おまけ
一之助的最終章(一之助サイドのエンディング)
「姫様、そちらは危のうござる、姫様!姫様!!」
拙者はようやくのこと、とてつもない大きさの牛車に吸い込まれていく姫様を抱きかかえると、圭治に姫様を投げて渡した。本来なら、お仕えする殿のご息女をそんな風に投げたとあっては、詰め腹切るくらいでは済みそうもない。しかし、事火急の事態じゃ。殿も許してくれるじゃろうて。
そして、拙者は敢無く牛車に轢かれてしまった。
「一之助ぇ……痛いか?」
拙者が次に目を覚ますと、目に涙をいっぱいに溜められた愛海姫さまの顔が飛び込んできた。
「姫様、御無事でしたか……ならば、拙者の傷など造作もないこと。うっ」
拙者は姫様に心配をおかけするまいと起き上がろうとして、激しい痛みについ声が出た。あのような牛車に轢かれたのに、これしきの傷で済んだのはまだ幸いか……そう考えておると、そこに伊倉殿が入ってこられた。
「かなりの深手を負われておられます。ご無理はなさらず、どうかそのままお休みになっていてくださいませ」
「伊倉殿、かさねがさね忝い。で、圭治はどうしておる」
拙者がそう言うと伊倉殿は驚いた様子で、
「まだ、お二人の他に連れの方がおられたのですか? 私が一之助様を見つけた時は、他にはどなたも。それにしても、どうして私の名を何故御存じなのですか?」
と首を傾げた。そう言われてみれば辺りは静かで、鳥のさえずりが聞こえている。先程来は、あの牛も付けない牛車の音しかせなんだというのに。
「伊倉殿、付かぬことをお伺いするが、此年は何年か。」
「はい、天正八年にございますが、それが何か?」
そうか戻ってきたのか……そう思った時、拙者にあの遠い時代に向かう前の記憶がよみがえってきた。
拙者たちは追手に見つかり、この森に逃げ込んだのだ。何とか木の洞に姫様を隠したものの、その後拙者自身は追手に切られた。
「伊倉殿、下の名前はその…何と申されるか。」
「野依、伊倉野依と申します。」
夕刻、野依殿の祖父、伊倉定朝殿が帰って来た。
「目を覚まされて本当に良かった。しっかり傷が癒えるまでゆるりと養生下され」
定朝殿も見ず知らずの拙者たちにそう言って下さった。
「しかし、それでは追手がもし参れば御迷惑をおかけ申す」
「なんの、迷惑なものですか。外部様には昔大層にお世話になり申した。それのささやかながらの御恩返しだと思うて下され。
それと、姫様のおかわい姿を見られなくなるのがこの老いぼれ、寂しいんですじゃ。ですから、できるだけ長くお留まり下され」
伊倉殿にそっくりな野依殿……そして恩返し……
『では何故、拙者はこの時代に紛れ込んできたと言うのか!その方らの戯言に付き合うためか?!』
拙者は圭治にひどいことを言ってしまったようじゃな。拙者は伊倉殿に恩返しをするためにあの時代に行かねばならなかったのに。知らぬこととは言え……
まぁ、あの二人が拙者がきっかけで結びあわされれば、恩返しの一つになるやもしれぬ。あの様子ではたぶんそうなるじゃろうて。
拙者は、何やら怪しげな箱から出てきた圭治と伊倉殿のはにかんだそっくりの絵を思い出し、一人ほくそ笑んだ。
おまけ‐了‐