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夢の跡


 そこはまるで世界の終点のようだった。

 草花はおろか、枯れ木の一本も存在しない涸れた大地。

 地を埋め尽くす夥しい量の白骨死体。

 上に顔を向けて光を探しても、目に映るのは灰色に染まった不気味な雲のみ。

 水はもちろん、風は僅かも吹かず、色彩にもかけ、白と黒が世界の全てを塗りつぶしていた。

 そんな『死』に染まった場所に二人の男がいた。

 二人とも少年と青年の間、やや青年よりの年恰好をしている様に見えるが、こんな『死』に飲み込まれた場所に立っているだけで只者ではないことは容易に想像できる。

 二人は無言のまま向き合い続けると、各々の武器に手をかける。

 片方の男の手には銃が。もう片方の男の手には剣が。

 お互いの武器を構え対峙する。


「……これがお前の望んだことか」


 銃を持った男が徐に口を開く。


「こうなることは分かっていたはずだ。お前の存在がこの世界にとって異端だと分かった時から、この未来は予想でき、そして、回避できたはずじゃないのか。答えろ、タロウ!!」


 しかし、タロウと呼ばれた剣を持つ男は答えない。

 そんなタロウに対して、男は嫌な物から目を背けるようにして告げる。


「俺はお前を許さない。許せそうに、ない」


 絞り出すように告げられた言葉には、後悔と諦め、そして僅かな怒りが滲み出ていた。


「そうか、君も僕を許してはくれないのか」


 ポツリ、とその言葉にタロウは呟きにも似た言葉を吐く。

 小さく、まるで独白の様に告げられたにも拘らず、その言葉はやけに響き、先ほどまで言葉を重ねていた男を黙らせた。

 するとタロウは急に俯いた。訝しむが、すぐにただ俯いているのではないと気が付いた。


 笑っていた。


 ただ、その笑みは狂気的で、見る物をぞっとさせる。

 そして、段々とその嗤いは大きくなり、そしてそれに合わせる様に体を持ち上げたタロウは、身体を仰

け反らせるようにして哄笑してみせた。


「そうか、そうだよな。こんな状況を見せられちゃ、許せるはずもないよな。いくら親友でも、許せないよな。でもさ、じゃあ、僕は誰になら許してもらえるんだろう? 理解してもらえるんだろう? 僕は正義だって。僕は正しいって誰が言ってくれるんだろう? なぁ?」


 そう言ってさらに『嗤う』。


「お前は、それが分かっていてもまだ続けるのか。これを」


 タロウは分かっている。自分の望む言葉はこの世界の誰からも貰えないということを。だから、銃を構えた男は孤独から狂った親友に問いかける。


「カレンもジュリアもミーナも俺ですら、こんなことは望んでいないのに、それでもまだやるのか」


 それはかつての仲間の名でありそして、タロウを支え、支えきれなかった者たちの名だった。

 タロウは僅かに目を細める。それは懐古しているようでもあり、眩しすぎる光から目を逸らしているようでもある。


「ああ、それが、僕がこの世界に来た理由だから」


 それでも、時間にすれば一瞬でしかない。


「世界を壊すことが、か」


 銃を構えた男は、迷いなく言い切ったタロウに対して眼前に広がる地獄を突きつける。


「世界を救う事が、だ」


 タロウは、今ではない遥かな未来を見据えて言葉を吐く。

 そんな問答に終着点を見出すことは、今ここに至った時点で不可能となっていたのだろう。でなければ、二人はこんな場所で人殺しの道具を互いに向けてなどいなかったはずだ。


「もう、戻ることはできないんだな」


 男はそれでもなお、足掻き続ける。


「分かっていたことじゃないか」


 だが、タロウはそんな男に取り合わない。

 僅かな後悔が二人を包み込み、様々な過程が仮定と共に泡となり浮かんでは消えて行く。

 それはもう既に過去のことであり、今更どうしようもない事でしかない。だから、互いに武器を再度突きつけあい、二人は同時に地を蹴った。

 二発、三発と荒野に銃声が響き渡り、それらの弾はタロウめがけて一直線に迫りくる。

 しかし、タロウは避ける素振りを全く見せず、それどころか、更に速度を上げて男に詰め寄る。数瞬後にはその弾丸は、幾つもの風穴をタロウの体に開ける、筈だった。

 だが銃弾はタロウの体に届く前に、まるで壁に動きを阻まれたかのように力尽きて地に転がってしまう。

 常識では考えられないような現象。しかし、撃った男はそれを予め知っていたかのような動きでタロウから距離を取りながら、再度銃弾を放つ。

 結果は同じ。

 そうしている間にも、タロウは距離を詰め切っており、両手で構えた剣を男に振るう。

 『ガキィン!!』と金属同士がぶつかりあう音を響かせ、男は斬撃を銃身で受け止め、タロウの攻撃を払い飛ばすと、今度は自ら距離を詰める様にして、至近距離で銃を撃つ。

 まるで銃弾で殴るかのようなその攻撃も、見えない壁に阻まれタロウの体に届くことは無い。

 しかし、男の狙いは別にある。

 弾丸を飛ばす際に発生する発火炎(マズルフラッシュ)は、決して小さな光ではなく、ゴーグルなどを使用していなければ使用者の視界を一時的に奪うだけの光量を発する。特に、今使っている拳銃タイプのような短身銃では、それは顕著に表れる。

