表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/10

4.異変

「ありがとう、……実は正直にいって、この混乱のさなかで相方を見つけることができるとは思ってなかった、本当に助かる」

僕が彼の提案に乗ることを告げると、ヨハンは嬉しそうに笑みを浮かべてそういった。

「いえ、こちらこそ助かります。……なんたってベータテスターとパーティーが組めるんですからね。心強い」

「はは、そっちからすればそりゃそうだね。ただまぁ、僕はたぶん君が思うほど強くないよ」

 僕はひとまず礼を述べ、ヨハンはそれにからからと笑いながら応酬する。僕は世辞程度にひとしきり笑い、それから気がかりだったことを訊ねる。

「むしろ本当によかったんですか、僕はベータテスト経験者じゃないし、オンラインゲームの経験もそれほどない初心者ですが」

 僕の言葉に、ヨハンは少し考え込むそぶりを見せる。

「構わない、というよりも、実はそっちのほうが助かるっていうのもあるな」ヨハンは一旦言葉を切って、メニューでマップを確認するしぐさをする。「そろそろ北門だ」ヨハンは開いたマップをこちらへ寄越し、進行方向を指で差した。もう街の外れのようで、垂れ込めた雲と閑散とした通りの向こう、彼が指で示したほうには石造りで背の高い城壁が見え隠れしている。

「助かる、っていうのは、そうだな。ちょっといい方が悪くなってしまうが、……僕のいうことを素直に受け入れてくれそうだから、という意味だな。同じベータテスター相手だと、下手にテスト時代の知識があるために、馬が合わなかったり意見の相違が生じるだろ? その辺ビギナーの人相手だと、なにも知らないぶんやりやすいからね」ヨハンはそういって肩をすくめる。「一応、これが本音だよ、気分を悪くしたらすまない」

「なるほど、そういうことですか」僕は彼のいい分に得心がいって、そう頷いた。いわれてみれば、セオリーが固まっていない現状、下手に経験者とパーティーを組むよりも物分りのよい初心者を、これもいい方が悪いが、うまく丸め込んで連れて行った方が楽なのかもしれない。そういう意味では僕はヨハンの口車に乗せられたわけだろうけれど、いまのところは僕の不利益になるようなこともないから、彼に素直に従っておくことにする。

「ついでにいっておけば、六人パーティーが組めるのになぜ二人で次の村へ行くのかだけど……、その前に」

「はい」

 僕がそう応えると、ヨハンはあごに手を当てて片方の眉を吊り上げる。

「さっきから思ってたんだけれど、……パーティーを組むんだから、いい加減その敬語をやめないかい。居心地が悪くてかなわない」

「はぁ。敬語」僕の困ったような表情を酌んでか、ヨハンも難しい表情を浮かべる。

「いや、まぁ君が敬語のほうが話しやすいというならそれで構わないんだけど、ゲーム内でくらいタメで話しても誰も文句はいわないだろ」

 確かにいつまでも敬語を使い続けるというのは、相手からしてみれば距離を置かれているように感じるものかもしれない。

「そういうもんで、……そういうもんかな」

 僕が敬語で返しかけるとヨハンが眉をひそめてこちらを睨むので、僕はあわてていい直す。

「そうそう、いい感じだよ」

 ヨハンが気をよくしたようにいうのを聞きながら、僕は少しばつが悪くなって目を逸らし、こめかみを掻く。「そう、それで。なんで二人なんだ?」取り繕うように早口で先を促すと、ヨハンは苦笑しながら続けた。

「ははは、そうそう。まあ経験値効率がいいからだ、単純に。ベータ時代の話だけれど、LROでは獲得できる経験値にパーティーの人数で補正がかかるんだ。あとは、どうせ序盤の敵はソロでも倒せる程度にしかデザインされていないし、意見をまとめやすい少人数のほうが行動もしやすいと思った」

「確かに」エネミーが弱く、経験値の効率も悪いとくれば、たしかに現時点でフルメンバーのパーティーを組む必要性は薄いかもしれない。となれば最大効率を出せるのはソロでの行動となり、つまり僕をパーティーに誘ったのは、おそらく万一の事態における保険、ということだろう。彼は彼で、実際のところ結構打算的に動いているらしく、そのことに対して引け目を感じているようだけれど、僕としてはそういうふうに腹を割ってしまったほうが、かえって信用しやすいように思った。

 石畳の道をしばらく道なりに歩くと、城壁に突き当たった。「ところで、そういえばカヅミ君はGMコールはしたのかい」僕が城壁を見上げて圧倒されているのをよそに、ヨハンは僕にそう問いかける。

「GMコール」僕はヨハンの言葉を反芻する。GMコールとは、なにかゲーム内でトラブルが発生したときに、運営側の人間、すなわちゲームマスターを呼び出すコマンドなのだけれど、僕はいままでそのコマンドをがあることをすっかり失念していた。

