第1話 入学式
春休みが終わり、王立学園の入学式が始まった。
講堂の壇上に立つのは、第一王子ダリウス殿下。
在校生代表として祝辞を述べるその姿は堂々としていて、誰もが見とれる。
──ほんの数ヶ月前まで、私はその隣にいた。
けれど今は、二年生の席に静かに腰を下ろし、ただ見守っている。
「ねえ、エレーナ様よね?」
「本当に? なんだか雰囲気が……」
「髪型も違うわ。いつもはあの白金色を派手に巻いて、真っ赤なリボンで結んでいたのに……」
「今日はストレートでおろしてるし、飾りもつけてない。あの派手なアクセサリーはどうしたのかしら?」
「しかも……眼鏡? え、伊達?化粧も薄い気がしますわね。」
ひそひそ声に、私はそっと眼鏡のブリッジを押し上げた。
この眼鏡はソワソワする気持ちを抑えるためにつけた。
周囲から見れば、まるで別人に変わったように映るのかもしれない。
──みんなが不思議がるのも無理はない。
去年までの私は、王太子の隣で、誰よりも派手に笑っていたのだから。
でも、私は操られていた時の私とは違う。
自分で決めて、彼の隣から降りた。
そして、もう、二度と彼の隣に立つつもりはない。
壇上を降りたダリウスは、公爵令嬢ドロテアと男爵令嬢カミーユのもとへ歩み寄った。
二人は当然のように彼の隣に立ち、華やかな輪を作る。
私と同じ二年生でありながら、まるで別世界の住人のようだった。
「姉さん」
振り返ると、制服に袖を通したばかりの弟、レオンがそこにいた。
「俺、姉さんの隣に座るから」
「……あなたは一年生でしょ。式が終わったら別々よ」
「いいんだよ。誰に何を言われても、俺は姉さんの味方だから」
ざわめきに包まれる講堂の中。
その言葉だけが、私の胸を温めた。
***
式が終わり、ざわつく講堂を後にしたときだった。
「姉さん」
レオンが真剣な顔で私の前に立ちふさがった。
「昼休みに、マルセリーヌとアドリアンに話そう」
「えっ……」
胸が跳ねる。思わず足が止まった。
「そ、そんなの無理よ!」
声が上ずる。喉がひりつく。
マルセリーヌは王立学園に入学するまで、私の一番の親友だった侯爵令嬢だ。アドリアンは彼女の兄で、よく弟のレオン含め四人で遊んでいた。
でも、あの一年間。私は彼女を遠ざけ、嫌な態度ばかり取ってきた。
ドロテアやカミーユと並んで王太子のそばにいた私を、マルセリーヌは軽蔑の目で見ていた。
「信じてもらえる自信なんてないわ。むしろ……笑われるかもしれない」
レオンはきっぱりと言った。
「大丈夫だよ。俺がそばにいる。……それに、黙っていたら本当の姉さんのこと、誰にも伝わらないままじゃないか」
その真っ直ぐな言葉に、返す言葉を失った。
昼休み。
マルセリーヌとアドリアンに、全てを打ち明ける。
そう約束させられた瞬間、私の心臓は今までで一番大きく脈打っていた。




