木枯らしのオルゴール
特に何をする目的があるわけではないけれど、散策するだけでも楽しいのが「旅行」というものだ。そろそろ太陽が沈むという黄昏の町を一人歩いていると、なんだか自分が物語の主人公になったように感じてしまう。
別に寂しいわけじゃない。今回は一人旅をしてみたかったのだ。一人で、「旅」を。いつもなら適当な友達と一緒にホテルを予約したり、行く場所を決めたりして旅行するわけだが、今回は「旅」だ。気分の向くままにこの街に来て、今こうして歩いている。
「旅」のことを家族に話したら、気をつけなさい、と言われた。別に海外に行くわけではないし、もう子供でもないし、ちょっと何でって思った。
ふと、一つの店が目に留まる。
「オルゴール奏…?」
少し色褪せた茶色い看板に書いてる文字を思わず読む。すりガラス越しの中の様子はあまりよく見えないが、少し気になった。
迷わず、扉に手をかける。少し重たい扉を引くと、中に広がっていたのは少しレトロな雑貨屋という感じだった。小さなピアノのおもちゃや、クルミ割り人形。置時計に、ロケットペンダント。しかしよく見ると、そのすべてにオルゴールが付いていた。
「いらっしゃいませ」
はっと顔を上げると、目の前に女性が立っていた。棚の商品に目を奪われていて気付けなかった。
「あ、えっと・・・このお店が気になって入ったんです」
素直に思っていることを答えてしまったが、多分言うべきはそうじゃないだろう。店員さんは少し戸惑ったように髪を耳にかけなおして目の前のクルミ割り人形を手に取った。
「初めてのご来店ですね。ありがとうございます。ここはオルゴール専門店です」
そう言うと、クルミ割り人形のねじを回す。人形はクルミを割り始めるのではなく、音楽を紡ぎ始めた。どれか一つ買って帰ろうかと思ったけれど、数が多すぎて選べない。
「おすすめとかってありますか?」
「そうですね・・・こちらなんかどうでしょう」
店員さんが小さな茶色い箱を取り出した。
「見た目はシンプルですが、音は保証します」
特にオルゴールに詳しいわけでもないので、買うことにした。
店員さんに見送られて店を出る。ぜひお一人で聞いてくださいと言われたので、少し歩いて閑散とした銀杏並木のベンチに座ってそっと箱を取り出す。
ねじを回す。
「あれ・・・?」
木枯らしが吹く音だけがリアルに耳に入ってきた。




