくても、彼女にとってはかなりの恐怖であった。

 一時間後、彼はようやくドアに向かって歩いた。彼が振り向いた時、エリーサはすぐに「お父さん、愛しています。一生愛しています。」と言った。

 彼女の父は受容的な笑顔で「私もお前を愛している。おやすみ。」と言った。

 彼女の父がドアを閉めて鍵をかけた後もエリーサは石のように固まっていた。彼女の父が去った後急に戻ってくる可能性もあったからである。

 一時間過ぎて、彼女はようやく筋肉を緩めた。配水管に這っていき、ミスター・テディを抱いた。このくまのぬいぐるみの温かさが彼女の冷たい体を満足でいっぱいにさせた。ミスター・テディは彼女の気分を良くさせる方法を良く知っている。

 エリーサはミスター・テディがただの糸と綿でできたものと考えないようにしたかった。あたかも彼が感情や感覚のある生き物であると考えようとした。

 ミスター・テディが生きていなかったら、彼女は何も持っていないことになる。彼女はただの孤独な女の子で、父を満足させるとともに父に対し恐怖を感じながら生きているだけになる。それは「生きる」と呼べるのか?「生きている」と呼べるのか?

 もしかしたら彼女より悪い状況に置かれている人もいるかもしれない。そこまでお腹が空いていたり、過労で疲れていたりしないことに感謝するべきなのか。

 それとも、彼女は周りの人が人間関係を楽しんでいる中くまのぬいぐるみしかいないことについて、自分のことを可哀そうだと思うべきか。本物の人間関係をみんなは楽しんでいるのに…。

 そのことを思うと心が痛くなった。彼女は長いこと、何事においても痛みを感じないように努力してきた。ミスター・テディと一緒なら大丈夫と信じようとしてきた。一人ぼっちではないと思うようにしてきた。

 しかし、この人生は人間にとって無理なものであった。人間は弱くもろいものである。彼女は身体的にはこのままでも大丈夫であっても、精神的には無理であった。

 なぜ私は死ねないの?

 一粒のどうしようもない涙が彼女の頬をつたい、くまのぬいぐるみの上に落ちた。彼女は目を見開いた。この牢屋に閉じ込められてから初めての涙であった。彼女はそれをぬぐい去ったが、さらに涙がでてきた。

 すると突然、くまのぬいぐるみの目は光った。

 彼女の手からゆっくりと離れていった。なぜか彼女はそのくまのぬいぐるみをつかもうとせず、代わりに呆然として眺めていた。

 くまのぬいぐるみは上に動き、ある地点で止まった。空中に浮いた状態となった。

 目の色は真っ黒から明るく光る青色に変わった。その青い目は茶色い毛と溶け合い、くまのぬいぐるみを賢く強そうに見せた。笑顔は子供っぽくなくなった。深く、深刻で優しかった。

 エリーサはこの変化をそこまで怖がらなかった。ただ、驚いて、むしろショックを受けていた。しかし、彼女はミスター・テディを信用していた。きっと何か理由があってこうしているのだろう。もしかしたら彼女を助けようとしているのかもしれない。

 「エリーサ、私はあなたのことを見捨てない。」ミスター・テディは突然驚くほど深い声で話し始めた。「私は最後まであなたと一緒にいます。永遠の最後まで。」

 エリーサは落ち着いて聞いた。「あなたに何が起きたの?なぜしゃべっているの?」

 ミスター・テディはエリーサのことを少し見つめた。エリーサは見つめ返し、返事を待った。

 ようやく、ミスター・テディは話し始めた。「神様は私にあなたの願い事を一つだけ叶えられるようにしてくれた。あなたは何を願ってもいい。私はそれを叶えます。」

 エリーサの口は大きく開いた。何か願い事ができるですって?

 「それは何かをほしいと願うことですか、それとも何かが起きることを願うことですか?」

 「何でもいいです、エリーサ。」とミスター・テディは繰り返した。「何でもいい。太陽が上がってくるまでに決めてください。」

 初め、エリーサは、普通の子供と同じように、欲しい物をまず考えた。本は素敵かもしれない。ミスター・テディはいくつまでと言っていなかったので、百冊ぐらい本をもらおうかな。それとも大きなクリスマス・ツリーにしようかな。その大きなクリスマス・ツリーは電球と飾りで光っていて、一番上には大きな星が飾ってある。小さなクリスマス・ツリーで囲んでみたらどうだろう。きっと美しい。さらに、飴やCD、テレビ、パソコン、よりかわいい服など…たとえ教科書であっても素晴らしい。

 もう少し考えていくと、彼女は次第に人間の仲間がほしいと思い始めた。友達か、兄弟ならさらに素晴らしい。それは本当にいい考えだ!一日中話すことができる。それに父と一人で向き合う必要もなくなるし…

 その時、彼女の顔から血の気がひいた。『私の父…』

 もしクリスマス・ツリーが地下の真ん中にあったら、彼女の父はどう思うだろう。それかさらに恐ろしいことに、違う人が地下にいるのを見られたらどうなるだろう。

 その時、彼女は最悪のことを考えた:父をなくすことを願うこともできるかもしれない。父をなくし、さらにほしい物や人を手に入れることだってできるかもしれない。

 それか彼女が世界を離れるのでもいい。自分が死ぬことを願えばいい。

 エリーサは震えた。それが答えか。それが彼女の願いか?


