08 始めてないのに新たな依頼
「じゃあ、目開けて良いよ」
恋人みたいなセリフを言われて俺が目を開くと、そこには家があった。
「えっと、これは」
「家だね、レイジ君にあげるよ」
「ファッッ!!?」
電話のとき、家が欲しいかと聞かれて欲しいと言ったらあげるよと言われた。ランスにしてはやけにつまらない冗談を付くなと思ったら、まさか本当だったとは……。
俺は息を吞んで見守ることしかできなかった。
「この前、僕が仕事を辞めるのを助けてくれたからね。そのお礼だよ!」
「いやいや、いくらなんでも貰えませんよこんな高いもの!!」
さすがに家は高価すぎる。俺がたじろいでいると、ランスが慌てることもなく言った。
「勇者やってたときに割とお金貰ってたから大丈夫だよ!」
「いくら貰ってたんですか?」
「月に~百万くらいかな」
目ん玉が飛び出しそうになった。そりゃ周りも勇者辞めるの止めるはずだわ。ランスのようなシルバーランク勇者だと、割と普通の額らしい。
「勇者ってそんなに稼げるんですね……」
「依頼費もあるし、魔物の革とか肉って結構高く売れるんだよ。一度強くなれば取り放題だしね!」
また勇者に興味が湧いてきた。そんな俺の様子を見かねたのか、ランスが再度言った。
「レイジ君は絶対に勇者目指さないでね!?」
その引き留め料だと言われて、俺はランスから家を渋々譲り受けた。
「僕はよく、勇者仲間から『お前の散財癖やばい』って言われていて、物を人にあげることで散財欲を満たしてるんだ」
ランスの理論は滅茶苦茶だったが確かに筋が通っていた。
それでも、もしかしたら事故物件かとも疑っていたが、内装は綺麗で最近できたばかり。文句無しの物件だった。
俺は荷物を取りに行くついでに、今までお世話になった宿の女将に礼を言うことにした。
「そう言うわけで、お世話になりました!」
「そうかい、それにしても退職代行なんて考えたねぇ」
「以前やってて……あ、いや聞いたことがあって!」
あぶねぇ、現世のこと言ったらそれこそ転生者だってばれちまう。慣れてくると危ないな。俺は精一杯の笑顔で乗りきろうとした。
「ふーん、私は聞いたこと無いけど中々需要がありそうだねぇ。あんたは今後その退職代行ってやつを仕事にして行くのかい?」
「いえ、まだ悩んでいる最中で。他にやりたいことがあるわけでもないんですけどね」
心なしか、女将は何かを言い出そうかと戸惑っているように見えた。
「もしあんたが退職代行屋になったら、私も相談しに行こうかねぇ」
「どうかしたんですか?」
「実は私も、宿屋の仕事を辞めたいと思ってるんだよ」
こうして俺はなりゆきで、退職代行屋として次の仕事に取り組むことになった。
「こちらへどうぞ、まだ散らかってますけど」
俺はひとまず、ランスから貰った家の一室を事務所代わりにして女将を招いた。
「そうやすやすと女を部屋に招くなんてあんた血気盛んだねぇ」
女将がニヤリと笑う。俺は恐怖を感じて逃げ出そうとした。
「冗談よ。60過ぎたおばさんに性欲なんかありゃしないわ」
やはり年上のジョークはいつまでも理解できない。俺は流れを乱されつつも、彼女の話を聞くことにした。
女将の名前はハーレント、あの宿は百年以上前からあるらしい。
「私はあのホテルの跡取りで、旦那は婿入りしてきたんだけどね。病気でポックリ逝っちまったよ」
ハーレントには歳の近い旦那さんがいたらしい。彼と切り盛りしていたときは、看板娘だったそうだ。(※一瞬想像してみたけど、無理やり想像しなかったことにした)
「今でこそ言えるけど、私はホテルを継ぐことに反対だった。伝統に縛られず、自由に生きたかったんだ」
「継がない選択肢はなかったんですか?」
「私もそのつもりだったけどねぇ。そのときだよ、旦那が来たのは」
本当にかっこよくて、自分の信念なんかどうでもよくなっちゃったよと女将は顔を赤らめた。もちろんドキドキはしなかったが。
「でもその旦那が亡くなって、やる気がなくなっちまってね。確かに1人で切り盛りが大変なのもあったけど、管理が行き届かなかったのはやる気がでなかったからなんだ」
確かに女将は、言動こそしっかりしているものの覇気がなかった。それは俺も会ったときに感じていた。
「ハーレントさんは仕事を辞めた後、何がしたいですか」
「そうねぇ、もう冒険者を目指せる年齢でもないし、少し雑用で働きながらのんびり暮らしたいかねぇ」
「わかりました。その方向で考えてみます。今の仕事を辞める上で、何が心配ですか?」
