こうなりゃ、やってやろうじゃん!!
「ま、とにかくこーいうアブナイもんは納めろや。姫様が絶対にこの時代に居ないって保証はないんだし……」
俺が苦し紛れにそう言うと、一之助はまた色めいた。まったく……単純な奴。
「姫様はやはりこの時代におるのか!」
「解んない。解んないけどよぉ、本山さんがここに居るってなんか理由とかありそうじゃない? そう言うのって大体SFのお決まり事だし……そうそう、物事にはさ、何でもちゃんと理由がある……様な気がする。」
こんなんで丸めこめる訳ゃねぇよなぁと思いつつ、俺は畳みかけるようにそう言った。
「そうじゃな、何事にも理由がある…拙者がこの訳の解らぬ世界に来たのにも意味があると言うか。」
すると、一之助は考え込みながらそう返した。
「そうそう、そう言うこと。それに、俺もその姫様探しに付き合うよ。ま、乗り掛かった船って奴で。」
こうなりゃ、やってやろうじゃん! 宿題は気にならないっちゃウソになるけど、こんなアブナイ奴を放っておけるほど、俺は非情にはなれなかった。
「かたじけない。拙者、高橋殿より他に今は頼る者はいない故、よろしくお願い仕る。」
俺が姫様探しを手伝うと言うと、一之助はそう言って深々と頭を下げた。
「礼なんていいよ、それより高橋殿ってのは止めてくんない?圭治で良いよ。年上のあんたに、丁寧に言われるとなんか気色わりぃ。」
それに対して俺はそう言ったけど、よくよく考えてみると俺一之助の歳聞いてないんだっけ。それで俺はそれこそ軽い気持ちで、
「そもそも、あんた幾つ?」
と聞いたんだが、帰って来た一之助の答えに俺はひっくり返った。
「拙者か、拙者はこの春十八になったが?」
「じゅっ、じゅうはちぃ~!!」
「何をビックリしておる。」
一之助は俺が目を白黒させてるのを首を傾げて見ている。
「んな、バカな…俺よか一個上だけ?!」
「では、圭治殿は十七か。やはりな。でかいなりをしておるから拙者よりは年若いとは言え、そんなには離れておらんとは思っておったが。」
一之助はうんうんと頷きながらそう言った。
うわぁ、18かよぉ……ちょんまげ結ってるときにはマジ30以上に見えたぜ。ああ、でもかろうじて年上だ。俺は、一之助が俺に『一体幾つに見えたんだ』とツッコミを入れてくるんじゃないかとビビったが、そんなことはなかった。
「では、拙者の事も一之助と呼んでくれ。その方がお互い親しみも湧くだろう。」
一之助はそう言っただけだった。
「お、おう……じゃぁ、あんたも殿はなしだぞ。俺のが年下なんだからさ。」
俺はそれにつっかえながらそう返した。
「相解った。」
「そうと決まれば、出かけるぞ!」
「早速姫様を探していただけるか。」
「もちろん探すけどさ、ついでに服も買おうぜ。」
その服雅美のだし、も一つ言うとそのジャージ、学校の体操服なんだよな。早く返しとかねぇとあいつに殺される。
俺は一之助の荷物の一式を自分の部屋のクローゼットに放り込み、玄関で一之助にあう靴を探した。一之助が履いていたのは草鞋だったし、それももうかなりボロだったからだ。
俺は下駄箱の隅に小学生の頃のビーチサンダルを見つけた。これなら、草鞋に似てる。で、履かせると、ピッタリだった。
「さぁ、行くか。」
表に出た俺は、そう言って後ろにいた一之助をみた。臙脂のジャージを着た小柄なスキンヘッドの眼付の鋭い男。アンバランス極まりないその姿は、どっか滑稽だった。それに、よく見ると髷のあったとこは日に焼けてなくてまだら…俺はそれに気づいて吹き出してしまった。
「圭治ど……否、圭治、何か面白いものでもあるのか。」
「い、いや……何でもない……」
だけど、それを一之助に知られたら、あいつは俺の部屋に戻って槍を持ってきて突かれそうだ。俺は必死で笑いを堪えた。
住宅街を抜けて表通りへ。それまで興味津津って様子で歩いていた一之助がギョッとして立ち止った。
「何じゃあれは? 牛もおらんのに牛車が動いておる……しかも、怖ろしい速さじゃ。」
そしてぼそっとそう言った。見ると4ナンバーのワゴン車が、速度制限を守って走っていた。俺から言わせると、どちらかと言えばちんたら走っている様に思うくらいの速度だった。でも、馬より早い?ま、どう考えても牛よりは早いだろうな。
「一之助、これからあれよりデカイのに乗るつもりだけど、覚悟は良い?」
「あれより大きなもの?! しかも乗るとな??」
一応この辺にも店はないこともないけど、服を買うにはここからバスで20分位行った隣町のスーパーに行った方が良い。俺はちらっと一之助を見た。
「一之助…怖いか?」
こいつ微妙に震えてやんの。俺がにやにや笑いながらそう聞くと、
「あ、いや……拙者何も怖くはござらん。全然怖くはござらんからな! 圭治、早速その大きな牛車とやらに乗ろうではないか。拙者、た、楽しみじゃ。」
一之助はそううそぶいた。素直じゃねぇの!いや……ある意味素直か。俺たちはしばらくバス停でバスを待っていた。
やがて、やって来たバスに、一之助は思った通りのリアクションをした。必死に平静さを保っている様に見せかけているが、その様子はどう見ても『ムンクの叫び』。俺は、
「これに乗るぞ。」
と一言だけ言って、2人分のバス代を払ってバスに乗り込んだ。はぁ……往復バスに乗って、一之助の服買ったら、折角の夏休みのバイト代が……
一之助も続いてバスに乗り込むと、さっきの経験を踏まえて? 一旦床にどっかりと胡坐をかいた。
「おいおい、ここはそのまま座んじゃねぇ!」
俺は慌てて、一之助の手を引っ張って、後部座席の長い部分に俺と一緒に座らせた。
「おお、これは先ほどの様には沈まんな。」
一之助は、乗り合いバスのチープなクッションにホッとした表情でそう言った。
「しかし、この牛車……」
うん? まだ何か言いたいことでもある? そう思いながら俺は一之助の次の言葉を待った。
「まるで、座敷牢の様じゃの。」
ざ、座敷牢?! 俺たち護送されてるってか? 俺が一之助を護送してるってか?
