トライアウト 1
講堂の奥から教師達が出てきたころには、流石に元の騒がしさが生徒達の間にも戻ってきていた。
始まる前に色々とありはしたが、それでも教師たちが出て来たとなれば生徒たちの関心は否が応にもトライアウトへと集まっていく。
「静粛に!」
この学年の主任教師でもある初老の男性。アブサタルト・ローレンツが声を張り上げると、流石この学園で一年鍛えられた生徒達だけあり一斉に私語が止む。
「今から固有適正判別検査を行う。Aクラスから順に番号順に所定の位置へと移動せよ!」
そういうとアブサタルトは「パチン」と指を鳴らす。
すると、何処からか講堂の後ろの壁に沿うように数十個の個室が現れた。
その個室の上には、「A―1」の様に、左にクラス、右に出席番号が表示されたプレートが個々に付いている。
平然とアブサタルトは行っているが、これは決して簡単なことではなくむしろ彼の魔法技術の高さを認識させるに足る光景だ。
そもそも、いくら『魔』が浸透してきたからと言ってその力を個人が十全に発揮するためには厳しい修練を積み重ねなければいけないというのは他の技術と変わらない。
そんな魔法技術の使い手である『魔法使い』の中でも、アブサタルトが先程行使したレベルの『魔法』を見る機会などそうそう無い。だが普通ならば一生お目にかかれない様なレベルの『魔法』を目のあたりにしても、これからのトライアウトの方に多くの関心を示し、緊張している生徒が多いのは慣れが為せる技なのだろう。
「さぁ、自らの未来の指し示す先へ」
アブサタルトの号令の下、まずはAクラスの生徒がぞろぞろと自分の番号が刻まれた個室へと入っていく。
「ではでは、お二人さん。また後で」
あの後メイに睨まれて大人しくしていた三人だが、いざ移動が始まったとなると真っ先にイミルは元のテンションを取り戻した。
「科目一緒ならまたよろしくね」
「他の奴に迷惑かけるなよ」
そんな二人の言葉を人波に呑まれながらもしっかりと聞き取っていたらしく「君達には言われたくはない!」と言い返してきた。
そんなイミルに二人揃って笑いながら生徒の波に呑まれるイミルを見失うまで見守り、二人も移動を開始した。
本当は人が少なくってからの方が動きやすいのだが、彼らはC組と言う比較的早く呼ばれるクラス所属の為、そんな贅沢も言っていられない。
それに人の波が引くのを待つ理由も特にない。
「こういう時だけはミケの体質が役に立つ」
「おい、クリスてめぇ。どういう意味だ」
二人が歩きはじめると、それを察知した生徒たちが距離を置く。
さながら、その様子はモーゼの十戒のよう。
別にミケニルやクリスの為ではなく、どちらかというと近づきたくないというマイナスイメージからなのだが便利なので今更文句もない。
「全く、イケメンで口悪いって他の人からはいい迷惑だよね」
「どうでもいいやつにどう思われようが、俺には関係ないからいいんだよ」
「なんでそんな所で意地はるかな」
そんなクリスに対して、ミケニルは何も言えずにむっつりと顔をしかめた。
ミケニルとある程度親しくなれば、他人のことを気にしないなどと言うのは方便なのだというのは直ぐに分かる。大商会の一人息子という立場と生まれ持つスタイルは、良い悪いを抜きにして、必然的に人々の視線を集め、また、他人の目を気にしなければならない生活を強要させられていただろうから、当たり前と言えば当たり前だ。
「まぁ、一年経ったから今年は去年よりはましだと願いたいよ」
そんなクリスの心からの言葉にミケニルも頷く。
「それは俺も同感だな。この程度ならいいが、毎時間遠くからじっと眺められるのは流石にしんどい」
そうして会話していると、A組が終わったようで個室の表示がB組へと切り替わった。
中から出てきた人々の顔は様々であるが絶望しきった顔をしている人がいないところを見ると、そこまでひどい結果が出た人はいないようだ。
「次はもう俺達か。ちょっと緊張してきた」
そう言うミケニルの表情は、確かに普段と比べて硬い。
しかしその程度は今並んでいるほとんどの生徒に共通していることだ。
当然、クリスの表情も引きしまっている。
「なるようになるさ」
