第2話 告白
昼休みの鐘が鳴った。
ざわつく食堂へ生徒たちが流れていく中、私は校庭の片隅で足を止めていた。
「姉さん、こっちだよ」
レオンが私の袖を引っ張る。
「……本当に、ここで会うの?」
声が上ずってしまう。胸の鼓動がうるさくて、言葉が震える。
レオンはにやっと笑った。
「大丈夫だって。マルセリーヌとアドリアン、もうすぐ来るって約束したから」
「……どうしてそんなこと、勝手に……」
思わず責めるような声になってしまう。けれど、弟は動じない。
「だって、このままじゃ何も変わらないだろ。姉さんが戻ったって、誰も知らないままなんて嫌だ」
強い言葉に、喉が詰まった。
本当は、私だって信じてもらいたい。けれど――。
遠くから二人の姿が見えた。
ひとりは、明るい栗色の髪を揺らす少女、マルセリーヌ。
その隣にいるのは、少し背の高い兄のアドリアン。落ち着いた雰囲気をまとい、妹の勢いを受け止めるような穏やかさを持っている。
懐かしい光景のはずなのに、今は胸が苦しくなる。
小さい頃、三人で笑い転げていた日々が、まるで遠い夢のようだった。
「お待たせ」
マルセリーヌが軽やかに声をかけてきた。その明るい声に、昔の彼女を重ねて一瞬だけ安堵する。
けれど、次の言葉は鋭かった。
「……で? エレーナ様が私たちに何の用?」
胸がちくりと痛む。
「マルセリーヌ、アドリアン。聞いてほしいの」
私は勇気を振り絞って口を開いた。
「王立学園の入学式の日、王宮から贈られた指輪を嵌めてから……私は、別の存在に体を乗っ取られていたの。あの一年間は……私じゃなかったの」
二人が目を見開いた。
私は必死に続ける。
「派手な格好をして、王太子の取り巻きとして振る舞っていたのも……本当の私じゃない。本当はそんなこと、したくなかったの」
沈黙。
風が校庭を吹き抜け、桜の花びらが二、三枚ひらひらと舞い落ちる。
「……はあ?」
マルセリーヌの唇から、呆れたような笑いが漏れた。
「なにそれ。五年間も派手に振る舞って、私たちを見下して……全部“私じゃない”って? そんな言い訳、誰が信じるのよ」
「違うの、本当に──」
「もういい!」
彼女の声は鋭く、私の言葉を切り裂いた。
「またなんか企んでるんでしょ? そうやって自分を可哀想に見せようとして。……もう私に関わらないで、性悪エレーナ!」
最後にそう吐き捨て、踵を返した。
「マルセリーヌ……!」
呼びかけても、彼女は振り向かなかった。
アドリアンが困ったように眉を寄せ、静かに口を開いた。
「……ごめん。妹がきついことを言ったのは謝る。だけど……僕も、信じられないんだ」
その声は優しい。けれど、その優しさがかえって痛かった。
「エレーナが変わったのは見ればわかる。派手な髪もリボンもなくなって、地味になったのも……わかる。けど……」
言葉を探すように、彼は視線を逸らす。
「急に“あれは別の誰かでした”って言われても、納得なんてできない」
「アドリアン……」
「ごめん。……本当に、ごめん」
小さく頭を下げると、彼は妹を追って足早に立ち去った。
残されたのは、私とレオンだけ。
「……っ」
胸が締め付けられる。まるで大きな穴が空いたみたいに、呼吸が苦しい。
「姉さん……」
レオンがそっと私の肩に触れる。その温もりが、今はやけに心に染みた。
「大丈夫よ」
口にした言葉はかすれ、笑おうとした唇は震えた。
ごまかすように空を仰いだ瞬間、熱い雫が頬を伝って落ちた。
――友情は、まだ戻ってこない。
そう突きつけられた気がして、私は静かに目を閉じた。