「やっぱり一番はホテルかなぁ。壊そうにも金がかかるし、売るなら綺麗にするのに金と労力がかかる」
確かにそれは大きな問題だった。最近あまり客が入っていないこともあって、女将の貯金は多くはなかった。
「じゃ、よろしくね」
俺は女将を見送ったあと、暫く事務所で考えていた。すると玄関のベルが小さく鳴ったのが聞こえた。
「まだやってるかなぁ、怒られないかなぁ……」
「あの、どうされましたか?」
「ヒィィィ!!!」
「どわぁぁぁ!!」
俺は驚いて、自分の玄関の前ですっころんでしまった。
「あの……」
「スイマセン、スイマセン!!」
チャイムを押したと思わしきこの人物は、俺よりも年下の青年だった。見たところビビりっぽい……いや、完全なビビりだ。というか既に逃げようと走り出している。
「あ、ちょっと待って!」
俺は彼の腕をつかんだ。
「何か話したいことがあったんじゃないの?」
「あ、いや、その、はい……」
俺はなんとかその青年を落ち着かせて、事務所に招くことにした。
「何か用事があったの?」
「はい、お騒がせしてすみません」
落ち着くと、とても礼儀正しい青年だった。髪が長いが顔もよく見れば格好いい。羨ましいぜ。
「ここが退職代行をやっているという噂を聞きまして……」
ん? 俺は首を傾げた。別に俺は退職代行屋をやると決心したわけでもないし、それを人に言ったこともほとんどない。ランスだって、意味もなく言いふらすようなタイプではないだろう。
「ハーレントさんの宿に僕も暫く泊まっていて、今朝のお二人の会話を偶然耳に挟んだんです」
「なるほどね」
確かにあの会話を断片的に聞いたら、俺が退職代行屋をやっていると勘違いしても仕方ないだろう。
「でも僕、人に話しかけるのが苦手で。ずっと機会を伺っていたらハーレントさんが出ていくのが見えたので、チャイムを鳴らしました」
そういうことだったのか。この青年の不可解な行動がやっと線でつながった。
「あ、でも俺退職代行始めるって決めたわけじゃ……」
「僕、仕事を辞めたいんです!」
あーこれはもう引き下がらないやつだ。俺は泣く泣く彼を座らせた。
「えっと、ところで君の名前は?」
「僕はノイン、最近大人になったばかりです」
「なるほど、今は何の仕事をしているのかな?」
「今は色々な仕事を転々としてます」
ん? ちゃんと辞められてるやん。
「えっと、ここって仮にも退職代行屋だよ?」
「はい、退職しても問題ないようにしてくれるんですよね?」
あーなるほど、そう勘違いしたのか。現世ではそんなことは一切なかったが、それは退職代行の言葉と意味が浸透していたからだ。
退職代行という言葉自体珍しいこの世界で、すぐに意味を理解できない人が居ても仕方ないだろう。
「あ、実は退職代行ってそういう意味じゃなくて……」
「僕、昔から人と話すのが苦手だったんです。几帳面な性格で。特に同じ立場として話すのが嫌いで……」
これは長くなるやつだ。俺は覚悟を決めた。おそらく話し終わるまでこいつは止まらないだろう。
ノインの話を要約するとこうだ。人と話すのが生まれつき苦手だったノインは、苦しい生活を送っていた。親は戻ってきても良いと言ってるが、心配を掛けたくはない。今まで何とか無理をして、色々な仕事を転々としていたそうだ。
「パン屋の接客で、客に『ありがとう』って言えなくてクビになったこともあります」
でも、もう限界で仕事をしたくなくなってしまった。しかし現実的にそれは難しい。藁をも掴む思いで、俺のところに来たそうだ。
「という訳です」
言い終わったノインはスッキリした顔をしていた。俺は全くスッキリしてないんだけどね。
「僕、どうすればいいんでしょうか。やっぱり実家に帰るしかないのかな……」
すぐに追い返しても良いのだが、俺はノインという青年が可哀想になってきた。実際、俺がいた現世でもこういう悩みを抱えている人間は多かった。
今の俺なら時間もあるし、ランスがくれた家のお陰で金にも余裕が出来た。切羽詰まってない状態なら、何か手助けができるかもしれない。
「よし、依頼を引き受けよう。もちろん、君の心意気と行動にすべてはかかっているからね」
そう言うとノインはキラキラと目を輝かせた。
しまった、つい勢いで依頼を2つも受けてしまった……俺の異世界生活はどうなってしまうのだろうか。
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