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新緑のあの子に。

掲載日:2026/05/06

雨の日のコンビニで、十年ぶりに高校時代の友人と再会した。

それは、忘れたふりをしていた過去と向き合う夜の始まりだった。

コンビニの屋根の下に足を濡らしながら急ぎ足で入っていく。


「今日は一日中雨だな……。」


そう呟き、空を見上げる。

灰色の雲が空を覆いかぶさり、十七時なのにもう夜のようだった。

気怠い空気にため息を流し、傘立てに傘を置く。


息を飲む。


私の視線は隣の傘に釘付けだった。

この鮮やかな新緑の色は明らかにそう、あの傘だ。



扉の開く音に驚き、小さく声をあげてしまう。


「あぁ、すみません。」


目線をあげた先には、とても見覚えのある顔立ちがいた。


「え、香澄?」


相手も気づき声をかけてくる。


「あぁ、久しぶり。」


私はそう答え、沈黙が二人の間に流れた。


「あ、俺行くね。ごめん、声掛けて。」


手を軽く振り走り出そうと地面に足を踏む彼を、私は意志よりも先に掴み止めた。


「ちょ、ちょっと待って、!」


何を待って欲しいのだろうか。私は彼に何が言いたいのだろうか。

数秒黙った後、


「今から時間ある?よかったら、少し話さない?」


声は出たが、目を合わせられなかった。

私はこの期に及んで何を。


「あぁ、俺はいいけど。」


私達は傘一つ分の距離を取りながら帰路を歩いた。


「すごく懐かしいな、香澄とまた話せるなんて。」


このテンポ。この調子。この人の話し方は変わっていなかった。


「そうだね、ごめんね。引き止めちゃって。」


「ううん。俺もずっと香澄のことが気がかりだったんだ。会ったのは、あの日以来だったから。」




家に着き、扉を開ける。


「どうぞ、少し散らかっているけど。」


「ありがとう、お邪魔します。」


そういうと娘が勢いよく走って私に抱きついてきた。

隣の男に気がつくと、私の腰までの小さな体をめいっぱい大きく使い、大きなお辞儀をした。


「こんにちわ。おじさんだあれ?」


「ははは。大きくなったね。おじさんはね、お母さんの高校時代からの友人だよ。」



そう。

私たちが出会ったのは、もう10年も前の話だ。

高校に通い、毎日がラメの粒子のように煌めいていたあの頃。


私達は三人グループだった。

私達は高校に入学し、一年生の頃に同じクラスになり、席も近かったことで次第に仲良くなっていった。


深夜に三人でコンビニで集まって、将来の話をした。

放課後の教室で腐るほどの愚痴を言った。

図書室で盛り上がりすぎて、何度も怒られた。


そんな思い出が、一つ一つ走馬灯のように頭を駆け巡る。


全てが終わったのは彼。

優斗が口にしたあの日のことだ。


私たちは高校を卒業し、大学が離れても月に一度は集まり、環境の変化への不安や悩みを話した。

次第に会う頻度は少なくなったが、私達の三人が一番の居場所だという絆は揺らぐことがなかった。

大学を卒業し就職し、私は二十四歳で結婚し、子供を産んだ。


娘が三歳になった時、母親の訃報を聞いた私は、

当時単身赴任していた夫に代わり美紀に子守りを頼んだのだ。


美紀は三人のうちの一人で、私の一番の親友だった。

私が彼女をどれだけ信頼していたか。それがあっての行動だったのだ。

言い訳のような言葉は幾らでも出てくる。



美紀は、その日に亡くなった。

春の気を孕んだ冷たい風に吹かれていた枯葉を追って、横断歩道に飛び出した娘に迫るトラックから庇い、美紀は死んだのだ。


訃報を聞いた時、私と優斗は一緒にいた。


母の葬式が終わり沈んだ気分の中、ふと優斗に電話をかけコンビニでお菓子を沢山買い、みんなで家で分けよう。

そんな話をしていた帰路の上だった。


仕事の関係で葬式には参列できなかった。その代わり優斗と二人で通夜に参加した。

優斗は美紀がよく使っていた新緑色の傘を遺品として譲り受け、私も何かと勧められたがその場から早く帰ってしまいたかった。

葬式に参加できなくて申し訳ないと心からの言葉かのように私は言った。


砂が指の間からサラサラと落ちていくような掴みどころのない罪悪感とも呼べない何かが、私の中に蠢いていた。


その日から優斗とも高校の同期とも会っていない。

美紀を知る全ての人との縁を切ってきたのだ。

しかし、またこうして優斗と出会ってしまった。


これは美紀からのプレゼントだろうか。

娘の頭を撫で、目線を上げて見た鏡の中の自分はより一層霞んで見えた。


あぁ、会わなければ良かった。

そう心に黒い霧が広がっていく気配を感じながら、靴音に気づき扉に目をやる。


「ただいま。お?優斗くんじゃないか、すごく久しぶりだねぇ。元気にしてたかい?」


優斗に畳み掛けるのは私の夫だ。


「ああ、ご無沙汰してます。たまたま香澄とコンビニで会って、ついてきちゃいました。お邪魔してます。」


ペコペコしながら夫に頭を下げる優斗を見て、少し心が温かく解ける感覚がする。


「ご飯でも食べていったらどう?」


そんな誘いに優斗は乗らない。

人の家のご飯が苦手だと学生時代からよく言っていた。


「あ、じゃあお邪魔しちゃっていいですかね?」


「え?」


私は間の抜けた声を出す。


夫は優斗の肩をつかみリビングへガツガツと進んでいく。

その日はお酒を飲み、昔の話をし、仕事の話をし、美紀の話をした。


雨上がりの冷たい夜風に鼻を晒しながら、コンビニまでの道を歩く。


「楽しかったなぁ。」


うわ言のように呟く優斗に


「昔は楽しかったよね。」


私は共感する。


「ううん、俺は今日。この日が楽しかった。それを香澄に伝えたい。」


握りしめた手を震えさせながら言う彼の目には、涙が浮かんでいた。

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