「じゃぁ、俺って悪代官か? もう姫様さがし手伝うの止めよっかなぁ。」
「いやいや、拙者はただ、この牛車の造りを言ったまでで……」
で、俺がそう言うと、一之助は姫様さがしを止められては困ると、慌ててそう言いなおした。ホントっ、かわいい奴。俺はそんな簡単に姫様さがしを止めたりしねぇよ。止めてまた、切腹騒ぎなんて起こされたくはないからな。
一之助はそれこそ3歳のガキみたいに窓の外の風景を眺めている。
やがて、目的のスーパーに着いた。一之助は地上3階建てのその建物に目を瞠った。
「この城みたいな所が、市だと申すか。」
城?ま、一之助の時代の高層建築と言えば、城ぐらいしかないのか……俺はそんな事を考えながら頷いた。
「とにかく行こうぜ。」
そしてスーパーの中に入ると、まっすぐ階段を目指した。エスカレーターもエレベータもあるにはあるが、紳士用品売り場は2階だし、動く部屋だの動く階段だのとまた一之助に騒がれかねない。
階段スペースのすぐ横には金券ショップがあった。新幹線のチケットや、色々な商品券の隣には、古銭の商品ディスプレーがあった。
「そうだ、買い物をするにはこの時代の金子でなければならんのだろう。姫様をお守りするためにと殿が下されたものだが、圭治に金の難儀をさせるのも心苦しい。全部でなければ両替も差し支えなかろう。」
そう言うと、一之助は俺が出がけに貸したバッグの中から財布の様なものを取り出し、なんとピカピカの小判を取り出し、店のカウンターに差し出した。
「済まぬがこれを両替してもらえんだろうか。」
その小判に俺もビックリしたが、もっとビックリしたのは、その店のオヤジさんだった。
「そ、それは銀判!!君、これを何処で?!」
銀判?小判じゃねぇの??銀で出来てるから、銀判?
「殿が下された大切なものじゃ。」
オヤジさんの言葉に、一之助は胸を張ってそう言った。一之助は殿様の話をするときはホントいつも偉そうにするよなぁ。でも、そんな胡散臭い説明なのに、オヤジさんは妙に興奮していた。
「す、すごい!今までにも古い銀判はいくつか見てきたが、こんなに状態の良いものは初めて見た。これは室町時代後期のものだよな。それで未使用なものが存在してたなんて!!」
オヤジさんは急遽手袋を填めると銀判を持ってプルプル震えながら見入っている。でも、俺はそれで、一之助が本当に戦国時代から来たんだと改めて実感して鳥肌が立った
「そ、そうだ…いくらで買おう?5万円?それじゃ安すぎるか…子供相手に足元を見ていると思って、譲ってはくれんかな。よーし、8万円出そう。それで、良いか。」
「元より譲るつもりじゃ、それで構わぬ。」
オヤジさんの言葉に一之助が即答して商談成立。オヤジさんはレジから一万円札を8枚出して一之助に渡した。俺は内心、こんなに簡単に金が手に入って良いのかって思わなくはなかったけど、とりあえずバイト代を減らさずに済んだのは正直ありがたかった。
一之助はオヤジさんに一礼すると俺の方に寄って来て、
「これが圭治たちの時代の金子か…よく見ると紙ではないか。紙などが銀の代わりになるのか、本当に。」
と心配そうに試す眇めつ眺めている。
「紙ってったって、そんじょそこらの紙じゃねぇから。洗濯機に入れたって破れねぇし…」
「何と、この紙の金子を洗うなどといううつけ者がおるのか?!」
俺はついうっかりと洗濯機と言ってしまったんだが、一之助は洗濯という理解可能なワードに食いついて、そう答えた。ま、着物にはポケットないからな。それに、いちいち手洗いだし。
「これだけあればこのような服は買えるのか?」
続いてそう言った一之助に、
「充分お釣りがくるぐらいだよ。」
と答えた。この金額ならブランド物のジャージにだって、お釣りがくるだろうよ。あ、何なら安いスーツでも買うか?背はちんまいけど、スタイルは悪くねぇから、結構様になりそうだ。
俺たちがそんな話をしていると、後ろで女の声がした。
「そこの不良少年たち、大金持って何にやにやしてんの?アブナイなぁ。」
振り向くとそこには……俺の幼馴染のメグ、伊倉愛海がいた。こいつ夏休みもあと3日だってのに、何でこんなとこに居るんだよ。