放課後の約束
今回ちょっと短めです
「それではこれで終わりです」
「起立、礼」
メイが号令をかけ頭を下げるという一連の動作を終えキルサが教室を去ると、途端に放課後特有の騒々しさが教室を満たした。
そんな中、2-Cよりも早くホームルームが終了したイミルと、同じクラスであるミケニル、クリスは早速集まりこれからどうするか話し合っていた。
「取り敢えず、外に行くなら寮に戻って着替えないと」
「この制服のままなら余計な面倒は無いんだがなぁ」
「毒舌君毒舌君、それは去年も散々愚痴ったのだからいい加減にしなよ」
「お前らみたいに、何の悩みもなく外行けるパンピーな存在になりたかったよ」
「なにをなにをー! 持つ者の悩みがあるのは分かるけど、持たない者にも悩みがあるという事を知るべきだよ!」
「だって、俺基本持つ者側だし」
「全く全く、それが事実であることが一番むかつくよ。この世は不公平だ!」
「足掻け、足掻け、愚民どもよ!」
「……ねぇ、二人とも。いい加減先に進もうよ。日が暮れちゃうよ」
クリスは呆れながら二人のじゃれ合いに釘をさし、話を先に進める。
「外って言っても、行くのは狩りでしょ? なら、着替えるだけじゃなくてしっかり準備してからじゃないと。それを考えたら、一時間以上は欲しくない?」
そう現実的な話をすると、そんなクリスに対してミケニルは悲しそうに首を振る。
「おいおい、クリスよ。俺達は学生だぜ?」
ミケニルがクリスの意見に呆れたようにそう返してきた。
クリスは良く分からず首を傾げる。しかし、イミルもミケニルと同様腕を組みうんうん頷いてしたり顔である。どうやら、ミケニルの言っている意味が良く分かっていないのはクリスだけのようだ。
そんなクリスにミケニルはため息を吐くと、やや大袈裟に、呆れたという『ポージング』をとる。
「いいか? 俺達は四年という限られた時間の中で生きて行かなくてはならない」
「うん、まぁ、学生っていう期間に限ればそうだね」
「そして、今は放課後。今後を考えると時間は大切にしなければならない」
「うん、だから漫才なんてしてないで早く行こうか?」
「なのに、準備に一時間!? 時間かけすぎ! 二十分で十分! よし、じゃあ二十分後に広場の噴水前集合な!」
「はぁ!? ちょ――」
「了解了解!」
抗議する暇もなく、二人はさっきまで争っていたとは思えない程の連携で話を進めていく。そして、あっという間に帰り支度を済まし教室から駆け出していってしまった。
「二十分とか、無理……」
そんなクリスの訴えは、帰路へと爆走していった二人に聞こえているはずがない。
教室に残り会話を耳に挟んだ生徒達からの同情の視線が、やけにクリスの心に染みたのだった。
*****
「やっぱり急がせすぎたか?」
「お? お? 毒舌君が自分の非を認める日が遂に来たかな?」
「お前だったら心配せずに済んだんだがな……」
「うわうわ、ガチホモはご遠慮願います」
「なんでそうなるんだよ」
「だってだって、こんな可憐な乙女の事は心配しないのに、同年代の野郎を心配するなんてどう考えても、ねぇ?」
「友達を心配して悪いかよ」
「いやいや、そんなことは言ってないですよー」
イミルは「オホホホ」とわざとらしく口元を手で隠して『お上品』に笑い声をあげる。イメージとしては、社交界の貴族のおばちゃんだ。
何時もなら、こんな明らかな挑発をされれば「お遊びに付き合ってやるか」程度には相手をするのだが、今回ミケニルは逆に白けた表情でそっぽを向く。
「お前さ、制服ならまだしもその恰好って……。シュールすぎて勢いが萎える」
「いやいや、私もやってから無いわーとは思ったけどさ」
そう言って、イミルは自らが着てきた上着を引っ張った。
ミケニルの言うとおり、彼女の格好は学園指定のブレザーとスカートではない。
動きやすさを重視した格好をしていて、下はスパッツの様な密着するタイプの黒ズボンを穿き、上はこれまた密着したタイプの白い長袖を着ている。その上に、森の中でも目立たないような色合いのベストを着ていて、彼女の腕には折りたたむことが可能な短弓とそれ用の弓を入れる矢筒を装着している。まさに理想的な探索者の格好と言っていいだろう。