 自分の人生がこれにかかっていると思い、真剣に考えているうちに空が明るくなり始めた。

 先ほど話してから全く動いていなかったミスター・テディが突然話し始めた。「願い事は決まりましたか?」

 エリーサは大きく息を吸い、目を閉じた。そして答えた。「私を…ロボットにしてください。」

 ミスター・テディの光る青い目はより丸く大きくなった。「本当にそれでいいの?」

 「はい。」エリーサは自信をもって言った。

 すると彼女は何かが自分の中で変わっているのを感じた。彼女は自分の手で自分の顔を触った。金属のように硬かった。きっと本当に金属になっていたのだろう。何だか気持ち悪くなった。もしかしたら人間とロボットの間の何かになっていたのかもしれない。体はロボットだが、まだ気持ちや感覚はある。そして、次の瞬間、その気持ち悪さも消えた。驚きもしなかった。彼女はもう何も感じなかった。それは彼女が完全にロボットになったからである。


第一章

私はどこ?


 エリーサは金属の手で、鍵のかけられた白い滑らかなドアに触れた。そしてあまり考えずに、強く殴りかかったところ、手はそのままドアを突き抜けた。ドアに穴ができた。手を穴から取り出し、穴から外を覗いた。階段が…どこかへ続いていた。彼女はそれを知る必要がある。それなので、今度は足を後ろに引き、全力でドアを蹴った。

 今度は、ドアは下のちょうづかいで壊れ、鍵の部分も外れかかった。もう一度蹴ると、鍵は壊れ、ドアは開いた。

 エリーサは足を交互に上げながら、階段を上っていった。足は機械的に同じリズムで動いた。階段の上にはもう一つドアがあり、もちろん鍵がかかっていた。

 今度は、鍵のかかっているところを最大限の力で殴った。どうにかして、外に出なければ。それが、今の彼女のたった一つの目標であり、コンピューターの脳から来る唯一の命令であった。

 ドアは開いたが、それと同時に上から足音が聞こえてきた。急がねば!

 彼女はうす暗く長い廊下に立っていた。廊下の奥には出口がある!彼女の目は光った。彼女はドアまでの距離とそれを開けるためのスピードを計算した。そして走り出した。タッ…タッ…タッ、タッ、タッタッタッタッ…彼女の走る速度は加速していた。

 ドンッ!ガタッ!

 「おい!誰だ、そこにいるのは!」父が廊下の真ん中から叫んだ。

 エリーサは止まらなかった。彼女は木々を通り過ぎ、塀の近くまできた。彼女は高く飛び上がったが、手が届かなかった。何匹かの黒い犬が吠えてこっちに来ているのに気づき警戒した。

 「あっちへ行け!」彼女は長い枝を使って、犬を追い払おうとしたが、意味はなかった。だんだん近づいてきた。

 彼女は塀を乗り越える手段を見つけなければ…早く。その時、彼女は二つの木が近くに立っているのに気づいた。枝で犬たちに最後の一振りをして、枝を捨て、その木に向かって走った。犬はかかとのあたりまで迫っていた。

 そして彼女は驚くべき運動神経を使い、二つの木の間を足の強力な力を使って登り、塀の上に辿りついた。最後にもう一度、彼女が今まで何年も監禁されてきた古い不気味な家を見てから、彼女は塀から飛び降り、きちんと足で着地した。見慣れない道だった。彼女の今まで見たことのない世界への入り口だった。

 彼女は道を歩き続けた。角で左に曲がり、次に右に、その次は左に…そして彼女はようやく林のある大きな公園に来た。木の幹に頭を立てかけ、草の上で眠りについた。彼女は父が犬と共に怒りの声を上げながら彼女に向かって走ってくる夢を見た。しかし、彼女の足は速かった。彼女は先を走り、小さな学校の入り口へ向かって走った…


第二章

教室の中で


 朝が来た。エリーサは目を覚まし、歩き始めた。彼女はたくさんの車が通る広い道を歩き、パン屋や美容院の前を通り過ぎて行った。小さな学校に辿り着いた。

 用心深く階段を上り、学校の2階にきた。一つの教室は空室だった。

 別の教室では、男の子と女の子の集団がある男の子をいじめていた。彼にペットボトルを投げつけ、笑っていた。エリーサは黙って教室に入り、その男の子の隣に座った。

 集団は一瞬凍りついた。『この女の子はだれ?』『どこから来たの?』と頭の中で考え、驚き混乱しているようであった。しかし、その後彼らは笑い、二人に向けてペットボトルを投げつけてきた。男の子は頬に涙を流しながら泣いていた。しかし、エリーサはペットボトルが顔に当たっても全く動じず、無表情だった。