「その様子だとまだしてないみたいだね。メニューの」ヨハンは中空を人差し指で操作して、こちらにメニュー画面を可視化する。『サポート』から生えるツリーの下部に、『GMコール』と銘されたボタンが表示されている。「ここにある。あ、別に送らなくて構わない。一応僕がログインの直後に送ってみたんだが、未だに回答がないんだよ」

 まあ、今頃問い合わせが殺到しているから仕方ないのかもしれないけれどね、とヨハンは肩をすくめ「さて、門までもう少しだ」それから再びマップを確認してそういった。


「あれが北門だな」城壁に沿ってしばらく歩いていくと、やがて建物の向こうに大きな門が姿を見せた。検問、衛兵詰所のような建物が目につくが、いまは門自体が開け放たれており、フィールドと街のなかを自由に行き来できるようになっているらしい。衛兵以外にNPCの姿はほとんど見えないけれど、その反面いくらかのプレイヤーの集団が門の外、フィールドを目指して出立しているのが見える。多くのプレイヤーは僕らのようにパーティーを組んでおり、しかしたまにソロと思しきたった一人で門をくぐるプレイヤーも見受けられる。

「思ったよりほかのプレイヤーの動きが早いな。……僕たちも急ごう」ヨハンは眉をひそめてそう告げ、足早に城門へ向かった。「……ああ」僕も彼に倣って歩調を速めながら後ろをついていく、

 ――と、そのとき唐突に、聞きなれない音が響いた。

 フレンド登録を受理したときの効果音によく似た、軽い鈴のような澄んだ音色。

 一瞬遅れて、それが物理的な音としてでなく、僕の脳裏で響いたものだということに気がついた。

「なんだ?」先に城門の前までたどり着いていたヨハンも訝しげに眉をひそめている。

「いまなにか――なにかしたか?」

「いや、僕はなにも……、ヨハン――さん、こそなにもしていないのか」

「ヨハンでいいよ。僕は普通に歩いていただけだが、……じゃあ君にも聞こえたんだね」

 とすると、彼にも聞こえたのだろうか? ということはつまり、プレイヤー全員に聞こえたということなのだろうか。周囲を見渡すと、城門をくぐろうとしていたプレイヤーたちがあちこちで立ち止まってざわついているのに気づく。

 再び音が響いた。「まただ」ヨハンが声を上げると同時、突然僕の手元に、フォン、という効果音とともにウィンドウが開いた。僕は反射的にびくりと身をすくめ、それから取り繕うように息を吐きながら人差し指でウィンドウを引き寄せる。

『ロードオブレグルス・オンラインの運営チームからお知らせいたします』

 先頭の一行目を読み終わるか終わらないかのうちに、僕の脳裏に文面と同じ文句が再生された。感情のない怜悧な声、――おそらくソフトで合成された音声だろう。機械的な女性の声での唐突なアナウンスに、周囲の人々も怪訝ににどよめいている。

「これは、告知?」僕が思わず声を漏らすとヨハンも「そうみたいだな」と真剣な表情をする。

 ――ようやくゲーム開始時の不具合の告知が来たのか。

 周囲の不審そうにしている人々と対照に、僕は安堵の息を漏らす。

 ログインした四万人が同じ場所からスタート、GMコールが機能せず、さらにチュートリアルもなしとくれば、さすがにこれはもうゲームの存続にかかわる重大な不具合といえる。いくらなんでも告知が遅すぎる気もするが、ともあれ運営がようやく重い腰を上げるのならば、現在起こっている不具合の現状の把握もできる――。

 ――僕のそういう予想は、しかしながら次の文句で、さらに悪い方向に裏切られることとなった。

 城門前の広場のざわめきはいつしか静まり、プレイヤーのほとんどが手元のウィンドウを見ることも忘れてシステムのメッセージに耳を澄ませていた。水を打ったような沈黙のなか、数秒ののちに再び機械的な女性の声が響く。

『……現在本ゲームにログインされている全てのユーザーの皆様にお知らせいたします。ロードオブレグルス・オンライン正式サービス開始後、午後十三時三十分現在に、ログアウト処理に関する重大な不具合が発見されました。不具合の原因を調査しておりますが、ユーザーの皆様は、これ以降絶対にログアウトを行わないように注意をお願いします……』

 女性の声が途切れる。

 ――ログアウト処理に関する、……重大な不具合。

 僕はその意味を理解できず、脳内で同じ文言を反芻した。ログアウトを行わないように? 絶対に……?

