姫様さがし
家の近くに戻った俺たちはようやく姫様さがしを始めた。
「お姫様ってどんな方なの?」
そう言えば俺、肝心の姫様の事、何にも聞いてなかったっけ。
「我が殿、外部忠隆様がご息女あみ姫様は、ほんにかわいらしいお方じゃ。」
一之助はやっぱり自分の殿様の事を言う時はなぜか胸を張る。でもなんで、綺麗じゃなくて可愛いなんだ?
「ねぇ、お姫様っていくつ?」
メグも同じことを思ったのかもしれない、一之助にそう尋ねた。
「御年5歳になられる。」
「5歳?!」「え~っ、5歳なの??」
俺たちは同時にそう叫んだ。男一人が姫様を連れだしたって言うから、てっきり中学生か悪くしても小学生くらいの年恰好だと思っていたんだけど、5歳だとはねぇ…
「圭治、がっかりしたんじゃない?若いお姉さんじゃなくて。」
メグがすかさず茶化す。
「充分若いお姉さんじゃん、思った以上に。」
「思った以上にねっ。」
うるさいぞ、お前…そう言おうとしたら、メグは何かを思いついたような顔をして、
「けどそれって、数え年よね。」
と言った。
「それがどうしたってんだよ。」
大体数え年って何だよ。
「あら、知らないの?今はあまり言わなくなったけど、誕生日で年を取る満年齢のほかに、正月ごとに歳を数える数え年っていうのがあるっていうの。本山さんの時代ならまず数え年でしょ。」
「だから、歳を越すと言うのではないのか。大体、拙者たちより下々の者は正確な誕生の日時すら知らぬ者も多いのではないかな。本人が覚えている道理もないものだからな、親御が覚えておらねば、分からぬな。」
ホント、こいつってば無駄に変なことよく知ってるよなと思っていると、一之助がそう補足した。それにしても、誕生日を知らないってマジかよ。
「だから、何。」
「それだと、お姫様はわたし達が考えてるよりまだ1歳から1歳半年齢が小さくなっちゃうのよ。つまりお姫様は3歳半から4歳ってことになるのよ。」
へっ、3~4歳?!それって、子供ってより赤ん坊じゃん!それに、一之助の年齢も一歳若いとすると…
「ええ~っ、俺たちってタメなのか?!」
思わず俺はそう叫んでいた。
「何じゃタメとは。」
「あ、同い年、同い年ってことだよ。」
「驚くことはないではないか、先ほど拙者十八と申しただろうが。一つくらい若返った位で大袈裟じゃの。」
俺の驚く声に、一之助がそう言って笑った。十八と十七とどれだけ違うんだって話かも知んないけど、元々三十路くらいだと思ってたおっさんが、実は同い年だったって言うのは、衝撃以外の何もんだってぇの。
「ウソ、マジで同い年?!」
メグが小声でそう耳打ちしたので、俺は肯いた。メグの顔が引きつっている。そうだよな、俺と同い年って言うことは、メグとも同い年になるんだから。
それでも気を取り直して、俺たちはあみ姫ちゃん(3~4歳って聞くと、なんか姫様って感じがしなくって)の特徴を聞いた。
「じゃぁ、身分を隠すためにあの頃の普通の子供みたいに、おかっぱ頭で丈の短い着物を着てるのね。」
「そうじゃ。赤い格子柄の着物を召されておる。」
メグの質問に一之助は頷いてそう答えた。
「今時そんな着物着てる子なんていないし、そんな小さい子がそんな恰好してたら目立つわよ。もう保護されてるかも。」
保護、警察か!それ考えてなかった。そうだよな、そんな変わった恰好のチビがひとりで歩いてたら保護されないはずはない。
「交番に行ってみるか。」
「うん、行こう!」
それで、俺たちは近くの交番に向かった。交番には若い警官が暇そうに座っていた。
「あのぉ、丈の短い赤い着物をきた3~4歳の女の子の迷子の届出ってないですか。」
別に悪いことしてる訳じゃないんだけど、俺は恐る恐るそう聞いた。
「迷子?君の妹かな。本署に問い合わせてみるから、その子の住所と名前は?」
俺がそう聞くと、警官は筆記用具を持ってそう尋ねた。ヤバっ、住所!!もちろん戦国時代にも住所くらいあるんだろうけど、その住所が今の何処なのかもかも解んないし、戦国時代そのままの地名なんて交番で使える訳ないじゃん。
「あ、いたいた…あみちゃんこっちよ!」
その時、メグがそう言って走り出した。慌てて、俺と一之助が後に続く。だけど、少し離れた角を曲がって、メグの足がピタッと止まった。
「姫様、姫様はどこじゃ!」
「ゴメン、ウソ。」
姫様を探してきょろきょろする一之助にメグは頭を下げた。
「謀ったのか?!何故じゃ、あの御仁に探すのを手伝ってもらうのではないのか!!」
でも、それがウソだと言われて一之助は激怒した。
「ゴメン、あの場合、ああ言うしかなかったの。普通迷子だったら警察に探してもらうのが一番いいんだけど、それには何処に住んでいるのかわからないとダメなのよ。あの頃の住所と今の住所は全然変わってるし、戦国時代から来たって正直に話しても解ってもらえないのよ。」
「その方たちは信じてくれたではないか!」
「普通は信じてもらえない。警察では却って怪しまれるよ。マズったよ、なんで住所にもっと早く気付かなかったかな。」
「地味に聞き込みするしかないわね。」
一之助は、イライラと足を踏みならしていた。俺たちはそれに何の言葉もかけてやることが出来ずに、しばらく誰も口を開かなかった。
やがて、のろのろと動きだした俺たちは、地味に聞き込みをしてはみたけど、やっぱりそれらしい女の子はいなくて、その内長い夏の日もとっぷり暮れてしまって、田舎の住宅街には人っ子一人出ていない状態になった。
「今日はここまでかな。」
「そうね、誰も出ていないんじゃ、聞きようもないわ。」
俺の言葉に、物言いたげな一之助の顔を見ながらメグが念押しする。
「一之助、帰るぞ。」
「帰るとは、何処へじゃ。」
「決まってんじゃん、俺んちだよ。今日は何とか理由こじつけてウチで寝られるようにしてやっからさ。」
「かたじけない。」
一之助は口では礼を言っていたが、その本心はまだまだ姫様を探したいというのがありありとわかった。だからと言って、むやみに不眠不休で探したって見つかるってもんじゃない。そんな目立つ格好で歩いていたら、地元のケーブルテレビで迷子放送をしてくれるかもしれないし。そんな事をいちいちと一之助に解かる様に説明するには俺は疲れ過ぎていた。
俺はメグと赤外線でメアドを交換すると、メグに手を振ってすたすたと自宅に向かって歩き始めた。
「伊倉殿、今日はいろいろと世話になった。礼を申す。では、御免。」
一之助はそう言って俺の後に続いた。