 それほどの光を、突然、目の前で見せられたらどうなるか。


「っく」


 タロウが反射的に目を瞑るが、もはや意味は無い。弾丸を防いでいた見えない壁は、しかし、光までを防いではくれなかった。

 男は銃を持たない方の手を固く握りしめ、一時的ながら視界が効かないタロウに拳を奮う。

 『ゴッ!!』という鈍い打撃音は、見えない壁に阻まれずに攻撃が届いた証だった。

 タロウはその拳の威力に二歩、三歩とたたらを踏む。

 ふらふら、と覚束ない足取りのタロウに男は再度拳を奮うために距離を詰める。が、男はその一歩目を踏みとどまった。

 まるで幽鬼のようなタロウから発せられる雰囲気が、男の本能に語り掛けてきたのだ。

 近寄ってはいけない、と。


「君と、本気で戦う事って、今までなかったよね」


 頬を擦りながら問うタロウ。

 男は答えない。否、答えられない。


「やっぱり君は強いな。僕が持ってきた、君は知らない筈の武器をこんなにもうまく扱う上に、僕に攻撃を浴びせるんだから。本当に、参っちゃうよ」


 タロウはへらへらとした表情を作りながらも、男を縫い止めているねっとりとした威圧感は加速度的に増していきそして、



 ゆらり。



 タロウは右手に持つ剣を振り上げる。


「だからさ、僕は敬意を表して僕の持てる力の全てを君にぶつけよう」


 よくみると、タロウの口元は切れており、つー、と血が垂れている。

 しかし、重力に従い地に垂れるはずだった血液は、自然の摂理に逆らって落ちることなく上昇し、タロウの持つ剣へと吸い込まれるように纏わりついていく。

 それは徐々にその量を増し、気が付けば、タロウの体の至る所から血が線を描き、一滴残らず頭上に構える剣へと螺旋状に纏わりついていた。次から次へと剣に向かうさまは、まるで真っ赤な薔薇の蕾のよう。


真っ赤な薔薇の噴水ローズブラッドファウンテイン


 タロウの唇がその言葉を紡ぐと、宙へと突きつけられていた巨大な薔薇の蕾は、ゆっくりとその芽を覗かせ、巨大な、タロウの体を丸々飲み込んでしまいそうなほど巨大な、真っ赤な一輪の薔薇を咲き誇らせる。

 そして爆発するように唐突に膨れ上がると、咲き誇っていた花弁は霧散し、まるで雨のように辺り一面を散った花弁が彩った。

 男はそんな幻想的な光景を唖然とした表情で見上げる。長い間一緒に居たが、こんな技を見た覚えは無かった。そうして何の対策も心構えも出来ぬ間に、薔薇の棘が男に絶叫を上げさせる。

 薔薇は綺麗なだけの花ではない。それは、幻想的な薔薇の雨にも当てはまり、もはや、逃れる術は無かった。


「ガアアアアァァァァァァ!!」


 体中が切り刻まれ、その激痛に獣のような絶叫を上げそして、力尽き顔面から地面に崩れ落ちた。

 そんな男にタロウは言う。


「やっぱり、君は強いね」


 異世界人であり、この世界の人々よりも遥かに強力な力を有しているタロウの誰にも教えなかった奥の手とも言える捨て身の奥義を受け、なおも、男の命は散りきっていなかった。

 そんな男の執念とも言えるしぶとさを目の当たりにし、告白するかのように重々しい口調で地に倒れ伏した男に、いや、誰に聞かせるでもない独り言を口にする。


「僕はね、ここに来る前にルミアーナにお願いをしていたんだ。『学校』を作ってくれって。この世界を守り、この世界を発展させる、そんな人達を育てる学校を作ってくれってね」