クリスの口から出たのは、何の慰めにもならない言葉だけ。
しかし、そんな言葉にも律儀にミケニルは頷いた。
その後は二人して何にも喋らない無言の時間が続く。二人とも今までごまかしていた緊張が表情に現れていた。
ミケニルは言わずもがな、どんな結果になっても問題ないクリスだって、これで今後の学園生活が決まると考えればどうしたって緊張してしまう。
そんな嫌な緊張感を味わう事数分。ようやく、個室のドアが開いたところがクリスの視界に映った。
バチンと、隣から威勢のいい音が聞こえてきた。
「よし! 行くか」
ミケニルが気合を入れるように声を上げる。その頬は僅かに赤い。
クリスもそんなミケニルを見て、自らの緊張を唾と一緒に飲み込んだ。
「うん。行こう」
クリス達は指定の部屋の前までいき、ドアノブに手をかける。ドアは僅かな抵抗もなく開かれ、個室空間へとクリスを誘った。
「これは……?」
部屋に入って開口一番、クリスの口から困惑の声が漏れる。なぜならその部屋の中には、水晶玉が置かれている机と簡素な椅子がぽつりとあるだけだったからだ。
トライアウトの内容を知る生徒はいない。
それは魔法を用いてある種の特殊空間を生み出し外部からの干渉を阻害し、さらにこの部屋全体に撹乱系の魔法を用いることで特定の記憶の隠ぺいを施しているからである。
そんな仕掛けがあるなどと言う事を露程も知らないクリスは、そのあまりの質素さに段々と不安が募ってきた。
すなわち、何か間違いを起こしてしまったのではないかという不安。
皆が皆緊張し、今後を左右する超重要行事が行われる場所には水晶と簡易な椅子しかない。見方によってはあまりにも粗末なそのような小部屋では、不安を感じてしまうのも無理はないだろう。
しかし、そんなクリスの不安は長く続くことは無かった。というのも、水晶から文字が空に映し出されたからだ。
「なんだ? これ」
クリスは恐る恐ると言った感じで、水晶に顔を近づける。
そこにはぼんやりと発光する文字でこう書かれていた。
『我、先見の明を持つ者なり。汝の迷い、憂いを断ち、先を示す者なり。汝が未来を望む資格ある者ならば、我に触れよ。さすれば、我は汝を導くだろう』
「は、はぁ」
クリスは堅苦しい文面に何とも言えない顔をする。言っている内容は分かるのだが、何故こうも上から目線なのか。なんだか馬鹿にされている気がする。
「……要するに、手を当てればいいんだろ」
クリスは釈然としないものを感じながらも、取り敢えず書かれた通り水晶に触れる。
すると、水晶はクリスの手を当てたあたりから発光しはじめた。
「うわ!」
驚いたが、手を離すようなことはしない。離してもいいのかもしれないが、離した結果不測の事態が起こり、退学にでもなれば笑い話にもならない。
クリスは熱を伴わない光を放つ水晶をなんとはなしに見つめ続ける。他にやることが無いのだから仕方がない。
クリスは先程までの不安、緊張を忘れ、早くもさっさと終わらないかなと思い始めていた。
しかし、そんなクリスの考えとは裏腹にいつまでたっても光が止む気配がない。それどころか、徐々に光が強まっている気さえする。
「えっ、ちょっと待ってよ。何か間違えた?」
のんびりと退屈を持て余していたクリスも、水晶が見えないぐらい光り輝くころには焦りを覚え始める。
あたふたとするものの良い解決策なんか思いつくわけもなく、手を離すのは結果がどうなるか分からないので恐ろしくて実行に移せない。
そうこうしているうちに、遂に水晶は爆発するのではないかという程の光を発していた。
「あわわわわ……」
クリスは何もできずに震えるのみ。
そして、
「ビリリリリリリリリリリリリリリ!!」
どこからか、けたたましいアラーム音が鳴り響いた。
「え?」
そんな間抜け声を出しているうちに、誰かがドアを開け服を掴む。
そしてそのまま部屋の外へと引っ張り出された。
「え?」
もう一度、疑問が口から洩れる。しかし、今度の疑問は先程とは意味が違う。
この学年の主任教師であり、大陸有数の実力を持つ魔法使いアブサタルト・ローレンツが、クリスの服を掴み無理やり小部屋から引っ張り出したという、訳の分からないこの状況に対してクリスは疑問の声を洩らしたのだった。