膝を抱える夜
メグと別れた後、家までの間に俺は改めて一之助にくぎを刺した。
「とにかく俺が全部説明すっから、頼むからあんたは黙っててくれよな。でないと、一人表に放りだすことになるからさ。」
それに対して一之助は黙っていた。放りだすなら放りだせば良い、そんな顔をしていた。
「なぁ、怒んなよ。無闇に探したって良いことないって。」
「それは、拙者も解っておる。ここに来てから見るもの聞くもの知らぬものばかりじゃ。迂闊に動かん方が良いこと位は心得ておる。」
だから、その口調が既に怒ってるだろーが。
家に着いた俺は、まず一之助を母さんに紹介した。
「えっとさ、こいつバイト仲間で本山一之助ってんだけど、大家さんと大喧嘩してさぁ、アパートおん出されたんだ。2~3日で良いから泊めてやって?いいかな。」
「本山君?聞いたことないわね。」
母さんは、今まで聞き覚えのない名前に首をかしげてると、一之助が母さんに挨拶をした。
「拙者、本山一之助でござる。圭治、此方は北の方であられるか、お世話になり申す。」
おいっ、言ってる傍から侍言葉使うなよ、バカ! でも、一之助の立場なら俺の母親にシカトこくわけにもいかないか。黙って頭下げててくれるだけでいいのによぉ。めんどくせぇ。
「あら、面白い子ね。でも、私北の方じゃないわよ。出身は山口。」
だけど、まさか一之助がマジ侍だと思っていない母さんは、それをギャグだと取ったらしい。ちょっと苦しいけど、それ頂きだ。
「母さん、ボケかましてんじゃねぇよ、北の方って昔の言葉で奥さんって言う意味だろ。こいつお笑い芸人目指してんだよ。侍ネタ(うー、どっかで見たような気もするけど気にしない、気にしない)で売ろうと思ってんだってよ。」
俺は、一之助を芸人志望だということにした。
「解ってるわよ、それくらい。ま、あんたの部屋でって言うなら、2~3日なら良いわよ。夢に向かって頑張ってるなんて良いことじゃない。」
てな訳で、母さんからあっさりOKをもらって、俺はとりあえずホッとした。
その時、2階の部屋からウルサイ奴の声がした。
「ねぇ~お母さーん、私のジャージ知んない?」
俺の背中からどっと汗が噴き出した。
「あら、ちゃんと引きだしに入れてあるはずよ。」
「一着足んないの。」
「鞄に入れっぱなしになってるんじゃないの。探してみなさい。」
俺はそんなやり取りをひやひやしながら聞きながら、風呂場の横の洗濯機にそっと近づき、やおらその中に今話題に上っている雅美のジャージを放り込んだ。
「これの事ではないのか?言わんでも良いのか?」
と呑気に言う一之助に口に手を当てて黙る様に合図して睨んだ。一之助はちょっとびっくりした後、首を縦に振って黙った。
明日たぶん、母さんが雅美に洗濯機に入っていたと言うだろう。あいつが俺に何か文句言って来るかもしんないけど、シカトして乗り切る…しかないだろ。ばれたら、
「何それ、乙女のジャージを男に着せるなんてマジあり得ない!」
とかギャーギャーと騒ぎまくられるのがオチなんだから。そんなもんは絶対聞きたくねぇ。
食事の間中一之助はずっと聞き役に回って笑っていた。案外言ってることが解んなかっただけなのかもしんないけど、下手なことを言われるより俺には精神的に良かった。そしたら、
「この人お笑い芸人なんでしょ?どうしてこんなに無口なの?」
って雅美が余計なこと言いやがる。けど、
「お笑いってのはな、人間観察が大切なんだぞ。普段からの観察が芸につながるんだ、自分が話してばかりじゃ観察できんだろ。」
って、父さんがフォローしてくれたのにはマジビックリした。
「腕のある芸人の方が、オフでは根暗なんだよ。」
って、俺がそれに畳みかける。
「じゃぁ、お兄ちゃんには無理だね。」
と雅美は言った。どーいう意味だよっ! 俺、芸人になる気なんてハナからねぇし……
食事が終って、昼も入ったからいらないと言い張る一之助を無理やり一緒に風呂に入れた。そいで一之助が、
「一日に2度も湯あみするなどと、殿でもやらん贅沢なことを、拙者にはできん!」
って言った時には、家族全員ウケた。一之助は大マジなんだけど、ネタにしか見えなかった。-言った時には苦し紛れだったけど、このまま帰れなくても、お前仕事できるぞ。
「助かったよ、黙って食ってくれたお陰でばれなかった。」
俺の部屋に戻った後、俺はそう言って一之助を労った。
「当たり前じゃ、昼は甘味じゃからまだしも、拙者食事中に口を聞くような下品なことは出来ぬ。」
あ、黙ってたってそう言うことだったの。ま、何にしても結果オーライ。
「しかし、それも楽しいもんじゃな。姫様もここに居れば、さぞ喜ばれたろうて…」
でも、お姫ちゃんがいたら、お前そもそもここに居ないだろーが。でも、俺もお姫ちゃんも入れて飯食ってみたいとホントに思った。
「ああ、だから、絶対見つけような。じゃぁ、消すぞ。」
そう言うと俺は電気を消して、自分のベッドに横になった。一之助には下の床に布団が敷いてあった。一之助はそこに膝を抱えて坐ったままでいる。
「明日も、探さなきゃならないんだろ。寝ろよ。」
「圭治は気にするな。戦で陣を張っている時は大抵この姿勢じゃ。慣れておる。」
「ここは合戦場じゃないじゃん。」
一之助にそう言われて、俺はくすっと笑ってそう答えた。棗球にぼんやりと見える一之助の瞳はこの部屋を映していない。そうか…今の一之助にとっては、この平和な現代だって城じゃなきゃ戦場なのかもしれないと思った。お姫様を見つけないことには、終わらない戦……
けど俺、今日はいろんなことがありすぎてへとへとだから。気にしない訳じゃねぇけど、寝るわ……おやすみ。