第3話 捨てられた令嬢
ここは、王立学園アルトリウム。
王国でもっとも古い学び舎で、未来の人材を育成する場。
貴族子弟はもちろん、平民でも才能さえあれば入学できる。
もっとも、学費は高額で、奨学生として特別に許される者はほんの一握りにすぎない。
だから校舎を歩けば、煌びやかな衣服をまとった侯爵家の子息と、質素な制服の庶民上がりの生徒が肩を並べる光景が見られる。
その対比が、時に誇りを刺激し、火種にもなる。
「平民のくせに魔力が強いだなんて」
「貴族だからって偉そうに」
そんな小競り合いが、日常のあちこちで繰り返されていた。
それだけではない。
貴族同士でさえ、家格や後ろ盾を競い合う。
「私の父は宰相に近しいのよ」
「まあ、うちは伯爵家だけれど、騎士団長を輩出しているわ」
「殿下のお気に入りになれたら、将来は約束されたようなものだわ」
学園は学び舎であると同時に、将来の立場をかけた社交場でもあった。
些細な一言や振る舞いひとつが、噂となって広まり、評価を上下させる。
だから生徒たちは、勉学や魔法の腕だけでなく、言葉の駆け引きにも必死だった。
***
入学式の翌日。
学園の廊下は、早くも噂話で満ちていた。
「昨日の殿下、見た? ドロテア様とカミーユ様と一緒に帰っていったわよね」
「そうそう。去年までは必ずエレーナ様が隣にいたのに」
「つまり……殿下に捨てられたってことよ」
押し殺した笑いが混じる。
私は足を止め、胸の奥がひやりと冷たくなった。
(違う……捨てられたんじゃない。私が、自分で降りただけ)
そう否定しても、周囲の解釈は変わらない。
むしろ私の今の姿が、その憶測を補強してしまっていた。
白金の髪はストレートに下ろし、飾り気は一切なし。
落ち着きを保つためにかけた伊達眼鏡も、彼女たちには「失恋の印」にしか見えていない。
それは皆の目に、「失恋の痛手で地味に落ちぶれた伯爵令嬢」としか映らなかったのだ。
「ほら、やっぱり傷心なんだわ」
「ふふっ……地味になって余計に冴えない」
「王太子殿下に飽きられたんでしょうね」
「性悪令嬢の末路よね」
私の耳に届く嘲笑は、刃のように鋭かった。
背中に突き刺さる視線と、冷たい笑い声。
反論すればするほど、「強がっている」と思われるに決まっている。
私は唇を噛みしめ、教室へと足を運んだ。
そこにはマルセリーヌがいたが、目を合わせることなく、別の友人と談笑している。
ほんの数年前まで、一緒に笑い合っていたのに。
私は机にノートを置き、深く息を吐いた。
学年が上がって最初の試験まで、あと数日。
今の私は「捨てられた令嬢」として、嵐の真っ只中に立たされていた。