 そんなタロウの独白には、予想に反して言葉が返される。


「おま、えは、未来に、責任、を、押し付ける、気か」


 ゴホォ、と血を吐きながらも地に伏した男は言葉を紡ぐ。

 タロウはそんな男に本気で驚いた顔をした。いくら息があるとはいえ、会話できるような体力など残っている様には見えなかったからだ。

 しかし、結局そのことについては何も言わず、その代り、残り僅かの命を振り絞って問いてきた男に答えていく。


「この世界はもう限界だったんだ。僕を呼ぶ、ずっと前からすでに。僕が何とかできればよかったんだけど、もう、それも不可能な状況だった」

「だか、ら、壊した、のか、世界、を」

「世界を救う方法が、もう、壊れた箇所を無理やりくっ付けるぐらいしか思いつかなかったからね。全く、こんな方法でしか世界を救えないなんて……」


 タロウは自嘲するように小さく笑う。


「その上、そんな無茶苦茶の代償として世界は大きな爆弾を抱えることになるなんてね。君の言うとおりだよ。僕は未来に責任を押し付けたのさ」


 そこでタロウは空を見上げる。真っ赤な薔薇が落ちきった空には、依然として何も見えない灰色しかない。


「結局、僕は、英雄になんかなれなかった」


 消え入りそうなその言葉は、謝罪か懺悔か。


「すま、ない。おれ、にちか、らが、なか、った、ばか、りに」


 タロウはそれに言葉を返そうと、男の方を振り向く。

 しかし、そこには既に物言わぬ骸しかいなかった。

 それでも、言う。


「ごめんアシア。僕に力があったばっかりに」



 そしてタロウは手を振りかざした。

 世界の破壊を。

 世界の修復を。

 世界の再生を。

 己が手で成し遂げる為に。


「さぁ、世界の誕生だ」







*****







 夢を見ていた。それは遠い過去の夢。それでありながら、現在にまで続く夢。

 いろんな感情がごちゃ混ぜになりながら、それでもただ前に進もうとした一人の男の終焉の夢。

 そんな夢を見ていた。……気がした。







*****







「おい、朝だぞ。起きろ」


 そう声をかけたのはズングリむっくりとした体格のいい大男。顎にはもじゃもじゃと髭が蓄えられており、腰にはエプロンを巻いている。決して上等なわけでは無いが、それでいてみすぼらしくもない極々一般的な服装をしていた。

 そんな彼は何度かベッドの上にいる人物を揺すったり、声をかけたりして目を覚まさせようとしている。しかし、そんな彼の努力は布団の魔力に取りつかれ、幸せな笑顔を浮かべている少年には一向に届いていなかった。

 いくらやっても全く起きる気配のない少年に対し、彼の額には徐々に青筋が浮かび上がってくる。

 そんな男の堪忍袋が限界に達しようとしたまさにその時、少年の口がもぞもぞと動いたではなか! 彼はそれを見てようやく起きたかと胸を撫で下ろす。青筋も消えて行く。

 しかし、少年はそんなに甘くなかった。


「もうお腹いっぱいだよ~。にへへへ」


 あまりにも典型的な、その寝言。

 その言葉に、我慢に我慢を重ねてきた彼の堪忍袋の緒は良い音を立ててぶち切れたのだった。


「さっさと起きやがれ、この糞餓鬼ぃぃぃぃ!!」


 右手に握られた鉄の塊を感情の赴くままに振り下ろす。

 それは布団に包まれ、惰眠をむさぼっていた一人の少年の額に寸分違わず命中した。


「いったああああああああああああ!」


 幸せな夢をみて微睡んでいたところでの、突然且つあまりにも強烈な衝撃は彼の意識を瞬間的に覚醒させる。


「漸く起きたか。全く、手間掛けさせる」


 「ふん」と鼻息荒く大男がそう言うと、フライパンによる目覚まし(物理)を受けた少年がゆっくりと振り向いた。

 まだ衝撃を受けた額が痛むのか、両手で押さえて涙を浮かべてはいるが、その目の奥はメラメラと怒りに燃えている。


「ふっざけんな! 起すにもやり方ってもんがあるだろうが! 揺するとか声をかけるとか! それがフライパンって……、死ぬぞボケェェ!!」


 そのやり方で起きなかったのはどこのどいつだか。

 大男の彼が少年の安眠の妨害を果たしたフライパンを肩に乗せ、溜息を吐いてしまったとしても責めることは、恐らく目の前にいる少年以外は、誰にも出来ないだろう。


「それよりも、お前また遅刻するぞ」


 いまだにキャンキャン文句を言い続けている少年に彼は疲れた色を隠そうともせずにそう伝える。


「なに!?」


 少年。慌てて部屋にある時計に目をやるが、その時計の針は無情な現実を突きつけてくるだけだった。


「ぎゃああああああ!!」


 本日二度目の近所迷惑なほどの悲鳴を上げベッドから飛び降り、大慌てで着替えはじめる。

 大男はそんな彼にまた溜息を吐きたくなったが、ぐっと我慢し代わりに少年に伝える。


「朝飯と昼飯は玄関に置いてあるから学校行きながら食べな」

「ああ、ありがとう」


 そうして、あっという間に着替えた少年は彼の脇をすり抜け部屋から飛び出していく。

 階段を駆け下りるドタバタと言う騒音が、二階にまで響いてきそして、階下から先ほどの少年の声。


「いってきます!」


 『バタン!』とこれまた騒々しい音を立てながら閉められた玄関の扉。

 この学生寮の管理人をしている大男、ドル・ウィアニルは一年間ほぼ同じように繰り返した一幕を経て、ようやく一日が始まったような気がしたのだった。



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