第5話 マンゴーのケーキ
昼休み。
学食の大広間は、談笑と食器の音でにぎわっていた。
私はレオンと向かい合って座り、いつものようにスープとパンを口に運んでいたが、心は落ち着かなかった。
「ねえ、レオン」
小さな声で呼びかける。
「どうして……どうしてあなたは、私を信じてくれるの?」
彼はスプーンを置き、少しだけ目を細めた。
「最初は少し疑ってたよ。でも、信じることは簡単だったんだ」
「……簡単?」
「春休みに領地で、マンゴーのケーキが出ただろ」
「え?」
「姉さん、一口目を食べたとき、ほんの一瞬だけ笑ったんだ。あの癖、覚えてない?」
私は首をかしげる。自分では気づいていない。
「小さい頃から、姉さんはマンゴーのケーキを食べるときだけ、最初の一口で必ずにっこり笑うんだよ。気づいてなかった?」
「……え?」
「でも、乗っ取られてた五年間は、一度もなかったんだ。その癖が。春休みに戻ってきて……ああ、やっと姉さんが帰ってきたんだって、僕はすぐに確信した」
胸がじんわり熱くなる。
そんな細かな仕草を覚えていてくれたなんて。
「……レオン」
「他にもあるよ。姉さんは字を書くとき、必ず最後の一画を少し強く払う。眠たいときは無意識に右の頬を指で触る。そういうのが、全部、戻ってきたんだ」
彼はいたずらっぽく笑った。
「僕を侮らないでね。ちゃんと見てるんだから」
その言葉に思わず目頭が熱くなり、下を向いて両手をぎゅっと握った。
***
と、そのとき。
デザートのワゴンが運ばれてきた。
「本日のデザートは、マンゴーのケーキです!」
私は思わず目を丸くした。
そして、無意識に――。
「……ふふっ」
一口目を頬張った瞬間、自然に微笑んでいた。
「ほら」
レオンが満足げに笑う。
「やっぱり、可愛いよ」
「~~~っ!」
顔が一気に熱くなる。
慌ててグラスの水に口をつけたが、赤面は隠しようがなかった。
レオンはクスリと笑い、マンゴーのケーキを頬張りながら言った。
「……姉さんは姉さんらしくいればいい。僕は姉さんの味方だから」
その穏やかな言葉に、胸の奥が温かくなる。
失っていた五年間を、少しずつ取り戻せている気がした。
けれど――。
その安らぎが、長くは続かないことを、このときの私はまだ知らなかった。
試験を三日後に控えた学園で、ある前代未聞の事件が起ころうとしていたのだ。