しかしながら、どうみても貴族には見えない出で立ちだ。確かにこの格好で上品な笑い方などシュールにしか映らない。
対するミケニルはというと、黒いカーゴパンツを穿き、ベルトには二丁の拳銃を下げている。上には薄くて長めの黒いコートを着込んでいて、ブイネックのように首元を見せてはいるが、黒という色と長くてゆったりとしたデザインからコートの下は全く見えない。
活発娘と言わんばかりの格好をしているイミルと、闇の中にでもいそうなほど黒一色の地味な服を着ているミケニル。
服だけを見れば、衆人の視線はイミルに集まりそうなものである。
しかし、現実は違う。
ちらりと視線を投げかければあっちこっちからミケニルが視線を集めているのが手に取るようにわかる。
この町に住んでいる人ならば、彼が学園の生徒であることとその性格から近寄ってこず、外から来た人は、腰に下げている銃からそういう世界の人だと分かるのでむやみに近寄らない。
結果として、ミケニルの顔が及ぼす学園内のような災害は起こらないのだが、それはあくまでミケニル視点。
イミル視点では、変な勘違いをされた上に周りからの嫉妬や羨望といった見当違いの感情を一身に受けなければならず、とてもではないが快適とは言えない環境だ。そのためさっさと出発したいという思いはミケニルと同じだった。
そんな思いが通じたのか、それからしばらくして、学生寮街の方から走ってくる人影が見えてきた。
「ほんとに、二人とも、自分の、事ばっかりで、少しは、僕の事も、考えてよ」
二人の元に到着すると、息を切らせながら言葉をはく。
よっぽど急いできたのかなかなか呼吸が整わない。それでも、何とか絞り出すように言う姿から怒りのようなものが滲み出ていた。
そんなクリスに危ない物を感じた二人は、冷や汗を流しながら、すぐさま謝罪の体勢に移行した。
「いや、悪い。調子に乗った」
「本当に本当に、反省している」
しかし、そんな二人の白々しい謝罪は、逆にクリスの怒りに油を注ぐ。
「……へー、反省しているんだ。でもさ、こういう事って結構あったよね」
クリスの底冷えするような声音に、二人の顔色が見る見るうちに青ざめていく。
三人は去年からよく一緒に居る仲間だ。当然、今日の様に三人で狩りに行こうとした日だって何回もある。そしてしょうもないことに、このようなケースは決して一度や二度ではないのだった。
「いつもいつも、その場のノリとか、テンションとかで人を翻弄するのってどうなの? 二人とも、僕の準備に時間がかかるのは知っているはずだよね」
「「はい」」
そう言うクリスの格好は、背中に大剣と槍を交差させるように担ぎ、腰には種類の異なる刀が左右にぶら下がっている。その上、上着の下には投げナイフや拳銃も装備されていた。確かに他の二人に比べると、装備する武器が多く、準備には時間がかかるという事は容易に予想できる。
しかしながら、それほど多彩な武器を持ち歩くのはどう考えてもデメリットにしかなりえない。もちろん、様々な状況に対応できるというメリットはあるが、今回クリスのパーティーは後衛のイミル、中堅のミケニルとバランスのとれた構成である。そうなると、武器一つ一つの重さによる移動速度の減少というデメリットの方がはるかに大きくなるのは明らかだ。その上、用意する武器を一種類にすれば準備時間も短くできたはず。
考えれば考えるほど、これほどの武器を持ち出す理由が見当たらない。しかし、ある意味矛盾を抱えるクリスの格好に、二人は一切の突っ込みを入れずにクリスの怒りが通り過ぎるのを待っている。その姿勢からは、クリスの格好に対する疑問や嘲笑と言った類の感情はない。
クリスはひたすら謝り続ける二人にため息を吐く。決して、クリスをハメようとしているのではなく、本当にノリやテンションでこうなのだから質が悪い。
「もういいよ。それに、これ以上怒っていたらそれこそ時間が無くなっちゃうし」
クリスがやれやれと言った感じで説教を終わらせる。
ミケニルとイミルもそれを感じとり、ほっと胸を撫で下ろした。
「そ、そうだな。クリスに急いでもらった意味が無くなっちまう」
「行こう行こう!」
二人はまた説教が始まったら堪らないと急いで移動を開始する。そんな二人の様子にクリスは呆れながらも、急いで二人の後を追う。
目指すは無数の依頼が集まる場所、ギルドである。