 男の子と女の子の集団はこんなエリーサのことが怖くなり、教室から出ていった。そして、いじめにあっていた男の子も、興味深そうでかつ申し訳なさそうな顔でエリーサを一瞬見て、教室を出ていった。

 エリーサはしばらく一人で教室にいた。彼女は何も感じなかった。普通の人がこんな状況で感じる痛みや苛立ちを一切感じなかった。

 もうしばらくボーっとしてから、エリーサも教室を出ていった。これが彼女の人生で初めての学校の体験であった。


第三章

移動住宅にて


 エリーサは先ほど寝た公園に戻ってきた。林の中を歩いていくと、たくさんの移動住宅の車が一緒に駐車されている場所に来た。

 ホームレスの人たちがここに住んでいた。ピーナッツや鉛筆など小さな物を交換する。移動住宅は装飾されておらず、暖房がないため寒かった。

 しかし、せめて移動住宅に住んでいる人たちには家族がいる。エリーサには誰もいなくて、公園で寝ているためより寒かった。

 別に気にしているわけではないけど。寒さを感じるほどの感覚がなく、自分や移動住宅に住む人たちのことを気にする感情も失っていた。

 戻るわけにはいかない。彼女の父の牢屋に戻るわけにはいかない。そこには少しの食べ物や温かさはあっても。外の世界での旅の中で答えを見つけたい疑問があった。愛されるとはどんなことなのだろう。彼女は母を見つけて、会いたかった。


第四章

母の腕の中で


 エリーサはスーパーマーケットに行った。レジをしている女性はやたら見覚えがある…

 その女性も彼女に気づき、驚いた。

 「なんてことなの!」女性は彼女の横にひざまずき、急に彼女を抱いた。「エリーサ!」

 彼女の実母であった。

 しばらく母は「本当にごめんなさい、エリーサ…」と言いながら泣いていた。

 エリーサも母に抱かれながら、自分の中で何かが変わっているのに気づいた。彼女の心臓―速く鼓動するようになってきた。彼女の腕や足―緊張がとれてきた。

 その後、母は目を袖でふき、エリーサの額にキスをした。

 「聞いて、私の大事なエリーサ。私は今あなたの面倒をみることができない。お金がないから。でも、私はあなたをいつまでも愛している。これ、りんごよ。何個か持って帰って食べて。きっとおいしいわ。それでお腹いっぱいになるといいわ。愛しているよ。」

 母はりんごを3つ取り、エリーサの手の中に入れた。そしてエリーサの肩を軽くたたいた。

 「またいつでもお店に来てちょうだい。いい子でね。気をつけてね。」

 エリーサはスーパーマーケットを出た。太陽は沈み始めていた。エリーサは公園に再び戻り、りんごをかじった。

 最初の一個はほとんど味がしなかった。それはまだ彼女がほとんどロボットであったからである。しかし、二個目は、かじっては噛んでいるうちにだんだん甘くなっていった。三個目は蜂蜜がかかっているかのようにおいしかった!エリーサは自分の皮膚が柔らかく滑らかになっていくのを感じながら、最後のりんごの最後の甘い汁を舌で味わった。


第五章

家に戻って


 夜、エリーサは公園に来たまでの道を戻っていた―家に帰るために。

 母が彼女の面倒を見られないなら、父しか頼る人がいないことを知っていた。彼女は養われ愛されなければいけない普通の女の子に戻っていた。彼女は座って話せば父がわかってくれるといいなと思った。なぜ彼女が家をしばらく空けたかについて。

 彼女は家の前に警察官が立っているのを見て凍りついた。彼らは彼女の父と話していた。彼女の父は逮捕されるのだろうか?

 涙がエリーサの目からでてきた。父に向って走った。「お父さん!私、帰ってきたよ!」

 父は彼女を見て、彼の目からも涙がでてきた。「どこへ行っていたの?」と聞き、強く彼女を抱きしめた。

 そして警察官に「申し訳ございませんでした、私のいなくなった子供の問題は解決しました。」

 警察官はエリーサと父を残して去って行った。父はエリーサがいなくなってからだいぶ変わっていた。眼の下が赤くなっていて、眠っていないようだった。父は娘の大切さと、彼女にいてほしいならもっと良く接するようにしないといけないことに気づいた。

 エリーサも変わっていた。昔より勇敢になっていた。ロボットになることは彼女に力を与えた。もちろん、今は普通の女の子に戻ることができて嬉しかったけど。彼女は愛することおよび愛されることは、痛みを感じないことではないことに気づいた。痛みを感じ、耐えることであった。それを彼女は今回の旅で知り、そして今後の旅でもそれを体感し続けていくことであろう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