 ――デスゲーム。

 この瞬間、おそらく僕を含め、ほとんどのプレイヤーの脳裏にこの言葉がよぎった。ログアウトを行わないように――ログアウトできない、おそらく運営からしてみれば、次の告知があるまではログアウトをしないでほしい、という程度の意味合いなのだろうが、VRゲームをプレイしている当事者としては、ログアウトすることができないというだけであまりにも有名なその単語を想起するのには十分だった。

「……はぁ?」

 誰かが間抜けな声を漏らし、そしてその声が静まり返った広場に染み渡っていった。それを皮切りにして、戸惑いの声が徐々に広がっていく。

「どういうこと?」

「ログアウトすんな、ってことか」

「ログアウトできないのか?」

「そんなっ――」

「でもボタンは残ってるぜ」

「じゃあログアウトできるのかよ!?」

 広場は再び混乱したプレイヤーの声で埋め尽くされる。それからたっぷりの間を開けて、再び女性の声で同様のメッセージが繰り返される。けれど、もはや広場のプレイヤーたちは誰一人としてメッセージを聞いてはいない。


「――行こう。ここに居ても混乱に巻き込まれるだけだ」

 ヨハンの声で僕は我に返る。周囲は再び混乱に陥っており、しかし今度は明確に運営に対する怒声があちこちで飛び交っている。

「……わかった」僕はうなずいて、先を行くヨハンに続く。

 頭上の巨大な城壁の圧力を感じながら、僕たちは足早に門の外へ出る。エリアチェンジの演出とともに、【剣望む平原】と視界の隅に表示され、僕の目の前にはすでに、曇天に霞む広大な平原が広がっていた。


「ログアウト処理に関する重大な不具合、といっていたかな」

 【剣望む平原】を駆け続け、僕らはしばらく走ったのちに足を止めてそう切り出した。衝撃的なアナウンスがあったにも関わらず、平原にはあちこちでエネミーと戦っているプレイヤーの姿も見える。ベータテスターか、のちの廃人か、いずれにしても凄いメンタルだな、と思ってから、客観的に見れば自分たちも彼らと違いがないと気づいた。

「単にログアウトできないのか、もしくはログアウトの処理に問題が生じて、正常に現実へ戻れない恐れがあるのか……」

 僕がそう応えると、ヨハンは腕を組んで、「後者だな」と呟く。

「アナウンスの内容と、現時点でログアウトコマンドがいまだに実行可能なことを鑑みるに、後者だろう。それに、あまり考えたくないことだが――」ヨハンはこちらに見えるようにしつつメニューを操作し、ログアウトボタンを押す。

『ログアウトを行ってゲームを終了します。よろしいですか?』

 ウィンドウが現れ、下部に、Yes、Noのボタンが明滅している。「もし不具合のために重大な問題があるのであれば、ログアウトコマンドそのものをまずロックするはずだが、見ての通り、いまだにそれさえされていない、つまり」

「運営側からゲームへ干渉できなくなっている……?」

 僕がそう引き継ぐと、ヨハンは「そう考えられる」と頷いた。

「おそらくGMコールの回答がいまだにないことも、それが原因だね。やろうと思えば『アイ』で機械的な返答を送りつけることだってできるはずなのに、それさえないのはおかしい。いくらなんでもこれでは遅すぎる……」

 ――絶対にログアウトを行わないように注意をお願いします。

 ――運営側からゲームへ干渉できなくなっている。

 僕は空を仰いだ。重く垂れ込めた鈍色の雲と、西のほうから黒い雲が巨大な生き物のようにうねりながら流れてきている。超高精細、というよりももはやほとんど現実のような光景に、僕は今更ながらに感嘆する。不可解なログイン後の状況、ログアウトの制限、立て続けの不具合で、僕はすでに仮想現実を堪能することさえ忘れていたのだと自覚する。

「結局は、不具合の修正がいつまでかかるか、それが問題だよな……」

 僕は視線を戻し、それからゲーム内時刻を確認してため息をつく。十三時五十分、もし夜までにログアウトができないのであれば、空腹でどうなるか、入れるほうの懸念もそうだけれど、すなわち出すほう、……実際はもっと考えたくない懸念もある。僕の言葉で初めて気づいたのか、それまでいくぶん楽観的な表情をしていたヨハンはにわかに頬をひきつらせて乾いた笑い声をあげる。

「はは……は……、そうだな、夜までに戻れればいいが、もし戻れなかったら――あんまり想像したくないな。……うん。ただまぁ公式のログアウト制限だし、こうなってしまった以上、外がどうなっていようが、僕らゲーマーのやることは一つだろ……?」

 ヨハンはそういってこちらに視線を投げる。「ヨハン、その目じゃ全然説得力ないぜ……」こちらを見る虚ろな表情を、自分も人のことをいえない暗鬱な口調で指摘すると、ヨハンはがっくりと肩を落とし、「そりゃそうだろ……」とぶっきらぼうに答える。

「生理的な欲求は感じるけど、実際にそれを“我慢する”ことはいまや僕らにはできないんだから……」

 どういうことかわかるよな、とヨハンは僕に悲痛な目で訴えかけてくるのだった。

VRMMOモノ、難しいですね。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