第4話 あの頃の記憶
教室でひそひそと笑われるたびに、胸の奥が疼く。
――だって、みんなの言葉にも、一理あるのだ。
思い出すのは、入学してからの一年間。
指輪に囚われ、私の体を支配していた“もう一人の私”。
(あの頃の私は……ひどかった。本当に)
***
最初に変化に気づいたのは家族だった。
おとなしかった私が急に派手な宝石を欲しがり、鏡の前で時間をかけて化粧をし、絢爛なドレスばかりを選ぶようになった。
母は「娘らしくなった」と喜んでくれたけれど、父は困惑の表情を隠せなかった。
弟のレオンに至っては、私を見るたびに顔を曇らせ、時に目を逸らすようになっていった。
「姉さん、どうしてそんなに変わっちゃったの?」
本当は抱きしめて「ごめんね」と言いたかった。
けれど私の口から出たのは、冷たい嘲笑だった。
『子供のくせに口を挟まないで。伯爵令嬢の私がどれだけ注目を浴びているか、わかってないのね』
(違う、私はそんなこと思ってない……!)
心の中で必死に否定しても、声は届かず、体は勝手に笑っていた。
食卓でも同じだった。
父が真面目に領地の話をしている最中に、私はわざと退屈そうにため息をつき、
『まあ、そんな田舎の話より舞踏会の噂の方が楽しいわ』と切り捨てた。
母は苦笑し、レオンは俯き、父の瞳には深い影が落ちた。
(やめて……お願い、そんなこと言わないで!)
***
そして十六歳、学園に入学してからは、性悪ぶりがさらに酷くなった。
授業中、答えに詰まった生徒を見れば、わざとため息をついて「まあ、理解力が足りないのね」と鼻で笑った。
廊下ですれ違った平民の同級生の裾を魔法で焦がし、泣き出したのを見て「泣くくらいなら最初から入学しなければよかったのに」と冷たく言い放った。
舞踏会では、他の令嬢のドレスをわざと汚し、「似合っていなかったから、むしろ良かったのでは?」と取り巻きと笑い合った。
成績優秀な子が先生に褒められれば、わざとらしく拍手をして「まあ、たまには平民上がりでも役に立つのね」と皮肉を飛ばした。
(お願い、やめて……そんなの私じゃない……!)
どれだけ心で叫んでも、体は冷笑を浮かべ続けた。
***
そして――一番つらい記憶。
マルセリーヌのこと。
彼女は侯爵令嬢で、幼いころからの親友だった。
明るく、真っ直ぐで、私が困ったときには必ず隣に立ってくれる存在。
学園に入学するまでは、ずっと一緒に笑って過ごしていた。
けれど、指輪に囚われた私は、そんな彼女にすら牙をむいた。
『ねえ、エレーナ。最近、少し変わったんじゃない? 大丈夫?』
ある日、勇気を出して、彼女はそう声をかけてくれた。
本当は、泣いて抱きつきたかった。
「助けて」と叫びたかった。
でも私の口から出たのは――。
『侯爵家のあなたが“心配してあげる”なんて、妙な優越感ね。私は伯爵家よ? あなたに負けるつもりはないわ』
その瞬間、マルセリーヌの瞳に浮かんだ表情を、今も鮮明に覚えている。
驚きと、傷つきと、そして……失望。
彼女はそれ以上何も言わず、ゆっくりと私から離れていった。
その背中を見ながら、心の中の私は必死に叫んでいた。
(違うの、マルセリーヌ! 私が言ったんじゃない! 戻ってきて!)
でも、その声は誰にも届かない。
取り巻きの笑い声と、王太子の微笑みの影にかき消されていった。
それからの日々、彼女は二度と私に声をかけてはくれなかった。
アドリアンもまた、妹を守るように距離を置いた。
幼いころに築いた友情は、指輪のせいで粉々に砕け散ったのだ。
***
(私のせいじゃない……でも、みんなにとっては“私”がやったことなんだ)
だから――今さら「別人だった」なんて言っても、誰も信じてくれない。
自分でも、それはわかっている。
……それにしても。
どうして王家は、こんなことをしたのだろう。
ただ残酷な遊びのために、人の人生を踏みにじったのだろうか。
いや、違う。
私は伯爵家の娘。
決して最高位ではないけれど、領地は豊かで、古くから王国に仕えてきた名門。
婚姻や派閥次第で、王家にとっては脅威にも味方にもなり得る立場だった。
……だから、王家は私を“操り人形”に仕立て上げたのではないか?
性悪令嬢として名を汚せば、家の評価は下がる。
王家に逆らえる余地を潰し、伯爵家を従わせるために。
その可能性を考えるたび、胸の奥が煮えたぎるように熱くなる。
(どうして……どうして私が、こんな目に)
王太子の取り巻きをしていた3人のうち、あの指輪をしていたのは私だけだった。
ということは、王太子の婚約者のドロテア様や男爵令嬢のカミーユ様は操られていないんだろうか。
あの二人は本当に王太子のことを愛しているから、王太子の側にいるの?
考えても分からず、ため息だけが大きくなった。




