その八 「愛媛県古代女神列伝」
越智は小松老人の顔に見覚えがあった。そうだ「愛媛県古代女神列伝」に出ていたと思い出したのだ。さっき弥生に返してもらった本を読み返していた。すると祭りの執行役一同の顔写真があったが、その一人に小松利三郎がいた。
「小松さん、この小松利三郎さんはあなたのお父様ですか? 」
「ああ、そうだワシの親父だ。もう三十年前に死んだけどさ。それにしてもワシも親父に似てきているなあ」
「ところで、あなたも三十年前の女神大祭に参加されたのですよね? ことしは三十年に一度の特別な祭りだそうですけど、行うのですか? 」
「ああ、だからワシも来たのじゃ。既に多くの村人だった人々が準備してきておる。後は巫女役の準備が整うのを待つだけだ。だからこそあんたも来たのじゃろ? なんだあ、喜多先生に聞いていないのか」
そういえば喜多とは電話と長い時間話していたが、そういった話があったような気がした。それにしても特別女神大祭が開かれるなんて聞かされていないと思った。
「愛媛県古代女神列伝」には、愛媛県内各地で祭られている女神についての書物であるが、その祭られている女神の一つが空媛尊社に関するものであった。それによればこの社で祭られているのは天空から舞い降りた天女で、彼女の羽衣が御神体で二度と天空に帰れなかった天女の霊を慰めるのが女神大祭であるとしている。
同様の話は「南海道伊予國上代神記」にも書かれており、空から舞い降りた天女が再び戻るための羽衣の力が失せてしまったので、しかたなく、この地の男と契りを結んで誕生した一族が担い手になったのが、古代四国文明であるとしている。この天女を慰めるのがこの女神大祭で巫女二人が大役を果たすのだという。
大祭の内容は秘密とされており、三十年に一度開催されている、特別な行事について記述は少ないが、昭和三十年に行われた一部の行事が書かれていた。それによれば巫女二人は神輿の中に閉じこもるが、三日後に一人が金色の衣装を纏い出てくるのだという。ただ、その衣装は写真に残されておらず詳細も書かれていなかった。
越智は、この衣装が天女の羽衣であり、是非見たいと思っていた。