0.プロローグ
腕が飛んだ。
おびただしい量の血液をまき散らしながら、根元から引きちぎられた、誰のものともわからない腕がこちらへ飛んでくる。
僕は表情を変えることなく身をかわし、目の前の骸骨型、アンデッドカテゴリのエネミー【英霊の記憶】へ刀を振り下ろした。【刀】スキル中級剣技の【円閃】により、脳天から縦に両断された【英霊の記憶】は一瞬でそのHPを散らす。僕がかわしたことによって地面に落ちた腕は、腕の持ち主がヒーラーから修復魔法を受けたのだろう、ぼんやりと発光し、空気に溶けていくようなエフェクトとともに消滅した。その始終を横目に納めながら、間を置かずに切りかかってきた二体目の骸骨の攻撃をいなすべく、僕は刀を握り直す。
噴き散る血液、肉が潰れ、腕や足や、人間の部品があちこちで飛び交っている。金属を引き切るような誰かの悲鳴がほど近いところで聞こえ、しかしそちらを振り向く余裕もなく、僕は次々と襲いかかってくるエネミーへ、ただひたすらに刀を振るう。
「第三隊押されてる、遊撃隊援護に向かえ! 第二隊前へ!」
後方で、攻略部隊の司令塔であるジェラルドの張り上げた声が聞こえた。見ると、ボスのヘイトを取っている第三隊が、なんらかの範囲攻撃を受けたのだろう、ほとんど半壊していた。
僕はいましがたまで鍔競り合っていた骸骨の首を【円断】によって吹き飛ばし、それだけでは【英霊の記憶】を倒すことができないと知りつつ、踵を返して第三隊のほうへ駆けた。遊撃隊のメンバーは僕を含めて十二人だけれど、おそらくいま彼らを援護することができる距離にいるのは僕だけだった。禍々しい鎧をまとった巨大な骸骨のボス、【幽獄の英霊王エリ:リーガル】が、半壊した第三隊にとどめを刺すべく大剣を頭上に高々と持ち上げているところが見え、「くそっ」僕は全力で第三隊と英霊王の間に立ちふさがり、上級剣技【衛陣】を立ち上げる。「た、助かる……」背後から第三隊のタンクである鬼丸の声が聞こえ、横目で彼の姿を確認すると、右腕がちぎれていた。彼らが形勢を立て直すだけの時間を稼がなければならない。彼らが倒れれば全滅は免れられない――英霊王の振り上げた大剣が淡い紫色の炎に包まれ、僕は英霊王に向き直って【衛陣】のモーションに入る。
意匠的な紋様の刻まれた巨大な大剣が、紫炎とともに空を裂いて振り下ろされる。重厚な質量を持った金属の塊、どれだけの衝撃があるかわからないけれど、その巨大な質量を前にして、僕は自分が酷く小さな存在であるように感じた。
受け切れるのか、あれを……? この細い刀一本で。
僕の脳裏にちらりと一抹の疑念が去来し、そしてその疑念が致命的なものになると気づいた時にはもう、遅かった。
「あガッ」
轟音、それからすさまじい衝撃とともに、僕の【黒曜刀】は粉砕された。 【衛陣】の判定よりも一瞬早く、英霊王の【パニッシュメント】が僕の刀を叩き、刀を構えていたその姿勢のまま、僕は圧殺される。
紫炎に焼かれ、自分の体が破片となっていくのを感じると同時に、僕の意識はそこでぶつりと途切れる。
命名のセンスが欲しい。